2014年02月18日

『自閉症スペクトラムとは何か』

久しぶりに自閉症に関していい本を読んだので,紹介。



本書は自閉症の基礎研究を行う若手研究者が一般向けに最新の研究成果をわかりやすく紹介しています。

自閉症の原因がわかるとか治療法があるとかいったセンセーショナルな書き方をせず、「このような報告がある」という抑えをきかした書き方に,学者としての謙虚さを感じ好感を覚えます。

例えば,自閉症に影響を与える遺伝子は数多く存在するが、自閉症になるかどうかを決める遺伝子は存在しない、とし、決定論は現実から目をそらした理想論だとしています(pp.73~76)。

一方で,自閉症は病気かという問いには答えにくいものの、「「脳」の働きに基づいていることについてはかなりの「自信」を持って「そうだよ」ということができ」るそうです(pp.125~126)。

そして,オキシントンというホルモン吸入によって相手の微妙な表情を読み取ったりすることに敏感になることが報告されているとしながらも、まだ決定的な臨床研究の結果はないとして(pp.131~133),安易なオキシントンによる治療に走ることをいましめています。


では,原因や治療法を提示できない中で,自閉症と関わりのある人たちに本書は何を提供するのでしょうか。それは、「個人と社会の関係あるいは関わり」についていろいろ考えさせられるという点だろうと思います。

例えば著者は言います。「個人が持つ「個性」が「社会」と出会い、そこでの関係性がうまくいかない場合、その個性を持つ方々が社会参加を阻まれる「障害」が生まれ」ます。「だとすれば、個人の育ち、社会の環境にそれぞれ働きかけることで、「個性」が「障害」につながることを防ぐことも可能なはず」だ,と。(p.216)

つまり,多くの定型発達の人間であっても社会に馴染む,あるいは溶け込むのは難しいです。そのような中で社会的認知に困難がある自閉症の人にとってそのハードルはさらに高くなります。でも,人によっては外部からの介入によってハードルを超えること(あるいはハードルを下げること)が可能になりますし,社会的環境もそれを提供することが可能です。

となると,私たちは自閉症の方々のみならず社会生活を困難をきたす方々に対して,「努力が足らない」とかの言葉では片付けられないでしょう。また偏った思い込みの強い人々がその思い込み(認知の歪み)のゆえ社会生活が困る場合,やはり何かしら彼らの個性を認めていくということ,あるいは受け入れていくことが必要でしょうし,さらには認知療法などの介入も必要になるかもしれません。

いずれにせよ,本書は自閉症と関係ない人も、どのように社会に参加するのか、社会は個人の個別要素(いわゆる個性)をどのように受け入れるべきかを考えるきっかけになると思います。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする