2015年01月27日

「ググれカス」と「だから何?(So What?)」


私たちの欲しい情報はほとんどインターネットから得ることが可能です。分からないことがあればグーグル「先生」に聞けばほとんど教えてくれます。グーグルの検索機能は私たちの検索履歴からもっとも合うものと思われるものを上位に表示しますので,検索結果の中から最初の1ページ目か2ページ目で大体は手に入ります。グーグルは「世界の情報を整理する」という野望を成し遂げようとしているようです。(実際便利ですし。)

2chのスレでは,わからないことをスレで聞いたりすると,まず間違いなく

「ググれカス」

というとても暖かい(笑)アドバイスをもらうことができます。私たちはわからないことは人に聞くのではなく,グーグルに聞けば欲しい情報が得られるということを,多くの人が認識しています。

授業でも,あまりにも常識的なこと,中国の首都はどこですか,みたいなことを聞かれたら,笑顔で「ググれカス」と答えたいくらいです。それぐらい今は基本的な知識はネットから得られる時代です。

したがって,「これどうなっているんだろう?」とか「これは何かな?」という知識欲はまずネットで満たすことが可能です。

さて,話は変わって,学会で報告や院生の報告などを聞くと,「だから何?」というような報告がされることがあります。中国の生態移民はこうなっています!とか農村はこんな感じです!みたいな報告は,それに興味をもっていれば,報告を聞くことによって自分の知識欲を満たすことができますので,満足はあります。でも興味はたいしてないけどどうなんだろう的な気持ちで聞くと,なるほど,そうなっているのね,とはなります。

でもそのあとこう思います。「だから何?」

現在,知りたいことは良くも悪くもネットでわかります。便利な時代になっています。となると高等教育で教員が知識を供与するという役割は減ってきています。教員が中国に行ってきて一生懸命調べてきた中国の現在の状況を授業で話ししても学生にとっては,へ〜というような情報番組をみてちょっと賢くなったという感じを持つか,ちょっとできる学生だったら,やっぱり「だから何?」という疑問を持つでしょう。それぐらいだったらググればわかるんじゃね?と思う可能性さえあります。

インターネットで情報が簡単に手に入る時代です。となると教育も研究もいい問題意識,なぜこうなんだろう,どうしてこうなったんだろう,といった問いと,それに伴う自分なりの解釈(仮説)を持つということが重要になってきます。人は知って満足するのではなく,その解釈やフレームワークを手に入れたときに「わかった」「理解した」感覚を持ちます。

昔から学問では「なぜ」という問いを大切にしてきました。情報が簡単に手に入るだけに,知識欲だけではなく,なぜという疑問と自分なりの答えを常にもって,それを検証するために「ググる」というようなネットの使い方が,必要になってくるように思います。

情報化社会はより一層,いい問いを持つことが問われているように思われます。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育研究活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/413034632
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック