2013年08月01日

「ものさし」と中国

中国について人と話をしていて,違和感を感じることがあります。それは人はみな自分の経験や知識に基づいて中国を語るため,その体験や知識がないとその人の語る中国について同意しづらいということがあります。

事例は中国を語る上で非常に重要なのですが,その事例について見方がわかれることが多々あります。最近のシャドーバンキングの事例でも,商業銀行が政府から保護されすぎている,地方政府の債務危機などいろいろなことが言われています。もちろんそれぞれの意見は現実の発生した事柄について述べられているわけです。ですから意見には一定の真理があると思うのです。

一定の真理があったとしても,話が納得できるか,議論が噛みあうかというとそうとも限りません。

小さい子どもがいるとします。その子をみて,元気そうだ,活発そうだ,背が高いな,などの意見を持つことが可能です。その子と接触し話すことによってその子を理解し,知らない人に「あの子はいい子だ」というように伝えることになります。

でも人によっては「あの子はちょっとひねくれているよ」という意見をもつ場合があるかもしれません。

こんな時時々思います,客観的な「ものさし」があればその子に対する評価について共通の土台で話せるのにな,と。

例えば身長計があれば,子どもの身長について客観的に高い低い等の議論をすることができます。テストの結果があれば,この単元での理解の度合いを他人と比較することが可能です。50m走を測れば足の速さについてその子のクラスの立ち位置がわかります。

身長計,成績,ストップウォッチといった物事を測定するもの,ここではそれは「ものさし」と表現しますが,この「ものさし」があれば中国に関しても同じ土俵で話ができ,理解がさらに進むと思います。

中国を理解するのにどのような「ものさし」があるでしょうか。

「ものさし」の候補として経済学の考え方があります。有名な経済学の教科書,マンキュー経済学では,経済学の10大原理をあげています。例えばその中に「人はトレードオフに直面する」というのがあります。中国の格差を理解するためにはこのトレードオフという考え方が使えます。また10大原理の中には「交易はすべての人々をより豊かにできる」というのもあります。自由な交易ができない計画経済時代と交易が自由な現在の改革・開放時代を比べることで中国が市場経済化を目指した理由がより深く理解することが可能になります。

経済学は中国を理解する上で「ものさし」足りうるか,今いろいろ試行錯誤しています。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育研究活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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