2013年06月27日

「中国の特色ある社会主義」の政治制度とは?

温家宝前首相が昨秋の党大会で最後の会見をしたときに「政治改革」の重要性を強調しました。

中国の政治改革はどこに向かうのでしょうか。中国が「中国の特色ある社会主義」を標榜している以上,西洋の政治制度(いわゆる私たちのいう民主主義)を導入することはありません。

今回は,集合行為論から中国の政治制度改革を考えてみたいと思います。

1.国家はなぜできるのか。

中国共産党による中国という国家を考える前に,まず国家ができる理由を考えます。

国家が存在するのは国内の治安を守り外敵から国民を守るためです(テーラー1995)。人々は集団になることによって集団内部を安全に保ち,そして集団から外の敵から身を守ることによって,生活を守ってきました。

集団のもっとも大きなものが国家です。国家は国家の成員である国民に対し「治安」と「国防」という公共財を供給します。国民は国家が提供する「治安」と「国防」によって安全な日常生活や経済活動を行うことが可能になります。

公共財を供給するにはお金がかかります。それを徴収するために税金という制度があります。また治安や国防のために人を徴収する必要もあります。それが徴兵制度です。国民は国家の成員である以上,公共財のための費用を負担し,公共財の供給のために協力しなければなりません。

しかしここで問題が発生します。合理的な人間であれば,公共財の供給に協力をしなくても誰かがやってくれるのではないかと考えます。自分一人が税金を払わなくても,兵隊にいかなくても国家が提供する公共財の量に影響は与えないだろうと考えます。

これがいわゆるフリーライダー(ただ乗り)問題です。一人ではなく多くの国民が公共財の供給に「ただ乗り」しようとすると,公共財の供給は最適ではなくなり,過少に供給されることになります。この結果,国家の「治安」や「国防」に影響を与えるかもしれません。

このように人々が集団になって集合財(公共財)を供給するのは難しいと考えたのがオルソン(1983)です。少人数が集団になることは可能です。でも大規模な集団は難しくなります。いわんや国家というレベルになると常にフリーライダーが存在するために国家という集団凝縮性を維持するためには工夫が必要になります。

オルソン(1983)は,大規模な集団を集団たらしめるための要因を「選択的誘因」として説明します。この集団に入っているからこそ,入っていないよりも「選択的」にインセンティブ(誘因)が与えられるようになっているために,集団であることが可能になります。

例えば,負の選択的誘因として,その集団であるがために会費を支払うというものです。国家レベルで言えば租税で費用の負担を行うというものです。集団の成員であれば,この費用負担から逃れられないようになっているのが普通です。

反対に正の選択的誘因として,集団に参加しているためにその集団が供給する集合財を享受することが可能になります。組織が大きくなればなるほどこの集合財からの便益よりも集合財供給のための費用負担の方が大きいためにフリーライダーになりやすいということは先程も述べたとおりです。

集合財を供給するために集団に参加するモチベーションは,正の選択的誘因の他に,社会的誘因も存在します。いわゆる集団リーダーであったり国家リーダーは社会的地位を享受します。またリーダーシップによって人からの評価や承認,名誉を得ることができます。他にも集合財以外の非集合財を得ることが可能になる場合もあります。国家の治安(よりよい社会)を目指して国家建設に励んだあと,個人的にご褒美があるような場合です。昔の皇帝が金銀財宝や妾を多く抱え込むのは集合財ではなく非集合財を享受している事例です。

でも多くの一般の人にとっては集団に参加する場合,費用よりも便益が少ないために,合理的な人間は大規模集団を作らないということになります。


2.中国共産党による国家建設,国家運営

オルソン(1983)のいう集団行為理論から中国共産党の建国,そして国家運営を考えてみましょう。

日本をはじめとする列強の中国侵略,辛亥革命以降に中国を統治し始めた国民党支配に対して,中国を変えようという動きがでます。それが中国共産党です。

とくに毛沢東は,遅れている中国の現状を憂え,社会の進歩を願い,私的な勉強会である新民学会を設立します。新たな社会建設に向けた熱い思いはマルクス主義と結合します(ショート2010)。

1921年中国共産党結成のために毛沢東はじめ13人が上海に集います(第1回共産党大会)。共産党は,列強や国民党官僚に搾取される農民や市民に「共産主義社会」という公共財を供給することを集団目的としました。毛沢東をはじめ初期共産党員は革命で命の危険に会うかもしれないという費用を払いながらもよりよい中国を供給するという便益を目指して共産党を組織化していくことになります。

共産党は最初は少ない人数でしたが,徐々に農村の支持を得るようになります。共産党員は革命という費用を支払いながらも進歩した中国での生活を便益として期待し,革命に力をいれます。農民は自らが党員にならず支持する姿勢をみせるだけで,革命が成功した暁には土地がもらえると考えました。圧倒的な低費用で大きな便益が期待できたためにわざわざ入党することなく党支持に回ることでフリーライダーになろうとしたわけです。

1949年の新中国成立以降,共産党は「強い中国」という公共財を供給するために国家運営を行います。共産主義社会建設のスローガンのもと,党員も農民も市民もみな平等であるはずですが,党の組織への忠誠を得るために党員には選択的誘因を与えます。それがいわゆる「幹部」たちへの優遇です。党幹部に優先的に,食糧切符が用意されたり,電話が引けたりしました。改革開放以降はテレビが用意されたり立場がより上になると公用車が用意されたりします。共産党という集団を維持するために,党員への選択的誘因が提供されたわけです。

改革開放以降,中国共産党はGDPという富を国民にもたらしました。改革開放以降,共産党の集団目的は大きく変容します。「共産主義革命」という公共財ではなく「経済発展は硬い道理」と言われるように経済発展を国民に提供するという目的に変わります。

経済成長という公共財は,党員のみならず一般の人々にも豊かな成長をもたらします。しかし共産党への支持拡大のためにはさらなる党員の増加を目指し,盤石な共産党一党独裁体制を構築しなければなりません。江沢民は「三つの代表」を提唱し,2001年から新社会層(私営企業家、外資企業の管理職、弁護士・会計士などの専門職)への共産党への取り込みを開始しました(鈴木2012)。外見上は,新社会層への政治参加への機会を提供したわけですが,党にとっては党支配の強化につながります。また新社会層は,実権をもっている党幹部などのエリートや他の企業家とのパイプを築けるというメリットもあります(マクレガー2011)。共産党が提供する「コネ社会」という集合財は,党員だけが得られる選択的誘因になったわけです。これにより共産党は8000万人を超える世界最大の党になっています。

しかし,共産党支配による国家運営はこの選択的誘因によって党員官僚と一般社会との乖離が進みます。これが「官二代」という言葉に表わされるように,党員官僚は豊かになり,一般民衆は貧しいままです。

オルソン(1991)は,国家の興亡は集団組織間の利益分配によって左右されると主張します。特殊利益集団は問題を先送りするようになり,そして集団成員の同質化を通じて,組織を安定化させるため,排他的になってくると指摘します。

中国共産党には,それに対抗しうる他の政治集団組織がありません。まさに共産党という集団組織の興亡が国家の興亡につながってきます。


3.民主主義は素晴らしいのか。

現在,中国では経済発展で得た富を分配する権限があるのは中国共産党です。一方,民主主義国家は,複数政党により複数の集団が利益分配に参加します。選挙という投票によって国民全体が利益分配に参加できるシステムです。したがって民主主義の方がよいという議論になります。

しかし,本当に民主主義は素晴らしいシステムなのでしょうか?とくに私たちの現在の民主主義はヨーロッパから導入されたものです。王政により民衆の権利が抑圧され,その抑圧に対抗した民衆が立ち上がって,王のみが持っていた利益分配権を民衆自らが取り戻しました。この流れはアジアにおいても顕著で,一党独裁を経験した韓国や台湾のおいて,そしてインドネシアでも多党制へ移行していきました。

民主主義制度によって,税負担者が公共財の供給の決定に関わることが可能になります。しかし,税負担者の費用と受け取る公共財の便益が一致するのは,納税者全員が交渉して全員が一致する場合のみです。全員一致が公共財供給のパレート最適な状態になります。

現実には納税者全員が交渉ししかも全員一致することは不可能です。そのため二つの制度が採用されています。

(1)一つ目は議会制(代議制)民主主義(議員が有権者を代表する)です。議員が政策を提供し,有権者がもっとも選好の近い人を選ぶことによって,自らの選好を議会で反映させるというシステムです。

(2)もう一つは多数決です。全員一致で物事が決めることは大変時間がかかるため,議会における多数決あるいは与党による議会運営というのが便宜上採用されています。

議会制民主主義と多数決について問題をみていきましょう。

有権者が議員を選択する(投票する)のにも問題があります。一つは,議員側(実際には政党側)が政策を提供するにしても,議員は選挙で当選することが目的ですし,政党は多数派になることが目的です。そのため,有権者へのウケがいい政策を提言しがちです。二大政党制の場合,リベラルから左派までの幅広い支持を集めようとすると,どちらの政党も似たような政策(つまり中道的なもの)になってしまいます。いわゆる中位投票者の定理で,これによりリベラルや左派の人たちの選好が反映されないという結果になります。

また議員候補者は立候補になります。「議員をさせたい」というよりも「議員になりたい」という人を選択するシステムになっています。これは権力志向や野心家の人たちを推薦することになります(長山2013)。

中国共産党は選挙で党員が選ばれているわけではありませんが,党員になりたいという人が入党するので似たようなシステムになってしまいます。

投票自体にも問題があります。民主主義の理想では,投票者が議員や政党の政策をじっくり吟味し,自分が納得する政策を提供している議員や政党に投票することが求められています。しかし,実際の投票者は普通の人間であり,利己的で合理的な側面を持ちます。投票者は考えます。自分が投票した議員や政党が当選し多数派になるのかどうか。もしならなければ多数決で決まる以上,自分の選好を議会で反映することが不可能です。投票者は自分の選好が議会で反映する確率が小さければ小さいほど投票にいく便益がなくなってしまいます。この場合,わざわざ費用をかけて議員や政党の政策を調査するということをやめてしまいます。これが合理的無知です。有権者は,合理的な判断として無知であろうとします。

その他にも投票には問題があります。コンドルセの投票のパラドックスという,人々の選好が議会で反映されないという問題です。

多数決というシステムにも問題があります。多数決というシステムは,社会が一つの政策を選択する(社会選択)上で,その決定が社会の満足するものになるかどうか不安定になります。そもそも多数決は政治的な決定を少数派に押し付ける,いわゆる政治的決定の外部性という問題をはらんでいます。外部性が発生する時点で,パレート最適は不可能になります。そもそもアローは民主主義が不可能であることを示しています。

北京に駐在している人も民主主義制度と中国の政治制度を見て,以下のようにいいます(<日本人が見た中国>民主主義は絶対善なのか?)。

「日本の政治を見ていると、民主主義という制度は本当に難しい制度だと思う。なぜなら、参政権を持った国民全員に、「自分のポケットにお金が入るか入らない?」ではなく、国の将来を見据えた大局的な判断が求められるからである。 」

これはさきほど述べたように自分の選好が議会で反映する確率が低ければ低いほど,将来のこと考えることは無駄になります。

またこの駐在員はいいます。

「かく言う私も日本で教育を受けてきたので、初めて“悪の独裁国家”中国に来たときには「中国の国民は参政権も与えられず、独裁者に抑圧された暗い毎日を送っている」と思い込んでいた。しかし、中国に住んでわかったのは、「人は参政権がなくても結構幸せに暮らせる」ということだ。」

これは参政権があろうがなかろうが,一人の決定(独裁)も多数決の決定(民主主義)は同じ事で,その政策が合わない人にとってはただの押し付けにすぎないことになります。


4.中国の政治改革ー「中国の特色ある社会主義」が目指す政治制度

中国の一党独裁であれ,日本の民主主義であれ,基本的な考え方は,国家の公共財(集合財)を供給するために,どのような集団を構成するかということになります。一つの集団で集合財の供給を決定する場合,国民が集合財の供給の仕方に関わりたい場合は,その集団に入らなければなりません。中国では中国共産党が唯一の集合財供給の集団です。政治に参加して集合財供給に関わりたい,現在の場合経済発展とその成果の配分に関わりたいと考える場合は,共産党に入党するしかありません。

日本で,集合財の供給に関与したい場合は,投票に参加して,いくつかの集団の中から一つを支持するということになります。一党独裁と違うのは,国民全員が投票を通じて集合財供給に関与することが可能という点です。しかし,自分が支持する集団が議会で少数の場合は,何も得るものがありません。あるいは自分の一票で集合財供給に影響を与えるとも思えません。そうすると費用かけてどの集団が自分の選好と合うのか,それを調べることすら面倒になってしまいます。政治に興味を失い,投票に行かないという現在の日本のような状況になります。

政治制度としていいのは二つ,公共財供給に集団成員が参加できることと不利益を被る人を守るという点です。個人が集団になって集団が集合財を供給するというのが国家である以上,個人が集団に参加し集合財の供給に関わる過程を保証する必要があります(もちろん参加に関わらないという選択も可能にする必要があります。いわゆるフリーライダーです)。もう一つは集団が集合財の供給を決定した時に,それによって不利益(外部不経済)を被る人たちを減らす,国家の決定による不都合を減らすということです。

実際に,中国の政治改革をみてみると,以上の二つを保証するように考えられているようです。つまりポイントは,個人の政治参加を保証し,国家の権限を制限する方向です。

中国の政治改革は,@権利保証,A権力制限,が重点テーマです(「貧粗な政治体制改革の成果を列挙(今日の『人民日報』-20120514)」『佐々木智弘の「中国新政治を読む」2』)。

権利保証では

(1)基層では群衆自治を認める。
(2)全人代代表選挙では,農村と都市の代表を同票同権にする(現在は8:1の格差)。
(3)立法過程において公聴会を開催する。

のが改革の方向です。

権力制限では

(1)情報公開を行う(官僚の「三公消費」を公開する)。
(2)政府の職能転換を行う(行政部門における許認可権限を縮小する)。
(3)公務員管理(競争選抜による)。

という改革によって,国家による外部不経済をなくそうとしています。

また一党独裁とはいえ,毛沢東のように一人の決定がすべてを動かすことはありません。引退した長老(江沢民や胡錦濤)の影響を受けるとはいえ,重要な国家的決定は,党中央政治局常務委員の7人の合議と全員一致で行うことになっています。中央政治局常務委員がいろいろな背景をもつ人が選ばれていることを考えると,そこそこのバランスのとれた政策決定は可能かもしれません。民主主義のところで紹介した「中位投票者の定理」が政治局常務委員会での決定にも働く可能性があります。

投票権があるからといって,利益の配分に影響を与える確率がほぼゼロだとすると,投票権があるのもないのもあまり関係ない可能性もあります。つまり民主主義を中国に導入しないと問題だ,という単純な結果にはなりません。

そう考えると,中国には独自の政治体制あるいは独自の民主主義(中国でいう「中国の特色ある社会主義の政治制度」)が可能かもしれません。

私たちが認識している民主主義制度は簡単ではないのです。西尾さんはいいます。

「民主主義は完成品があるわけではない。進んだとか遅れたとかはない。「民主主義とは、人間のエゴイズムを調和させるために、ほかに仕方がないから、ある妥協の方法として生まれた消極的、相対的な政治形態でしかないのである。放置しておけば人間の欲望には際限がなく、エゴイズムの激突は、必ず無政府状態か専制独裁か、そのいずれにかに結果するしかないが、誰しも他人を独裁者にさせたくないという自分のエゴイズムをもっている。民主主義は、そういう相互のエゴイズムの調節手段としての、最悪よりも次善を選ぶ妥協の産物として成立したにすぎない。」(西尾2007,p.39)

参政権があっても,政治的決定に影響を与えないということであれば,参政権をもらっても私たちは得することはありません。むしろ日曜日の天気のいい日に家族と出かけるということを犠牲にして投票所に足を運ばなければなりません。

参政権がなくても,入党という形で集合財供給に関われるのであれば,その方が実質的という見方もできるでしょう。

重要なのは,一党独裁や多数決で決められるというシステムが横暴にならないように監視し,その決定によって不利益を被る国民の自由を守ることです。共産党体制を維持しつつも,共産党による国家の膨張を防ぎ,国民の自由を認めるという微妙なバランスが「中国の特色ある社会主義」の政治制度なのかもしれません。


<参考文献リスト>
鈴木隆(2012)『中国共産党の支配と権力: 党と新興の社会経済エリート』慶應義塾大学出版会 (2013年度発展途上国奨励賞受賞作品)
長山靖生(2013)『バカに民主主義は無理なのか? (光文社新書)』光文社新書
西尾幹二(2007)『個人主義とは何か (PHP新書)』PHP研究所
フィリップ・ショート(山形浩生訳)(2010)『毛沢東 ある人生(上)』白水社
マンサー・オルソン(依田博・森脇俊雅訳)(1983)『集合行為論―公共財と集団理論 (MINERVA人文・社会科学叢書)』ミネルヴァ書房
マンサー・オルソン(加藤寛)(1991)『国家興亡論―「集合行為論」からみた盛衰の科学』PHP研究所
J.M.ブキャナン、G.タロック、加藤寛(1998)『行きづまる民主主義 (公共選択の主張)』勁草書房
マイケル・テーラー(松原望)(1995)『協力の可能性―協力,国家,アナーキー』木鐸社
リチャード・マクレガー(小谷まさ代)(2011)『中国共産党 支配者たちの秘密の世界』草思社

「貧粗な政治体制改革の成果を列挙(今日の『人民日報』-20120514)」『佐々木智弘の「中国新政治を読む」2』
http://blog.livedoor.jp/sasashanghai-tokyo/archives/7031469.html,2013年6月10日アクセス
「<日本人が見た中国>民主主義は絶対善なのか?」『レコードチャイナ』2013年6月9日配信
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=73062&type=,2013年6月10日アクセス
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2013年06月25日

中国経済学会第12回全国大会

6月22日,23日に中国経済学会第12回全国大会(京都大学)が開催されました。

23日(日)に私は

「中国の地域経済:空間構造と相互依存」

というタイトルで発表しました。討論を通じて今後の研究方向を明らかにしたいという目的で昨年出版した本の概要を発表しました。



本書のメッセージは,中国の地域経済をどう捉えるかという問いに対し,中核ー周辺ー海外という概念枠組みで地域間の相互依存を考慮しつつ,発展のデコボコが均等していく過程である,と主張するものです。

討論者である金澤孝彰先生(和歌山大学)より,4種類のIO表が使われていること,Non-survey方法でのデータ推計手法の拡充方向,その後に公表された中国地域間表との関係について指摘がありました。

結論を支えるためのデータの信頼性が議論の的になった形です。今後,国家統計局などの公表データで検証し,空間構造(ネットワーク)や相互依存が私の成果と同じかどうか検証する必要があります。

その他,今回の学会で,中国経済学会と中国経営管理学会が正式に統合して中国経済経営学会になることが決まりました。来年は中国経済経営学会として東京大学で大会が開催される予定です。

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2013年06月18日

中国の為替レートの変動と資本移動の自由化は避けられない。

国際金融のトリレンマから考えると中国は為替と資本移動の自由化は避けられません。

どういうことか考えてみましょう。

国際金融のトリレンマとは以下の3つを同時に達成することは不可能である,というものです。

(1)為替の固定
(2)独立した金融政策
(3)自由な資本移動

日本は(1)を捨てて変動為替相場を採用し,(2)と(3)を維持しています。

香港は(2)を捨てて為替で固定しているアメリカの金融政策の影響を受けつつ,(1)と(3)を維持しています。

中国は,現在のところ(1)と(2)を維持しつつ(3)の資本移動の自由化を制限しています。

ここでは国際金融のトリレンマをできるだけ簡単に説明してみたいと思います。

単純化のために,金利は国内金融政策で決定される,つまり国内のマネー供給と需要によって決定されると考えます。為替は海外マネーの供給と需要によって決定されるとします。つまり金利と為替はそれぞれ国内マネーと海外マネーの需給を調整する「価格」と同じ役割を果たしていると考えています。

日本の場合は,金利と為替が市場のマネーで決定されていますので,以下のような図式が成立しています。

日本
≪調整弁≫ ≪市場需給≫
 金利    国内マネー
--------------------------
 為替    海外マネー

ここで,香港のように香港ドルと米ドルをリンクする固定為替制度を考えてみましょう。為替の自由な変動を認めないために,もう一つのマネー,国内マネーの調整弁である金利の変動ができないという状態になっています。

香港
 金利× | 国内マネー
 為替× | 海外マネー

国内マネーと海外マネーの自由な移動(自由な資本移動)を認めることによって,為替を固定化することが可能になります。国内マネーと海外マネーをまったく同じものとする(為替レートで価値を固定する)と決めていることを意味します。例えば香港ドルへの需要が増加し香港ドルが高くなろうとしても価値は米ドルと固定されているので,米ドルへの需要と同じになります。しかしこの場合,香港の金利に影響を与えることはできません。香港ドルと米ドルは同じ価値をもつマネーにしているので,香港内でマネー供給をコントロールすることが不可能になっています。つまり香港ではアメリカの金融政策(アメリカの金利)がそのまま香港で通用することになります。

次に,中国のように人民元と米ドルをリンクする場合を考えてみましょう。現実には人民元は通貨バスケット制ですが,中国の最大の貿易相手国はアメリカなので,おそらく通貨バスケットの中で米ドルの占める位置は大きいと思われます。中国は香港と違い大きな国ですので,独立した金融政策を維持したいと考えるでしょう。したがって海外マネーが自由に流入することは金融政策に影響を与えることになるので,外に置いておきたいとなります。

したがって中国の場合は,

中国
 金利    国内マネー
--------------------------
 為替×   海外マネー×

ということになります。つまり海外マネーの国内への自由な流入を避けたい,海外からの自由な資本移動を制限するという結果になります。

以上が国際金融のトリレンマです。

このように国際金融のトリレンマから中国の為替と資本移動はどう評価できるでしょうか。現在の見方は二つあります。

一つは2005年に通貨バスケットに移行して以来,人民元の変動幅を認めて徐々に切り上がっています。したがって,通貨バスケット制は変動相場への動きともとれます。この場合,独立した金融政策を維持する場合には資本移動の自由を少しずつ認めることが可能になります。実際,中国政府は中国に資本投資を認める「適格投資家」の枠をを拡大しつつあります。

もう一つは,やはり通貨バスケット制とはいえ人民元を固定しているとみる場合,資本流入は制限せざるを得ません。この場合,中国は「適格投資家」の制度で海外資本の自由な流入をコントロールし続けることになります。

しかし,今後の展望は一つしかありません。

独立した金融政策を維持することを最優先しているという前提で考えると,これだけ貿易が拡大し,貿易決済通貨として世界中で人民元が流通し始めると,人民元の国際化は進んでいることになります。人民元が独り立ちしていくと,国がコントロールできないこととなります。国内から海外に出て行くマネー,海外から国内に入り込んでくるマネーの両方が為替を動かす要因になってきます。つまり香港パターンです。

 金利× | 国内マネー
 為替× | 海外マネー

この時,国内金融市場の重要な政策ツールである金利を国内でコントロールしようとすると

 金利  | 国内マネー
 為替  | 海外マネー


となってしまい,為替は自由化せざるをえません。結局,中国は人民元の海外での決済を認めながら資本移動を容認しつつ,同時に為替変動を受け入れなければならないということになります。

結局,中国が貿易大国である以上,現在の日本のように,為替と資本流入の自由化は避けられないということになります。
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2013年06月13日

成都の土地改革

重慶の「地票」で重慶の都市化が注目されていますが,就業,戸籍改革については成都の方が進んでいますし,土地取引においても成都の改革はもっと注目されてもいいように思います。葉裕民(中国人民大学城市規画与管理系)も早くから成都の改革に注目し,重慶よりも評価すべきと語っている一人です(例えばここ)。

成都は2003年より都市農村一体化改革を始めました。2004年には農業戸籍と非農業戸籍の二元化を一本化し,居民戸籍化を進めてきました。2008年には成都市農民が個人の借家に入っている場合は居民戸籍がもらえるとともに,2010年の『成都全域都市農村の統一戸籍を実現して居民の自由な移動を認めることに関する意見』が出て,2012年には戸籍の統一管理ができるようになりました。これにより住んでいるところで戸籍をもらうことが可能になります。

公共サービスについても都市農村の統一化が行われています。2003年以来成都市の農村では新型の農村合作医療と農民年金を徐々に普及させました。このシステムを基礎に2008年成都は『都市農村居民基本医療保険暫行弁法』を試行するとともに,2010年『成都市都市農村養老保険暫行弁法』を実施。全市住民の基本医療保険,年金の政策と待遇を一致させました。

社会保障を先行させながら,成都は土地改革を行います。農村財産権(産権)制度改革です。

成都の特徴は土地の財産権を取引するガチな市場経済化です。

2007年に都市農村一体化総合改革試験区に指定されるとともに土地改革が本格化します。まず,2008年の年初,都江堰柳街鎮鶴鳴村が全国でも最初の財産権を確定する村となりました。請負地の面積,宅地の面積を図り,それを土地財産権確定証明書として発行し,農民が受け取ります。これまでは家庭生産請負制による農民の生産に対する積極性を引き出してきました。さらなる積極性を引き出すために土地の財産権を確定するという段階まで進んだことになります。国有企業が80年代請負制を導入し,90年代は所有権の改革を行いましたが,農村では国有企業に遅れること10〜20年で所有権(正確には財産権)の改革が始まったことになります。

2008年4月より都江堰,大邑,温江,双龍の4区県を試験地域として財産権確定運動に宣伝員が導入されます。しかし大きな問題が発生します。家族構成の変化,結婚離婚,請負権の賃貸などによりどこまでが自分の土地でどこまでが他人の土地か財産権を確定することは非常に困難を極めます。この調整が始まった当初農村の村書記は大声で農民間の調整を行うので声が枯れたといいます。結局,郷鎮政府が関与することはやめ,村民小組による群衆解決方式を採用します。具体的には村民議事会を設置して,利害関係のある農民同士が話し合いをするという方法をとりました。ただ財産権確定の過程で一部の農民は土地を小さく申請しており,今まで税金を過少深刻していたことが発覚したりしたそうです。いずれにせよ2012年7月末で成都市の5割弱の土地の財産権が確定したようです。

次は流通です。大邑県韓場鎮は農業産業化が進展している地域でした。1万8千ムーの土地のうち1万ムーが流通しました。村の土地の50%以上が流通し,これにより農業の大規模化を行うことができました。農民には賃貸料が入るとともに出稼ぎに出ることによって収入が増加しました。

流通の場は,2010年7月に設けられた農村財産権取引所(産権交易所)です(HPはここ)。

ここでは土地請負経営権,林権,農村家屋所有権,集団建設用地使用権,農村集団組織株式権利,農業知財などさまざまな財産権が取引されます。2012年の時点で15万回以上,370億元以上の取引が実施されました。

問題は,18億ムーという国家の農地保護最低ラインをどのように守るのかということです。

成都では「耕地保護基金」を40億元準備しました。例えば,双龍県興隆鎮のある農民の事例です。彼は請負地を7ムー持っていました。政府と耕地保護契約を交わすことによって2331元のお金が入ることになります。そのお金で農村養老保険(年金)を買うことにより耕地を守りながら老後の保証を得る形になっています。

耕地保護の補助金基準は,一般農田400元/ムー/年,一般耕地300元/ムー/年となっています。農地を保護することによって毎年補助金が得られることになります。ただし補助金は現金で手元に入るわけではありません。直接養老保険に回されます。農地保護と社会保障を掛けあわせている形です。


さて,重慶との違いを考えてみましょう。

重慶では,開発権の取引であり,成都は財産権の取引です。どちらかといえば重慶は土地開発が主眼であり,成都は農民の土地権利の確定という目的があります。成都の方が「公有制」を建前とする中国において土地の資本化につながる動きになっています。

ちなみに,推計によると全国の土地を資本化させると土地価値はGDPの3倍,A株市場の6倍にもなるようです。このように土地が「宝」を生むのは間違いなく,これからも土地をめぐってさまざまな経済主体による利益衝突が起こることでしょう。


<参考文献>
易小光等(2013)『統城郷発展的就業,戸籍与土地利用制度聯動研究』中国経済出版社
http://finance.cnr.cn/txcj/201211/t20121105_511302096.shtml
「[深水闯关]土地改革:成都,从确权到流转(上)」中国広播網2012年11月5日,2013年6月7日アクセス
http://finance.cnr.cn/txcj/201211/t20121106_511310051.shtml
「[深水闯关]土地改革:成都,从确权到流转(下)」中国広播網2012年11月6日,2013年6月7日アクセス
http://finance.people.com.cn/nc/GB/8389800.html
「成都市创新耕地保护机制 农民保护耕地可得实惠」人民網2008年11月23日,2013年6月7日アクセス
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2013年06月11日

重慶の「地票」取引の仕組み

中国都市化の問題」で,就業,戸籍,土地問題の解決が重要だと述べました。

土地問題の解決には以下の二つの課題があります。

(1)農地は減らさずに都市面積を増やす。
(2)都市化の費用(農民の社会保障整備や都市開発など)を調達する。

この二つの課題を一挙に解決しようと考えられたのが「地票」制度です。梶谷さんのブログ(コース先生もびっくり!−ポスト薄の重慶と「地票制度」の実験−)でも解説されていますが,具体例をあげて説明してみたいと思います。(私自身がよくわかっていなかったので,易小光等(2012)であげられていた重慶市江津区孔目村の事例をググりまくって調べてみました。)

孔目村は,「地票」制度の実験場として注目された村です。重慶市内から自動車で一時間ほどのところにあります。人口は8000人ほどで,そのうち1/3程度が出稼ぎに出ており,多くの土地が耕作放棄地として存在していました。また宅地や郷鎮企業用建設用地として残していたところも全然使われていませんでした。

ここで,土地利用が図のように耕作放棄地3,宅地,公共施設用地が3,全部で6の土地があったとします。(図参照)

Landticket.jpg

まず宅地や耕作放棄地,企業用建設用地,村の利用されていない公共施設用地などをすべて農地に戻します。同時に村に住んでいる人々を「新農村建設」のスローガンのもと一部の地域に集めて住まわせるようにしました。

これにより農地が5,新農村建設に使われた土地が1となります。これにより農村で無駄になっていた土地を活用することにより,農地が5増えることとなります。この農地5が「開発権」=地票となります。

この地票を2008年に新設された重慶市内の地票取引所(交易所)で,売りに行きます。買い手はいわゆる国有の都市開発デベロッパーであったり,都市部の企業です。都市開発で都市周辺の農地を必要としている人たちでした。この人たちが地票を購入することによって都市部周辺の都市建設用地の使用権を手に入れることとなります。(図の下)

この制度の革新的なところは

(1)農地を減らすことはないということ
(2)僻地農村の農地であっても平等に都市の開発権に変わるということ
(3)農地の地票の販売代金が,農民への土地補償,都市に住んでいる農民への社会保障の原資,都市開発のための資金,になるということ

です。これによりすべての問題が解決したように見えますが,やはり中国,さまざまな問題を抱えています。

土地を農地に戻す作業や農地であることを検収するのは農村で作られた集団所有制企業です。孔目村では「恵農公司」という農地区画整理事業を行う企業が設立されました。この公司の目標は,重慶市の都市計画(都市化に必要な土地の量)にしたがって,農地を「生産」しなければなりません。つまり農地区画整理事業を行うわけですが,当然無理な宅地や耕作放棄地(出稼ぎにいっていない人の土地)を接収することによって農民の反対にあいます。

また地票取引の収入は85%を農民への補償,15%を都市での社会保障や農地開墾費用に当てられることが決められていますが,やはり補償に向かわずに恵農公司が上前をピンハネしているようです。新農村建設ということで集合住宅に住まわされることになった農民も住む面積が小さくなったなどの苦情も出ます。

以上の問題は地票取引が出る前から存在しているので,そんなに目新しいものではありません。むしろ注目すべきは,農地として価値があるのかないのかにかかわらず平等な都市開発権に変わってしまうことです。土地の質にあった価格付けがなされず,むしろ需要側,都市の土地を確保したい開発したいという都市部開発業者の需要の大きさで値段が決定される可能性があります。辺鄙で農地としての価値がない土地でも地票として取引されてしまいます。

これに関連して地票の質の問題も発生します。農地としての開拓,地票取引所に出品できるかどうか価値を検査するのは,同じ企業,つまり恵農公司です。生産と質の管理を一企業が行なっています。地票として売ることが目的になると農地になっていない農地までもが地票として売りに出されたり,辺鄙な土地で農地として使えない土地までもが地票になってしまいます。

「地票」取引の醍醐味は市場価格にそった取引でしょう。取引量が増えてくれば地票の質によって価格差がついてくるようにはなると思います。

しかし地票を場所に関わらず同じ価値として取引することは農民の補償や社会保障の財源,都市化の費用を調達する意味ではメリットがあるのも事実です。

<参考文献>
易小光等(2012)『破解中国発展之困局:重慶実践論』中国経済出版社
その他各種報道より。
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2013年06月06日

比較経済体制学会第53回全国大会

6月1日,2日と新潟大学で比較経済体制学会第53回全国大会が開催されました。私は2日目の共通論題3「空間的接近」にて,

「中国とアジアの経済統合:国際産業連関モデルからのアプローチ」

と題して報告しました。空間経済学で言われる「自国市場効果」を産業連関分析でいうフィードバック効果からアプローチし,中国一国だけが他国よりもフィードバック効果とスピルオーバー効果を享受していることを示しました。

討論者の植村先生(横浜国立大学)より,@フィードバック効果を相手国別に計測できるとよい(例えば中国−ASEANとか),A付加価値形成から考えると中国の付加価値(とくに労賃が安いため中国に残る部分は低い)をも考慮する必要がある,B報道などによると中国の多国籍企業が生産の30%,輸出の55%を占めるため,企業分析で補う必要がある,という的確なコメントをいただきました。

今後本発表を改善する上で参考にしていきたいと思います。

また学会で聞いた発表のうち以下のものが有益だったので備忘録として。

穆尭芋「中国の地域発展戦略の施行における地方政府の行動比較−広西チワン族自治区と吉林省を中心に」

2008年の広西北部湾経済区発展規画の公布をきっかけに地方政府が地域戦略を作成し,中央からオーソライズしてもらうというのが増加した。現在のところ北京,天津,湖北(ただし武漢はある),チベット以外で作られている。また省市をまたがって作成されたものもあり,広東省は3つの発展戦略に関与している。

このメリットは,中央からの財政支援を得やすい,大型プロジェクトの許可を得やすい,マスコミに注目されることにより投資増加の期待,そして前例のない取り組みに対して「先行先試」の権限が与えられる,というものである。

吉林省では北朝鮮を経由して上海に輸送する越境輸送が認められた。

ただし,地域によっては開発戦略の国家的意味があっても地方政府にとってメリットが少ないと実行に温度差がある。
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2013年06月04日

2013年5月読書ノート

2013年5月読書ノートです。

今日の紹介は奥田先生の本。



奥田先生はABA(応用行動分析)の専門家です。ABAは一般的に自閉症児などの障害児教育に使われる手法ですが,本書ではABAにもとづきながらも,ABAを一切表に出さず,科学的な根拠に基づく子育て論を展開しています。

例えば子どもが片付けしない場合は,まず1個から片付けたら褒めるということを推奨します。できればすぐに褒めるが基本です。

子どもが友だちを叩くなどの行為をする場合は,その場所からすぐに離し,楽しいことから遠ざかるという経験をさせます。鼻くそをほじる癖をやめさせる場合はすぐに手を洗わさせるなど面倒な手間をやめさせたい行為にプラスすることを薦めています。

電車で飛び跳ねたりするなどルールを守らない場合は,電車を降りて家に帰るということします。親もつらいですが,ルールを守れなかった場合は,楽しい経験ができないことを体にしみ込ませるわけです。

不登校においても,嫌なものから逃げているか,不登校によって何かを得ている可能性があります。この場合は,嫌なものを除去するようにする,家にいて得るものをなくす工夫が必要になります。

また最後には親の子育てビジョンにも触れます。将来的に子どもがどのような行動をとるのがいいのか具体的にすると親の行動にも変化が現れるといいます。中学校になったら自分の部屋の片付けができているといった具体的な行動のビジョンをもちその行動がとれるように取り組むというようにします。ビジョンを持つと子育てに迷った時に,その原点に戻ることが可能です。



<経済>

ダニエル・カーネマン(村井章子)(2012)『ファスト&スロー (上)』早川書房 繰り返された経験、見やすい表示、プライムのあったアイデア、機嫌などが認知容易性を生み、親しみ、信頼、快楽の判断をする。少数のものや利用可能な代表的なものから判断。

ダニエル・カーネマン(村井章子)(2012)『ファスト&スロー (下)』早川書房 効用は参照点に依存し、損失は回避しようとする(プロスペクト理論)。保有効果で高く評価し、死亡率生存率など提示の仕方(フレーミング)で判断は変わる。

池田新介(2012)『自滅する選択』東洋経済新報社 目先の利益が遠い先の利益よりも大きく見えてしまう双曲割引。肥満の人は負債が多く自滅的な選択の傾向が強い。目先の誘惑に負けないために断食道場に参加するなどコミットメントを。人の意思決定に影響を与えるリバタリアン・パターナリズム。

イアン・エアーズ(山形浩生)(2012)『ヤル気の科学 行動経済学が教える成功の秘訣』文藝春秋 人は先のことよりも今を重視。待てば得するように選択制約をかけるコミットメント。インセンティブは行動に値付けし選択肢に誘導する。極端なムチ、人からの評価、定期的な意識化が続けるのに有効。

野口悠紀雄(2013)『金融緩和で日本は破綻する』ダイヤモンド社 今までの金融緩和が効果なかったのは投資需要がないから。日銀による国債購入は国債の貨幣化をもたらしインフレになり、財政規律は弛緩する。インフレは財政赤字を実質減少させるが資本流出、円安をもたらし日本経済の体力を奪う。

浜田宏一(2013)『アメリカは日本経済の復活を知っている』講談社 金融緩和はデフレ解消にはつながらないとする教え子白川・日銀を批判。金融緩和を実施し、名目所得を高めて税収の自然増に期待し、その後消費税率のアップが可能に。金融緩和によって円安、輸出の回復、景気の回復につながる。

吉川洋(2013)『デフレーション』日経新聞社 議論は不景気や人口がデフレを引き起こすのか、デフレが不景気をもたらしているのかである。ゼロ金利では貨幣数量説は成り立たない。設備投資の循環、貸し剥がし、イノベーションの欠乏がデフレをもたらした。古いマクロ経済学がデフレを救う。

小幡績(2013)『リフレはヤバい』ディスカヴァー携書 リフレ政策でインフレは起こらない。需要がない中のマネー供給は資産バブルはありうるが、インフレは起きない。合理的期待は仮説。円安をもたらし国債が下落し、日本経済を危機に落とし入れる。

<中国>

莫邦富(2010)『莫邦富が案内する中国最新市場 22の地方都市』海竜社 直轄市、副省級市、省会市、地級市、県級市にランク付けされる700近い都市から新区に沸く天津、重慶、華僑の里厦門、油田のある東営を。中部から奇瑞のある蕪湖、平和堂のある長沙、デパート戦争発祥の土地鄭州を。

何清漣(坂井臣之助中川友)(2002)『中国現代化の落とし穴―噴火口上の中国』草思社 改革の本質は権力の市場化であり富の分配方式を変えたこと。国有企業の民営化、開発区の囲い込み運動が官僚のレントシーキングを生んだ。契約の不履行、偽物の氾濫とモラルが崩壊し、貧富の格差が拡がる。

遠藤誉(2012)『チャイナ・ジャッジ-毛沢東になれなかった男』朝日新聞出版 文革時代に父・薄一波の肋骨を折り革命分子として振舞った薄煕来。権力乱用と残虐行為はその時養われ遼寧、商務部、重慶でも発揮。最後の打黒唱紅運動は共産党体制の危機となった。

ロナルド・コース、王寧(栗原百代)(2013)『中国共産党と資本主義』日経BP社 中国の市場改革は国有企業という特権を付与された経済主体ではなく、国家計画から締め出され、社会の辺境に追いやられた人たちであった。経済に民間の行為者が復活し辺境革命によって資本主義となった。

朝日新聞中国総局(2012)『紅の党 習近平体制誕生の内幕』朝日新聞出版 薄煕来の「打黒」で重慶第二位の富豪は極悪マフィアに、5万人を拘束、中央との路線対立に。ハーバード大ケネディスクールは党高官子弟か多い。習近平の地方からの叩き上げ、李克強の背景,など。

<自己啓発>

樋口健夫(2004)『企画がスラスラ湧いてくるアイデアマラソン発想法』日経ビジネス人文庫 自分の頭に浮かんだ発想をアイデアとしてノートに記録する。毎日の習慣としてアイデアを出し続けると創造能力を拡大し、人生が豊かに。

樋口健夫(2011)『図解仕事ができる人のノート術 新版―アイデアマラソンが仕事も人生も豊かにする』東洋経済新報社 議事録、打合せ、計画、日記、感想、エッセイ、発想を毎日ノートに書くことで人生の芯が出来てくる。毎日の発想をノートに書きとめるのがアイデアマラソン。

美崎栄一郎(2009)『「結果を出す人」はノートに何を書いているのか』Nanaブックス 社会人のノートは学生のノートと違い、忘れるために書く。記録しノートに預け目の前の仕事に集中。自分固有の経験知を積み上げる。メモ、スケジュール、母艦ノートの三冊を使う。

奥野宣之(2008)『情報は一冊のノートにまとめなさい』Nanaブックス 100円のA6ノートを使う。時系列で何でも書く。一元化することで必ずあることになる。テキストエディタで日付とタグ、概要を残すことで索引として検索可能。

矢嶋美由希(2012)『ふだん使いのマインドマップ 描くだけで毎日がハッピーになる』阪急コミュニケーション 思考そのままを視覚化するマインドマップは記録、伝える、共有の最適ツール。買い物、スピーチ、計画、作文、受験、講義、手帳、トラブル対応、講義メモ、自己分析に活用できる。

佐々木正悟(2011)『先送りせずにすぐやる人に変わる方法』中経の文庫 脳は作業をパッキングするのでやる時は分解する。目的意識ばかり高いと目の前の作業が手につかない(夢想的グズ)。結果を気にせず数や回数に注目する。フォルダを開かずにブラウザを立ち上げるという選好逆転に注意。

ケリー・マクゴニカル(神崎明子)(2012)『スタンフォードの自分を変える教室』大和書房 衝動と意志力。どちらも脳の発達過程でできたもの。意志力を強くするために,瞑想や運動を。良い行いのあとは悪いことをしたくなる,一度やけになるとさらにやけになる傾向が。行動の癖を科学的に観察を。

雲黒斎(2013)『極楽飯店』小学館 ヤクザの峰岸は子飼いの池上から殺され、あの世へ行く。あの世の閻魔から手ほどきを受けて、人はソースという源とつながっていること、個人の思考や恐れを手放せばソースにつながり願いが具現化することを知る。人間界に戻り池上の守護霊となる。

<社会問題>

塩沢由典(2010)『関西経済論-原理と議題-』晃洋書房 現状の経済学に批判的な著者がジェイコブズの著書との出会いによって都市主体で経済を考えるようになった。関西経済を一日交流圏として、情報の創造、発信、道州制を提案。

メラニー・ミッチェル(高橋洋)(2011)『ガイドツアー 複雑系の世界-サンタフェ研究所講義ノートから』紀伊國屋書店 数多くのコンポーネントで構成されながらも、単純な運用規則を持つのみで中央制御機構を持たない大規模なネットワーク。学習、進化による適応が生じるシステムが複雑系。

ニール・ジョンソン(阪本芳久)(2011)『複雑で単純な世界: 不確実なできごとを複雑系で予測する』インターシフト 道路渋滞や金融市場などの特定の系には予想もしなかった創発現象が起きる。系は規則と不規則の中間領域に存在する。ふるまいを決めるのは個の間にあるフィードバックである。

デイヴィッド・オレル(2010)『明日をどこまで計算できるか?-「予測する科学」の歴史と可能性』早川書房 天気、病気、景気の予測への科学的アプローチは19世紀の天文学と同じ。三分野の系は計算不可能でモデル誤差を招くパラメーターに依存。予測不可能だからこそ生命は進化してきた。

橘玲(2010)『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』幻冬舎 私たちの生活は愛情・友情空間から貨幣空間に変わった。新しくできたフリーの情報空間では評判が貨幣化してきている。情報空間では報酬の多寡ではなく好きなこと得意なことで評判を獲得する方が良い。

<その他>

横山秀夫(2012)『64(ロクヨン)』文藝春秋 県警の広報官三上。警察庁長官が14年前の未解決誘拐事件の被害者を見舞うとという。長官のぶら下がり取材を望むキャリア官僚赤間の意図とは別に、県警内部の利害が衝突、マスコミとの調整に奔走する三上がみた誘拐事件と本庁の意図とは。

東条健一(2013)『リカと3つのルール: 自閉症の少女がことばを話すまで』新潮社 3歳で自閉症と診断された娘は言葉を理解せず暴れるばかりだった。全財産をかけて取り組んだ上智大学中野研究室でのロヴァース式応用行動分析。静かに手をつないで散歩すること、娘の言葉を聞くこと、ができた。

奥田健次(2011)『叱りゼロで「自分からやる子」に育てる本』大和書房 よい習慣をつけるにはすれば褒める、小さいことで褒める。気になるクセには、面倒なことを付け加える、機会を喪失させる。選択出来ない、禁止のルールを徹底する。子供の将来的なビジョンを持つ、など。ABAの子育て版。

下野新聞編集局取材班(2012)『ルポ・発達障害: あなたの隣に (下野新聞新書)』下野新聞新書 教えたいという教師と集中が続かないADHDの男の子、学校全体で共通の支援を考える、職場実習に参加するアスペルガー の子などのルポと医学的解説、学校現場の試行錯誤、告知の仕方など。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする