2016年01月26日

地方創生のためには「どこでもドア」をつくること

地方の発展のためには、地方が東京とが「つながること」、財やサービス、人とお金(資本)、そして情報が自由に行き来できるようにすることが大事です。

つまり、地方と東京の間にドラえもんの「どこでもドア」を設置するということです。地方にいても「どこでもドア」を開けたらすぐ東京になるようにするわけです。

頭の中で行う思考実験をしてみましょう。

「どこでもドア」があったらどうなるか。地方と東京の「境界」、つまり距離とか場所とかが関係なくなります。どの地方もすべての地域が東京と同じ経済圏になります。どの地方に住んでも、いつでも必要であれば東京で仕事を探すこと、働くことが可能です。東京で疲れたらいつでも地方の自然でリフレッシュすることが可能です。仕事の賃金、所得、消費はすべて同じ水準になるでしょう。

現実は地方よりも東京が発展しています。東京が発展するのは、多くに人が集まっているからです。企業からすれば、東京に本社を置く方が人を雇いやすいです。実際、大学生の40%強が首都圏の大学にいます。また、多くの企業があるので、必要な原材料や情報が手に入りやすいです。多くの企業が東京に集まって、首都圏そして日本の経済発展の中心となっています。

この発展の恩恵を受け取るためには、地方は「どこでもドア」を手に入れるべきです。地方創生には、首都圏あるいは大阪とか名古屋など都市とどのようにできるだけ便利につながるかという観点をとりいれるべきなのです。

実際に、日本は地方と都市との格差は非常に小さいです、これは日本の地方が首都圏とつながったためです。

時間距離で見ると東京から各地方まで遠いところでもほぼ6−7時間で行けてしまうのが現在です。

「東京駅から全国各地への所要時間を可視化した映像。これはタメになる!」


実際には、金銭的距離や心理的距離があったりしますが、東京に一極集中しながらも地方が恩恵を受けてきたのは、地方と東京がつながったためなのです。
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2016年01月19日

都市とは何か?

私たちが普段暮らしている家にそんなに興味も話す内容もないのと同じように,普段の生活の場所として暮らしている都市にもあまり興味をもたないのが一般的です。

でも,都市に興味を持つ人たちもいます。時にはオタクのように,建築物の特徴や町の歴史,地下鉄のネットワークなどに詳しい人たちもいます。

都市の面白さを感じてもらうために,「都市とは何なのか」,ちょっと考えてみたいと思います。


1.ムラとマチの違い

ジェイコブズ(『都市の原理』)は最初に街や都市ができたと考えていますが,一般的にムラからマチに移行したと考えられています。ムラは農業が中心の場所です。土地を使うために,集落は分散しがちです。マチは商業が中心です。モノの売買が行われるので,人が集まって住むようになります。

ムラとマチの違いは,まさに人の集まり具合が違うこと,営む経済活動が違うところにあります。

もう一つの違いは,ムラでは血縁者が多いこと,あるいはよく知った関係者で成り立っており,よそ者に敏感な閉鎖的な場所になっています(田中2004)。農業にはその方が都合がよいからです。

マチは,知らない人が集まっています。どこの出身だとか,今まで何をしてきた人とかわかりません。そのために誰がやってきても誰が去っていてもいいという開放的な場所になります。

2.都市の生成

マチを都市として考えていきましょう。

都市は異質な人が集まり,交流を始めます。自分の持っていない者が欲しい,自分の持っているものを売ろう,これにより無数の知らない人同士が町に集まり,情報を交換し交流をします。都市は新しいモノや情報が集まり,それに興味を持つ人々が集まります。そしてそれらが交換されます

都市は,新しいモノ,新しいことを生み出す創造的意欲をかきたてる場所となります(田中2004)。

このような都市は自然発生的に出来た都市といえます。自由な個人が自分の意志で町に集まり経済活動を行います。好きな場所に家を建て,好きな場所で商売をします。その結果として都市の景観が出来上がっていきます。地中海貿易が盛んなころの諸都市はそのような都市だったのかもしれません。

3.権威とルール

さて,村と都市の違いのもう一つは,その地域(国)の権力者は村に住まず,都市に住みます。その理由は利便性にあります。軍隊を持つ,必要な物資を調達する,等権力を維持するために必要なものはすべて都市にあるからです。

権力者は,知らない人,異質な人が集まる都市で安全な取引を保証しなければなりません。そうしないと,みなが出ていくからです。つまり,私有権や市場の取引ルールが制定されるようになります。

これは都市に集まった個人にとっても便利です。ルールがあるからこそ,安心して取引が可能になるからです(ヒックス『経済学史の理論』)。


4.都市づくり

都市ができる過程には,個人が自由勝手に集まってできた場所なのか権力者が街づくりを行ったかに分けられます。

日本の平城京,平安京などは中国の都づくりに影響を受けた権力者によるまちづくりです。軍事を含めて権力者が運営しやすい仕組みであったと思われます。知らない人が入らないように監視できること,街の中では安心して暮らせるようにすることなどです。城や門や広場などを町の中心に配置するのは世界の都市づくりの共通点です。権力者の権威を示すとともに,軍事的な目的を達成しやすいように町がつくられ,運営されます。ベルサイユやパリなどもその典型でしょう。

首都でないところは自由に街づくりができる傾向があります。ワシントンは区画が整理され,人工的な町の雰囲気を醸し出していますが,ニューヨークは雑多な人たちが集まり,心地よいカオス感を出しています。


5.都市は管理と自由がせめぎ合う場所

都市は,権力者によって管理しようとする力と個人が自由に集まって取引しようとする力がせめぎ合った場所です。市場経済の良さは,匿名の不特定多数が自由に取引でき,そしてそれが住む人々の満足度をあげるところにあります。

しかし都市の市場経済は,混雑や廃棄物や犯罪なども生んでしまいます(市場の失敗)。このために政府は都市に住む人々の自由を管理,コントロールしようとします。あまりコントロールが強いと都市の経済は栄えません。もっと自由な場所を求めて移動するでしょう。とくに資本はすぐに移動してしまいます。

都市の繁栄には,適度な管理と自由な経済取引がないと難しいです。都市では常に個人の自由が発揮されつつも権力者による管理とが生まれています。

このように都市とは,「管理と自由がせめぎ合う場所」だということができます。

<参考>
田村明(2004)「都市をいかにデザインするか」 pp.250-256
学芸総合誌・季刊『環』【特集】都市とは何か Vol.17 藤原書店
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2016年01月12日

中央都市工作会議

昨年12月に中央都市工作会議が37年ぶりに開催されたんですが、中央経済工作会議の陰に隠れて、日本の報道ではほとんど触れられていないですよね。

ということで、中央都市工作会議の件をPlatnewsに寄稿しました。

多くの農民工が劣悪な環境で生活する中国ー7億人以上が都市に集中(岡本信広)(Blogosにも転載)

中国にも都市運営や都市経営の考え方が広がっている印象を持っています。

ところで、なぜ日本では中国の都市化が触れられないんだろうと思っていたところ、Platnewsの編集者と話ししていて気がついたのは、「都市」や「都市化」の内容や意味が一般の人はそんなにわかっていないんじゃないかという点でした。

日本では都市化は過去の事です。日本では東京一極集中とか言われますが、一般の人にとっては、あ〜人が東京に集まっているのね、程度であって、「それ何、おいしいの?」になっているような気がします。それに日本の都市化時代は1960年代がピークで、東京に集まる労働者のために、多摩ニュータウン、港北ニュータウン、千葉ニュータウンの開発が始まった時代です。ある意味過去のことです。

もう一つは、都市化の意味がつかみにくいという点です。都市は人を惹きつける魅力を持っています。多くの人が集まれば、市場が拡大するとともに、経済活動が活発になります。都市は経済活動の「場所」であり、経済発展の中心であることがあまり理解されていません。(むしろ経済成長はいらないみたいな議論もされるぐらいですし。)

今後も都市、都市化の重要性をもう少しわかりやすく語っていきたいと思っています。


posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡本式中国経済論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする