2013年01月29日

国際シンポジウム『新時代の中国-成熟社会に向けて』

1月25日に、国連大学にて開催された国際シンポジウム『新時代の中国-成熟社会に向けて』(アジ研、朝日新聞主催)に参加してきました。

基調講演2本。パネルディスカッションの登壇者の3本の報告を備忘録として。

基調講演

「中国の国家部門と政府の役割の再評価」張文魁(国務院発展研究中心)

経済発展初期では、投資主体としての政府の役割を強調。工業国に追いつくためには必要不可欠。経済が成長してくると、現在の課題は、教育や社会保障、福祉分野での公共財供給は遅れており、経済活動投資に偏っていること。

「第18回党大会後の中国:今後の課題」David Shambaugh (George Washington University)

習近平体制が発足したが、まだ習近平自体の考えが表明されていないので、保守的か改革的かがわからない。中央常務委員会の顔ぶれをみると保守と改革のバランスがとれている。共産党の課題は腐敗と国際関係。とくに近年のナショナリズムは中国がいうWinWin関係を構築することは不可能になってきている。

パネルディスカッション登壇者の報告

王名(清華大学)は中国のNGOの状況を報告。2006年の第16期6中全会で「社会組織(日本でいうNPO)」という概念が提出され、昨年の18回党大会にて「現代社会組織体制」の改革と指摘される。これはCivil Societyの考えが政府によって認識されていることを示す。党政システムに市場システムが追加されるようになり、党政システムと市場システムの間に社会組織の活動空間が生まれた。政府からなかなか認可されなかったために最初は工商部門登記していたNGOも民生部門登記に移りつつある。基金化したNGOも増加し、公共サービスのNGO委託も進む。

大西康雄(アジ研)はさまざまな課題を報告。気になったのは、1万ドル都市が2011年末に21都市あり、人口は1.5億人となる。国連推計によるとスラム化率(スラム人口)は28%にも及ぶのだとか。

佐々木智弘(アジ研)は、習近平はスタートが良かったと論評。党、国家、軍のトップになるし、5年後江沢民派の常務委員はいなくなるし、胡錦濤は無役になるから。課題は、一党支配体制の「枠」に追加する民生問題(社会保障や再分配)と「枠」内の政治改革問題(選挙制度やメディア)。民生問題は前政権からの引き継ぎであるが、「枠」内から選出されている習近平が政治改革に取り組めるか。

勉強になりました。詳細は、こちら


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2013年01月22日

新自由主義的教育思想

以前学生さんから、

なぜ学生を叱らないのか

と聞かれたことがあります。私はあんまり叱ることがありません。それはなぜかと考えていたら、私の教育思想は経済学から来ている、ということに気がつきました。

私は基本的に新自由主義者です。政府の関与は少ない方がよいという立場です。個人は自由であることが最も大事なことで、政府による個人への関与は少なめに、と思っています。

人は自分が最も得だと思うことをやっている、と思っています。学生が授業を休むのも、何かと比べて、授業よりも大事なことを選択している結果なんだと思います。

もちろん授業で出席を重視している場合には、学生に声をかけます。でも叱ってまで強引に出席を強要することはないです。

もちろん学生は若いわけで、たまには非合理的かもしれない行動を取ることもあります。でも、基本は自分の選択肢の中で最もいいものを選んでいるはずです。

人に何かを強要することはある意味選択肢をせばめることです。この選択の自由を狭めることは私にとって違和感、を感じます。

経済学では景気の見方について、二通りあります。一つは円満な家庭のようにうまくいっている、という見方、もう一つはうまくいってないので人が関与すべき、であるというものです(バウマン2012)。

前者は新古典派で、後者はケインズ派です。両者の見方の違いは失業率によく現れています。

前者は失業があっても自然失業、自発的失業と見ます。後者は不完全雇用と見ます。前者は失業を悪いことととらえておらず、一時的なものと考えています。後者は失業はよくないこと、だから政府が失業対策のために景気対策をとるべきだとなります。

私は大学で経済学を習った時にケインズ政策を批判する先生の影響を受けたようで、どちらかといえば新古典派です。経済は構成している経済主体が合理的に行動した結果なので、うまくいっていると考える方です。それに政府が関与しても必ずしもいい結果になるとは思いません。むしろ経済の自律的な回復過程を妨げるかもしれないと思う方です。

人の成長にも同じように考えるところがあります。成長はしているが、波はあるものです。うまく勉強が進む時、進まない時もあるかもしれません。進まない時に、勉強しろ、と関与しても勉強するようになるとは思えません。できるのは自分の体験を話すぐらいでそれを参考にして自分なりに何かを感じてもらえればもらえれば十分である、と思います。叱ることによって何かを生むとは思えません。

まあ一種の自由放任主義(レッセ・フェール)です。人の自由を制限することができる、関与することができるのは、他人の自由を奪うこと、つまり他人に迷惑をかけることだと思います。

私が気になるのは2つです。

一つはトレードオフ(自由には責任をともなう)です。家の都合で休んだけどそれを公欠扱いにと要求されると、カチンときます。

もしかしたら今は勉強するときではなくて家のことを優先する時かもしれません。本当は休学して家のことをやるべきなのですか、大学在籍を選んでいます。それにも関わらず、休んだわけですから、その代償は払うべきだと思います。フリーランチは存在しないということです。

その場合休むことを優先するように言います。その代わり単位は得られない、トレードオフであることを教えます。選択には何かを捨てるということだからです。


もう一つは外部不経済(他人の自由(権利)を脅かす)です。とくに私語は人の学ぶという自由を妨げます。一部の学生が私語をすることによって真面目に授業を受ける人の学びの機会を奪ってしまいます。

悩ましいのは、授業の私語は怒ったから減るものではありません。叱れば一旦静かになりますが、ずっと静寂になりません。関与の結果は一瞬だけです。

そうなると結局関与するよりも、聞きたくなる授業作りだなあと感じています。

新自由主義的教育思想を述べてみました。

<参考文献リスト>
バウマン(2012)『この世で一番おもしろいマクロ経済学』ダイヤモンド社
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2013年01月19日

公共サービスを提供する草の根NGO<岡本式中国経済論48>

中国の負の側面といえば、環境問題と格差問題がもっともフォーカスされます。大気や水の汚染、砂漠化といった問題は市場メカニズム(簡単にいうと自発的な取引)では解決できないような感じがします。都市に出稼ぎに出てきている農民工が差別されたり、都市住民と競合しない職(いわゆる3k)にしかつけないために、普通の都市住民よりも低い賃金に甘んじてしまう問題なども、市場メカニズムでは解決できないような気がします。

となると、環境や格差の問題には、どうしても「政府」が出てこないと民間では解決できないのではないかと気がします。

でも本当にそうでしょうか。公共財や公共サービスは民間が自発的に提供できないのかどうか考えてみたいと思います。

1.中国の草の根NGO

中国でもNPO(民間非営利団体)やNGO(非政府組織)の活動が活発になってきています。1993年に北京市がオリンピック開催地候補として立候補した時に,国際オリンピック委員会から「中国にはNGOはあるのか」と聞かれ,担当者が困ったという話があります(徐・李2008.p.3)。それほど中国では馴染みのないものがNGOだったわけですが,それでも環境分野からNGOが設立されていきます。

(NGOとNPOの違いは下澤嶽さん(静岡文化芸術大学教授、元国際協力NGOセンター理事)のブログを参照のこと。)

中国では上から(政府から)団体が作られるのが一般的でした。そのような非政府組織を官弁NGOと言われます。それに対して,日本のように有志が自発的に団体を作り,公共に関するサービス提供を行う組織が生まれてきました。これを官弁NGOと対比して草の根NGOと言います。

もっとも最初の草の根NGOは1994年3月31日に国家民生部に登録された「自然の友」と言われています。その後1996年前後に「北京地球村」「緑家園」などの環境NGO団体が生まれてきました。2001年11月に北京で開催された「中国・米国環境NGOパートナーシップ・フォーラム」では,中国の環境NGOは2000団体以上に達し,数百万人の参加を得ているという報告があったといいます(徐・李2008,p.4)。

その後,草の根NGOは環境分野ではなく出稼ぎ者への支援の分野で広がりを見せます。1998年8月に,出稼ぎ者の多い広州市番禺で「番禺出稼ぎ者サービスクラブ」が設立されます。このNGOは農村から来た出稼ぎ者に法律相談のサービスを提供し,文学や職業安全,健康などをテーマにしたセミナーを開催,また権利擁護のホットラインを開設するなどの活動を提供しました(徐・李2008,p.4)。

さて,以上の背景をもつ草の根NGOについて,ここでは環境分野から「地球村」,出稼ぎ者の支援について「工友之家」を見てみてみましょう。

(1)地球村(主に王,李,岡室2002,pp.92-93を参照)

「地球村」の全称は「北京地球村環境文化中心(Global Village of Beijing)」といい,1996年に設立されました。創始者はアメリカ留学から帰国した廖暁義(女性)です。中国社会科学院の研究員という公職を辞し,友人と一緒に地球村を創始し,数少ない草の根環境NGOの1つとして世界から注目されました。2000年6月にノルウェーでその年の世界環境保護の最高賞であるSophie Prizeを受賞しています。

地球村の活動主旨は「市民の意識を高め,市民参加を促進することを通じて,政府が持続可能な開発戦略および政策を推進・実施することの手助けをすること」となっています。具体的には,地球村は環境保護に関する宣伝教育分野を中心に活動しています。

とくに地球村が力を入れているところは,以下の三点です。

第1,コミュニティにおける市民参加システムを促進し,法律の実施状況に対する市民の監督,アドボカシー活動(政策提言や権利擁護),生活様式の改善活動に積極的に参加してもらうこと。
第2,ゴミの分別収集,公共交通,環境にやさしい建築,生物種の保護などの活動を通して,持続可能な消費生活とライフスタイルを呼びかけること。
第3,新たな環境NPOの育成に貢献すること。

地球村は,中央電視台で独立して環境保護に関連するテレビ番組の編集,情報の提供を行なっていました。また,環境保護研修センターの設立と運営,環境ボランティア活動,国際交流,環境へのマス・メディアの関心を促進したりしています。地球村は,少人数の専従スタッフ以外に,全国各地に約4000名余りの環境保護ボランティアの協力を得て,活動を展開しています。


(2)工友之家(主に古賀2010,p.213を参照)

「工友之家」の全称は「北京工友之家文化発展センター」です。創始者は農民工の孫恒で,都市社会で孤独な農民工のための家を作ろうという思いから始まり,2002年11月に正式に登録されました。

最初は,農民工の仲間と打工青年芸術団を結成し,農民工の思いを代弁する歌を歌うライブ活動でした。芸術団のCD売上を基にして,民工子弟学校やリサイクルショップなどを行うようになりました。現在,北京で,打工者(出稼ぎ者)文化教育協会,同心実験学校,同心互恵焦点,打工文化芸術博物館などを運営しています。

北京市からは,「十大ボランティア団体」に指定されるとともに,打工青年芸術団は2005年に党中央宣伝部・中央政府文化部から先進的民間文芸団体として表彰されています。


2.公共財とは

以上のように,中国でも,民間が政府に変わる形で公共サービスが提供されるようになってきています。これを経済学から考えてみたいと思います。

まず,公共財を定義してみます。公共財は以下の非排除性と非競合性の二つの性格をもつものと定義されます。

非排除性とは,自分が利用しても他の誰かの利用を妨げる(排除する)ことはできないことを意味します。別の言い方をすると,他人が利用しようとした時にお金を払わなくても便益はもらえる,ものです。

非競合性とは,自分が利用しても他の誰かの利用量が減ることはないことを意味します。別の言い方をすると,他人が利用しようとしたときに余分なお金,費用がかかりません。

身近な公共財の例は,花火です。花火という娯楽サービスは,他人が見るのを排除することができません。京葉線に乗っていてディズニーランドの花火を楽しむこともできます。お金を払って入場したディズニーランドのお客だけがディズニーランドの花火を独占することは不可能です。これが非排除性です。

またディズニーランドのお客がディズニーランドで花火を楽しんだからといって,周辺住民及び京葉線の乗客の利用量が減ることもありませんし,彼らはコストなしで花火を楽しむことも可能です。これが非競合性です。

花火のような公共財は,個人が自ら費用を払ってまで人を楽しませる花火大会を開催するインセンティブはなくなります。となると民間にまかせると花火という公共財は過少供給になります。したがって,夏になると政府(地方自治体)が花火という公共財を提供することになります(墨田の花火祭りが典型例)。

非排除性と非競合性がなりたつ純粋な公共財は,治安や国防などの安全サービスです。二つの性質が同時に成立しなくても,一般に準公共財としてみとめられるものがあります。

例えば,道路,港湾,公園などの社会インフラ,教育,医療,福祉といった社会サービスです。これらは利用料や会費を設けることによって,他人の利用を排除することが可能です。これらはクラブ財とも呼ばれます。ただし,社会サービスは,過少供給になりやすいので国家目的で国家がやるべきだとされます。これはメリット財とも呼ばれます。

次に,資源,環境があります。地球上の資源はみんなのものですので,誰かの利用を妨げることはできません。非排除性は成り立っています。しかし,水や大気を汚染することによって,他者の利用量が減ることにはなります。環境が汚染されるときれいな水,きれいな大気を得るのにコストがかかってきます。1月13日-15日頃に北京で大気汚染が話題になりましたが,その時に空気清浄機やマスクが大量に売れたようです。きれいな空気を吸うためにもコストがかかりました。


3.公共財は誰が提供すべきか

公共財の問題は,誰もなにもしなくてもいいことがあるという性質から,誰もすすんでそれを供給しようとしないことです。

童話に「ねこに鈴」という話があります。猫に安全を脅かされるねずみたちが相談して,ねこに鈴をつけよう,そうすれば猫が来たときに先に逃げられる,というアイデアを思いつきます。ところが,じゃあ誰が猫に鈴をつけにいく?となると,誰も手をあげなかった,ということになりました。

この結果,ねずみ社会の安全という公共財は供給されないことになります。

公共財は,供給のために人々の参加や協力を強制する手段がないというのが大きな問題です。そのため,公共財は政府が供給すべきという結論になるのが一般的となります。

中国でも政府が人民解放軍や公安によって国防,治安などの公共財を供給しています。資源,環境というコモンプール財(準公共財),農民工への教育や社会保障なども国が関与して解決しようとしています。

一方で,上でもみたように,市民自らが公共財の担い手となってきています。市民がボランタリー(自発的)に環境問題に関心をもち,汚染をふせぐための活動が行われてきています。農民工の職能訓練,子女教育をするための民工学校は,農民工自らがあるいは都市の人々の手によって行われるようになってきました。

李(2012)は,このような「市民社会」の活動を論じています。中国では団体活動は登記(登録)しないと活動が許可されにくいという問題がありました。しかし,市民の自発的な活動に対して,政府も理解をするようになってきています。

日本でも話題になる「新しい公共」の出現です。公(政府)でも私(個人)でもない集団が公共の問題を解決していこうとしています。中国の草の根NGOが公共財の供給に携わるようになり,政府活動の一端を担う反面,政府と草の根NGOの軋轢も今後生じてくるかもしれません。

中国のNGO,今後も注目する必要がありそうです。

<参考文献リスト>
王名、李妍焱、岡室美恵子(2002)『中国のNPO-いま、社会改革の扉が開く』第一書林
古賀章一(2010)『中国都市社会と草の根NGO』御茶の水書房
李妍焱編著(2008)『台頭する中国の草の根NGO-市民社会への道を探る』恒星社厚生閣
李妍焱(2012)『中国の市民社会 : 動き出す草の根NGO』岩波新書
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2013年01月15日

『経済学』とは

経済学とはどんなものか、まとめておきたいと思います。

経済学が対象としているのは意思決定と相互依存である。家計も企業も自分の利得を最大にするように意思決定すると考える。このような一種「自分勝手な」人たちが他者に出会うとどうなるか。

取引相手が少数な場合,騙したり騙されたりということが起こる。自分の利得を最大にするように相手の出方を伺う。これを分析する枠組みがゲーム理論。囚人のジレンマに代表されるように,協調した方が双方得になるが,戦略的には裏切る行為の方がよいという結果が生まれたりする。

ところが取引に参加者が増加した場合,相手の出方よりも価格が重要な役割を果たす。価格が高いと買うのを控えて,価格が安くなると買うのを増やす。これにより必要なものが本当に必要としている(お金がある)人のところに配分される。これが市場メカニズムである。

市場メカニズムは社会の利得をもっともよくするもの(パレート最適)である。ただし市場の失敗(公共財、外部性、情報の非対称)、所得の不平等、不景気を生み出すので,みなが納得する市場への関与を考えなければならない。集団の意思決定,公共選択という政治的意思決定過程が経済学の分析対象となる。

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2013年01月08日

2012年12月読書ノート

2012年12月の読書ノートです。

今回の紹介は、中国本の2冊です。



これは、久しぶりに読み返したのですが、中国や中国人の行動を理解するのに今でも有効であることを感じました。歴史書を使いながら、「幇」の中と外で行動原理が違うことを示しています。

絶版にならずに今でも入手可能というところにもびっくりしました。



これもいい本でした。存在は知っていたものの、池上さんは中国専門家ではないので、手に取ることがためらわれていました。なかなかどうして、専門家でない分、中国を理解するのに必要な歴史や現状をわかりやすくまとめられています。偏りが少ない分、授業での副読本として薦められるとおもいます。

本は読む前に偏見もっちゃダメですねあせあせ(飛び散る汗)

<経済学>

高橋孝明(2012)『都市経済学 (有斐閣ブックス)』有斐閣ブックス 都市規模の決定とランクサイズ・ルールで都市システムを確認。生産者の意思決定の結果、一部地域への集積が始まり、消費者の意思決定として都市内構造(土地利用)が決定。都市の土地、住宅、交通をミクロ経済学の基礎から解説。

日本地域学会編(2012)『地域科学50年の歩みと展望』日本地域学会 学会創設から50年の歩みをキーパーソンの貢献と座談会で。地域経済、環境、都市・地域分析、交通、産業集積、財政、計量経済、情報通信、国土・地域政策などの分野別の学会誌『地域学研究』をメインにした研究サーベイ。

ロジャー・L・ミラー、ダニエル・K・ベンジャミン(高瀬光夫)(2010)『マクロイシューの経済学-実例で学ぶマクロ経済政策』ピアソン桐原 経済成長に財産を守る法律制度は重要、アウトソーシングは貿易の結果、貿易赤字は長期的に輸出入はバランスする、など。

スティーブン・J・ブラムス(川越敏司)(2006)『旧約聖書のゲーム理論-ゲーム・プレーヤーとしての神』東洋経済新報社 神は力に満ちた存在であるが人間が自由意志を持っているために神の望み通りにならない。ゲームのプレーヤーとしての神と人間による天地創造,制約,誘惑ゲームなど。

川越敏司(2007)『実験経済学』東京大学出版会 実験経済学の方法論的特徴は被験者の選好を実験的に統制する点。実験室内に再現された環境の中で経済理論やゲーム理論の仮説を実験的に検証。実験経済学は小規模経済の短期的性質を,計量経済学は大規模経済の長期的性質を明らかにし,相互補完。

川越敏司(2012)『はじめてのゲーム理論』ブルーバックス 相手の出方を予想し自分の最善策を考えた結果のナッシュ均衡、無駄がないというパレート効率性。パレート効率的でない結果におちいる(ナッシュ均衡)ゲームに対して,それを改善するのがマーケット・デザインという分野。

<中国>

小室直樹(1996)『小室直樹の中国原論』徳間書店 中国では個人の間の人間関係によって行動規範、契約の重要性が変わる。知人→関係→情誼→幇になるに従って関係が深くなる。知人程度だと事情変更の原則がよく採用される。法律は統治者のためにあるのであり、個人の権利を保護するためではない。

内田樹(2011)『増補版 街場の中国論』ミシマ社 中国が実効的に統治されているのは世界的にベネフィットをもたらす。リスクとして、経済成長の失速、中産階級の動き、党のガバナンスの弱体化、を指摘。政権交代ではなく、政体瓦解のリスクを抑える。自民族主義としての中華思想、など。

林毅夫(劉徳強)(2012)『北京大学 中国経済講義』東洋経済新報社 要素賦存状況を無視した重工業戦略は失敗した。競争的市場では企業は自国の要素賦存に合致した技術を選択する。比較優位を生かした超越戦略を実行するためには、資本蓄積と要素賦存構造の高度化が必要。

中兼和津次(2012)『開発経済学と現代中国』名古屋大学出版会 開発経済学の枠組みで中国経済を説明。従来の開発論でうまく説明できない中国経済の特性は、人口規模、郷鎮企業、外資、政府の役割、そして市場を含む制度の創成と発展のダイナミクスである。これらが新たな開発経済学を生み出すか。

平川幸子(2012)『「二つの中国」と日本方式 (現代中国地域研究叢書)』勁草書房 一つの中国を求める中台政府。二つの中国のジレンマを解決するための枠組みが日本方式(承認中国との外交関係+不承認中国とも実質関係を維持)であった。日中LT貿易を起源に、日本方式が広がる。

濱本良一(2012)『「経済大国」中国はなぜ強硬路線に転じたか-2010〜2011年-』ミネルヴァ書房 対外方針の「韜光養晦、有所作為」が09年7月の胡錦濤演説で「積極有所作為」に変更。12月のCOP15、10年3月の全人代頃から南シナ海が「核心的利益」と、強面外交へと転換した。

宇田川敬介(2012)『2014年、中国は崩壊する』扶桑社新書 中国の長期ビジョンは憲法前文から社会主義化に向けた闘争。少数民族、領土問題に進出し、短期的には下層社会を満足させるための経済成長が必要。習近平体制発足から一年後バブル経済が崩壊、下層民衆による内乱がおこる。

小原雅博(2012)『チャイナ・ジレンマ-習近平時代の中国といかに向き合うか』ディスカヴァー携書 経済チャンスと政治安全保障リスクのチャイナ・ジレンマ。共産党の危機感、政治体制改革、中国外交を追いつつ、ウィンウィンが両国にとっての国益。人的チャンネルの拡大と国民感情の改善を提案。

池上彰(2010)『そうだったのか! 中国 (そうだったのか! シリーズ) (集英社文庫)』集英社 毛沢東の共産党・国家建設、大躍進と文化大革命の中身。チベットと国民党・台湾。日中国交回復の流れとケ小平の国家立て直し。一人っ子政策が開始され、天安門事件を経て、香港の回収へ。江沢民から胡錦濤へ移り、格差と軍備、今後の中国を展望。

浅野亮・川井悟(2012)『概説 近現代中国政治史』ミネルヴァ書房 中国社会は統合と分裂に向う要因を内包し、人と外的環境との相互作用の中で国家が形成されたという枠組みで歴史を分析。統合の制度として、国家意思、交通、法制度、シンボル空間、伝統思想・外来思想の変容と受容を論じる。



<自己啓発>

野口嘉則(2012)『人生は「引き算」で輝く 本当の自分に目覚める話』サンマーク出版 一度手にいれたものはいつまでも自分のものであるはずはない。今一時的に預かっているだけ。人生においてやってくる引き算に対し、辛い感情を感じながら手にいれたものに対する依存状態から自分を解放し、自由になる。

ルー・タイス(苫米地英人監修)(2011)『アファーメーション』フォレスト出版 今までの経験や思考が自己イメージを形成する。ねばならない、から、したい、へ向き合い、肯定的なセルフトークを。人は自分の考えているものに向かい、考えている人物になる。

本田健(2011)『40代にしておきたい17のこと』だいわ文庫 これまでの人生を振り返り自分史を作成,自分の得意なもの不得意なもの,好きなこと,20代にやりたかったことを確認。大事なのは時間と健康。世界に残せるものは何か,家族や人とのつながりを振り返り,新たなスタートを。

<社会問題>

中村正志編(2012)『東南アジアの比較政治学 (アジ研選書)』アジア経済研究所 東南アジア五カ国(タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン)の政治制度(体制、執政・立法、司法、政党、選挙など)に焦点をあて、何が制度の違いを生み、その違いがどのような政治的帰結をもたらすかを示す。

ニコラス・ウェイド(依田卓巳)(2011)『宗教を生みだす本能 ―進化論からみたヒトと信仰』NTT出版 宗教は道徳的本能から生まれ、高揚した状態で集団社会の結束を高め、社会として生き残りを可能にする。宗教は社会的道徳観を具体化したもの。世俗社会が国家として成熟すると宗教離れになる。

佐藤郁哉、芳賀学、山田真茂留(2011)『本を生みだす力』新曜社 文化生産における選別、何を出版するかを決めるゲートキーパーとしての出版社。刊行に関わる意思決定は,文化と商業のバランス,組織のアイデンティティと複合ポートフォリオ戦略に依存する。

佐藤郁哉、山田真茂留(2004)『制度と文化 組織を動かす見えない力』日経新聞社 組織は文化を持つ、組織は他と比較しながらアイデンティティを形成、などの議論を整理し、文化の中にあるとする新制度派組織論を検討。個人・組織の戦略が、文化と制度に与える複合戦略モデルを提案。

安田洋祐・菅原琢・井出草平・大野更紗・古屋翔太・荻上チキ+SYNODOS編『日本の難題をかたづけよう』光文社新書 マーケットデザインで制度を作る、データで政治現象を、ひきこもりから社会学を、自然エネルギーの導入例、障害の社会モデルへの移行など、新しい社会を作るための知恵を議論。

アルバート=ラズロ・バラバシ(青木薫)(2012)『バースト! 人間行動を支配するパターン』NHK出版 人間行動には驚くほど普遍的なパターン、バースト(短時間に集中的に行われ、長い時間沈黙がある)がある。ランダムではなくベキ法則にしたがっているためバーストの出現が予測される。

レン・フィッシャー(松浦俊輔)(2012)『群れはなぜ同じ方向を目指すのか?』白揚社 日常生活の問題を解決するために、集団の知恵(集団の多様性を利用)や群知能(集団内の一部の相互作用から創発する現象)を利用するといい意思決定ができる。


<その他>

サイモン・シン、エツァート・エルンスト(青木薫)(2010)『代替医療のトリック』新潮社 主流派の医師の大半が受け入れていない代替医療。科学的な臨床試験の研究成果からは、鍼、ホメオパシー、カイロプラクティック、ハーブ薬などには、効果がないことが証明されているものが多い。

藤木久志(2005)『新版 雑兵たちの戦場-中世の傭兵と奴隷狩り』朝日選書 身分の低い兵卒は中世の戦乱の最中、乱暴狼藉を行う。戦争は食うための手段であった。中世の終わりに秀吉が天下統一するにいたって戦場が封鎖。雑兵たちの食うための戦争は朝鮮半島に展開される。

友岡雅弥(2001)『ブッダは歩む ブッダは語る』第三文明社 ブッダの主張はサンカーラ(慣習的行動)を砕破すること。社会が認めたものを善とし、それを全員が目指すという習慣や理想を捨て去り、社会に妥当する普遍的な理想へと変換させていった。

細川貂々(2006)『ツレがうつになりまして。』幻冬舎 ストレスで疲れすぎ、仕事が嫌になり、失敗ばかりするようになり、眠れなくなる。うつ病と診断されたスーパーサラリーマン夫との日常生活。ゴロゴロ過ごしながら、突然襲う落ち込み、一人でいられなかったり、などうつの症状を楽しく。

細川貂々(2007)『その後のツレがうつになりまして。』幻冬舎 会社をやめずに安定した生活を続ける、日記を書くことは認知療法に繋がる、障害者自立支援法を使うと薬代が安くなる、などの情報。うつのツレの後ろ向きの言葉への対応法など、細川家のノウハウを楽しく紹介。
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2013年01月03日

『開発経済学と現代中国』

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さて、2013年最初のエントリは、中兼先生の著作を紹介したいと思います。



中兼中国経済論の集大成です。中兼先生が一橋大学,東京大学,青山学院大学と38年にわたって教鞭をとってきた中国経済論をまとめたものといえます。

視点は「開発経済学から現代中国を読み解こう」としています。開発経済学を勉強するにも,中国経済を知るにも双方どっちにもお得です。

主張をまとめてみます。

経済発展の実績で「中国モデル」が注目されるようになったが,そのようなモデルが存在するのか?中国の経済発展とその変化をとらえるために開発経済学における枠組み,例えば,「後進性の優位」仮説(ガーシェクロン),ハロッド=ドーマー・モデルなどを現代中国理解の準拠枠として,利用する。

ソロー型成長モデル,ルイス・モデル,ペティ=クラークの法則,グズネッツの逆U字仮説,比較優位論的貿易モデル,雁行形態論,人口転換や人口ボーナス,人的資本論などは,中国を理解する上で,有益な枠組みである。

ただし,従来の開発論の枠組みからはうまく説明できない,中国の特性を強く繁栄しているものは,(1)人口規模の有用性(人口ダイナミクス),(2)農村工業化論を超えた郷鎮企業の発展,(3)超雁行形態論を形成している外資の役割,(4)新たな開発独裁としての政府の役割,そして(5)制度の創生・発展,である。

とくに中国の経済発展における市場創生のダイナミズム,この点が開発経済学への最大の貢献であろう。


以下,本書の各章で用いられてきた開発経済学の枠組みとそこから得られた結論を簡単にまとめてみます。なお,これは備忘録程度のまとめですので,詳細は本書をみてください。

第1章 初期条件と歴史的文化的特性

ガーシェクロンの「後進性の優位」仮説,ノースの経路依存性,速水の誘発的制度革新,ウェーバーの文化論
→経済発展を促す政策と制度が比較的有利な環境条件の下で,適切に作用した。

第2章 成長モデルと構造変化

ハロッド=ドーマー・モデル,ロストウの発展段階論,重工業化モデル(マハラノビス・モデルとフェリトマン=ドーマー・モデル),成長会計,チェネリーの標準パターン論,ペティ=クラークやホフマン法則,ビッグ・プッシュ,均整・不均整成長論,内生的成長論
→中国の高貯蓄,高投資は当てはまるが,毛沢東時代と改革開放以降では意味が違う。

第3章 ルイス・モデルと中国の転換点

ルイス,ラニス=フェィ・モデル,過剰労働論,ハリス=トダロ・モデル
→中国の特殊な都市農村分断,郷鎮企業の存在などがあるが,市場化によって人々の行動様式が「合理的に」。

第4章 外向型発展モデルと中国

プレビッシュ=シンガー命題,貿易と外資
→外資と成長には複雑で多様な相互促進関係があるが,自立した経済成長が可能かという議論がある。

第5章 雁行形態論・キャッチアップ型工業化論とその限界

雁行形態論,比較優位,輸入代替・輸出志向
→中国の特殊性により典型的な雁行形態型発展パターンから乖離することがある。キャッチアップ型工業化論の意味がなくなってきている。

第6章 人口転換と人口ボーナス

マルサスの罠,人口ボーナス
→人口規模と経済発展をみると,マルサスの逆説ともいうべき新しい論点が。

第7章 分配と貧困

クズネッツ逆U字仮説
→クズネッツ仮説の妥当性は低い,分配の不平等化が進み,政治的緊張などへの問題が。

第8章 人的資本と教育

シュルツ,ベッカーの人的資本論,教育収益率
→中国は国際的一般パターンと類似。

第9章 環境クズネッツ曲線と中国の環境問題

環境クズネッツ曲線
→地域によっても,汚染物質によっても結果は変わる。

第10章 開発独裁モデル

開発独裁,東アジアモデル
→党組織が社会の隅々にまである,民主化と経済成長に強い相関はなさそうである。

posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする