2016年07月05日

主権

イギリスのEU国民投票は、主権の範囲というか、国家による支配権という意味の国家主権というものについて考えさせられました。

究極的な理想だけでいえば、人類は一つ、みんな協力して世界政府(議会、裁判所)をつくる、というのが世界の国家間の争いをなくす一つの方法のような気がします。

EUは、各国が憎しみ、いがみ合い、殺し合いした歴史を乗り越えて、各国が統合していく、経済的統合はもちろんのこと、政治的にも統合していく壮大な実験でした。モノや人の移動が自由になり、どこに住んでも経済的活動をしてもEUの一員であり、政治的にもブリュッセルの欧州委員会(議会や裁判所)に統合していく流れでした。

イギリスのEU国民投票によってイギリス国民はEU統合へ反旗を翻しました。大きな理由は、EUのコントロール(法律的)が強い、移民が多く流れ込んできており国内の社会資源(医療、教育)の負担になっているといった点です。イギリスはEUと交渉しながらEUからかなりの優遇を引き出しながらも、国民はそれに満足しない、EUからの支配から抜けるべきだと主張したわけです。

イギリス国内でも割れています。北アイルランドやスコットランドではEU残留を望む声が大きかったので、とくにスコットランドはEUと独立して交渉したい、同時にイギリス(連合王国)から独立する(独立を問う国民投票を行う)準備まで始まっています。

経済的には、主権をもつ政府がその地域の租税と公共サービスを提供します。その地域の住民はその地域内で自由な経済取引が行われます。政治的には、その地域の住民がその地域の政治的代表者を決定し、その代表者たちが政治を行います。

主権の範囲、とくに空間的範囲(人口規模)はどれくらいがいいのでしょう。おそらくそれは公共サービス(負担と支出)の制約のもとで、規模の経済、住民厚生の最大化が図られるところで決まるべきでしょう。

でも政治的な空間的範囲を決めるのは難しいです。基本は民族自決なので一民族一国家なのでしょうが、イギリスのように4つの国が一つの国を構成しているケース、中国のように多くの少数民族を抱える地域もあります。どのように範囲が決められてきたかといえば、それは政治力(軍事力)で決まってきたわけです。

イギリスを例にすると、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの各主権が抑えられ、連合王国に主権が委譲されてきたために、連合王国内の経済と政治的安定がもたらされてきました。

EUもそれと同じで政治経済の主権を各国がEUに譲り渡すことによって、EU内の経済統合と政治的安定、とくに平和が維持されてきたと言えます。

イギリスのEU離脱交渉はまだ先ですが、本当にイギリスがEUから離脱することになれば、EUの求心力は下がらざるを得ず、おなじように他国が主権回復を望む可能性もあるでしょう。そのとき、どのように国家主権を超えた地域主権を維持するのか、そして各主権間のバランスはどうするべきか、が問われるように思います。


posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育研究活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/439667606
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック