2013年09月10日

教育における『見守り』

教育において,「見守る」ということが一番難しく,でも一番重要なものはないんじゃないかと思っています。

大学教育の目的は,

自分で考え判断し,何か新しいものを生み出す人間になること

だと思っています。俗な言葉で言う主体的に行動する人のことです。ただ動くのではなく,環境から得られた情報を適切に処理し,新しいことを生み出すことのできる人です。何か新しい価値を付け加えないとこれからの社会で生きていくのは難しくなってくるでしょう。

例えば,セールスという仕事についたとします。なかなか人が話を聞いてくれないという環境の中で,自らが工夫し,新たに人に話を聞いてもらえるような技術を磨く必要があります。自ら本を読んで知識を得たり,それを試してみて,うまくいかなければ,修正して再度試してみる,このような循環の中で,自分スタイルのセールス方法が確立していくでしょう。

私たちの学びにはループがあります。

まずやってみます。その結果を情報として処理します。その後うまくいくための仮説を立てます。その仮説にもとづいて再度やってみます。またその結果を検証します。

このループには,「仮説を検証する」という作業が欠かせません。これが大学教育で重要になってきます。

最新の学術成果という知識の教授,「教える」ことも重要です。でも,最終的には自分で学びのループを確立し,主体的に考え行動できるようにすることが重要で,そのためには「見守り」という観察行為が必要になります。なぜなら,なんでも教えていると指示待ち人間になってしまうからです。

学びのループの中で,どこで躓いているのか。この学習者は1人で学びのループを回せないのかどうか。

1人でこの学習ループが回せない時,どこで躓いているかを見極め,適切なヒントを提供するというのが「教える」ポイントになるでしょう。

でも,教育で難しいのはこの「見守る」ということです。学びのループ(仮説検証)を意識して,毎日の教育活動を行っていきたいものです。




posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 大学教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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