2016年02月09日

なぜ人は嫌中と親中に分かれるのか?

中国に対して日本人はなんとなく二つに分かれるようです。ヨーロッパの国やあまり歴史的につながりのない国には人は比較的中立の立場で論じられると思うのですが、どうも中国に対しては嫌中とか親中というフィルターが入って中国を見てしまうようです。(韓国に対してもその傾向がありますが)

まず、人は中国に対する現実と理想へのウェイトの違いによって嫌中と親中に分かれるように思います。

現実派は、中国共産党が中国を支配している現実を見ています。そうすると共産党という共産主義イデオロギー、そして一党独裁体制という政治体制に嫌悪感を持っているようです。自然と嫌中派の政治的傾向は保守派、右派に分類され、公平と自由という対立イデオロギーでいえば、自由を志向します。つまり反抑圧です。

一方、理想派は、「中国」というざっくりとした歴史、文化にあこがれを持ちます。日本は過去、漢字、食習慣等で中国から影響を受けています。長い歴史、それによって培われた奥深い中国文化への造詣を深めると親近感を持つようです。このような親中派の政治的傾向は、共産主義への嫌悪感がないためにリベラルや左派に同調します。公平と自由という点からは公平というイデオロギーを持ちます。

ただ、どちらも中国研究をやる上では障害になります。これらの立場で中国をみると矛盾をはらむことが多いからです。

嫌中派は、共産党が嫌い、政治的抑圧が嫌いという点がありながら、日本政府による日本企業の保護、農業の保護といった点には信頼を置きます。自由を志向しながら、政府への支配を認めるという矛盾を持ちます。保守派は一般的に愛国という点で政府の支配を認めるので、ただ単純に感情的に共産イデオロギーが嫌いという傾向をもってしまい、客観的な中国分析を不可能にします。

親中派は、左派やリベラル的な政治的な傾向を持ち,人権に重点を置きながらも、他国の人権には無関心です。関心があっても自国の人権には敏感で、他国の人権には無関心という、本来普遍的であるはずの人権概念を都合よく使っています。いずれにせよ一党独裁という政治的抑圧体制については目をつむり、中国と仲良くという単純な感情に支配されています。

どちらも感情論です。感情を越えて、学問的フレームワークをもち客観的に中国を見ていくことが本当の中国を理解する足がかりになるでしょう。

おそらく多くの中国研究者はこのバランスに腐心していると思います。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡本式中国経済論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする