2014年04月22日

「グローバル人材」の画一化を憂う

グローバル化とかグローバル人材という言葉が画一化していくことを最近心配しています。

日本社会のグローバル化対応にともなって,英語教育は重要ですし,英語で他国の人と渡り合っていく人間的強さも必要で,そのための教育は重要です。

大学業界では多くの大学で英語だけのコースや学部が作られるようになってきています。

上智大 総合グローバル
創価大 国際教養
関西外国語大 英語国際

が平成26年度から開設されましたし,学習院大学も来年度開設予定のようです。

どこも世界で渡り合えるグローバル人材育成というのが目標ですし,どうしても,英語での教養教育なのでカリキュラムが似通ってきます。その意味で,グローバル人材が画一化するんじゃないかと心配します。

また大学内での「留学生」に対する対応も画一的になっています。留学生を増加させる方策は海外事務所の展開であったり,奨学金の充実だったりします。また留学生の就職支援も留学生セミナーの開催など,これも似たり寄ったりです。

もっとも問題なのは「留学生」という括りです。実際には来日時期がさまざまなわけで,私たちが「留学生」と聞くと,「高校まで現地で暮らしていて,日本の大学に来る」という学生です。でも現実の大学入学者の中には,アジア(フィリピン,中国,南アジアなど)出身のご両親(あるいはどちらか一方)を持つ学生さんも増加しています。日本で出生した人もいますし,来日時期が小学校から高校までさまざまです(したがって日本文化理解のバックグラウンドはずいぶんと違う)。

「留学生」という言葉の捉え方が画一的なために,その対応も画一化するように思います。

山内太地さんのブログで知ったのですが,都立高校生対象の留学支援「次世代リーダー育成道場」の小論文のテーマにびっくりしました。

「現在、経済・社会のグローバル化が急速に進んでいます。その中で、日本人としての自覚と誇りを身に付け、多様な文化を尊重できる態度や資質を有する人材が求められています。こうした人材が求められる背景や理由について説明しなさい。」

山内太地さんも指摘していますが,来日時期がさまざまで,国籍は外国だけど日本で育った人は応募しにくいテーマだな,と思いました。

現実のグローバル化への対応は多文化に対する免疫力を作ることではないかと思っています。

例えば,日本の国内をみても,埼玉県蕨市(わらびし)にはクルド人社会があったり,三郷市にはパキスタン人が集まっていたりしています。そして宗教的にもイスラム教の人々が日本の各地に点在しています。この意味では日本の地域社会もグローバル化しています。

このような現実にすすむ多様化されたグローバル化を意識しなければ,ただ単純に英語ができてアメリカとわたりあえる程度のグローバル化とグローバル人材になりかねません。

現在のグローバル人材という言葉は,現実社会で進行している多様化に対応することを意識できているのかどうか,大学業界に身を置く者として肝にめいじておきたいと思います。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 大学教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする