2014年05月27日

ニュースの見方

世の中でニュースになるものは,「人がネガティブに感じるもの」が多いです。ネガティブであるがゆえに,人は知りたいという欲求がわきます。ネガティブ情報だからこそ人は記事を読んでくれるというのを利用して,マスコミからネガティブ情報が多く提供されてしまいます。(テレビ情報番組の見過ぎは無駄に人の見方をネガティブにするような気がする。)

「他人の不幸は蜜の味」とはよく言ったもので,例えば,となりの鈴木さん夫婦が一緒に出かけているのをみて,夫婦の仲がいいとか,最近車を買い換えた,というのは,ニュースバリューとしては低いです。

一方で,鈴木さんの子どもの服は汚れてる,部屋は汚いという情報は価値がでます。また,旦那さんが不倫して家庭が荒れている,というのも最高の情報価値を持ちます。

人の本性として,ネガティブな情報に反応してしまいます。それを受け入れやすいからこそ,ネガティブ情報に価値を見いだしてしまいます。

上記のとなりの鈴木さんの例でも,鈴木さんを中国と置換えて,

仲がいい=政治が安定している
車買った=経済発展に成功
子どもの服が汚れている=環境問題
不倫で家庭があれている=腐敗撲滅運動

としてとらえれば,中国情報も似たような側面を持ちます。ポジティブな情報は誰も聞きたくないので価値をもたず,ネガティブな情報はみんな知りたいので価値を持ちます。

他国を冷静に分析するためには,「事実」と「意見」を立てわけ,中国で起きている「事実」を把握し,記者やマスコミの見方(意見)を排除するようにしないと,地域研究は客観性を持ちません。

流れてくる膨大な情報からネガティブな側面(往々にして取材者のネガティブな姿勢が反映される)を取り除いて,事実だけをとらえる,情報リテラシーを持ちたいものです。(もちろんプロパガンダ化している中国のマスコミ報道では極端なポジティブ情報にも注意しなければなりません。)
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2014年05月22日

昨年度研究会の報告書

昨年度のアジア経済研究所「2005年日中韓地域間アジア国際産業連関表の作成と利用(II)」研究会の成果が出ました。

岡本信広(2014)「空間規模,立地と地域産業連関モデル」猪俣哲史・柴田つばさ編『2005年日中韓地域間アジア国際産業連関表の作成と利用(II)』アジア国際産業連関シリーズNo.82,日本貿易振興機構アジア経済研究所,pp.1-17

概要は,地域規模と産業立地が地域産業連関モデルに与える影響について,理論的実証的に考察,地域規模よりも立地が地域産業連関モデル(技術係数)に影響する,というものです。

ブログトップの電子書籍コーナーから初稿を見ることが可能です。
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2014年05月13日

グローバル化における「多文化共生」とは何か?

大学では「グローバル化」という言葉とともに「多文化共生」という言葉がよく用いられます(ちなみに勤務先大学でも,多文化共生は建学の精神の現代的意味として使われています。)。浜松市では日系ブラジル人が多く,「多文化共生」は地域住民にとって身近な問題です。また,日本の労働人口の減少にともなって移民を受け入れるかどうかという議論が起きますが,移民受け入れ賛成はこの多文化共生政策に賛成していることになります。

多文化共生とは何でしょうか?例えば,ネットでググってみると,比較的きちんと触れていたのは埼玉県で,埼玉県国際課のHP(ここ)によると

多文化共生とは、「国籍や民族の異なる人々が互いの文化的違いを認め合い、対等な関係でそれぞれの能力を発揮しながら共に生きることです。」

とあります。

正直,言葉として分かってもどのように実践するのか,非常に難しいと思います。そこで私は,多文化共生とは「異なる認知フレームワークの交換」と定義しておきたいと思います。これにより,多文化共生を教育で実践できると思うからです。

(1)人は知らない人を敬遠する。

人間は知らない人を警戒する動物的本能を持っています。その知らない人たちが自分が思っていた行動と違う行動や違う言葉を喋れば,それは奇異に映って,恐怖が生まれることでしょう。黒船のペリーが日本にやってきて,日本が西洋人と接することになって大騒ぎしたのがこの状況でしょう。

国籍,民族が異なるということは,文化,背景が違うために物の見方(認知のフレームワーク)が違うということです。

一つ思考実験をしてみましょう。東京で住んでいる人と北海道に住んでいる人がいるとします。この2人が「新宿」で待ち合わせすることにしました。ただ問題は新宿のどこで落ち合うか連絡をしませんでした。この時,二人は日本の長寿番組「笑っていいとも」を知っていたとすると,おそらく新宿アルタ付近に行けば会えるのではないかと考えます。つまりテレビ番組という共通の文化的土壌があることによって,新宿での待ち合わせ=アルタ前という連想がしやすいと考えられます。「アルタ前」は文化が共通していると常識になります。

もし東京の人が来日未経験のアメリカ人とが同じように具体的な場所を指定せずに「新宿」で会おうとすると,どうなるでしょうか?アメリカ人にとって新宿の「象徴的な」場所はどこか知りません。となるとこの二人は会うことができません。文化的背景が違うとどこが一般的な待ち合わせ場所かということが一致しないと考えられます。これが国籍や文化の違いによる常識,あるいは物の見方(認知フレームワーク)の違いです。

異文化の人間同士がなかなか仲良くなれないのも,私たちが普通と思っていることが他国の人にとっては常識でないからです。いわゆる「理解できない」状態は自分と相手との壁を作り,下手をすると対立を産みます。

(2)「異なる認知フレームワークの交換」

それでは多文化と共生するとはどういうことでしょうか?ここで再度,多文化共生とは「認知フレームワークの交換」と定義したいと思います。異なる文化による認知の違い,それを「交換」することによって私たちは認知のフレームワークを拡大することが可能です。もしかしたら新しい認知フレームワークは,さらに新たな何かを生み出す可能性さえあります。

例をみてみましょう。

中国では,みんなで食事をした時に,直箸(口をつける方の箸さき)でおかずを取り分けて,お客さんのお皿に載せるということをします。これは食事を御馳走する側の最低限の礼儀です。

ところが日本では,大皿にのったおかずを取るときは,直箸ではなく取り箸か箸の方向を逆にして,持ち手の方でとりわけます。しかも大皿からとったおかずを人に与えることはせず,あくまで自分の取り皿に置きます。

日本人だと間違いなく,中国は下品だとなります。中国は中国で日本のやり方は失礼だとなります。まさに異文化が衝突した状況です。

認知フレームワークを交換してみましょう。

中国側は「手で持つ側は不潔であるため,食事をとる側としてはふさわしくない」と考えています。日本側は「食べる側は自分の唾液がついたものなので人に対して失礼だ」という考えです。どちらも相手を思いやっていることは同じですが,はしの使い方という認知の仕方が違っているだけです。

これらは長年の習慣であったり,文化的背景であったりするために,相手の認知フレームワークを受け入れることがはできません。それでも,相手の考えと自分の考えを交換することによって,新しい見方が得られたのは確かです。認知フレームワークを交換することによって,私たちは思考に幅ができるといっていいでしょう。(私は実際直箸の方がいいのではと思うようになったくらいですが。)

(3)多文化は新しいものを生み出す。

「異なる認知フレームワークの交換」は新たなものを生み出す可能性をもっています。人種のるつぼと呼ばれるニューヨークでは新たな流行や文化が発信されますし,多文化に比較的受容度が高いアメリカは,新しい技術が生み出されます。フロリダ(2007)の研究もそれをサポートしています。

またリドレー(2010)(書評はここ)も交換は社会のイノベーションに有益であることを指摘しています。英国のラビ長(ユダヤ教における指導者)であるジョナサン・サックスによると「違いが災いの元ではなく恵みになるのは、交換によってである。」とあります(コーエン2011,p.270)。

多文化共生とは,あくまで「認知のフレームワークを交換」すること,こう考えれば,実際に教育現場でも違いを生む見方を交換する学習を組み立てればいいことになります。


<参考文献>
リチャード・フロリダ(井口典夫)(2007)『クリエイティブ・クラスの世紀-新時代の国、都市、人材の条件』ダイヤモンド社
マット・リドレー(大田直子鍛原多惠子柴田裕之)(2010)『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上)(下)』早川書房
タイラー・コーエン(2011)『フレーミング-「自分の経済学」で幸福を切り取る』日経BP社
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2014年05月10日

都市人口の抑制手段

昨年11月に開催された中国共産党第18回三中全会で《中共中央の全面的な改革深化における若干の重大問題に関する決定》が発表されました。

その発表では農業から人口を移動させ市民化させるとともに条件の合う農業人口を都市(城鎮)住民にすることとしています。ただし条件付きです。都市の人口規模によって定住化できる市民の条件が違います。

《決定》では,人口管理を新しくするとともに戸籍制度を改革し,建制鎮(農村で人口が集中している行政区域を指す)や小都市への定住は全面的に開放し,中都市は定住制限を徐々に緩和し,大都市は定住条件を合理的に確定していき,特大都市は人口規模を厳格に管理することが謳われています 。

つまり,都市規模が大きくなればなるほど都市が大きくならないようにコントロールする方針です。

ちなみに中国では,非農業人口20万人以下が小都市,20万から50万人が中都市,50万から100万人が大都市,100万人以上が特大都市と定義されています。この定義からいえば,2000万人を超える北京,上海,広州をはじめ,大部分の省都や大連や青島など計画単列都市(日本の政令都市のように独立性の強い都市)は特大都市となります。

都市化を推進しながらも,なぜ大都市化を抑制するのか,一見矛盾した方針ですが,この背景には第一次五カ年計画期の都市化政策で都市が流入する人口を支えきれずに,農村都市化(人民公社化や下放政策など)へ方針を大きく転換したということがあります(関連エントリ「都市化のトラウマとジレンマ」)。

計画経済時代ならまだしも,現在は市場経済化が進んでいます。政府による直接コントロールではなく,間接コントロールは可能かみてみましょう。

北京市は,交通渋滞,大気汚染,水汚染,ごみ処理問題など大都市病を抱えてきました。「北京都市総体規劃(2004―2020)」が実施されてすでに10年近く立っていますが,問題は当時の人口コントロール目標1800万をとっくに超えてしまっていることでした。2012年の人口はすでに2100万人を超えていると言われており(戸籍人口1300万人強,流動人口800万人強である),今年1月北京市の第14回市人民代表大会にて目標の修正が提案されました。人口コントロールの目標を2015年常住人口2180万人としています。あと2年ほどの時間的余裕の中で,常住人口の増加については65万人ほどの余裕しかなく,20万人の戸籍人口の増加,25万人の流動人口の管理が目指されるようです(『財新網』2014年2月28日)。

人口管理の方法として3つの方法があげられています。1つは産業による人口管理(「以業控人」),2つ目は住宅による人口管理(「以房管人」),3つ目は居住証による人口管理(「以証管人」)です。

産業による人口管理とは,産業を都市郊外に移転することにより中心部ではなく郊外に就業機会を設けることです。住宅による人口管理とは,住宅を都市郊外に建設することにより中心部ではなく郊外に居住空間を設け,人の移動を促すことです。

政府が都市の産業配置計画を発表,実施することによって,都市計画を実施する。都市計画という情報を参考にしながら市場が就業機会を提供し,個人がどうするか決定します。とくに中低所得層の場合,就業機会が郊外にあり,都市中心部の住宅価格が高くなれば,市場調整を通じて多くの人が郊外に移動することが期待されます。この意味で産業と住宅の配置は比較的市場の力を用いたものといえるでしょう。

実際,東京でも工場等配置法によって,工場や大学などは23区内に立地することが不可能になり,郊外に移転していきました。同時に,多摩,港北,千葉ニュータウンが建設され郊外での住宅開発が進みます。これにより首都圏は中心部から周辺部への拡大が進みました。

一方,日本と異なるのが戸籍や居住証による人口管理です。これは,流入してくる人口に対し,居住証の発行という手段で流入を制限する方法です。いわゆる戸籍を管理することによって直接人口流入を調整します。この方法はまさに計画経済時代から行われているものです。戸籍を持っていなければ,子女教育,就職,社会保障等の条件が不利になるようにしておきその都市に住みにくい(以前であれば都市から追放される)ようにしているというものです。(現在の上海の定住政策,戸籍政策について厳2014が詳しい。)

私の北京の友人には北京の大学を卒業して中国の政府機関や事業単位などで働く人たちがいます。安定した仕事を持ち,住宅を北京に持っており,そして専門的な知識をもった仕事をしているので,北京の都市戸籍を得る条件は十分に整っています。所属単位(機関)にも戸籍の発行数の割当がありますが,現在その都市戸籍割当を条件の整った労働者に与えるのを控えているといいます。彼らは政府系機関であるため普段の生活に影響があるわけではありません。むしろ出稼ぎに都市にやってくる農民工は居住証のあるなしで子女教育,社会保障に影響がでてきますので,定住条件の揃っていない流動人口にとって北京で就業や定住はより難しいことでしょう。

中国は歴史的に都市の人口管理に失敗したトラウマを持っています。大都市の渋滞,ごみ処理圧力などに対して大量の人口流入は抑えたいです。社会主義市場経済の下では極力市場メカニズムによる都市の抑制としたいのですが,実際にはまだまだ政府による直接管理が使われているが現状のようです。

<参考文献>
小島麗逸編(1978)『中国の都市化と農村建設』龍渓書舎
「陆杰华:北京不应把人口单纯当负担」『財新網』2014年2月14日
http://opinion.caixin.com/2014-02-14/100638595.html,2014年3月3日アクセス
厳善平(2014)「中国における戸籍制度改革と農民工の市民化−上海市の事例分析を中心に」『東亜』霞山会,No.563(2014年5月号),pp.76-86
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2014年05月08日

『独裁者のためのハンドブック』

政治システムを理解するのにまた一つ勉強になりました。



本書は、政治リーダー(企業の組織リーダーにもあてはまる)が、どのように国や人を支配するか、そして政治や公共の選択がどのように行われるか,そのシステム理解のための新たなフレームワークを提供しています。

はしがきや訳者の解説によると,本書の内容は筆者らが主張する「権力支持基盤理論」に基づいているようです。

その内容は,

(1)政治とは政治権力を握りそれを保持すること。
(2)政治的に生き残るためには少数の盟友に依存する。
(3)少数の盟友たちの周りに盟友たちと交代可能な大きな母集団が存在し、そのために歳入と歳出の裁量を持つ。
(4)リーダーは高い税率をかける。

とします。彼らによれば独裁国家でも民主国家でも基本は同じで、盟友たちの数が民主国家の場合は多いとしています。

例えばアメリカであっても、大統領候補は一部の選挙人(一握りの有権者)に選ばれます。これは一部の盟友集団です。そして彼らは多くの有権者から支持を得なければならないので,政党は公共工事や社会保障を訴えてバラマキを行い、政治権力を保持します。

独裁国家はより一層このフレームワークがあてはまります。中国であれば,China Sevenを中心に,共産党(中央委員会)によって支持されて選ばれますし,そして末端になればなるほど党員は交代が効きます。党員に対して見返りを与えることによって中国共産党は独裁権力を執行することが可能です。(例えば,「「中国の特色ある社会主義」の政治制度とは?」を参考。)

民主主義国家と独裁国家の違いは,盟友集団の大きさです。独裁国家では盟友集団は小さくなり,凝縮しています。その盟友集団は見返りがなくなる、あるいはリーダーの権力が長続きしないとなると平気で裏切りますし,一方リーダーは政治権力を保持するために、盟友集団と多数の代替可能な国民たちとのバランスを考えて(緊張感を与えて)歳出をコントロールし,見返りを与えていきます。

このフレームワークは筆者らの実証的学術論文によって裏付けられているようですが,私は原論文を見ていないのでこの理論の有効性がどこまであるかわかりません。それでも本書によって政治を理解する面白い視点を得ることができたのは確かです。
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2014年05月06日

2014年4月読書ノート

2014年4月読書ノート



就活本の中でも本書は,筆者が接してきた学生たちのルポを通じて,就活の実態と就活に上手くいく学生の様子をいきいきと描いています。

社会人や外部の大人との接する機会がある学生,そして自分1人で社会に飛び込む学生は強いと力説しています。地頭が強い学生はすでに行動することが多いのですが,だからこそ一流大学の学生に負けないためには行動が重要であるとします。私も学生と接していてそう思います。

読みやすいので,学生にオススメ。

<経済>

野口哲典(2014)『入門 統計学はこんなに役立つ』宝島社新書 ビッグデータは選挙予測、グーグル翻訳、クレジット不正利用に使われる。グラフにするだけでも説得力が増す。統計学は確率を利用して大量データから性質や特徴、法則を見つけ出す便利な道具。

加賀隆一(2007)『プロジェクトファイナンスの実務-プロジェクトの資金調達とリスク・コントロール』社団法人金融財政事情研究会 プロジェクトファイナンスはプロジェクト会社が借り入れを行いそのキャッシュフローを返済原資とする資金調達。リスク管理のために金融商品を組み合わせる。

小関尚紀(2013)『世界一わかりやすい「ゲーム理論」の教科書』中経出版 菓子メーカー営業職の中村リナがゲーム理論で経営戦略に貢献。スナック事業はプラスサムゲーム、冷凍事業は合理的なブタで、スイーツは同調圧力を。成果を納めたリナはヘッドハンティングで囚人のジレンマに。

<中国>

伊藤嘉基(2014)『チャイナリスク・チャイナドリーム-日本人だから、中国で勝てる!』同友館 中小企業診断士による中国進出ガイド。中国という風土、民族のビジネス環境、社内外取引先の作り方、ビジネス事情や注意点、成功ケース、失敗の原因など。トラブルには関係に頼る前に正攻法で。

シャヒド・ユースフ、鍋嶋郁(2011)『双頭の龍の中国-北京と上海の対照的な発展と今後のメガシティ戦略』一灯舎 上海は商業や製造業を基盤にし、北京はハイテク、高付加価値サービス産業が基盤。どちらもイノベーション能力の開発、教育、R&Dに力をいれる。

呉浙(藤江監修三木訳)(2014)『中国地域経済データブック』科学出版社東京 第12次五カ年計画を中心に東部沿海12省の対外開放、経済集積、産業構造、交通運輸ネットワーク、都市化、国有資産、就業、年金、医療、エネルギーと水資源をデータで。

中国人民大学国際通貨研究所(石橋橋口監修)(2013)『人民元 国際化への挑戦』科学出版社東京 人民元の国際化とは貿易、投資、外貨準備において価値尺度、決済、外貨準備機能を持つこと。2011年は国際化が進展。低付加価値加工貿易、金融市場の脆弱性が課題。


<自己啓発>

奥野宣之(2013)『情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]』ダイヤモンド社 何でもノートに入れ、前から時系列に使い、目次とフラッグを着けるアナログ索引で9割は大丈夫。ライフログは書く習慣をつけ、思いがアイデアに変わり、人生が楽しくなる。知的生産には手を動かすと考えが前進。

奥野宣之(2013)『読書は1冊のノートにまとめなさい[完全版]』ダイヤモンド社 本を読んで気に入った箇所を抜き出し、コメントや感想を残す。記録を前提とすると読み方が「ぐっとくる箇所」を探す作業になる。読書体験の具体化にショップカード、本の帯を貼ると記憶も定着。

<社会>

石渡嶺司(2013)『就活のコノヤロー-ネット就活の限界、その先は?』光文社新書 就活に目の色を変えたくないと言いつつ、就活をする。女子の方が採用時の印象はいいが数年後男子が追い越す、答えを作れる学生は就活も社会人生活も強い、社会人との接点がある学生や授業はよい、など。

山内太地(2013)『大学のウソ-偏差値60以上の大学はいらない』角川oneテーマ21 東大早慶を目指す受験生は米国トップ大学も選択可能であり、質の高い教育が受けられる。普通の学生もフィリピン英語留学が安い。大学は国際競争にさらされており、入試改革と教員の人事制度改革が必要。

山内太地(2012)『東大秋入学の衝撃』中経出版 秋入学は「グローバル化」への東大なりの答え。入学時期だけでなく留学を増加させる意向を持つ。国や財界も秋入学に合わせる意向があるが、支援は未知数。声かけした日本の11大学も足並みはバラバラであり、ギャップタームの過ごし方も課題。

山内太地(2014)『就活下剋上 なぜ彼らは三流大学から一流企業に入れたのか』幻冬舎新書 年々厳しくなる就活。有名大学の学生と知り合う、他人と違うことをやり、インターンシップにも参加し、企業訪問し、大人と会話する、行動組が地頭組を越えられる。大学の就活支援状況も。

福嶋聡(2014)『(018)紙の本は、滅びない (ポプラ新書)』ポプラ新書 本はコンテンツにとって便利な「乗り物」。書物の必要性を支えるのは携帯性、簡易性、コンテンツの堅牢さ、信頼性、ブランド性、典拠性だ。電子媒体が持つ物理的脆弱性、機器依存性、直接不可読性に留意すべき。

宮田昇(2013)『図書館に通う-当世「公立無料貸本屋」事情』みすず書房 図書館は貸与権除外の公立無料貸本屋と批判される。読者層の裾野の拡大には出版社は図書館への販売を通じて再生産の保証を得る。書店と違って貴重本の収集、企画展などが可能。

猪谷千香(2014)『つながる図書館: コミュニティの核をめざす試み (ちくま新書)』ちくま新書 無料貸本屋から外部機関との連携の場、ビシネスのセカンドオフィスに、市民の憩いの場に、知的情報を関連付け発信する場に。課題解決型を目指し、本を売る、コーヒーショップを誘致、など変わる図書館像。

渡邉格(2013)『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』講談社 資本主義経済の矛盾は生産手段を持たない労働者が労働力を売ること。今の時代は自前の生産手段を取り戻すこと。天然酵母や自然栽培を武器として岡山県勝山でパン屋を開く。田舎で小商いをし、SNSで発信する。

小山薫堂編(2010)『社会を動かす企画術 (中公新書ラクレ)』中公新書ラクレ 首都高「東京スマートシティ」プロジェクトの裏話。道路はあるものからあってありがたいと感情移入するところから始まった。会長による交通情報など。「企画とはサービスであり、サービスとは思いやり」。東京オリンピック噴水など。

小山薫堂(2009)『人を喜ばせるということ-だからサプライズがやめられない』中公新書ラクレ サプライズは人を喜ばして自分も楽しく生きるために行うもの。企画はどれだけ人を愉快にさせてあげられるかというサービス。サプライズを考え、仲間と「つながり」という感覚を味わえる。

高橋俊介(2000)『キャリア・ショック-どうすればアナタは自分でキャリアを切り開けるのか?』東洋経済新報社 キャリアの将来像が予期しない環境変化によって短期間で崩壊してしまう。自分の動機を知り、世の中の動向を読み流れに賭ける。自分のビジョンとバリューを公言し、社会に提供。

高橋俊介(2013)『ホワイト企業 サービス業化する日本の人材育成戦略 (PHP新書)』PHP新書 企業がサービス業化。製造業時代は序列だったがサービス業時代はフラット型、自律型に。サービス業の本質は個別性と専門性。サービス業の人材育成は感受性と応用力,そして企業の強みをみんなで育てる。

村田裕之(2012)『シニアシフトの衝撃-超高齢化社会をビジネスチャンスに変える方法』ダイヤモンド社 人口動態がシニアにシフトし、企業もシフト。ライフステージ変化を織り込みつつ不安不便不満解消を目指したマーケティングが必要だが、高齢者というラベリングはリスクあり。

<その他>

金沢大学子どものこころの発達センター(2013)『自閉症という謎に迫る』小学館新書 多彩な症状をもつ自閉症の治療は困難、オキシトシンの臨床研究はまだ6本、遺伝は強く関与するも環境因子も影響、脳神経からも言語が弱く視覚的類推は得意、文化社会によって困難は異なる、等。

酒井邦嘉(2006)『科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか (中公新書 (1843))』中公新書 科学者になるには科学が好きで研究をやってみたいという素朴な気持ちでよい。しかし他に迎合しない個の強さが必要、職や経済、扶養などの他の問題がある中で好奇心を維持する強さも必要。

林周二(2004)『研究者という職業』東京図書 研究者八カ条。1ユニークな研究テーマを持つ、2本質的なことをテーマにする、3周到な計画をもつ、4世の役に立つこと、5広い世界で認められるようになること、6優れた師をもつ、7他分野と交流する、8視野拡大のために研究環境を変えること。

杉原厚彦(2012)『大学教授という仕事【増補新版】』水曜社 大学は忙しくてもストレスの少ない仕事ではないか。学科長など組織の管理運営は内部からの突き上げ外からの圧力にさらされるが、外部の関わり、講演、委員、査読や原稿依頼などはあくまで自分で決められる。

村松秀(2006)『論文捏造 (中公新書ラクレ)』中公新書ラクレ ベル研究所のシェーンが有機物と超伝導の論文をサイエンス紙に発表。世界中が驚き追試に追われるが成功しない。3年間不正が見抜けなかったのは不正の立証困難性が原因。本人もアイデアを誰かが追試してくれるのではないかという期待があったのでは。

長井鞠子(2014)『伝える極意 (集英社新書)』集英社新書 伝えるために重要なのは「誰かに伝えたい」と思うコンテンツを持っているか、それを伝える熱意があるか、わかりやすくする論理性・構成力があるか、である。そしてその先にある人の心を動かすことが大事。

松下孝昭(2013)『軍隊を誘致せよ: 陸海軍と都市形成 (歴史文化ライブラリー)』吉川弘文館 経済効果は当然のこと治安や災害対策として期待できる軍隊誘致。土地を献上しても、鉄道、上下水道、物資供給、遊廓など地域発展などの面でメリットが大きい。明治時代の軍隊誘致活動と地域の経済。

夏井睦(2013)『炭水化物が人類を滅ぼす-糖質制限からみた生命の科学』光文社新書 糖質を食べると眠くなるという現象が人類は糖質を摂取していなかったことを示す。糖質は嗜好品。人類と糖質の付き合いは穀物栽培から始まった。糖質が手に入りやすくなって人間は糖質に支配されるようになった。
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2014年05月01日

Discussion Paperを出しました。

昨年10月の日本地域学会で発表した内容をリバイスし,とりあえずDiscussion Paperにしました。

Nobuhiro Okamoto (2014) "Does Regional Size Matter in Regionalization of National Input-Output Table by the FLQ formula?-A Case Study of China-", Discussion Paper No. 222., Institute of Economic Research, Chuo University

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