2010年07月01日

最後通牒ゲームと行動経済学

ゲーム理論に最後通牒ゲームというのがあります。これは人ってそんなに利己的じゃないよ,利他的だよということを示しているのではと言われるものです。

ゲームの概要は以下のとおりです。AがBに対して1万円の分配を提案します。そのAの提案に対しBは受諾するか拒否するかできます。もしBが拒否した場合は,AとBは何ももらえません。しかしBがAの提案に同意した場合は,提案通りの金額をお互いが受け取るというものです。

ゲーム理論が想定する合理的(かつ利己的)な人間であれば,1円の分配をBに申し入れ,Bは何もないよりは得になっているので,その提案を受け入れ,Aが9999円,Bが1円もらってゲーム終了となることが知られています。

ところが現実にこのゲームを実験すると,大部分のA(をする人)は6割ぐらいをAがもらい,Bは4割位ぐらい配分するという提案をし,Bはそれを受諾するということになるようです。つまりAは自分のことだけを考えれば,9999円取ればいいのに,それをしないで相手のことを思いやって6:4ぐらいの割合で分けることを提案するそうです。

ここから人は意外に利他的ではないかということが導かれるわけです。

しかし,心はそんなに簡単ではありません。Bに断られるのが怖いという,ある種利己的な判断からAは平等に分ける方に気持ちがいってるのかもしれません。Aは自分が少し損をしても相手のBを思いやり,最終的にはAのやさしさをアピールしているのかもしれません。ですので,このゲームの実験から人は利他的だとは言い切れないわけです。

私も人は原則利己的だと思っています。近所のおばさんがおせっかいやくのは,心配しているのではなくて自分が満足したいがためです。相手が何も理解していないのに,自分の意見を押しつけて語り尽くす人も自分が満足したいためで,人を大事に思っているわけではありません。

こんなこと書くと,私の性根が曲がっているように思われるかもしれません。(そんなつもりはありませんあせあせ(飛び散る汗))言いたいことは,行動は利他的であったり利己的であったりしますが,心は利己的であることが多いのではということです。

となりの家の子供に熱が出たと聞いて,風邪薬を差し入れする,自閉症で悩んでいると聞いて,わざわざ同じ立場の方を紹介する,これらは実際に行動しています。心では,他人によく思われよう,あるいは他人を自分の味方にしよう,などの利己的な意図があるのかもしれませんが,行動としては利他的だと判断できます。

結局,人は利己的か利他的かどうか,相手の心を読むことは難しいです。心を判断するのは難しいので,その意味では「行動」に焦点をあてて評価する方がいいのかもしれません。

このように考えると,これらを学問対象としている経済学は,経済心理学というよりは行動経済学という呼び名の方が適しているように思います。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | Miscellaneous Notes (雑記) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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