2014年10月21日

授業のサポートページ(アジア概論,国際経済論)

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アジア概論A(火曜日2限)
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posted by okmtnbhr at 17:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育研究活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なぜ私大は政府から補助金を得るのか?

日本は学費がOECD諸国の中で最も高い国です。また国公立と私立の学費の差も大きいです。日本では私立大学が学校数でも在学生数でも全大学の7割を超えています。私大が日本の高等教育に貢献しているのは確かです。

そこで私大への補助金を増やそうという考えがあります。

私立大学の補助金の根拠は、教育は公共財という見方です。教育成果は人々の知識供与を経て科学技術の進歩や社会の進歩など国民全体に行き渡るので、その費用は国民全体で負担すべきものというものです。

一律の補助金提供には批判もあります。教育水準の低い私立大学にも税金が提供されてしまい、教育改善の自助努力がなされないというものです。

このような批判に対してできることは、大学の世界に競争を持ち込むことでしょう。教育が私的財であればこの競争原理の導入は問題ありませんが、公共財の側面を持つので完全競争に任せることは難しいです。

例えば、技術情報産業だ、という流れでみんなが工学と経営学を学んだら、文学や歴史などは人気がなくなり淘汰されてしまいます。知識社会は多様な分野の学問が存在して、それらの相互作用によってあらたな知識を生みます。競争で淘汰された学問は次世代に必要ではないとはいえません。学問が公共財といわれる所以でもあります。

じゃあ競争原理をそのまま導入できない教育分野に、どのような自浄能作用を働かせるのでしょうか。

教育行政が取り組んだのは、(政権が期待する方向の)改革をする大学にコンペ方式で提案してもらい、いい教育改革をしている大学に補助金を与えるというものです(例はスーパーグローバル大学創成)。補助金というエサで改革のインセンティブをもたせようとします。コンペなので、より良い改革を提案する、あるいは改革が進んでいる大学が競争で生き残れます。現状の大学自治や学問の自由を保護しつつ競争原理を導入した折衷策といえるかもしれません。

これにも批判があります。教育行政、すなわち政権の価値観や指向性に縛られるというものです。今であれば全ての大学にグローバル化を求めているという単一性が批判の対象です。文学や歴史を英語で教える意味があるのか、という意見が出るし、これはもっともな意見でしょう。また私大は建学の理念に沿って人材を育てるのではないか、行政がが喜ぶ人材を育てるわけではないのではないかという意見もあります。学問教育の改善は単一ではなく、やはり多様性が確保されるべきだいえると思います。

学問は公共財的側面を持ちます。大学入学で学びにはお金を払った人のみが講義を受ける権利が得られるという意味で排除性がありますが、教えらた知識は誰にでも広がり、知識は減ることはないので非競合的でしょう。まさに公共財の側面を盛っています。

私大にどこまで補助金を出すのか、どのように出すのか、解決しにくい問題です。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育研究活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする