2014年02月15日

李克強経済学を新自由主義から考える

李克強は総理に就任以降「小さな政府」を目指す姿勢を見せています。

李克強の考え方を表わす経済学を「李克強経済学」(Likonomics)として表現されることがあります。論者によって李克強経済学の中身はさまざまですが(例えば“李克強経済学”再解読),基本は政府の許認可権限をなくしていき,小さな政府へ転換することです。

今日は小さな政府を考える上で,フリードマンなどを中心とする新自由主義について考えてみたいと思います。(フリードマンの考え方では,例えば根井2009など。)

新自由主義は,市場の見えざる手による資源配分が効率的であると主張し,市場における選択は自由の基礎であり,政府による強制は個人の自由を奪うものとして考えられています(服部2013,p.5)。資源の効率的配分について市場を強く信頼することから市場主義としてもとらえられます。ここでは新自由主義と市場主義を同義として考えていきます。


1.新自由主義の広まり

私が学生の頃(1980年代後半)はケインズ主義的思想が一般的であったように思います。とくに景気に対して何もしないとする新自由主義よりも,有効需要を拡大するというケインズ主義は社会を制御する統治者にとって非常に便利なツールであったといえます。また経済学を学び始めた学生にとっても,経済を動かすことができる,政策志向型な学問は非常に受け入れやすかったといえるでしょう。

一方で当時はマネタリズムや合理的期待形成学派という新自由主義的思想が徐々に日本に広がってくる時代でもあります。中曽根政権が誕生し,国鉄や日本電信電話公社の民営化など市場にゆだねる改革が政策現場で実施されていました。

またイギリスでもサッチャーが,アメリカでもレーガンが市場を信頼する政策が打ち出されていきました。また10年遅れではありますが,中国でも1990年代後半に朱鎔基が小さな政府を目指して政府機構のスリム化,国営企業の徹底した民営化が行われた時代でもありました。

近年でも,日本の小泉首相の掲げた構造改革は新自由主義的ですし,その象徴は郵政民営化でした。中国では市場化によって格差が拡大したために,胡錦濤政権は市場改革を謳いながらも実際には左派的な政策への揺り戻しでした。

それでも最近は新自由主義的思想が広く社会に受け入れられているようですし,中国でも李克強はその思想にそった改革を進めているといえるでしょう。


2.新自由主義の根拠

新自由主義は,市場メカニズムを信頼しています。市場メカニズムは経済学の中でもっとも効率的であることが証明されているからです。

簡単に内容をふり返りましょう。

プレイヤーは,消費者と生産者しかいないと考えます。そして消費者は予算制約の下で効用を最大化させようとする存在です。生産者は費用を最小化し利潤を最大化するように行動します。

市場では完全競争(したがって価格は所与)と考えられています。このような市場で生産者が生産する稀少な商品はどのように消費者に配分されるでしょうか。

結果は,もっとも欲しい人のところに必要な分だけ商品は行き渡ります。もし誰かの商品を取り上げて他の人に配分するとその効用は減ることになってしまいます。この意味で,稀少な商品は必要な人に配分されており,もっとも効率的であるとされます。これがパレート最適です。

ここでは政府の存在はありません。消費者と生産者が市場で取引さえすればよいということです。

例えば,中国でおいしい牛肉面を作れるという人がいるとします。この生産者は政府から許可をもらうのではなくそのまま市場に参入して,牛肉面を供給します。欲しい人は自分の予算制約のもとでどの牛肉面を購入するか決めます。この時,おいしいといわれるこの牛肉面を需要することによって,生産者も消費者ももっとも満足するということになります。

もし政府(工商局など)が牛肉面供給に対して許認可権限を持っていた場合,生産者は許認可をもらわないといけません。もし賄賂でももってこいなんてことになったら,生産者はやる気をなくすか,コストが高くなって生産者は牛肉面を供給しないということになってしまいます。つまり市場での牛肉面での配分がうまくいかないということになります。

このように政府が許認可を与えない方が,自由な経済活動を通じて経済は活性化すると考えられるわけです。これが市場主義の基本的な考え方です。


3.新自由主義への批判

朱鎔基も1990年代後半に政府機関の縮小,行政システムの簡素化,国有企業の改革を通じて,小さな政府の方針をとりました。フリードマンの新自由主義を政策として実施した中国で最初の首相であったといえるでしょう。

しかし,新自由主義については批判もあります。日本での批判をみてみると,金融危機でみられたように金融市場は暴走しバブルを生み出し,そして崩壊するという市場の反乱を指摘するものがあります(中山2013,服部2013)。

またアメリカのサブプライムローン問題などを含めて新自由主義を体現している(とされる)アメリカ経済に追従すると大変なことになるという警鐘をならすものもあります(服部2013,佐和2000)。

でも最も大きな問題は環境のように典型的な市場の失敗を指摘しするとともに,また格差がひろがるというものです(佐和2000)。

環境は,排出権など所有権を明確にすれば市場に技術的に取り込むことが可能であり,市場で解決可能な問題です。

でも,格差の問題は市場メカニズムの最も大きな問題です。社会は原理の上で平等を重視する一方で,平等と規範的に効率を強調する市場主義とは古典的なトレードオフの関係が存在します(オーカン1976)。

4.再分配をどうするか?

李克強経済学で,今後考えなければならないのは,市場経済改革の進展にともなう格差拡大の問題です。北京大学中国社会科学調査センターの調べでは,世帯所得で上位5%の富裕層と下位5%の貧困層の年収格差が、2012年時点の全国平均で234倍に達したそうです。同調査の2年前の2010年段階では129倍だったことを考えると格差が拡大しています(MSN産経ニュース2013年9月29日「「貧富の格差」中国234倍 一段と深刻化 上海支局長・河崎真澄」)。

新自由主義は格差を放置するというものではありません。格差の存在に対し,セーフティネットの整備を主張します。中国も社会保障制度の整備に力を入れています。

李克強が推し進める政策で私が注視するのは,「小さな政府」ではなくて「所得再分配」という面です。中国の場合はやはり政府が関与しすぎて競争が制限され既得権益が守られているという点です。つまり政府の制度が格差を助長している側面があります。

この意味では,所得再分配においても,中国の場合市場化を推し進める政策が有効になります。とくに市場でジャイアントプレーヤーとして振る舞う既得権益層,例えば競争から守られている国有企業など,を競争市場における一プレイヤーにする方策(既得権益をなくす方策)が必要です。

今後の李克強経済学のポイントは,政府の制度が生み出した格差を市場経済化でどのようになくすことが可能かという点,つまり新自由主義による格差解消という壮大な実験ではないかと考えています。

<参考文献>
A.M.オーカン(新開陽一)(1976)『平等か効率か』日経新書
佐和隆光(2000)『市場主義の終焉』岩波新書
中山智香子(2013)『経済ジェノサイド-フリードマンと世界経済の半世紀』平凡社新書
根井雅弘(2009)『市場経済のたそがれ』中公新書
服部茂幸(2013)『新自由主義の帰結-なぜ世界経済は停滞するのか』岩波新書









posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡本式中国経済論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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