2015年02月26日

ネットと図書館

インターネットが発達し、Googleが「世界の情報を整理する」という野望を掲げるとともに、図書館の電子化に力をいれています。(著作権でもめて思うように進まないようですが。)

著作権はちょっと脇において考えると、書物がネットで見られるようになると、多くの人々の知的欲求をより便利により多くの情報で満たすことが可能となります。

例えば、著作権の切れた100年以上前の書物がネットで見られるようになると、人文系の人々にとっては朗報でしょう。これまで一次資料は一部の限られた図書館や一部の研究者でしか見ることができず、そのため多くの大学院生は一次資料にあたるのに苦労していました。

これがインターネットでもし見れるようになると、多くの人の当該分野への参入につながります。つまり図書館の物理的ロケーション、手続きなどが障害となっていて参入できなかった研究者の卵たちが、大御所と同じ資料アクセスを得ることができます。

これは「情報の民主化」です。図書館に閉じ込められていた情報が外部へ開放されることになります。

となると、これからの図書館はどうあるべきか、という問いが出ます。機械的なインターネットの検索結果ではなく、図書館員の専門知識による適切な資料の紹介(レファレンスサービス)、などで差別化される必要がでてきます(実際アメリカではそうらしい)。

この意味で図書館司書の専門性がますます高くなっていくような気がしています。
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2015年02月24日

中国の財政を考える

中国は,政府の役割を再考しています。多くの知識人は政府は産業などから退出すべきであって,都市化でも言われるように公共サービスの均等化に力を入れるべきだという考えが広がっています。

公共サービスを提供するにもお金が必要です。中国の財政から政府の役割を考えてみたいと思います。

(1)分税制

1994年より分税制が導入され,税種ごとに中央税,地方税と決められ,中央の財政力が強くなりました。それまで税の徴収も支出も地方政府に「委託」し,一部を上納させるという地方財政請負制でしたが,それでは中央にお金が集まらず,中央政府によるマクロコントロールができないという事態になっていました。

市場経済化でマクロ経済コントロールをするには中央による財政政策が重要です。そのために中央が財源をコントロールできる体制をつくることが必要でした。これが分税制で,中央に財源が集まるようになったという意味で,成功だったといえます。

(2)問題点ー財力と事権(やるべきこと)のアンバランス

問題は,財力と権限がアンバランスになったということでした。

分税制により中央政府に税があつまるようになりました。したがって中央政府には財力があります。これにより必要な公共財,とくに国家レベルで必要な軍事や治安などにお金を使うことができます。

一方で,省級政府あるいはその下の地市級,区県級にはお金が集まらず,一方で,やるべきことが増加しています。つまり自地域の人々の生活にかかわる教育は福利厚生面での責任や事権(やるべきこと)は多いままですし,その支出圧力は大きいです。

結局,上級政府にお金が集まっても下級政府にお金はない,上級政府がやるべきことは少ないけど,下級政府がやるべきことは多い,というふうになります。

ある推計によれば地方政府は45%の予算財政能力で75%の事務を背負っている,といいます(下の参考文献)。財力と権限がアンバランスな状態です。

(3)もたらされた弊害

地方政府にお金がなく支出圧力はあるという状態は,地方政府をしてお金の調達に走らせます。これがいわゆる土地財政への過度の依存です。

これはよく言われることなので,ここではおいておいて,もう一つ重要なのは,財政移転支出の増加です。つまり中央財政や主管部門から目に見えない金の流れが発生するということです。

財政移転支出には一般性の財政移転と特定目的やプロジェクトへの財政移転があります。前者は日本でいう地方交付税(ひもなし),後者は国庫交付金(ひもつき)に近いものです。

会計監査報告によると,42%のお金が各級財政や主管部門の口座に残ったままであるし,2%は虚偽流用されているといいます。またサンプル調査では23%のプロジェクトは実施がされていないか遅いままです。つまり特定目的の財政移転支出は一旦できあがるとそのままになってしまい,絶対に必要なプロジェクトでなかったりします。お金を出す方も受け取る方もずぶずぶの関係になり,腐敗の温床になりやすいですし,なにより税の効率的な利用につながっていないという問題があります。

(4)現在の改革方向

第12次五カ年計画間の大きな改革の方向は,中央のやるべきこと(事権)を増やして,地方のやることを減少させ,地方の財政を強化することです。中央政府は公共基本サービス(失業や年金,健康保険)などの責任を持つようにして,全国のナショナルミニマムを補償すべきだということになっています。

また財政移転支出についていえば,国庫交付金のような特定プロジェクト型財政移転支出を減らして一般性財政移転にして,民生,教育,福利厚生,などへの支出に利用できるようにすることが期待されています。

でも地方財政の強化では??となるような改革方向です。営業税の増値税改革が進められていますが,営業税は地方税の柱です。これを中央の増値税に変えていき,中央に入れる,あるいは増値税を中央・地方の共有税にして調整するという方向です。一般性の財政移転支出が増加するのであれば地方財政も強化されるのでしょうが,これも中央集権的な財政システムへの方向であることは疑いありません。(ただし重慶と上海で試行されている不動産税がどう展開されていくかによって、地方税の柱になる可能性も)

その意味では,地方の財政と事権(やるべきこと)を減らして,中央が負担していくという一種の大きな政府の動きのようにも思えます。


<参考>近年の財政改革の歴史

 2001年 国庫単一口座体系を基本とした国庫集中収支制度の試点を実施,2011年には全部の中央予算単位,全部の一般予算,政府性基金,国有資本経営予算資金を国庫に集中させた。

 2006年 農業税の廃止
 
 2009年 増値税の改革,製油の税費改革
 
 2011年 中央各部門の予算外収入を全部予算内管理に

 2011年 個人所得税の控除を月2000元から500元に引き下げ


<参考文献>
「財権要与 事権匹配」『光明日報』2013年8月27日(http://news.12371.cn/2013/08/27/ARTI1377547682298630.shtml
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2015年02月17日

都市化と土地資源の配分

中国の都市化で土地制度改革は非常に大きな問題となっています。土地問題をみてみると市場経済と計画経済がもっともせめぎ合っている場所だなということがよくわかります。

今日は土地問題を経済学から考えてみたいと思います。


(1)市場と土地配分の考え方

市場経済が理論的に成り立っているとすると,土地が都市に配分されるのか,農村に配分されるのかは以下の図で説明されます。

市場化と土地.jpg

ちょっと簡単に図を説明しましょう。

横軸(AからC)はその国に存在する土地の量です。左から真ん中あたりまでが農村に配分される土地の量,右から真ん中あたりまでが都市として利用される土地の量です。

MPRは農村の土地の限界生産性を表わします。つまり農地が生み出す収益です。市場経済では農地の生み出す収益と地代が等しくなります。農地としてたくさん収穫できる土地の地代は高いですし,収穫があまりよくない(土地が痩せている)土地は地代が安くなります。

MPRが右下がりになるのは,農地として一番いいところが耕地として利用され,農地が広がるにつれて周辺の土地の生産性は下がってきていることを示します。

MPUは都市の土地の限界生産性を表わします。つまり都市の土地が生み出す収益です。宅地や工場に使われる,宅地でも高層化する,高い商業ビルを建てることによって土地の収益をさらにあげるなどによって,土地の限界生産性は決まってきます。ここでも市場経済である限り土地の地代はこの限界生産性と等しくなります。

農村の土地が生み出す限界生産性,都市の土地が生み出す限界生産性が等しくなった点,ここではB1ですが,B1から左側(A-B1)が農村で利用される土地の量,B1から右側(B1-C)が都市で利用される土地の量となります。

都市化は土地を都市に配分する過程です。

都市で増加した人々を収容するための場所が必要になってきます。

人が増加するということは都市の土地に対する需要が上昇します。また集積の経済(集まることによる利益)が働くことにより,都市で生み出される生産性は上昇します。つまりMPU1はMPU2と上に移動します。

これにより都市では周辺の土地を必要とします。実際,農家からすると,農地で生み出す収益よりも都市に売り渡した方が収益になるのであれば,農村の土地は都市の土地に変わっていきます。MPUがMPRより上にある以上は,農村の土地は都市の土地に変わっていきます。

その土地配分の変化過程が図のB1からB2への移動です。農地が都市部の宅地となり,都市の土地として利用されていっています。


(2)制度の衝突

完全な市場経済であれば地代によって土地が都市分と農村分に振り分けられます。

ところが中国では,土地が完全に二元化されていました。都市の土地は国有地,農村の土地は集団所有地です。一方で,所有権というものがあいまいなまま都市化が進み,農地が都市建設用地に接収され,都市建設が行なわれてきました。

法律的には都市建設用地を得るために,農地を集団所有地から国有地に変換しなければなりません。しかし国有地にできない場合は,都市化が進む中で一部の農村は農村のまま存在することになってしまいます(城中(辺)村といわれる)。

あるいは,集団所有地のまま宅地建設を行ない,住宅を販売するという所有権があいまいな小産権と呼ばれる土地が存在することとなってしまいます。

これは図中のB1-B2で示される部分です。所有権の違い,所有権転換の難しさから制度が慰留したままのため,土地配分の都市化が順調に進まないところでもあります。



(3)都市計画,農地保存

都市化による土地配分問題は市場経済国であっても,完全な市場経済にまかせてしまうのはためらわれる部分でもあります。

土地流動を自由化すると,都市における土地の乱開発(都市景観を損なう可能性),農村農地の荒廃(農業生産の減少)などを招きかねません。そこで多くの国で政府が都市計画を設置するとともに開発場所を選んでいますし,農地保護のために農地の販売は規制していたりします。

中国でも同じ問題が存在します。中国の食糧を保護するために中国は18億ムーという耕地レッドラインを設けて,農地の減少を防ごうとしています。


(4)どう改革するのか?

農地を保護するには,規制だけではなく経済学的には農地によって生まれる収益をあげるしかありません。つまりMPRの上昇となる施策です。

それは農地への資本投入によって土地の改良を行ない,灌漑整備するなど土地の生産性をあげることです。

もう一つは,農地や農業経営を大規模化することによって,生産性を上げることです。


土地の生産性をあげるためには,制度はどうあるべきでしょうか。

一つは国有化です。国家が農村の土地を国有化して,国家主導で農地を保護し,一方で農業の大規模化を進めるというものです。

もう一つは私有化です。農村農地の権利を確定して,農民自身が土地を所有したという感覚を持つことによって土地の長期的生産性をあげようというインセンティブを期待します。あるいは私有化は高齢化によって農地を手放す人たち,農業に参入した若者たちが農地を購入にして大規模化する,という市場取引が期待できます。

中国では都市建設は国有化の流れになっています。しかし農民へ地代を払って転換するのは財政負担が大変なことになります。城中村改革と小産権住宅の解決がうまくいかないのはすでに存在する既得権益を国家は奪いにくいし,その補償は大変であるということを意味しています。

農業保護では,私有化の動きがあります。実際には農地の所有権は集団所有のままですが,請負権などを土地使用権と同じくらいしっかりとした権利として流通できるようにしようとしています。


制度矛盾と都市計画(その反対の農村保護)という制約の中で,中国はどのようなメカニズムで都市化に必要な土地を配分していくのか,大きな問題となっています。制度と市場化をどうするのか,改革の方向が大変悩ましいことになりますが,「国有化+市場化+法制化」というミックスを強調する学者もいます(魯2010。


<参考文献>
魯徳銀(2010)「土地城鎮化的中国模式剖析」『商業時代』2010年第33号,pp.7-9,40
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2015年02月10日

都市・農村二元構造はなぜ存在するのか?

中国は見た目ではわからなくなってきましたが、都市と農村ではっきりと制度が違っています。いわゆる二元構造と言われるものです。

具体的には,人は戸籍制度によって都市と農村に分断されていますし,土地も所有制によって都市と農村に分かれています。戸籍制度では農業戸籍、非農業戸籍という区分があり、土地制度は国有地と集団所有地という違いがあります。

土地戸籍二重制度.jpg

戸籍制度は,人を「場所」と「産業」に拘束します。農業に従事し,農村にいる人は農業戸籍となります。農業以外に従事し,人が集まっている場所,いわゆる都市にいる人は非農業戸籍となります。

注意しないといけないのは,中国の農村と区分される県レベルにおいてもそこの集積地(「鎮」)では農業を行なっていないので,非農業戸籍になります。でもその県に所在するという意味では,県の戸籍取得者であり,市の戸籍取得者とは空間的に区別されます。

戸籍制度は、労働の地域間、産業間移動を制限します。農村では戸籍登録地での農業就業以外の選択が不可能でした。そこにある人民公社に働き続ける以外の選択肢が存在しませんでした。

戸籍制度が存在した理由は、(1)農業生産を維持すること、(2)都市のスラム化を防ぐこと(治安や思想教育の意味もあるが),の二つが大きいです。工業化にとって農業は原材料供給の上流産業です。貿易を考えない場合,農業があって工業が発展するので,戸籍制度が農業生産に果たした役割は大きいです。

土地制度も似た問題を持っています。都市は国有地ですが,農村では集団所有地です。

このような二元構造になったのは歴史的経緯があります。

そもそも革命で都市の企業を接収するとともに都市という場所を共産党が接収していきました。農村でも同じ経緯で共産党が地主から農地を取り上げます。解放という旗印のもと土地が小作農に分配されます。これが農民の共産党支持につながります。

しかし1952年からの農業集団化においては,一旦配分された農地を集める必要がでてきます。当然,接収するという選択肢もあるわけですが,農民から土地を取り上げるのは大問題になります。その妥協点が農村にいる農民全体で所有するという集団所有制です。

この制度の合理性も戸籍制度と同じように,(1)農業生産を維持すること,(2)農村を守ること(都市化を抑えること),であったと考えられます。

いずれにせよ、この二元制度は、労働と土地を都市・農村、農業・工業と空間的産業的に固定化することによて計画経済を実行する上で、大きな役割を果たしたといえます。

現在の中国で計画経済の色彩が強いのはまさにこの都市・農村二元制度です。戸籍制度はゆるくなりました(あるいは居住証制度に変わった)し、集団所有地も国有地に変換する制度も整ってきました。しかし、実際には今までの二元制度は厳然と残っていますし、現在の都市化はまさにこの制度の二元構造の打破が焦点でもあります。

しかし制度変換には大きな困難を伴います。制度によって既得権益がすでに存在しているからです。農民の流入によって都市住民の快適な生活が変わってしまうかもしれないというのは,都市住民の安定生活という権益をおびやかします。また都市就業での都市住民の有利性、集団所有地によって生まれている農民の利益、などこれらはすべて二元制度によって生み出された権益です。制度が存在する以上,その制度で得をしようと行動した結果,制度で利益を得ている人たちが存在します。

この制度を「変更」することは難しいです。人の利益を奪うわけですし,扱いを誤れば政権批判に向きます。

近年中国は改革の「深化」とか「深水区」といった言葉を使います。これはこれまでの漸進主義的改革がフローの改革(存在する制度には手を付けず、新たに付け加えた部分の改革)であり、既存のストックには手をつけてきませんでした。「深化」という言葉には,このストックの部分の改革がいよいよ本格化したということを意味しています。
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2015年02月03日

2015年度1月読書ノート

2015年1月の読書ノートです。

今回はやっぱりこれかな。



水野敬也のガネーシャシリーズはこの本で3部作となりました。最初の一冊目が爆笑と感動だったのですが,2冊目でふーんとなり,3冊目のこの本はどかーんと爆笑と感動があります。最後泣いちゃったしww


<経済>

岡田彰(2014)『ゲーム理論・入門 新版--人間社会の理解のために (有斐閣アルマ)』有斐閣アルマ 戦略ゲームは必ずしもパレート最適にならず、囚人のジレンマは利害の対立と協力を示す。協力ゲーム、進化ゲーム、ゲームの実験など。

佐藤康裕(2014)『都市・地域経済学への招待状』有斐閣ストゥディア 地域の産業と県民所得、人口移動、都市化、住宅と土地、都市モデル、地域間交易、立地、空間経済学、交通サービス、地方政府の役割など。

日経新聞編(2014)『身近な疑問が解ける経済学 (日経文庫)』日経文庫 きまり、ルールとゲーム(松井、安田)、民主主義(加藤)、リスク、医療(小塩、井伊)、経済地理(河端)、組織・人事(大湾)、行動経済学(池田)など平易な解説。

<中国>

福島香織(2014)『中国食品工場のブラックホール (扶桑社新書)』扶桑社新書 外資に肉製品をおろしていた上海福喜。潜入報道と政府の対応から政治的な外資バッシングがある?食品問題の背景には都市農村の二元化による農民工のテロ、厳しい基準にも関わらず賄賂を要求する検査官、密告を奨励する制度など。

<自己啓発>

水野敬也(2012)『夢をかなえるゾウ2 文庫版 ~ガネーシャと貧乏神~』飛鳥新社 芸人の道に進んだ西野勤。貧乏神の幸子さんに取り憑かれ,ガネーシャとコンビを組み,ゴッド・オブ・コントに出場。自分が困っている時に人を助けるのは,自分の困っているという感情から抜け出すこと。

水野敬也(2014)『夢をかなえるゾウ3 ブラックガネーシャの教え』飛鳥新社 女性の夢をかなえるべく現れたガネーシャ。ブラックガネーシャ対黒ガネーシャの対決、私は夢を叶え幸せになれるのか。すぐ諦めてしまう人生か頑張る人生か、両方を経験して好きな方を選んだら良い。

野上洋幸(2006)『人生が劇的に変わる心の習慣』こう書房 人は頭を使う生き物。問題は書き出して取り組んでこそ解決する。振り返って変えるべきものを明らかにして取り組む。人格と世俗的成功はバランス取れたもの。


<社会>

サンジーヴ・スィンハ(2014)『すごいインド-なぜグローバル人材が輩出するのか』新潮新書 カースト、現地言語、多人口、低教育の古いインドからカースト意識を持たず英語を標準語とし、高経済効率を求める新しいインドへ。英語教育と特権階級以外はインド工科大学で技術者の道へ。

チャールズ・アーサー(林れい)(2012)『アップル、グーグル、マイクロソフト-仁義なきIT興亡史-』成甲書房 グーグルは検索事業からスマートフォン事業に、アップルはデジタル音楽、携帯電話、タブレットで先行、マイクロソフトはPCを基盤としたのでリーダーにも革新者にもなれなかった。

佐藤優(2014)『創価学会と平和主義』朝日新書 日蓮の縁起観、初代、二代、三代会長が投獄された経験、SGIという国際組織、創価学会を体現する池田大作という名が創価学会の平和主義を形成。それを支持母体とする公明党は現実的な中道左派となり安全保障において重要なブレーキ役に。

<その他>

斉藤淳(2014)『世界の非ネイティヴエリートがやっている英語勉強法』中経出版 英語は特定の状況→文のインプット→単語と文法の理解へと、状況を大事に。動画は状況から英語に入るので深く広く記憶できる。単語も意味ではなく絵で、動画を使って英語のイメージを蓄積。

長谷川裕雅(2014)『磯野家の相続入門 節税は「花沢不動産」にきけ!』中公新書ラクレ 相続税対策の基本は、贈与、収益不動産などで相続財産の量を減らす、タワマン、所有不動産の組み替えなどで評価を下げる、控除、非課税限度額を増やす、である。

山並陞一(2011)『語源の音で聴きとる!英語リスニング』文春新書 太古の生活、捕える、食べる、村落、部族などの生活語が原語となり、英語の短い音を構成する。「知る」はノゥであるが、この音からnote、know、noticeがつながる。

山並陞一(2003)『語源でわかった!英単語記憶術』文春新書 英語の多くは印欧祖語。takeの語源degはtek、teg、tag、takでその音が伝える意味「ふれてえらび、つかみ取る」を理解すればその原音と原義から意味が類推可能。
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