2013年04月23日

『どのような教育が「よい」教育か』

どの大学でも教育目的にしたがって科目が配置されるカリキュラムがあります。たとえ自分のやりたい勉強を提供してくれる学部に入学できたとしても、カリキュラムの中にすべて満足のいく授業が配置されているわけではありません。

「アジア史をなぜ学ばないといけないんですか?」
「中国経済に興味ないのに選択必修だからとらないといけない」

といった事態が発生します。

小学校の時に思った

「算数はなぜ勉強しないといけないか?」

的な疑問につながります。「〜をなぜ勉強するの?」と親に聞く時は、そもそも「やりたくない」という意思表示になっています。「なぜ勉強しないといけないのか?」=「勉強する意味がわからないので勉強したくない」になっています。

何を学ぶか、何を教えるかについて考えさせられる本を読みました。




人は「自分の生きたいように生きる」という欲望を持っています。この欲望を満たすこと、自由こそが重要な価値です。人の自由を保証し、そして他人の自由も保証する、これが社会で最も重要な価値であるとします。


そこから苫野さんは教育をこう定義します。


「教育とは何か。それは「各人の〈自由〉および社会における〈自由の相互承認〉の〈教養=力能〉を通した実質化」である。どのような教育を私たちは「よい」「正当」といいうるか。それは〈一般福祉〉に適う、さらにいえばこれを促進しうる教育である。」(苫野2011、p.211)


「実質化」のために教育が必要となってきます。何を学ぶかは各人の生きたい生き方に依存するのでさまざまになります。したがって何を学ぶかは自分がどのように生きるかのかという自分の主体性に依存します。自分がどのように生きるのか、これが何を学ぶのかにつながってきます。

となると学校という組織が提供するカリキュラムには限界が出ます。大人が何を学ぶかを用意しているために、生徒学生は学びの制限を受けることとなります。

苫野さんは学ぶことの内容についても3つ提案しています。

ひとつは基礎教養、二つ目は学ぶ方法、三つ目は社会でお互いの自由を承認するためのルール感度、です。

最低限の知識がないと社会で生きていく自由を獲得できません。自分の自由を広げるためには広い教養が必要となってきます。

また社会はさまざまなことが起きるために、新しいことを常に学び続けなければなりません。そのために学校教育で、自分での「学び方」を確立する必要があります。

最後に、社会は自分と他人によって構成されています。自分の自由を大きくしようとすれば相手の自由を制限することになることもあるかもしれません。スムーズに生きることができるように社会にはルールがあります。そのルールを受け止め、遂行する能力というのは社会において必要なことだと思います。

苫野さんは教育の方法についても議論をします。

教えこむ(知識の詰め込み)がいいのか、経験(体験学習)がいいのか、という問題です。大学でも座学からアクティブ・ラーニングへの流れがありますが、まったく同じ事です。

二者択一的な疑問の建て方ではなく、学ぶことの到達目標を意識し、その目標に到達するためにどちらがいいのかを考えるべきだとしています。

大学でも近年はシラバスに学習目標を書くように指導されます。ここが教員の悩みどころでもあります。


さて、最初の問題意識に戻ります。

アジア史を学ぶ意味がわからない
中国経済を知らなくても生きていける

という意見があります。まさにその通りだと思います。いくらアジアを勉強したいと思っても、歴史に興味がない、特定地域(ここでは中国)に興味がないということはよくあることです。「アジア」という学問は知識があれば「へ〜」といわれる程度の教養的学問です。

教養である以上、学生も自分の興味のないものは選択しなくてもいいはずなのですが、時間割の配置や必修という縛りによって、興味ない科目を履修する可能性があります。

これが学校という組織化された学びのカリキュラムの限界です。

どうすればいいのか、ここはやはり教師の工夫が必要になってくるでしょう。

あまりおもしろくないと思われる科目でも、「へ〜」と目からウロコ的なものを提供出来れば、学生の学ぶ意欲につながります。

あるいは題材には興味がわきにくいが「学ぶ方法」について身につく授業を展開すると学生の満足も上がります。

あるいは学問には本質的に共通する部分があったりするので、それを伝えると他の分野への応用が聞くので、学問の有機的連関を学生が感じ取り、学問の面白さ、奥深さをしることができます。

授業科目というのは

「なぜ勉強しないといけないのか?」

と問うのではなく、勉強の科目が私達に「どう学ぶのか」「どのように学ぶのか?」という姿勢を問うていると思います。どのように学ぶかを教えることができれば学生の満足度もかなり高くなるのかもしれません。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 大学教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする