2014年08月26日

二重戸籍制度を廃止し,居住証制度へ(中国の戸籍制度改革)

中国の戸籍制度改革がさらに一歩進みそうです。

国務院は2014年7月30日に新華社を通じて,《戸籍改革をさらに一歩すすめることに関する意見》を発表しました。

1997年国務院は公安部の《小城鎮戸籍管理制度改革試点方案》を批准し,テスト地域での改革経験をもとに,2001年《小城鎮の戸籍管理制度改革の推進に関する意見》を批准しました。この《意見》により小都市の常住人口に関しては計画指標管理をやめるとともに,基本的(絶対的多数の都市で)に小都市戸籍は農民に開放されることとなりました。

2007年には成都と重慶が都市農村一体化総合改革試験区に指定され,戸籍制度改革が大都市でも実施されてきました。今回はこのような戸籍改革の流れの中で,全国的な方針を示したという意味で注目されるべき改革方針と言えます。(過去の流れは,「中国の戸籍制度改革が進展!?」を参照してください。)

簡単に中身を紹介。

一.総体要求

都市定住については,農民の権利であり意思を尊重すること,各地域の経済発展水準に合わせて実施すること,公共サービス提供の均等化を図ることなどが触れられ,発展目標として,都市農村戸籍を統一化し,居住証制度によって統一的な人口管理データベースを構築,義務教育,就業支援,基本年金,医療衛生,住宅保障などの待遇を全常住人口に供給し,2020年までに1億人前後の農民移動人口やその他の常住人口の定住を達成する,としている。

二.さらなる戸籍遷移政策の調整

ここでは,都市規模によって戸籍転換の基本的指針を示しています。

建制鎮や小城鎮では,就業しており住所があれば定住戸籍を申請できるとしています。

中等都市(人口50万人から100万人)では,就業と住所および国家が規定する一定期間の都市社会保障参加があれば,基本的に定住戸籍を認める。受け入れ能力がある中等都市は,建制鎮や小城鎮と同じ方針を採用してもよい,能力がない都市は条件を明確にするが社会保障の参加年限を3年越えてはならないとしている。

大都市(100万人から300万人)は,中等都市と同じ方針であるが,大都市(300万人から500万人)では就業範囲,就業年限,住所の条件を明確にし,ポイント制度を採用して徐々に定住をすすめる。社会保障参加の年限は5年を越えてはいけないとしている。

特大都市(500万人以上)は,厳格に人口管理を行う方針であり,就業,住所,社会保障などの参加程度によってポイントを付与し,ポイントを公平かつ合理的に設定し,ポイントがたまった世帯から定住を申請できる,としている。

三.人口管理の創新

都市農村戸籍の区別をなくし,居住証制度を確立するとしています。居住証制度は半年以上当該都市に住めば申請できるとし,居住証は居住年数などの各種条件をリンクさせ,公共サービスを受けることができるとします。居住証は居住年数,社会保障制度への加入年数を基本として徐々に当該地戸籍保有者と同じような労働就業,公共教育,公共医療,計画生育,公共文化等のサービスを受けれるものとされています。共に移住した子女教育も当該地の待遇を受けれるものとしています。

またこの居住証を中心として人口管理データベースを整備していき,人口にまつわる就業,教育,社会保障,収入,不動産,計画生育,税務,婚姻,民族などの情報を正確に把握していくとしています。

四.農業移動人口及びその他常住人口への合法権益の保証

農村での財産権を完全なものにすることがうたわれています。土地経営請負権,宅地使用権,そして集団所有の農村財産に関する集団収益分配権を明確にし,登記し,証書を発行するとしています。基本的に都市に入った農民は,法律,自らの意思,有償という原則のもとでこの三権を手放すことによって都市定住を可能にするとしています。そしてこれらの財産権は取引所で市場取引を可能にするとしています。

教育,医療衛生(計画生育),年金制度を農村でも普及させ,将来的には都市と一緒にしていくことが目指されています。

最後に,これらの費用については財政移転制度が用いられ,農民市民化の数とリンクさせることがうたわれています。

五.組織的リーダーシップの強化

各地域,各部門は本意見をもとに,地域の実情にあった改革施策を早急に整えることが求められています。

この「意見」のポイントは
(1)二重戸籍制度を廃止し,居住証を中心とした制度に転換すること
(2)居住証のポイント積算が公共サービスの程度を決定すること
(3)都市規模によって居住証の運用が変わること
です。

そして課題は
(1)ポイントの多寡によって公共サービス提供が変わるため,農民が居住証を持っていたとしてもその中身で都市住民との差は存在し続けること
(2)すでに公共インフラが整っていて農民市民化のコストが低いであろう特大都市では依然定住は難しいこと
(3)地方政府は中央からの財政移転を目当てに強制的な定住政策を推し進める可能性が存在すること
が指摘できます。
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2014年08月19日

周永康と王進喜

前政権時の中央政治局常務委員で公安,司法担当だった周永康氏が失脚しました。2012年12月から周永康氏側近が党規約違反で取り調べを受けるようになってから,2013年10月中国石油大学での記念式典以降,公式の場から姿を消しており,党内で取り調べが進んでいました。中国内外で周永康氏の拘束を正式にいつ発表するかが焦点になっており,全人代後の発表はなく,ようやく7月になってから失脚が発表されました。

習近平は2012年に党書記に就任したあと,腐敗の撲滅,党内の権力基盤確立のために,「ハエもトラもたたく」ということで党内の整風運動,群衆路線教育実践活動を展開してきました。これは各都市,各単位ごとの共産党組織において活動グループを組織し,メンバー全員で自己批判などを行なう活動です。活動して全く何もでないというのは変,ということから多くの(後ろ盾のない)人の腐敗が摘発され(党に差し出され),逮捕,立件されてきています。

さて,今回失脚,逮捕された周永康は江蘇省無錫出身で、1964年に共産党入党。66年に北京石油学院(大学)を卒業後,長らく石油業界で働いていました。大慶油田の社長(総経理)や,中国石油天然ガス集団公司(中国石油)の社長などを歴任し,98年に国土資源部長(大臣),四川省党書記,2002年に政治局委員,2007年に政治局常務委員として,胡錦濤政権のチャイナ・ナインの一人にまで上り詰めました。

大慶油田有限総公司は,中国石油のもっとも基幹の企業です。この企業の社長兼中国石油の副社長であった王永春も大慶油田での汚職で党から取り調べを受け,失脚しています。大慶油田関係の幹部は多くが腐敗で逮捕されています。

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<大慶油田本部(8月6日撮影)>

今回の出張で大慶油田の「大慶精神」としてあがめられる鉄人・王進喜記念館を訪問しました。2006年に今の場所に移転して大きな規模の記念館として開館しましたが,大慶油田も当然その設立に関わっています。王進喜は厳しい自然環境の中,学もなく大慶油田の採掘に全力を尽くした英雄としてまつられており,その精神は多くの中国人の心をとらえています。多くの庶民が記念館を訪れ,鉄人の偉業に感動し,何もなくても自らが率先して国家のために尽くす精神を学んでいるにもかかわらず,今回捕まった石油閥のリーダーたちは汚職に励んでいたわけです。

鉄人を利用して庶民にはつらい生活に負けず国家に尽くせというメッセージを送る記念館を建てながら,自らは私腹を肥やしていたわけで,中国の党幹部と一般庶民の乖離を強く感じました。もちろん今回の周永康事件は,党内権力闘争の側面もありますが,それにしても犠牲をしいられるのはいつも庶民だと感じた次第です。

写真 2.JPG
<鉄人王進喜記念館(8月6日撮影)>
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2014年08月12日

東北三省の都市化

7月30日から8月8日まで中国・東北三省(遼寧,吉林,黒竜江)の現地調査を行なってきました。

とくに都市化について調査,当地の研究者らと意見交換してきたのですが,東北地域は2つの点で他地域の都市化と違う問題を抱えていることがわかりました。

一つ目は,都市化には産業構造転換による農民工などの外来人口の吸収が必要だけども,東北三省はそれが難しいということです。

東北地域は計画経済時代に重点工業地域として重工業化を実施し,それにより全国に先駆けて都市化が進展しました。しかし改革開放以降は重工業の大型国有企業を抱える結果,その改革が重荷になり都市化の進捗が遅れました。とくに重工業は資本集約型であるために労働力の吸収力は小さいです。それに加えて国有企業改革は多くの一時帰休者を生んだために,他産業における雇用吸収が必要となりました。都市内部での雇用調整が必要であり,農村からの人口を受け入れる余裕がありませんでした。東北の都市化率は近年また上昇しはじめていますが,重工業から他産業への転換が必要であること,その転換には多くのコストを必要とします。

重工業地域として全国でも有名な瀋陽・鉄西区は重工業地帯を外資や土地売買によって資金を調達し,商業都市に生まれ変わることができました。しかし郊外に移転された重工業の問題はいまだ問題となっています。

鞍山鋼鉄や大慶油田(中国石油)は,国家に保護された独占力を活かし今のところとりあえず利潤を生んでいます。しかし鉄鉱石や石油という資源に多くを頼っているために,資源採掘のコストが高くなると利潤を生みだせません。とくに鞍山鋼鉄は他の産業への進出(業種の多様化)をしておらず今後資源枯渇に直面すると産業構造の転換は難しくなります。大慶油田も石油の産出量は減少していましたがここ数年は安定しています。これは内モンゴル地域へ採掘場所を拡大しているためであります。

二つ目は,都市化には国有企業と省,市の地方政府という縦割り関係の体制改革が必要だということです。

省や市に属していた国有企業改革はつい最近まで行なわれていました(例えば,ハルピンでは2011年に市直属の国有企業改革が終わったと言います)。この意味で農民工の社会福祉を初めとする公共サービスの提供は難しく,むしろ国有企業改革による人員整理の方に財政が使われます。それに加えて東北地域は多くの中央直轄の国有企業を抱えます。中央の国有企業の命令系統は北京にあり,一方で省市政府は地元の中央直轄国有企業に口を挟むことができません。もちろん大慶のように大慶油田(中国石油)が都市建設にお金を出すこともありますが,体制としては国有企業系統,省市政府の系統といわゆる縦割り(条条塊塊)状態になっています。戸籍制度改革も必要ですが,国有企業と省市政府の関係をどのようにするのか,今後のさらなる体制改革が必要でしょう。
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2014年07月22日

中国のフィリップス曲線

中国のフィリップス曲線を作ってみました。フィリップス曲線とは,物価上昇率と失業率の短期的なトレードオフの関係を示します。

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フィリップス曲線が意味するのは,総需要拡大政策(財政・金融)は物価の上昇をもたらし,失業を改善するということです。ただし,長期でみると物価の上昇をもたらすだけで失業率は改善しないとみられています(フリードマンらの主張)。

中国で財政金融政策が可能になった1990年代後半からみてみると,中国の物価上昇と失業率にはほとんど関係がありません。(ちなみにこの18年間の相関係数は-0.27)18年というと長期なので,いろいろ期間を区切ってみましたが,短期のトレードオフを示すフィリップス曲線が描けたのは,1995年から1999年だけでした。皮肉なことに財政金融政策が可能になった1990年代後半は物価上昇は招きながらも財政金融政策が失業対策には有効だったといえそうです。

1407ChinaPhilippsCurve2.jpg

1997年から朱鎔基の国有企業の戦略的改組がはじまり,多くの一時的帰休者が発生しました。朱鎔基は当時の既得権益層から猛反発を受けていたわけですが,まがりなりにも大量の国有企業の民営化が進んだのは,マクロ経済政策がうまくいったからかもしれません。

ここ10年失業率は4%から4.3%の間に収まっているにもかかわらず物価上昇率は大きく変動しています。つまり近年は物価上昇率と失業率の間になんの関係もないことになります。これをどう解釈するべきでしょうか。

一つは,中国のマクロ経済政策は失業率低下には寄与しないということです。例えば2008年から発動された3兆元の総需要拡大政策は失業対策にはならなかった可能性があります。

二つ目は,長期的に中国の失業率はすでに自然失業率になっていてこれ以上減らそうとしても減らないある意味ほぼ全員が雇用された状態になっているということです。とくに金融政策はマネーサプライを増加させてインフレを招くだけで,実体経済に何も影響を及ぼさないことになります。実際近年のバブルぶりはそれを象徴しているようにもみえます。

三つ目は,失業率統計が不完全であるということです。おそらく多くの人はこの点に注目すると思います。実際大学生の就職難や農村から都市部に出てきた農民工の数などを考えると,この失業率は低すぎるようみえるかもしれません。

人口統計によると経済活動人口は約7億6000万人います。4億ほどが農村経済活動人口になっています。都市部での3億7000万人が労働人口とみていいでしょう。失業統計では労働保障部門に登記している求職者数だけですから,統計で把握されているのは都市登記失業者数の900万人です。大学生の新卒数が700万人ほどいるわけで,それと比べてもあまりにも低い数値といわざるをえません。

統計数値が不備なのか,はたまた地元政府が失業率を低くするように操作しているのか,なんともいえませんが,その結果,フィリップス曲線が観察されないというのは,経済政策を実施する政策当局にとって政策は無効だと暗示しているようなところもあります。


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2014年05月10日

都市人口の抑制手段

昨年11月に開催された中国共産党第18回三中全会で《中共中央の全面的な改革深化における若干の重大問題に関する決定》が発表されました。

その発表では農業から人口を移動させ市民化させるとともに条件の合う農業人口を都市(城鎮)住民にすることとしています。ただし条件付きです。都市の人口規模によって定住化できる市民の条件が違います。

《決定》では,人口管理を新しくするとともに戸籍制度を改革し,建制鎮(農村で人口が集中している行政区域を指す)や小都市への定住は全面的に開放し,中都市は定住制限を徐々に緩和し,大都市は定住条件を合理的に確定していき,特大都市は人口規模を厳格に管理することが謳われています 。

つまり,都市規模が大きくなればなるほど都市が大きくならないようにコントロールする方針です。

ちなみに中国では,非農業人口20万人以下が小都市,20万から50万人が中都市,50万から100万人が大都市,100万人以上が特大都市と定義されています。この定義からいえば,2000万人を超える北京,上海,広州をはじめ,大部分の省都や大連や青島など計画単列都市(日本の政令都市のように独立性の強い都市)は特大都市となります。

都市化を推進しながらも,なぜ大都市化を抑制するのか,一見矛盾した方針ですが,この背景には第一次五カ年計画期の都市化政策で都市が流入する人口を支えきれずに,農村都市化(人民公社化や下放政策など)へ方針を大きく転換したということがあります(関連エントリ「都市化のトラウマとジレンマ」)。

計画経済時代ならまだしも,現在は市場経済化が進んでいます。政府による直接コントロールではなく,間接コントロールは可能かみてみましょう。

北京市は,交通渋滞,大気汚染,水汚染,ごみ処理問題など大都市病を抱えてきました。「北京都市総体規劃(2004―2020)」が実施されてすでに10年近く立っていますが,問題は当時の人口コントロール目標1800万をとっくに超えてしまっていることでした。2012年の人口はすでに2100万人を超えていると言われており(戸籍人口1300万人強,流動人口800万人強である),今年1月北京市の第14回市人民代表大会にて目標の修正が提案されました。人口コントロールの目標を2015年常住人口2180万人としています。あと2年ほどの時間的余裕の中で,常住人口の増加については65万人ほどの余裕しかなく,20万人の戸籍人口の増加,25万人の流動人口の管理が目指されるようです(『財新網』2014年2月28日)。

人口管理の方法として3つの方法があげられています。1つは産業による人口管理(「以業控人」),2つ目は住宅による人口管理(「以房管人」),3つ目は居住証による人口管理(「以証管人」)です。

産業による人口管理とは,産業を都市郊外に移転することにより中心部ではなく郊外に就業機会を設けることです。住宅による人口管理とは,住宅を都市郊外に建設することにより中心部ではなく郊外に居住空間を設け,人の移動を促すことです。

政府が都市の産業配置計画を発表,実施することによって,都市計画を実施する。都市計画という情報を参考にしながら市場が就業機会を提供し,個人がどうするか決定します。とくに中低所得層の場合,就業機会が郊外にあり,都市中心部の住宅価格が高くなれば,市場調整を通じて多くの人が郊外に移動することが期待されます。この意味で産業と住宅の配置は比較的市場の力を用いたものといえるでしょう。

実際,東京でも工場等配置法によって,工場や大学などは23区内に立地することが不可能になり,郊外に移転していきました。同時に,多摩,港北,千葉ニュータウンが建設され郊外での住宅開発が進みます。これにより首都圏は中心部から周辺部への拡大が進みました。

一方,日本と異なるのが戸籍や居住証による人口管理です。これは,流入してくる人口に対し,居住証の発行という手段で流入を制限する方法です。いわゆる戸籍を管理することによって直接人口流入を調整します。この方法はまさに計画経済時代から行われているものです。戸籍を持っていなければ,子女教育,就職,社会保障等の条件が不利になるようにしておきその都市に住みにくい(以前であれば都市から追放される)ようにしているというものです。(現在の上海の定住政策,戸籍政策について厳2014が詳しい。)

私の北京の友人には北京の大学を卒業して中国の政府機関や事業単位などで働く人たちがいます。安定した仕事を持ち,住宅を北京に持っており,そして専門的な知識をもった仕事をしているので,北京の都市戸籍を得る条件は十分に整っています。所属単位(機関)にも戸籍の発行数の割当がありますが,現在その都市戸籍割当を条件の整った労働者に与えるのを控えているといいます。彼らは政府系機関であるため普段の生活に影響があるわけではありません。むしろ出稼ぎに都市にやってくる農民工は居住証のあるなしで子女教育,社会保障に影響がでてきますので,定住条件の揃っていない流動人口にとって北京で就業や定住はより難しいことでしょう。

中国は歴史的に都市の人口管理に失敗したトラウマを持っています。大都市の渋滞,ごみ処理圧力などに対して大量の人口流入は抑えたいです。社会主義市場経済の下では極力市場メカニズムによる都市の抑制としたいのですが,実際にはまだまだ政府による直接管理が使われているが現状のようです。

<参考文献>
小島麗逸編(1978)『中国の都市化と農村建設』龍渓書舎
「陆杰华:北京不应把人口单纯当负担」『財新網』2014年2月14日
http://opinion.caixin.com/2014-02-14/100638595.html,2014年3月3日アクセス
厳善平(2014)「中国における戸籍制度改革と農民工の市民化−上海市の事例分析を中心に」『東亜』霞山会,No.563(2014年5月号),pp.76-86
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2014年04月26日

中国の国有企業改革は終わったのか?

中国の国有企業改革はちょっと落ち着いた感があります。むしろ世界企業ランキングに入るのは国有企業ばかりなので,なんとなく国有企業改革は終わったのではないか,過去のことではないかという感じを持つ人も少なくないでしょう。

でも中国が社会主義市場経済を標榜し,公有制を建前とする以上,国有企業はずっと存在することになります。国有企業は経営がうまくいっているのかどうか,常に注目される存在であることには変わりはありません。

中国の国有企業改革の究極の問題は,ずばりこれからも民営化が必要かどうかです。つまり企業経営の効率化に必要なものは民営化なのかそれ以外なのかという議論につきます。

国有企業が不振に陥った90年代、国有企業再建には大きな論争がありました。国有企業が不振なのは所有権が曖昧なためだ,そのため民営化が必要だという意見(張維迎)VS国有企業は学校,住宅などの政策性負担が大きいので競争が不利だ,だから政策性負担を減少させるべきという意見(林毅夫),です(関2007)。

結局,1997年から実施された国有企業の戦略性改組は両方の主張を取り込み,戦略的産業以外の競争性産業部門にある国有企業は全て民営化し、一方で年金や学校などの政策性負担を減らすことになりました。

2003年に国有資産管理委員会が設立され,その元で中央国有企業を管轄する形をとって以降,民営化の流れは止まりました。(とはいえ,2003年からの東北振興によって東北地域の国有企業改革は本格化しますが。)

その後は,国有企業が大型化(優良資産の集中,株式市場への上場)していき,1997年の四兆元財政支出により国有企業の存在がクローズアップされ,国有企業の存在が大きくなる国進民退(いわゆる民業圧迫)という現象が注目されました。

現在の問題は,

国有企業の利潤は拡大したもののその利潤は「所有者」である国民に分配されていないし、そもそも利潤は不公平な競争環境が生み出したもの

という見方があります。

政府が土地や税金、社会保障を肩代わりするがゆえの高利潤であり、一部産業では民営企業との競争がなく独占状態ゆえの儲けです。国有企業の現在の躍進は企業経営が効率化したのではなく,その不公平な競争環境が90年代とは逆に保護されている結果だという意見です。この保護がなくなれば国有企業は効率が悪いままであり、やはり企業経営の効率化には民営化は避けられないとする改革派の意見もあります(周其仁)。

民営化に反対する意見でもっとも影響力をもつものは,民営化は外国資本と経営に関与した一部の富裕層が企業を私物化することであり(権貴主義),ラテンアメリカ化していまうという意見(郎咸平)です。国有企業の身売りは権力に近い者やその企業経営に関わったもののみが手に入れることができ、その利益は政治家に流れ権力者や富裕者を作る,国有資産の私物化になるだけだ、と主張されています。

その他,民営化に反対する意見は以下の2つです。

(1)社会主義市場経済は公有制を建前とする。
国有企業は公有制の実現形式であり,共産党執政の基礎であり,国家マクロコントロールの保障になっているという点です。とくに前半は2002と2004の党憲章、憲法改正に「公有制が主体」であることが記載されました。また、2011年に中央指導部は私有制は行わないと明言しています。

(2)マクロ経済コントロールの中心。
もう1つは,国有企業は(規模の面でも)国際競争に打ち勝つ拠り所であり,産業技術革新の希望である点です。国有企業こそが国家発展戦略の柱であり、民営企業では技術革新や産業構造高度化はなし得ないとしています。

しかし,これらの民営化に反対する意見は,すべて国有企業の経営は効率化しているのかどうかという問いに答えていません。政府の保護があって経営がうまくいっているだけなら,国民の負担で国有企業を儲けさせているだけなので,民間から国有部門への強制的資源配分が行われていることになります。

国有企業は経営が効率化しているのかどうか,この問いに答えられる説得的な民営化反対意見がでない限り,私は民営化するべきだと思っています。

<参考文献リスト>
関志雄(2007)『中国を動かす経済学者たち―改革開放の水先案内人』東洋経済新報社
「国企産権改革争議20年」『南方週末』2014年4月11日
http://www.infzm.com/content/99700,2014年4月15日アクセス))
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2014年04月19日

シンガポールの政治制度から中国政治を考える

中国の政治制度を考えるにあたって,参照になるのが中国以外の華人地域や国家の政治制度です。

香港は1997年にイギリスの植民地から中国に返還され,民意を繁栄させる独自の政治制度が模索されています。台湾は完全に民主化され選挙によって議員や総統が選ばれ,民意によって政治が行われるようになりました。

現在の中国のように政党主導型権威主義体制を採用しているのはシンガポールです。シンガポールは人民行動党(PAP)による事実上の一党支配体制(一般に選挙を通じているので独裁ではなく支配という言葉を用いる)です。野党政治家,労働組合,NGOの活動は監視され,マスメディアの報道は制限されています。つまり言論,集会の自由はありません。民主化の程度を示すPOLITY IVプロジェクトの数値(もっとも民主的な体制が10,もっとも独裁的なのが-10)は一貫して-2であり,東南アジア諸国の中ではもっとも民主化が遅れた地域です(中村編2012,p.19)。

共通点を見てみましょう。まず政党の成り立ちとして,第二次大戦以前から植民地あるいは半植民地状態にあった自国を独立させるという大義のもとで大衆を指導し,支持を受けてきたという点です。中国共産党は日本をはじめとする侵略国家から中国を守るというものでしたし,人民行動党も宗主国イギリスから独立するという点で国民の支持を得てきました。

相違点は,政治体制です。シンガポールは議院内閣制を採用し,議会(シンガポールは一院制)で多数をとった政党が,内閣を構成し,政治を行います。1987年まで人民行動党は選挙で議会の全議席を占めていましたので,結局は選挙という形で国民の信任を得て,一党独裁,あるいは一党優位を保っています。

中国では党国家体制を採用します。党の下に国務院(行政),人民代表大会(議会),人民法院(司法)があり,それぞれの権力が相互に牽制しあうことはなく,党が国家の体制を指導する立場をとります。

したがって,シンガポールが事実上の一党独裁であっても「選挙」という形で国民の信任を得ているために,中国ほど批判されることはありません。

でも人民行動党もなかなかえぐいことをやっています。議会の選挙で野党が議席をとったことをきっかけに,選挙制度を変更します。小選挙区制中心だったのですが,グループ代表選挙制というものを導入します。そもそも小選挙区は政党支持が少なくても議席を圧倒的に取りやすい,死票の発生する選挙ですが,それに加えてグループ代表制では,野党が強い選挙区で立候補者複数(グループ)に対して集めた票数が多いと,選挙区の全議席を総取りするという,得票数が少なくても議席数が伸ばせる制度です。

選挙という形を取りながらも与党が勝利する仕組みが与党によって作られています。

また当然中国と同じように憲法の改正はよく行われますし,最高裁判所による違憲審査はあまり行われません。

シンガポールのメリットは,「法の支配」が徹底しているということかもしれません。とくに経済関係,所有権,公平な手続きなどは国際的にも評価が高いです。中国で行われる「関係(グワンシ)」が働かないという点が,企業関係者にとって将来に対する予測が立てやすいということになります。法律がコロコロ変わる,解釈も政府によって変わる,人と人の関係が存在しないと事業が動かないということになると,企業は長期的な経営予測を立てにくくなります。この意味で恣意的な法の運用がなく,透明な法律によって経済活動が保護されているのはシンガポールの大きなメリットといえます。

こうして考えるとシンガポールは一応選挙を通じて,国民統治の正当性を持っていますが,中国にはそれがありません。習近平,李克強政権を国民が信託したという事実や手続きは存在していないのです。

しかしシンガポールも中国も一党支配というところは共通点です。経済発展という面では民主化よりも透明な法制度が存在することが重要なようです。

<参考文献>
中村正志編(2012)『東南アジアの比較政治学 (アジ研選書)』アジア経済研究所

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2014年03月29日

国家新型都市化計画2014年−2020年

3月16日に中共中央および国務院から《国家新型都市化計画2014年−2020年》が発表されました。

長文ですので,概要だけ整理してみました。文書の出所は新華社です(ここ)。

本計画は8部31章から成り立っています。

第1部 計画の背景
 都市化は,現代化,持続的健康的な発展の引き金,産業構造高度化の握り手,三農問題解決の道筋,地域協調発展の支え,社会の全面進歩の要求であるとします(第1章)。都市化発展の現状として,1978年から2013年までに都市人口が1.7億人増加したこと,都市化率が17.9%から53.7%まで上昇し,三大都市群の面積は2.6%,人口の18%が住み,36%の国内総生産を生み出すと成果を強調しながらも,農業人口の市民化が遅れていること,人口の都市化よりも土地の都市化が進みすぎている,都市空間の分布と規模構造が不合理,都市管理サービスの水準が低いなどの問題が指摘されます(第2章)。このような中,都市化は質を向上させる転換発展の新段階に入ったと強調します(第3章)。

第2部 指導思想と発展目標
 指導思想として,人と本とし公平に享受すること,四化(都市化,農業現代化,情報化,工業化)のペースを合わせることや都市農村一体化をはかること,配置の最適化,効率を集約すること,生態環境や文化を守ること,市場を主導にしつつ政府が導くことなどが指摘され(第4章),基本的な発展目標が数値で示されます(第5章)。

 例えば2020年までの目標として
 常住人口の都市化率         60%前後(52.6%)
 戸籍人口の都市化率         45%前後(35.3%)
 を目玉に,基本的な公共サービス(社会保障など),インフラ,資源環境について主要目標値を設定しています。

第3部 農業から移動してくる人口の秩序ある市民化
 農業から移動してくる人口に対し,小城鎮,大中小都市において定住条件の緩和をうたいます(第6章)。農民工の両親とともに移住してきた子女へ教育権利を与えること,農民工の就業能力を向上させる公共サービス体系を充実させること,社会保障のカバー率を上昇させること,農民工の住宅供給を充実させることが目指されます(第7章)。農業から移動してくる人口を市民化するコストは政府,企業,個人がともに負担し,政府の職責を明確にし,農民工が都市社会に参与することがうたわれています(第8章)。

第4部 都市化の配置と形態の最適化
 《全国主体効能区規画》にそって,東部地区は水,土地資源や生態環境に配慮して開発の最適化を目指し(第9章),中西部都市群は資源環境に配慮しながらも重点開発とし(第10章),都市群の一体化を進めるとします(第11章)。
 直轄市,省都,計画単列都市は都市化の柱であり,産業構造を高度化させ,グローバルバリューチェーンに参与し,国際化と競争力の増強を目指します。そして中小都市,とくに国境の中小都市の発展を促し,重点的には小城鎮のインフラを充実させるとします(第12章)。
 “五縦五横”の総合運輸ネットワークにもとづき鉄道,高速道路の建設を行い,貨物ステーション,港湾,空港などの最適化配置と効能を上昇させるとし,中小都市,小城鎮の交通条件を改善するとします(第13章)。

第5部 都市の持続的発展能力の向上
 遅れた産業からエネルギー環境保護かつ先進的な産業構造へアップグレードし,人材育成や技術革新の仕組みを備えて,就業創業を支援することを目指し(第14章),都市部のスラム(棚戸区)を改造し(第15章),公共交通,都市生活を支える公共サービスを充実させていく(第16章),としています。
 都市空間を適切に管理するべく都市計画建設の水準を高めることとし(第17章),緑色都市(地球環境にやさしいエコ都市),智慧都市(情報技術を活用した都市),人文都市(自然遺産を保護し文化的施設が充実した都市)を建設し(第18章),都市のガバナンス,治安,防災減災システムを新しくしていく(第19章),とします。

第6部 都市農村発展一体化の推進
 労働市場,土地市場,金融サービス面,インフラや公共サービスで都市と農村を一体化させ(第20章),国家の食料安全と重要農産品の生産を保障し,農業の発展水準や流通体系を改善していく(第21章),としています。
 郷鎮村庄においても規画にもとづいて美しいむらづくりを進め,インフラ,公共サービス,教育や医療などの社会事業を発展させていくことを目指します(第22章)。

第7部 都市化発展の体制メカニズムの改革
 居住証と人口調査を通じて人口管理方法を改善し(第23章),都市建設用地のストックを活用,農業から移動してきた人口とリンクさせて土地建設用地の供給を認め,土地使用基準や工業プロジェクトの容積率をあげて用地を集約し,国有建設用地の有償使用改革を進め,農村の土地管理,土地収用制度を改革しながら,耕地の保存をしていく(第24章),としています。
 都市化の資金保障として,財政移転制度は農民市民化とリンクさせ,地方税体系を充実し,都市建設投融資システムを透明かつ規範的なものにします(第25章)。健全な住宅供給市場を整え,保障性住宅を供給し,市場メカニズムの活用を図る(第26章)としています。
 都市化とともにエコで循環型の低炭素型の発展をするために,生態文明の評価体系を確立し,国土空間開発保護制度を設け,資源の有償使用,補償使用,所有権交易を実施し,環境への監督制度を充実させるとしています(第27章)。
  
第8部 計画の実施
 計画の実施にあたっては,国務院の各省をはじめて地方政府が協力し,中央政府がトップ設計を行い,国家発展改革委員会が主導するとし(第28章),この計画を基本にして法律関係を整備し(第29章),多くの課題についてさまざまな地域でテストケースを実施していき(第30章),健全な評価をしていくと結んでいます(第31章)。

注目したいのは,第3部と第7部です。第3部では,農民工の市民化がテーマになっており,人に焦点をあてた,これこそがまさに「新型」都市化の目玉です。また第7部は都市化を行うにあたっての体制改革があげられており,中国の特殊な都市化を考える上で,避けられないテーマといえましょう。

 

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2014年03月01日

東莞の「掃黄」(風俗産業の取り締まり)

2月9日の中央電視台の報道をきっかけに中国全土が東莞の風俗産業取り締まりに注目が集まっています。メディアの報道も過熱しており,中国国内でもこの取り締まりについては疑問視する声もあります(ふるまいさんの『東莞,東莞』はそのあたりの状況が詳しい良記事)。


1.マクロ経済への影響

東莞市は中国広東省の東南部に位置し,香港と広州の間にある多くの香港や台湾資本の集積によって発展してきた都市です。ハードディスクなどのPC部品の生産においては世界的シェアを占め,世界のパソコン製造業を支えています。(東莞市の概況についてはJETROのこのまとめを)

東莞は性都と呼ばれるほど,風俗産業が発展していました。外国投資に付随する単身赴任者,商談にともなう出張者などの需要により,ホテルやレストラン等の産業とその闇として風俗産業が発展してきました(一般に,単身男性者が多くて女性が少ないところでは風俗産業が発展しやすいです。例えば新大陸開発のアメリカなど)。その発展ぶりは「東莞スタンダート」として中国全地域の風俗産業に影響を与えました。

東莞市の人口は820万人,風俗に従事する女性は25万人と言われています。また今回の取り締まりによって,東莞市GDPの約10%,500億元の損失だという推計もあります(「东莞扫黄扫掉500亿元GDP」)。

所得を生み出していた風俗産業への打撃のみならず,投資や経済の将来見通しについて投資家のマインドを冷却する可能性も無視できません。東莞の経済発展に対しては大きな打撃になることは間違いないでしょう。

そもそも中国全土では400万人から600万人が風俗産業に従事しており,何清漣は乱暴ながらも2006年の美容産業のGDPに占める割合が1.8%,従業者数が1120万人の規模,これが風俗産業の経済規模だとしています。いずれにせよ,直接的な性サービス(売春など),間接的な性サービス(ストリップなど),関連産業(雑誌や性具生産など)を合わせると少なくない規模の産業であることは間違いないでしょう。


2.風俗産業の合法化議論

私は,風俗産業の合法化あるいは市場化をする方がよいという立場です(前のエントリ「「市場」の有効性―葉海燕の活動を事例に」を参照)。

もちろん無条件ではなく,物事の分別のつく大人が自らの合理的判断の結果,風俗産業に参入するという場合のみです。

この前提が満たされているとして合法化・市場化のメリットを考えてみましょう。

ヨーロッパではドイツで合法化されているようです(「ドイツの売春自由化がもたらしたもの」)。

その根拠としてあげられるのは以下の4つです。

(1)税金をとることによって,政府が性取引参加者の保護を行うことが可能になる。
(2)「表」の産業にすることによって,価格単価が上がる可能性がある。
(3)顧客の選別が可能になり,性供給者の安全を確保することが可能になる。
(4)不法な人身売買組織に性供給者が流れるのを防ぐことが可能になる。(実際ドイツでは人身売買件数が2001年の987件から2011年の482件に減少した。)

中国でも合法化や市場化の議論があります(例えば「【热点热评】:东莞被扫中国性交易是否该合法化」)。

それによると,合法化の根拠として,

(5)大陸の男女比率は歪んでおり,約4000万人の男性が伴侶を得ることが不可能であるため,強姦事件の減少に役立つ。
(6)1984年から1998年に中国政府が売春を厳しく取り締まったにもかかわらず売春事件は反対に192倍伸びた。
(7)詩人など文化人のイロモノは中国文化の繁栄を示すものだ。
(8)世界的にオランダをはじめとして性取引の合法化は世界潮流だ。

があげられています。上記(7)(8)はこじつけですが,(6)は(4)の根拠と近いものがあります。ちなみに(5)はヨーロッパや明治期の日本が軍隊の規律を守るために公娼制度を採用した根拠にちかいです(藤目1998)。

(1),(3)に関連するものでいうと,台湾の衛生署が1991年に発表したところによると,梅毒の場合私娼の罹患率は公娼よりも42倍高いデータがあります(「性交易合法化的国际经验」)。

風俗産業合法化へ反対する意見もあります。その根拠として,他人による斡旋や強要というケースも少なくないという事実がよく指摘されます。喜んでやっているという人は少なくおそらく大多数の人が何かしらの事情(とくに貧困)でそういう職業を選ばざるをなかったというのも事実でしょう。ただ他産業でも児童労働や劣悪な環境での強制労働はありうるわけですから,風俗産業だけが強要と斡旋にさらされている忌むべき産業というわけではないと思います。

その他にも

(9)官僚の「怪しい」消費を減らすことが可能。

であると何清漣は論じます。そもそも地下に潜っているからこそ,官僚たちは黙認しそのサービスを享受してきたわけですから,これが地上経済に出てくると,官僚たちの不正消費を行えない可能性が出てきます。


3.中国での性風俗産業の展望

今回の東莞市の大々的な取り締まりで,事実上の重要産業である風俗産業はどうなるでしょうか。

金銭による性取引は歴史的に禁じても存在してきたのは事実であり(バーン&ボニーブーロー1996),中国でも文化大革命時であっても上海で売春が横行していた事実もあります(「性交易合法化的国际经验」)。

その意味では,一時的になくなったとしてもゼロにするのは無理でしょう。

むしろ中国の風俗産業の取り締まりで問題なのは,買う側(主に男性)は無罪であり,売る側(主に女性)が有罪という明らかに弱者に不利になっているということです。金銭的性取引に参加する女性はなにかしら生活困難を抱えているのが常であり,その結果として有罪になるというのは問題でしょう。

非合法であっても,日本の売春防止法のように罰則規定のない,あくまで金銭的性取引を抑止するためのものと位置づけ,性取引に参加する女性の地位向上や保護を目的とすることが必要です。


<参考文献>
バーン&ボニー・ブーロー(1996)『売春の社会史(上下)』筑摩書房
藤目ゆき(1998)『性の歴史学』不二出版
「何清涟:大而不能倒:性产业对中国GDP、就业的关系」『VOA米国之音』(http://www.voachinese.com/content/heqinglian-china-gdp-20140211/1850042.html,2月21日アクセス)
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2014年02月15日

李克強経済学を新自由主義から考える

李克強は総理に就任以降「小さな政府」を目指す姿勢を見せています。

李克強の考え方を表わす経済学を「李克強経済学」(Likonomics)として表現されることがあります。論者によって李克強経済学の中身はさまざまですが(例えば“李克強経済学”再解読),基本は政府の許認可権限をなくしていき,小さな政府へ転換することです。

今日は小さな政府を考える上で,フリードマンなどを中心とする新自由主義について考えてみたいと思います。(フリードマンの考え方では,例えば根井2009など。)

新自由主義は,市場の見えざる手による資源配分が効率的であると主張し,市場における選択は自由の基礎であり,政府による強制は個人の自由を奪うものとして考えられています(服部2013,p.5)。資源の効率的配分について市場を強く信頼することから市場主義としてもとらえられます。ここでは新自由主義と市場主義を同義として考えていきます。


1.新自由主義の広まり

私が学生の頃(1980年代後半)はケインズ主義的思想が一般的であったように思います。とくに景気に対して何もしないとする新自由主義よりも,有効需要を拡大するというケインズ主義は社会を制御する統治者にとって非常に便利なツールであったといえます。また経済学を学び始めた学生にとっても,経済を動かすことができる,政策志向型な学問は非常に受け入れやすかったといえるでしょう。

一方で当時はマネタリズムや合理的期待形成学派という新自由主義的思想が徐々に日本に広がってくる時代でもあります。中曽根政権が誕生し,国鉄や日本電信電話公社の民営化など市場にゆだねる改革が政策現場で実施されていました。

またイギリスでもサッチャーが,アメリカでもレーガンが市場を信頼する政策が打ち出されていきました。また10年遅れではありますが,中国でも1990年代後半に朱鎔基が小さな政府を目指して政府機構のスリム化,国営企業の徹底した民営化が行われた時代でもありました。

近年でも,日本の小泉首相の掲げた構造改革は新自由主義的ですし,その象徴は郵政民営化でした。中国では市場化によって格差が拡大したために,胡錦濤政権は市場改革を謳いながらも実際には左派的な政策への揺り戻しでした。

それでも最近は新自由主義的思想が広く社会に受け入れられているようですし,中国でも李克強はその思想にそった改革を進めているといえるでしょう。


2.新自由主義の根拠

新自由主義は,市場メカニズムを信頼しています。市場メカニズムは経済学の中でもっとも効率的であることが証明されているからです。

簡単に内容をふり返りましょう。

プレイヤーは,消費者と生産者しかいないと考えます。そして消費者は予算制約の下で効用を最大化させようとする存在です。生産者は費用を最小化し利潤を最大化するように行動します。

市場では完全競争(したがって価格は所与)と考えられています。このような市場で生産者が生産する稀少な商品はどのように消費者に配分されるでしょうか。

結果は,もっとも欲しい人のところに必要な分だけ商品は行き渡ります。もし誰かの商品を取り上げて他の人に配分するとその効用は減ることになってしまいます。この意味で,稀少な商品は必要な人に配分されており,もっとも効率的であるとされます。これがパレート最適です。

ここでは政府の存在はありません。消費者と生産者が市場で取引さえすればよいということです。

例えば,中国でおいしい牛肉面を作れるという人がいるとします。この生産者は政府から許可をもらうのではなくそのまま市場に参入して,牛肉面を供給します。欲しい人は自分の予算制約のもとでどの牛肉面を購入するか決めます。この時,おいしいといわれるこの牛肉面を需要することによって,生産者も消費者ももっとも満足するということになります。

もし政府(工商局など)が牛肉面供給に対して許認可権限を持っていた場合,生産者は許認可をもらわないといけません。もし賄賂でももってこいなんてことになったら,生産者はやる気をなくすか,コストが高くなって生産者は牛肉面を供給しないということになってしまいます。つまり市場での牛肉面での配分がうまくいかないということになります。

このように政府が許認可を与えない方が,自由な経済活動を通じて経済は活性化すると考えられるわけです。これが市場主義の基本的な考え方です。


3.新自由主義への批判

朱鎔基も1990年代後半に政府機関の縮小,行政システムの簡素化,国有企業の改革を通じて,小さな政府の方針をとりました。フリードマンの新自由主義を政策として実施した中国で最初の首相であったといえるでしょう。

しかし,新自由主義については批判もあります。日本での批判をみてみると,金融危機でみられたように金融市場は暴走しバブルを生み出し,そして崩壊するという市場の反乱を指摘するものがあります(中山2013,服部2013)。

またアメリカのサブプライムローン問題などを含めて新自由主義を体現している(とされる)アメリカ経済に追従すると大変なことになるという警鐘をならすものもあります(服部2013,佐和2000)。

でも最も大きな問題は環境のように典型的な市場の失敗を指摘しするとともに,また格差がひろがるというものです(佐和2000)。

環境は,排出権など所有権を明確にすれば市場に技術的に取り込むことが可能であり,市場で解決可能な問題です。

でも,格差の問題は市場メカニズムの最も大きな問題です。社会は原理の上で平等を重視する一方で,平等と規範的に効率を強調する市場主義とは古典的なトレードオフの関係が存在します(オーカン1976)。

4.再分配をどうするか?

李克強経済学で,今後考えなければならないのは,市場経済改革の進展にともなう格差拡大の問題です。北京大学中国社会科学調査センターの調べでは,世帯所得で上位5%の富裕層と下位5%の貧困層の年収格差が、2012年時点の全国平均で234倍に達したそうです。同調査の2年前の2010年段階では129倍だったことを考えると格差が拡大しています(MSN産経ニュース2013年9月29日「「貧富の格差」中国234倍 一段と深刻化 上海支局長・河崎真澄」)。

新自由主義は格差を放置するというものではありません。格差の存在に対し,セーフティネットの整備を主張します。中国も社会保障制度の整備に力を入れています。

李克強が推し進める政策で私が注視するのは,「小さな政府」ではなくて「所得再分配」という面です。中国の場合はやはり政府が関与しすぎて競争が制限され既得権益が守られているという点です。つまり政府の制度が格差を助長している側面があります。

この意味では,所得再分配においても,中国の場合市場化を推し進める政策が有効になります。とくに市場でジャイアントプレーヤーとして振る舞う既得権益層,例えば競争から守られている国有企業など,を競争市場における一プレイヤーにする方策(既得権益をなくす方策)が必要です。

今後の李克強経済学のポイントは,政府の制度が生み出した格差を市場経済化でどのようになくすことが可能かという点,つまり新自由主義による格差解消という壮大な実験ではないかと考えています。

<参考文献>
A.M.オーカン(新開陽一)(1976)『平等か効率か』日経新書
佐和隆光(2000)『市場主義の終焉』岩波新書
中山智香子(2013)『経済ジェノサイド-フリードマンと世界経済の半世紀』平凡社新書
根井雅弘(2009)『市場経済のたそがれ』中公新書
服部茂幸(2013)『新自由主義の帰結-なぜ世界経済は停滞するのか』岩波新書









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2014年02月01日

都市化のトラウマとジレンマ

中国の都市化では,農村と都市の二重構造を打破するというのが,もっとも大きな課題です。

日本では人の移動が自由であったために,都市化における人の移動の制限を加えてきたことはありませんでした。しかし,中国では戸籍制度を基本として人の自由な移動に制限が存在します。

農村と都市の二重構造,とくに人の移動をなぜ制限するのか,それを考えてみたいと思います。


1.第1次五カ年計画における都市化

新中国の成立前まで,共産党は農村を中心とする革命を行ってきました。共産党の革命重点が農村から都市に転換したのは,1949年の中共第7期二中総会(中央委員会第二回総会)による毛沢東報告です(小林1974)。毛沢東が「都市の生産を回復し発展させ,消費的な都市を生産的な都市にかえたとき,人民の権利は,初めて強固なものになる」と報告しました。これをきっかけに「消費都市から生産都市へ」の基本的な流れができます(小島1978)。

そこで,第一次五カ年計画では重工業化と都市化の方針で経済建設が開始されました。

解放当時の都市建設の目標は都市公共施設の修復・建設と環境衛生(上下水道,ごみ処理など)の改善でした(以下,主に越沢1978)。とくに大きな問題は,住宅でした。日中戦争時大量の農民が離村し都市へ流入してスラムを形成していたからです。また解放後多くの農民が都市に流入するとともに(都市人口増加の2/3は農村からの流入),家族を呼び寄せるため,一人当たりの住宅面積は減少,住む場所のない労働者も増加していました。(都市に行けば住宅が分配されるという期待も農民が都市に移動したインセンティブになったらしい。)

重工業化にともなって,都市近郊の農地が収用されました。肥沃な土地が荒地と化し,農業生産に支障をもたらすとともに,さらに農民の転業問題を引き起こしました。1956年国務院は土地収用に関する浪費の防止について通達も出しています。

工業化を支える商品化食糧の供給にも問題が発生します。副食品(野菜,肉,卵など)の供給は不足しがちで,北京,上海,天津などの11都市の野菜の供給率は7−8割程度でした。野菜は長距離輸送に向かないため,近郊農業を発展させる必要がありますが,土地収用でそれもままならないという状況でした。

この住宅供給,土地収用,食糧供給の3つが都市化のネックとなり,大躍進期より都市化の方針に大きな転換がおきます。

1つが工業分布の「大分散,小集中」です。大都市の発展を抑制し,中小都市の工業化に力を入れることとなりました。

2つ目が農村人民公社の設立と農村工業化政策です。1958年から急速に人民公社化が進められ,農民の集団化と農村における工業化が進められることとなりました。

3つ目が下放政策です。都市技術者や青年を農村に下放するとういうことです。

実際の人口移動をみてみると,第1次五カ年計画が終了する1957年まで毎年200万人から300万人程度の労働が農村から都市に移動しました。その後大躍進期(1958〜1961)に地方各都市で工業化が進められ,2000万人が地方都市に移動しました。でも増大する人口が都市で抱えきれずに1961年にほぼ同数の労働が農村に帰されました。その後文革期を通じて青少年の農村下放政策が制度化され,1080万人が農村に送られたと見られます(以上,数値は小島1978,pp.19−21)。

この第1次五カ年計画では,増加した人口を都市で解決できなかったのです。これが中国の「都市化のトラウマ」になっています。

2.現在の都市化

このように過去の都市化を振り返ってみると,現在の都市化政策と似た部分が非常に多くあります。

共通点にもとづいて現在の都市化政策の状況をみてみると

(1)都市化のための土地収用が行われていること。
(2)食料供給維持のため,18億ムーという耕地保護の方針を打ち出していること。
(3)「新農村建設」という名目で農村の都市化が進められていること。(ついでに言えば大学生「村官」,大学生を数年間村の幹部として現場を経験させることが実施されている。)
(4)大都市の抑制と中小都市の発展を目指していること。

です。

大都市広州では,2020年の人口総量規制は1500万人(定住人口)ですが,2012年ですでに1600万人になっています。一日に1.4万トンのごみ処理を行い,465万トンの汚水を処理する必要があります。副食品に至っては,一日に1.5万頭の豚を屠殺しないと豚肉の供給が間に合わなし,1500万斤(1斤500g程度)の野菜を供給しないと市場需要に追いつかないとされます(『羊城日報』2014年1月19日)。

当然,北京,上海などの大都市でも同じように都市環境維持の公共設備の拡大は必要ですし,必要な安定した副食品の確保は重要です。

都市の公共サービスの提供と食糧の確保は重要な課題になっています。

3.都市化のジレンマ

先にも述べたように中国には都市化のトラウマがあります。それは,第1次五カ年計画期において,増加する人口を都市で吸収しきれなかったというものです。

都市における人口増加,そして増加した人口に住宅や社会保障を提供するというのは,財政の問題もあって非常に難しい問題です。

都市が拡大することによって農地が都市用地に転換されていくと,農業生産の減少につながります。中国の膨大な人口を養うには最低限の耕地確保は必要です。

都市の容量と必要な農業の確保,このバランスの中で人口をどのように都市,農村に配分するか,これが中国政府の政策担当者が抱える問題であり,中国都市化のジレンマです。

増加する人口が都市部に流入すると農業や公共サービスに影響を与えます。だからといって人口を農村に貼り付けておくことは,サービス産業化,消費型産業のさらなる経済発展の足かせになってしまいます。

以上のように,過去の都市化で失敗したトラウマを抱えて中国政府は,人口の都市農村配分という問題に直面しています。そのジレンマは過去から何も変わっていません。

都市化を過剰人口の都市農村配分という角度からみて,どのような有効な政策を打ち出すことが可能なのか,もうすぐ発表されるとする『国家新型都市化計画』が楽しみです(『サーチナ』)。


<参考文献>
小林弘二(1974)『中国革命と都市の解放:新中国初期の政治過程』有斐閣
小島麗逸(1978)「社会主義建設と都市化」(小島麗逸編『中国の都市化と農村建設』龍渓書舎)
越沢明(1978)「都市政策の変遷と都市計画」(小島麗逸編『中国の都市化と農村建設』龍渓書舎)
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2014年01月25日

中国統計とのつきあい方

1月20日,国家統計局の馬建堂局長が2013年の経済成長率を中心に記者会見を行いました(ここ)。

記者会見の中で,信頼性に関する質問が毎年でます。今回国家統計局が出したジニ係数0.473についても質問がでました。そこから読み取れる中国経済の数字,そしてつきあい方を考えてみたいと思います。

1.ジニ係数は信頼できる?

鳳凰TV(フェニックステレビ)のレポーターが昨年から発表するようになったジニ係数について一部専門家の推計(注)よりも過小評価されていないか,とツッコみました。

(注)昨年,西南財経大学が2012年12月にジニ係数を0.61と発表して話題をさらった。(例えば,http://j.people.com.cn/94475/8053174.htmlなど。)


馬建堂は答えます。

「(国内の)一部の専門家や世界銀行による推計と大きくは離れていない,ジニ係数は統計データというよりも統計データから推計される数値である,その数値は基礎データに依存する。全体として統計局が推計した0.473は中国の実情に適合している」(要旨)と。

そして,ジニ係数を計算するためのサンプル調査も詳しく解説します。曰く,重要なのはサンプル数とサンプル分布と代表性,そしてサンプル自体の信頼性。統計局では,40万戸のサンプル(16万は国家レベルのサンプル,24万戸が地方サンプル)をとっていること,第6次人口センサスから科学的に抽出していること,各サンプルに日ごと月ごとに記帳してもらっていること,を強調しています。

続けて馬局長は

「いずれにせよ,0.473というジニ係数は低くはないし,国際的には所得再分配に改善の余地が多いのは事実である。私たちは所得再分配への改革に力をいれるべきだ」

としています。


2.中国統計の読み方

この馬建堂の記者会見のやりとりから以下の二つの事実を指摘しておきたいと思います。

まず1点目。国家統計局のアクセスできる一次データは大量であり,そのため他の国内外の研究機関よりも有利な立場にあるという点です。

ジニ係数の解説でも触れられているように,国家統計局は40万戸のサンプルを持っています。西南財経大学が自分たちの調査データから推計してジニ係数が公式数値よりも大きいことを示して話題をさらいましたが,サンプル数という点では国家統計局にはかないません。その他の数値についても,圧倒的に大量なデータを背景にもっています。

2点目。数値が正確ということよりも,その数値をどう解釈するかが重要です。たしかに中国のジニ係数が信じられないという人もいるかもしれません。でも信じられなくても,国際的に警戒レベル,0.4より高いのはほぼ間違いないでしょう。となると,数値が0.49であろうが,0.45であろうが大きな意味はなく,馬建堂が指摘するように所得再分配をやらないといけないという結論について多くの人が一致するところではないでしょうか。数値の小数点以下すべて正確であるというよりも,一般性をもつ解釈を導き出すことが重要なように思います。


3.中国統計をどう利用すべきか?

中国統計に対する信頼性はいろいろ議論されるところです。毎年,統計年鑑を見てみると,各地域のGDPの合計は全国よりも10%程度大きくなります。毎度のことですが,中国のGDP(全国と各地方)が発表されるたびに,地方政府の水増し!(産経)とか信頼性が問題!(ロイター)と記事がでます。(このネタは毎年の恒例行事になっているので,正直GDP以外のネタで統計の信頼性と地方政府の水増しの事例を報道してもらいたいぐらいです。)

古いところではロウスキーのエネルギーとGDP統計の議論(Rawski2001)から最近では地域のGDPで星野さんの議論(Hoshino2011)などがあり,学問分野でも中国統計の信頼性は議論されているのは事実なので,信頼性をある程度加味しながら中国統計は見ていかないといけないと思います。


中国のミクロ,マクロ統計を組み合わせて作成される中国の産業連関表と20年つきあって得た,中国統計の付き合い方について私見を3つほど紹介します。


まず,正確性を割り引く,ということ。中国の2013年GDPが56兆9000億元と発表されました。さまざまな数値を推計し,積み上げてGDP統計ができますが,その推計過程においては56兆8000億元になる可能性も57兆元になる可能性もあります。この積み上げ過程で政治的な思惑が働く可能性があるのかもしれませんし,ないかもしれません。このあたりは統計の外部利用者にはわからないところです。

100%正しいとするのではなく,95%の確率で確からしいと考えて利用しましょうということです。例えば,1000回GDPの推計作業が行われるとして,950回以上はほぼ56兆9000億元前後になる(平均値)とします。まれに間違いが発生する,あるいは政治的な介入があるがその確率は非常に小さい(5%以下)と考えるわけです。このように正確性を5%割り引いて考えてみようと。100%正しいというのではなく95%ぐらいの正確性を感覚として持つことだと思います。

なぜ5%かって?とくに根拠はありませんが,統計局が公式に世界に発信するわけですから,本当は99%以上の確信はもっているかもしれません。でも,利用者側としてもう少し割り引いて考える,つまり社会統計的に一般にこれだけあれば有意だろうとみられる5%水準を採用しているというふうに考えています。


次は,比率を利用する,ということです。統計数値そのままだと不安だという場合,相対化すると見えてくるものがありますし,変化をとらえることが可能になります。

昨年より増えたか減ったか,その比率をみてみると今まで上昇傾向にあったのが減少に転じたりします。ずっと上昇しているというのならとくに問題はありませんが,傾向(トレンド)に変化が出た場合,背景として何かそれを説明できる出来事や裏付けがあるかどうか,なければ統計数値に疑いがでるということになります。

リーマンショックという明らかな事件があれば,貿易の伸び率が減少あるいはマイナスになるのは自然なことと解釈できますが,何もないのにトレンドが変わるというのは数値に注意ということです。

時間軸(過去と現在),空間軸(沿海と内陸),相対の軸(都市と農村)を用いた比率を利用することによって,数値の「傾向(トレンド)」に気をつければ,データの絶対値に左右されない使い方が可能です。


最後に,もっとプラクティカルなことをいえば,信頼性のあるようにいじる,ということがあげられます。信頼性が高い数値をコントロールトータル,つまりこの数値を基本として他数値を調整するということです。

一般に,有名なところでは貿易統計,政府財政(関税など)のような報告統計は全数調査なので信頼されますし,中国の場合地方統計局よりも国家統計局の方が物・財・人の面で統計作業に有利なので,国家統計局が発表するものをコントロールトータルにします。

例えば,GDPであれば国家の数値をコントロールトータルとして,各地域のGDPを参考情報にして,各地域のシェアで按分して利用するという方法です。信頼できる(と思われる)数値に基準をおいて,ちょっと計算しなおして利用する,こういう方法もあります。


私たちはただ単に中国統計の信頼性について盲目的に批判,あるいは不安をもっていたりします。でも現場の統計局の人たちは優秀です。海外との統計機関(日本では経済産業省や内閣府統計局など)での研修や相互交流を通じて,統計手法を改善してきました。国際的にも国連が推奨するSNA基準に従ってすでに20年以上になり,ノウハウも蓄積してきています。

GDPとかジニ係数とか政治的に利用されやすい数値は発表前にトップによる「意向」が働く可能性は無視できないとは思いますが,批判するだけでなく,また無批判に利用するだけでもなく,適度な距離をおいて,中国の統計とつきあっていく必要があるといえます。


<参考文献>
Hoshino, M. (2011) ‘Measurement of GDP per capita and Regional Disparity in China 1979-2009’, RIEB Discussion Paper Series, DP2011-17, Kobe University
Rawski, T. G. (2001)'What is happening to China's GDP statistics?' China Economic Review, 12(4) pp. 347-354
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2014年01月11日

一人っ子政策の緩和

今年(2014年)早々にも一部の省市で「単独二子」(単独二孩)政策が実施されるようです。(『南方週末』2013年12月25日)

今後3月の全人代の季節に合わせて,各省市は実情を考慮して各省の《人口と計画生育法》を修正していくと思われます。(間に合わない省では行政機関からの通達で実施されるかもしれません。)

これまで一部の省市では両親がどちらも一人っ子であれば二人の子どもを持つこと(双独二孩あるいは二胎)が可能,あるいは農村などでは最初の子どもが女子であった場合,もう一人の子どもを持つことが可能,などの例外は存在しました。あくまで例外的な措置でしたので,今回の緩和では,一人っ子政策の大幅な見直しになると思われます。

1.出生率の低下

中国の出生率は年々低下してきています。

出生率(中国と日本)


現在のところ「総和生育率」(女性が妊娠出産可能期間に持つ平均的な子どもの数)は,1.5〜1.6(国家衛生和計画生育委員会李斌主任),1.35かそれより高い水準(Becker)にまで下がりました。

その結果,ちょっと古いですが2004年の国連予測を利用してまとめた『通商白書2005年』の下の図をみるとわかるように2015年から労働力人口は減少に入ります。李斌は2012年から労働力人口が減少しはじめ,これから毎年345万人減少し,2023年以降は年平均800万人減少すると発表しています。つまり高齢化社会,それにともなう人口減少の時代が本格的に到来することが予測されるようになりました。

中国の人口動態.png
『通商白書2005年』第2-1-118図


また性比も大きな問題になっています。出生人口の性別比はここ20年来一貫して115以上(女性100に対して男性の割合),2012年には117.7にまで上昇したそうです(李斌主任)。

このような人口動態から中国国内でも一人っ子政策の見直しの声があがっていました。


2.一人っ子政策を緩和することの問題点

一人っ子政策の緩和は,人口の増加をもたらします。これにより社会資源へ負担をかけます。いわゆる資源の負担の問題です。

この緩和によって条件が適合している夫婦が大挙して二人目を持つようなことが起きれば,人口が集積している都市部で,生育のピークが重なり,病院,幼稚園,学校への負担が過重になる可能性があります。したがって,とくに条件にあてはまる人が多い地域では,この政策によって急いで二人目を作ろうとする「二人目の出産ラッシュ」になることもあるかもしれません。この場合,二人目を地元の計画生育委員会に申請したあとの許可を遅らせるなどして,調整が行われる可能性が存在します。

またその出産ラッシュで生まれた子どもたちの就業問題も存在します。大学生の就職難が叫ばれるようになる中,就職への社会負担は大きいものとなります。

次の問題は,以前からいわれている不公平の問題です。家族計画は各家庭がもてる基本的な権利であるにもかかわらず,条件の適合不適合によって子どもを持てる数が違ってきます。条件がある家庭のみ二人の子どもが持てて,条件があてはまらない家庭では二人の子どもが持てないとなると,社会への負担も違います。

なぜなら,両親がともに一人っ子の場合,4人の老人と2人の子どもを扶養することとなります。両親のどちらかが一人っ子の場合,配偶者のどちらかが兄弟を持っているわけですから,単純にすると,3人の老人と2人の子どもを扶養することとなります。社会負担としても不公平性が存在するという意見です。


3.そもそも中国の一人っ子政策は有効だったのか?

そもそも中国の一人っ子政策に効果はあったのでしょうか?一人っ子政策がはじまったのは,1981年です。1978年から中国は改革開放をはじめ,急速な経済成長に成功しました。一般に経済発展とともに人口成長率は自然に減少します。つまり,上でもみたような出生率の低下は政策がもたらしたのではなく,経済発展の結果とみることも可能かもしれません。

中国政府は一人っ子政策の有効性を主張します。1970年の自然増加率は25.8%でしたが,2012年には4.95%まで低下しました。中国の現在の総人口は約13億5000万人です。国家衛生計画生育委員会は,一人っ子政策が実施されなければ17億〜18億人に達していたという数値を示し,政策によって4億人の増加を防いだとしています(『MSN産経ニュース』2013年11月12日)。

それに対してノーベル経済学賞のベッカ−は,それを否定しています(『The Becker-Posner Blog』2013/12/22)。

1990年の総和出生率は2.0を超えていました。つまり一人っ子政策の下でも多くの人が二人目をほしがっていたということを示し,一人っ子政策に疑問を呈します。

また収入水準,平均教育水準や都市化率,その他の数字を利用して,アジアのその他の国と一緒にしたモデルを用いて計算した結果,一人っ子政策がないとしても,出生率は1.5にまで下がったはずだ,と主張しています。

彼は,今回の政策変更でも出生率が急速に上昇するとは思えないと結論づけています。


4.今後の展望

今回の緩和は,2013年11月に開催された三中全会の改革方針に沿ったものです。この政策は「どの家族も二子まで」(普遍二孩)の過渡的なものとなるという見方が大部分です。その意味では,どの家庭も子どもを二人持てるようになれば,一人っ子政策の放棄ということになるでしょう。

本格的な二人っ子政策に移行するのはいつになるか,利権の温床とも言われる国家衛生計画生育委員会の改革も含めて注視していきたいと思います。

ちなみに中国では「計画生育」政策は,事実上の一人しか子どもを持てないという政策であるため,海外では一人っ子政策(One Child Policy)と呼ばれています。一人っ子政策が放棄されたとしても,多くの人口を抱える中国の「計画生育」政策は続くことに注意しなければなりません。

<参考文献>
「“単独二孩”政策各地明年初開始実施」『南方週末』2013年12月25日
http://www.infzm.com/content/96978
「人大常委:只放開単独双独生二胎有失公平」『京華時報』2013年12月25日)
http://news.sina.com.cn/c/2013-12-25/024929072465.shtml?from=baidu_alading_news_text1
「中国の一人っ子政策、4億人余の人口を抑制」『MSN産経ニュース』2013年11月12日
http://sankei.jp.msn.com/world/news/131112/chn13111212520001-n1.htm
「The Consequences of Abandoning China’s One Child Policy- Becker」『The Becker-Posner Blog』2013年12月22日
http://www.becker-posner-blog.com/2013/12/the-consequences-of-abandoning-chinas-one-child-policy-becker.html
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2013年12月21日

都市農村一体化と土地制約

中国の都市化で欠かせないテーマは,「統籌城郷」(都市農村一体化)です。この方針は2003年の第16期三中全会で打ち出されました。都市と農村の一体化の具体的内容は,農民の都市住民化,農地の都市建設用地化です。

中国の都市化では,「人の都市化」という戸籍制度を代表とする二元制度の制約の打破が1つの焦点です(「新型都市化と「人」の都市化」)。もう1つの焦点は耕地の保護という制約の元での都市化です。土地供給に制限のある中でどのように都市化を行うのか,中国の事例は他の途上国の都市化を考える上で,非常に参考になります。

1.18億ムーの耕地を保護する

中国の土地管理は,2002年の土地請負法,2004年の憲法,土地管理法の3つの法律によって行われています。基本的内容は,都市の土地は国家所有,農村の土地(宅地も含めて)は農民集団所有という二元制度になっているということです。そして農村の農地は,土地経営請負制度によって農村の集団や個人での使用が認められています。そして農民のこの土地使用権は譲渡可能になっていますが,非農業建設用地としての利用は制限されています。都市化に必要なマンションや住宅の建設用地は国家所有に変更しないと利用できないことになっています。(土地管理法の関連エントリは「中国の土地問題」,土地経営請負制度の関連エントリは「中国の土地請負制度とインセンティブ」

なぜこのような複雑な制度になっているのでしょう。それは農業を保護するために,18億ムーの耕地を保存するという重要な国策があるからです。農業の発展は経済発展にとって土台です。農業の生産性が向上しないまま工業化が行われると,工業化原料を供給する農業部門製品の価格が上昇し,工業の利潤を減少させ,再投資を不可能にします(これをリカードの罠という)。農業と工業のバランスとれた発展が持続的成長に不可欠なのです。そのため,工業化による土地の乱開発を抑えるため,農地の所有権を農村集団所有という形にしています。(これを農村の管理という側面から支援しているのが戸籍制度)。


2.都市化による土地需給問題

中国の耕地面積は減ってきています。19.88億ムー(1985年)から19.14億ムー(2001年)へ,それが2005年には18.31億ムー,2010年には18.26億ムーと2000年代前半に大きく減少しました。耕地はすでに18億ムーというレッドライン(紅線)すれすれという状態になっています。

それに対して,都市建設用地の需要は高まっています。都市建設用地面積は2001年から2010年までの10年間で14081平方キロメートル(≒0.21億ムー)の増大です。これは過去最高の数字でした。

国土資源部が2011年に通達した建設用地の指標は670万ムーです。ところが全国31省の用地需要の合計は1616万ムーでした。つまり国家が用意する建設用地の供給は潜在需要の40%しかないということになります。

葉(2013)の推計によると,2030年までに都市化水準の目標が70%,総人口が15億人とすれば,都市人口は10.5億人になります。2010年の年人口が6.6億人ですので,都市人口はこれから3.9億人増加させないといけないことになります。都市の面積/人口が1平方Km/万人とすると,単純に3.9万平方kmの年建設用地が必要となります。

2010年の耕地面積は18.2億ムーです。つまり18億ムーのレッドラインまであと0.2億ムー(≒1.33平方km)しか残っていません。つまり今後都市化をする上で,2.57万平方kmの土地が足らないということになります。


3.新農村建設

2006年に国土資源部は,都市農村建設用地増減リンク制度を試行し始めます。これは農村の土地を土地建設用地にした場合,どこか別の場所に農地を用意して,建設用地の増加と農地の減少のバランスをとるというものです。

足らない都市建設用地をどのようにかき集め,農業用地をどのように維持するのでしょうか?その答えが新農村建設にあります。簡単に言ってしまうと,城鎮レベルで進められる新農村建設とは,農民を新しく開発したマンションという一部の地域に移住させ,分散していた農民の宅地や行政機関を耕地に転換していくという政策です。

都市化率70%に向けて,不足する2.57平方kmの土地は新農村建設によって生み出す必要があります。農民一人当たりの建設用地が200平方mとして計算すると,1.28億人を新農村建設で移住させる必要があります。中国の行政村1つあたりの人口は900人ですので,約14万村(村庄)にあたる広さになります。中国には現在69.2万の行政村がありますので,約1/5が新農村建設を積極的に進めないといけないことになります。別の言い方をすると,約1/5の行政村が都市化で消える(小都市に生まれ変わる)運命にあるということです(推計は同じく,葉2013)。


4.成都の事例

2007年に成都は都市農村一体化総合改革試験区に指定されました。成都は,土地増減リンク,都市化を市場経済化,民主化したやり方で比較的成功した事例を提供しています(Ye and LeGates 2013)。

成都の土地増減リンク,都市農村一体化の手順は,農村で土地の財産権を確定し,それを農村財産権取引市場で売買する,というものです(関連リンク「成都の土地改革」)。新農村建設にあたっても,農民が財産権をどうするかは農民自身に委ねられています。新しくできた街の中心部のマンションに移転することを希望する場合,財産権を取引市場で販売し,現金に変えて移動することが可能です。農業に残る場合,財産権を販売せずむしろ他の農民が売る財産権を購入して,農業の大規模化を行うことも可能です。

成都の財産権売買と重慶の地票取引の違いは,財産権(重慶の場合は開発権)取引にあたっては,農民自らが取引市場に参加できるかです。成都の場合,小規模な土地であっても農民が財産権売買を行うことができます。重慶の場合は,土地区画の整理,販売,購入,すべてが国有企業によって行われ,農民が参画する余地が限られています。したがって,重慶には土地の収容,販売にあたって強制的,強権的になされる可能性が残っています。成都の場合は,農民の意思決定が尊重される形となります。

柳街鎮では,農民の意見を聞きながら,鎮の中心部を再開発することになりました。企業が9800万元を投資して,土地整理と新型社区の建設に乗り出します。これにより約208ムーの集団建設用地指標を節約することができました。その節約した指標分だけ都市建設用地が生まれます。鎮中心部の開発がすすみ,周辺部は現代農業用地として開発されました。


5.成都の事例は全国に展開可能か?

2013年11月に開催された第18期三中全会では,農村の財産権取引を進める,と明記されました。成都の事例を全国に広げる形です。葉裕民によれば,土地増減リンクと都市農村一体化で重要なのは,基層レベルの民主的意思決定だそうです。他地域では,国土資源部の指標にしたがって,土地を強制収容し,都市建設を進める基層政府が多く,これが土地問題と都市化を複雑にしています。直接の原因は基層政府幹部の成績評価は@耕地面積は減少させない,A建設用地は増加させない,という二項目が入っているために,政府自らが土地増減リンクと都市農村一体化を進めるというインセンティブになっています。農民の生活要求を満たすことを考えずに都市化をすすめてしまう結果になります。

結局,中国の都市化は,限られた空間を効率的に利用すること(土地増減リンク),それにあたっては市場経済化による農民の民主的な意思決定の尊重が必要ということになりそうです。


<参考文献>
葉裕民(2013)「中国城郷建設用地流轉的原因与効果」アジア経済研究所研究会配布資料,2013年11月25日
Ye, Yumin and Richard LeGates (2013) Coordinating Urban and Rural Development in China: Learning from Chengdu, Edward Elgar
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2013年12月14日

新型都市化と「人」の都市化

中国の都市化は「新型都市化」と言われるように,今までの都市化ではない,新たな都市化を目指しています。この新型の含意について考えてみます。

この新型が意味するのは「以人為本(人を以って本となす)」と胡錦濤政権で指摘されていた人間本位の経済開発です。新型都市化は「人を中心とした都市化」という意味を含んでいます。

なぜ人に注目するのでしょうか。それは中国の都市化は「都市建設だと理解されてきた」(関2013,p.72)ために,都市で働き生活する人々の生活向上が考えられてきませんでした。計画経済時代には農村から労働を調達し都市建設と称して国有企業建設やそれにまつわるアパート群の建設が行われてきました。しかし都市建設が一段落すると農民は農村に帰されたのです。

実は,現在でも似たような状況が続いています。いわゆる都市部で経済建設に従事する農民工です。

都市の常住人口は6億6570万人です(2010年)。しかしそのうち半分近くの3億960万人が農業戸籍のままです(2010年人口センサス)。農業戸籍のまま都市に住んでいる農民たちは都市部で差別的待遇にあっています。これまで農民は都市に住むためには「暫定居留証」や「就業許可証」がないと住むことができません。この条件を満たさない農民は強制的に農村に追い返されます。日本でいう不法滞在扱いです。農民は都市建設を支えるものの,その目的を達成すればあくまで帰村してもらうという対象だったのです。

「新型都市化」は都市部に住む農民の定住化,都市住民化を目指します。ただ都市建設としての労働者ではなく,都市に住む住民としてもともと都市に住んでいる人々と同じ待遇になるということが必要なのです。

単純に私たち日本人は思います。戸籍制度を撤廃して農民を都市住民にして,平等な教育,社会保障を都市に住む農民に提供すればいいじゃないかと。なぜさっさとやらないのかと。

実はこの裏には中国の計画経済時代から持ち越している大きな制度的な障害が複雑に絡み合っているために戸籍制度を撤廃すれば簡単に問題解決というわけにはいかないのです。


1.戸籍

農業戸籍と非農業戸籍(都市戸籍)の分離は有名です。でも戸籍の改革は進んでいます。とくに2011年からの第12次五カ年計画以降は,大都市(北京,上海,広州)などは除いて基本的に条件の揃っている農民には都市戸籍を与えるとしています(「中国の戸籍制度改革が進展!?」)。

都市部で定住場所があり,ある程度の収入と職がある農民工は都市住民になることが可能になりました。制限が緩んだといっても教育の低い農民が都市で安定的な仕事を持つことは難しいですし,職の安定しない農民が安定した居住場所を持つことも難しいです。


2.土地

農村の土地は「集団所有制」です。農村の郷鎮政府が所有する土地です。農民は請負権という農地を耕す権利を持っていますが,所有権はありません。また農地を耕す権利,請負権も30年のみです(都市部の住宅地は70年,工業用地は50年,商業用地は40年の使用権が認められている)。農民が都市部で戸籍を転換するとこの請負権を消失します。農民にとって土地は都市部で失業した場合の社会保障になっていますので,そう簡単に都市戸籍を得るわけにはいきません。

この請負権も第12次五カ年計画で転売等が認められるようになりました。また2013年11月の三中全会では農民の宅地の所有権を認め,それを売買することを可能にするとしています。これは大きな改革です。農民は請負権と宅地所有権を売ることによってキャピタルゲインを得ることが可能だからです。これにより社会保障(年金や失業保険)の原資にすることが可能ですし,商売を始める元手にもなります。


3.定住環境

最後は都市部の定住環境です。農民は都市戸籍がないという理由で都市住民と同じような待遇を得ることができません。例えば,労働政策研究・研修機構は国家統計局の陝西チームが行った調査の結果を紹介しています。

それによると,陝西省農民工の都市部医療保険への加入率は4.2%,労災保険への加入率は13.7%です。この地域では義務教育に戸籍制限を設けていないそうですが,都市部の公立学校に通学している農民工の子どもは宝鶏市では64.5%,商洛市では89%です。

格差は居住状況でも見られます。都市部に持ち家を購入している農民工はわずか0.4%で,80.9%は民間の賃貸住宅または社員寮に住んでいるのです。(独立行政法人労働政策研究・研修機構2013年11月

このように新型都市化を妨げているのは,戸籍,土地,社会保障など中国が計画経済から持ち越してきた制度的な障害です。これらが相互にからみあっているために一つを解決すれば全て解決できるというわけにはいきません。

戸籍を緩和しても,農民にとっては土地が奪われるだけですし,長時間で危険なところで働かされるという就業問題が解決するわけではありません。土地の請負権を売買できる,宅地所有権を売買できるといっても,今まで集団所有制であった土地の権利を確定することは他の農民との衝突を生むとともに,郷鎮政府の幹部にとって悩ましい問題となります。都市で働いている農民の就業,教育,住宅環境は差別的です。じゃあこの差別を解消するために,戸籍を緩和しようとしても話は最初に戻ります,つまり問題はそれぞれが複雑に絡み合っているので,一筋縄で解決できるものとはなりません。

「新型都市化」は,今までの「移行経済」状態で積み残されている「計画経済」の制度の部分を本当になくしていく,いわゆる本当の「改革」だと言えるのです。


<参考文献>

関志雄(2013)『中国 二つの罠』日本経済新聞出版社
「戸籍制度改革の「いま」―広がる緩和・撤廃の動き、難色示す地方政府も」独立行政法人労働政策研究・研修機構2013年11月
http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2013_11/china_03.htm,2013年11月24日アクセス)
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2013年12月07日

資源型都市の開発

12月3日,《全国資源型都市の持続可能な発展規画(2013-2020年)の通知》が国務院より発表されました。今日は財新の記事(「262個資源型都市出炉 将弱化GDP考核」2013年12月3日)から背景,問題,規画の概要について整理しておこうと思います。

中国が資源枯渇型都市の転換問題に取り組み始めたのは2001年からです。国務院は遼寧省の阜新市を資源枯渇型都市の転換パイロットケースとして設定し,2008年には69の都市が試行地点として設定され,中央政府から財政支援をもらっていました。2013年の財政部の数字によれば,中央が69の都市に交付した補助金は168億元になり,地方政府によって生態環境管理,インフラ建設,社会保障に利用されました。ちなみに補助金がもっとも多かったのは黒竜江,遼寧,吉林の東北三省でした。

今回対象とされた262個の資源型都市は,北京,天津,上海以外のすべての省に分布しています。中でも雲南が17個,遼寧と河南が15個,山東,河北,湖南が14個となっています。

資源型都市は,おもに鉱業都市と森林工業都市の二つを指し,鉱物,森林資源の採掘,加工を主導産業とする都市です。


中国のこれらの資源都市が直面している問題は2つです(発展改革委員会の杜鷹副主任)。

1つは,資源開発が過度になされたために,民生保障問題や生態環境保護方面に歴史的な遺産を残してしまったということです。2008年以降全国では69の資源枯渇都市が認定されました。これらの都市の人口は全国の4%しか占めていませんが,スラム街は全国の1/4,働けなくて最低生活保障を受ける人口は全国の1/10,地盤沈下区域は全国の1/3にもなっています。

2つ目は,資源型産業が支配的企業になっていて,代わり得る次世代産業の発展が遅れているということです。262個の資源型都市の統計によると,鉱物資源開発の付加価値は全工業の25%を占め,全国の平均水準の2倍に達しているとともに,第三次産業の比重は全国平均よりも12%低いという状況です。


《規画》は資源型都市を,成長型,成熟型,衰退型,再生型の四種類に分けています。

成長型都市は,フルンボイル,オルドス,六盤水などの31都市です。これらの都市は資源開発で発展が期待できるので,参入障壁を高めて,環境アセスメントを進めながら合理的に開発していくとしています。

成熟型型都市は,大同,大慶,攀枝花などの141都市です。これらの都市の資源開発は安定的段階であるので,今後は産業の(サプライ)チェーンを長くし,加工度を高める企業を育てていくとともに,環境コストを企業コストの中に組み込んでいくことを目指します。

衰退型都市は,阜新,撫順,七台河などの67都市です。これらの都市の資源は枯渇に近づいており,発展が滞っている。次世代に続く代替産業を発展させるとともに,歴史遺産を解決させていくとしています。

再生型都市は,唐山,包頭,鞍山などの23都市です。これらの都市は資源依存から脱却し,経済社会を発展の軌道に載せていくとしています。


今回の特徴は,資源型都市の衰退に対処するだけでなく,対象都市の54%を占める成熟型都市への対応といえるでしょう。産業のサプライチェーンを川上から川下まで長くすることによって加工度と付加価値を上昇させることが可能かどうか,また次世代産業の準備ができるかどうか,によってこれらの都市の将来が決まってしまいます。加工度を上げれば,資源が枯渇してきたとしても,当面は他地域からの移輸入で賄うことが可能ですし,サプライチェーンが長くなれば他のサポーティングインダストリーも発展する可能性が広がり,次世代に備えることが可能です。資源型都市のリスクは単一の資源に過度に依存することなのです。


<参考文献>
「262個資源型都市出炉 将弱化GDP考核」『財新』2013年12月3日(http://china.caixin.com/2013-12-03/100612963.html,12月6日アクセス)
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2013年11月16日

中国の都市化 Revisited

中国の都市化で起きていることをわかりやすくまとめてみようと思います(関連エントリ「中国の都市化の問題」)。とくにここでは都市化で起こる実物的変化と貨幣的変化の両面を合わせて考えることを主眼とします。

2012年12月に開催された中央経済工作会議で,李克強は「新型都市化」を打ち出しました。都市化を強調した背景には中国経済の構造変化の必要性があります。投資主導で成長している中国経済を消費主導型に変更するには,都市化が有効と考えられるからです。都市化によって消費主体である都市住民を増加させることが可能だからです。

その他にも都市化は持続的経済成長に有益です。都市経済学の文献で(例えばグレイザー2012,書評はこちら)も,都市化はGDPの成長,技術の革新,エネルギー資源の節約,環境保護に有益であることを指摘しています。

(1)実物面

都市に対抗する概念は農村です。都市化ということは農村でなくなること,すなわち第二次産業,第三次産業中心の地域経済をつくるということです。農業をしなくなるため,人々はビルに住み,工場やオフィスに働きにいくようになります。職住接近する方が便利であるため,人は集まり都市を形成していきます。

中国は農村工業化という方法で経済発展してきたために他国と違って都市化が遅れました。農村工業化は農村の郷鎮企業が第二次産業,第三次産業の主体となって農民の雇用を吸収し,都市に人が流れないようにするというものでした。したがって中国は「都市化なき経済成長」をしてきました。

それでも,深センや広州などの珠江デルタ地帯,上海や南京などの長江デルタ地帯には仕事を求めて人が流入してきましたし,経済特区や開発区では急速に都市化が行われてきました。つまり,多くの企業と労働者を受け入れるために“街”がつくられてきました。

街をつくるためには農村地帯の土地を買い上げ,住宅や工業団地(開発区)を造成していく必要があります。そこで政府は,農村から土地を買い上げ急ピッチで街をつくっていきました。

中国の街をつくるという都市化における問題はよく指摘されるように以下の点があります。

@土地制度の問題(関連エントリ「農民の土地強制収容問題」「中国の土地問題」)

農村の土地は集団所有(基層政府管理),都市の土地は国有となっています。都市化のために農地を接収しマンションや開発区を整備する場合は一旦国有地に変えてから開発を行います。手続きが煩雑になっているのは,中国全土の農地を減らさないようにするためです。耕地18億ムーを維持するという最低ラインがあるので農村の乱開発を防いでいるとともに,この土地制度の二元化によって都市化が抑えられていたということがあります。

A土地買収の問題

土地買収とマンションや工業団地建設・販売は地方政府にとって金を生む打出の小槌となりました。都市化は財政難に苦しむ地方政府にとって財源確保の手段ともなります。これにより農民から土地を強制収容することも発生し,烏坎事件のように農民と基層政府との軋轢を生むことになります(関連エントリ「中国の一般民衆(人民)は共産党・政府を信頼している」)。


(2)貨幣面

現在のところ中国の都市化は街をつくるというインフラ面での整備が中心です。この意味で経済構造を消費主導型に転換したいという意図がありながらもまだ投資主導型の都市化が行われていることになります。

インフラ建設の投資資金はどこから流れてくるのでしょうか。

上でも述べたように補償を少なくして土地を収容し,不動産物件にして販売するというキャピタルゲイン的な手法によってインフラ建設資金を調達する方法があります。もう一方で,民間資金を活用して開発区が生み出すキャッシュ・フローを証券化する方法もあります。

中国では正規の金融システムが規制によってがんじがらめになっています。銀行の利子は低く抑えられているために家計は銀行にお金を預けません。また銀行は国有銀行が主体であり,貸出も国有企業に向かいます。そこで地方政府は融資平台(プラットフォーム)と呼ばれる地方政府主体の国有開発事業体を立ち上げます。地方政府の信用をもとに国有銀行融資を受けてその資金でインフラ建設を行います(関連エントリ「地方政府とは?」)。土地を担保にした融資の拡大を引き起こし,「土弊」(土地が貨幣化し信用バブルを生む現象)を各地に生み出しました。

融資平台を経由した地方政府への債務が増加してくると,中央政府から融資の制限がかかります。今度は融資平台はマンション,地下鉄などの都市インフラ,開発区等の開発において社債を発行します。都市インフラが生み出すキャッシュ・フローを返済原資として証券化が行われることとなります。これが信託銀行による「理財商品」の開発につながります。銀行よりも利子率が高いため,家計資金が理財商品に流入し,地方のインフラ建設を支えるようになりました。すなわち民間資金を活用したインフラ建設です(関連エントリ「中国はインフラ建設での「民間資金活用」先進国!?」)。

都市化にともなう貨幣面での問題は以下のようになります。

@不動産バブルの問題

都市化という開発期待は土地需要を高めます。土地を開発すればお金になる,という期待は土地バブルを発生しやすいです。土地が開発されマンション群が立ち並び,多くの人が投資目的で購入することがあったとしても,実際に人はほとんど住んでいない「鬼城」(ゴーストタウン)になってしまう現象も発生しています。不動産価格が上昇していても実需が追いついておらず,もし何かのきっかけで融資をした銀行が債権回収に動けば,不動産の投げ売りが始まり,バブルが崩壊する危険さえあります。

A地方債務の問題

インフラ建設のための資金調達は国民からの先借りという性質を持ちます。銀行融資によって融資平台の債務が増加する,あるいは理財商品を通じて家計が都市インフラの証券を保有する,どちらにおいてもインフラ建設が一旦ストップする,あるいは過剰供給になって開発区に誰も入居しないというようなことが発生すると,キャッシュ・フローが止まります。もしそうなると,銀行の債権,個人が所有した証券の価値がなくなることになります。銀行は不良債権を抱えることとなり,家計は大きな損失を抱えます。銀行は最終的には公的資金の注入で救われる可能性がありますが,それも家計の税金負担によって賄われます。どちらにせよ,インフラ建設に必要な資金は家計が負担しており,都市化の失敗のツケは家計に回されることになってしまいます。


(3)まとめ

現在の都市化はインフラ建設という供給面に偏っています。そもそも中国経済の成長が投資が主体となっています。この経済成長は「需要の先食い」であり,需要が追いつかないことが判明すると経済成長は急落する可能性さえあります。

中国政府もこの問題を十分に認識しており,したがって,都市化による経済構造の転換を狙っているわけです。都市化によって都市の雇用場所が増加し都市住民が増えます。都市住民の購買力が向上し,財を購入するのみならずレジャーなどの都市型サービスの消費が伸びることが期待されます。これにより国内消費主導型経済への転換を図ることが可能になります。

しかし問題もあります。農民が都市住民になれないといういわゆる戸籍問題です。戸籍制度により都市で働く農民の雇用機会が限定されている,都市では農民の子どもの教育機会がない,失業保険,医療保険や年金などの社会保障がない,などの制度的差別は,農民を消費を牽引する経済主体へと転換することを不可能にしています。インフラ建設ではなく,「本当の都市住民をどのようにつくるのか」つまり「以人為本」の都市づくりが中国都市化の本当の課題だといえます。


<参考文献リスト>
エドワード・グレイザー(山形浩生)(2012)『都市は人類最高の発明である』NTT出版 (書評のエントリはこちら
日本経済新聞社編(2013)『習近平に中国は変えられるか』日本経済新聞出版社(とくに第二章)
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2013年07月11日

中国はインフラ建設での「民間資金活用」先進国!?

最近,中国の短期金融市場の利子率が急上昇し,それにより明らかになったことがあります。中国のインフラ建設は税金で賄うのではなく,民間資金が活用されているということです。

道路,港湾,空港,鉄道,通信,電力,水道など社会的インフラは民間に任せると供給されない,あるいは供給量が少なくなるので,政府が建設すべきだというのが経済学教科書が教える内容です。つまり公共財は政府が供給しましょう,ということです。

ところが近年では,経済成長の成熟にしたがって税収の伸びの低下,また民間にできるものは民間で,という流れの中でインフラを民間資金で建設(あるいは維持)するのが世界的潮流になってきました。

実は昨今のシャドーバンキング,理財商品関連のニュースで明らかになったのは,中国は昔から民間資金でインフラ建設が進んでいる,「民活」(民間資金活用,PFI:Private Finance Initiative)先進国だったということです。


1.日本の事例

日本は税金でインフラ建設が行われてきました。税金でインフラ投資ができるのは,

インフラ建設→民間企業の成長→税収の増加

という高度成長期の時期,インフラ建設が外部経済を生むときでした。

しかし,税金だけでは限界があります。そこで活用されたのが郵便貯金をはじめとする財政投融資方式のインフラ建設でした。民間が預けた郵便貯金は,政府の会計を通じて特殊法人(道路公団,空港公団,国鉄など)に流れ,インフラが建設されました。これが財政投融資いわゆる財投です。(これが丼勘定で行われていたために,郵貯と特殊法人改革が行われたのは記憶に新しいところです。)

また,政府は財投債(国債)を発行することが可能でした。政府の保障で財投債を発行し,資金を集め,インフラ建設が行われました。しかし政府が特殊法人を通じてインフラ建設を行うと,特殊法人には親方日の丸のため,事業リスクに無頓着になるとともに,インフラのサービス提供の質も低下するという問題が指摘されるようになりました。

2000年に多くの特殊法人が自立した一事業体として経営するようにするため,道路公団などの公団は民営化されていきました。と同時に財投機関債の発行が認められ,民間資本の注入,それにともなってインフラ事業体の経営を効率化することが期待されました。

現在のところ,日本政策投資銀行・公営企業金融公庫・首都高速道路公団・水資源開発公団・中小企業金融公団・国際協力銀行などの独立行政法人が財投債を発行しています。

民間資本のインフラ建設への活用のメリットは以下があげられます。

インフラ事業へのリスクの意識が高まり,運営や維持における経営が真剣になる(効率化する)こと。
財投債や財投機関債などのインフラ関連債権市場が充実してくるにつれて,インフラ事業を市場が評価すること。


2.中国では・・・

中国では1980年代から民間資金がインフラ建設に流れ込んでいました。インフラ建設を担当する地方政府は税収が少なく,また地方債権を発行することも不可能でした。そのためにできたのが広東国際信託投資公司(GITIC)に代表される各地方の信託投資会社です。銀行制度や金融市場が整っていない中国ではインフラ事業を債権にして外国資本に買ってもらって資金調達するというのがもっとも便利な方法だったのです。

近年では,融資平台(プラットフォーム)というのが開発されました。地方政府のインフラ建設(不動産建設も含む)のための資金調達方式です。融資平台が銀行から融資を受けたり,債権を発行して民間からお金を集めて,インフラ・不動産開発会社に投入されていきました。

2011年ごろから理財商品や影の銀行(シャドーバンキング)が注目されるようになります。融資平台への銀行融資が制限されるようになると,信託投資会社が復活してきます。信託投資会社は融資平台の債権を購入し,小口化し理財商品として民間に販売するようになります。結果,民間資本が信託投資会社,融資平台を通じてインフラ事業へ投資されていきます。

<日本と中国のインフラ建設資金の流れ>

Infrastructure Money.jpg

このように中国では改革開放から民間資金が活用されてインフラ事業の建設や運営が進められてきました。この意味で中国は「民活」(PFI)先進国といえます。


3.問題

もちろん手放しでよろこんでいられません。信託融資方式によるインフラ建設にもリスクがあります。それは@事業評価の質,A債権市場の成熟度,です。

インフラ建設の事業評価やリスクがきちんと勘案されて債権が発行されているかどうかということです。根拠もなく「○○新区電力事業は完成後毎年○億元の収益を生みます!」と謳って,適当に債権を発行すると,購入する側は情報の真偽を検討する術をもたないのが一般的です。いわんやそのようなさまざまな事業体が発行する債権を合わせて小口化した理財商品のリスクを評価することは大変難しくなります。さまざまな債権がゴッタ混ぜにされそれが小口化されるという手口はサブプライムローンと似ています。そのため建設した工場団地に誰も入ってくれないというようなことになったら不良債権化します。これがバブル崩壊につながるのでは,というように心配されているわけです(黄・常・楊2012)。

もう一つは債権市場が機能しているかどうかです。実は民間資本がインフラに流れ込むのは政府が規制している金融抑制という状況から脱出するために生み出された金融イノベーションという見方があります(巴2013)。中国の銀行が低金利に人為的に抑えられているために,資金の貸し手である家計は銀行に預けるインセンティブがありません。インフラ建設をした地方政府は資金需要があります。しかし地方政府は債権を発行することもできず銀行から融資を受けることも不可能です。このような閉塞的な状況から自生的に発生した資金市場がシャドーバンキングの背景にあります。市場が発生したばかりの時には多少の混乱があるでしょう。とくに資金の需給市場,債権の取引がきちんとした情報のもとで行われているかというと疑問があります。

政府もこのシャドーバンキングを抑制するあるいは管理する方向です。この管理を誤れば実体経済へ悪影響をおよぼすことになるでしょう。

でも,シャドーバンキングが市場として成熟すれば,中国はPFI先進国になるかもしれません。

<参考文献>
『日経新聞』2012年12月15日,2013年6月19日
黄益平・常健・楊霊修(2012)「シャドーバンキングは中国版サブプライムローン問題を引き起こすか」『季刊中国資本市場研究』2012Summer
巴曙松(2013)「金融構造の進化からみる現在の「シャドーバンキング」『季刊中国資本市場研究』2013Summer
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2013年06月27日

「中国の特色ある社会主義」の政治制度とは?

温家宝前首相が昨秋の党大会で最後の会見をしたときに「政治改革」の重要性を強調しました。

中国の政治改革はどこに向かうのでしょうか。中国が「中国の特色ある社会主義」を標榜している以上,西洋の政治制度(いわゆる私たちのいう民主主義)を導入することはありません。

今回は,集合行為論から中国の政治制度改革を考えてみたいと思います。

1.国家はなぜできるのか。

中国共産党による中国という国家を考える前に,まず国家ができる理由を考えます。

国家が存在するのは国内の治安を守り外敵から国民を守るためです(テーラー1995)。人々は集団になることによって集団内部を安全に保ち,そして集団から外の敵から身を守ることによって,生活を守ってきました。

集団のもっとも大きなものが国家です。国家は国家の成員である国民に対し「治安」と「国防」という公共財を供給します。国民は国家が提供する「治安」と「国防」によって安全な日常生活や経済活動を行うことが可能になります。

公共財を供給するにはお金がかかります。それを徴収するために税金という制度があります。また治安や国防のために人を徴収する必要もあります。それが徴兵制度です。国民は国家の成員である以上,公共財のための費用を負担し,公共財の供給のために協力しなければなりません。

しかしここで問題が発生します。合理的な人間であれば,公共財の供給に協力をしなくても誰かがやってくれるのではないかと考えます。自分一人が税金を払わなくても,兵隊にいかなくても国家が提供する公共財の量に影響は与えないだろうと考えます。

これがいわゆるフリーライダー(ただ乗り)問題です。一人ではなく多くの国民が公共財の供給に「ただ乗り」しようとすると,公共財の供給は最適ではなくなり,過少に供給されることになります。この結果,国家の「治安」や「国防」に影響を与えるかもしれません。

このように人々が集団になって集合財(公共財)を供給するのは難しいと考えたのがオルソン(1983)です。少人数が集団になることは可能です。でも大規模な集団は難しくなります。いわんや国家というレベルになると常にフリーライダーが存在するために国家という集団凝縮性を維持するためには工夫が必要になります。

オルソン(1983)は,大規模な集団を集団たらしめるための要因を「選択的誘因」として説明します。この集団に入っているからこそ,入っていないよりも「選択的」にインセンティブ(誘因)が与えられるようになっているために,集団であることが可能になります。

例えば,負の選択的誘因として,その集団であるがために会費を支払うというものです。国家レベルで言えば租税で費用の負担を行うというものです。集団の成員であれば,この費用負担から逃れられないようになっているのが普通です。

反対に正の選択的誘因として,集団に参加しているためにその集団が供給する集合財を享受することが可能になります。組織が大きくなればなるほどこの集合財からの便益よりも集合財供給のための費用負担の方が大きいためにフリーライダーになりやすいということは先程も述べたとおりです。

集合財を供給するために集団に参加するモチベーションは,正の選択的誘因の他に,社会的誘因も存在します。いわゆる集団リーダーであったり国家リーダーは社会的地位を享受します。またリーダーシップによって人からの評価や承認,名誉を得ることができます。他にも集合財以外の非集合財を得ることが可能になる場合もあります。国家の治安(よりよい社会)を目指して国家建設に励んだあと,個人的にご褒美があるような場合です。昔の皇帝が金銀財宝や妾を多く抱え込むのは集合財ではなく非集合財を享受している事例です。

でも多くの一般の人にとっては集団に参加する場合,費用よりも便益が少ないために,合理的な人間は大規模集団を作らないということになります。


2.中国共産党による国家建設,国家運営

オルソン(1983)のいう集団行為理論から中国共産党の建国,そして国家運営を考えてみましょう。

日本をはじめとする列強の中国侵略,辛亥革命以降に中国を統治し始めた国民党支配に対して,中国を変えようという動きがでます。それが中国共産党です。

とくに毛沢東は,遅れている中国の現状を憂え,社会の進歩を願い,私的な勉強会である新民学会を設立します。新たな社会建設に向けた熱い思いはマルクス主義と結合します(ショート2010)。

1921年中国共産党結成のために毛沢東はじめ13人が上海に集います(第1回共産党大会)。共産党は,列強や国民党官僚に搾取される農民や市民に「共産主義社会」という公共財を供給することを集団目的としました。毛沢東をはじめ初期共産党員は革命で命の危険に会うかもしれないという費用を払いながらもよりよい中国を供給するという便益を目指して共産党を組織化していくことになります。

共産党は最初は少ない人数でしたが,徐々に農村の支持を得るようになります。共産党員は革命という費用を支払いながらも進歩した中国での生活を便益として期待し,革命に力をいれます。農民は自らが党員にならず支持する姿勢をみせるだけで,革命が成功した暁には土地がもらえると考えました。圧倒的な低費用で大きな便益が期待できたためにわざわざ入党することなく党支持に回ることでフリーライダーになろうとしたわけです。

1949年の新中国成立以降,共産党は「強い中国」という公共財を供給するために国家運営を行います。共産主義社会建設のスローガンのもと,党員も農民も市民もみな平等であるはずですが,党の組織への忠誠を得るために党員には選択的誘因を与えます。それがいわゆる「幹部」たちへの優遇です。党幹部に優先的に,食糧切符が用意されたり,電話が引けたりしました。改革開放以降はテレビが用意されたり立場がより上になると公用車が用意されたりします。共産党という集団を維持するために,党員への選択的誘因が提供されたわけです。

改革開放以降,中国共産党はGDPという富を国民にもたらしました。改革開放以降,共産党の集団目的は大きく変容します。「共産主義革命」という公共財ではなく「経済発展は硬い道理」と言われるように経済発展を国民に提供するという目的に変わります。

経済成長という公共財は,党員のみならず一般の人々にも豊かな成長をもたらします。しかし共産党への支持拡大のためにはさらなる党員の増加を目指し,盤石な共産党一党独裁体制を構築しなければなりません。江沢民は「三つの代表」を提唱し,2001年から新社会層(私営企業家、外資企業の管理職、弁護士・会計士などの専門職)への共産党への取り込みを開始しました(鈴木2012)。外見上は,新社会層への政治参加への機会を提供したわけですが,党にとっては党支配の強化につながります。また新社会層は,実権をもっている党幹部などのエリートや他の企業家とのパイプを築けるというメリットもあります(マクレガー2011)。共産党が提供する「コネ社会」という集合財は,党員だけが得られる選択的誘因になったわけです。これにより共産党は8000万人を超える世界最大の党になっています。

しかし,共産党支配による国家運営はこの選択的誘因によって党員官僚と一般社会との乖離が進みます。これが「官二代」という言葉に表わされるように,党員官僚は豊かになり,一般民衆は貧しいままです。

オルソン(1991)は,国家の興亡は集団組織間の利益分配によって左右されると主張します。特殊利益集団は問題を先送りするようになり,そして集団成員の同質化を通じて,組織を安定化させるため,排他的になってくると指摘します。

中国共産党には,それに対抗しうる他の政治集団組織がありません。まさに共産党という集団組織の興亡が国家の興亡につながってきます。


3.民主主義は素晴らしいのか。

現在,中国では経済発展で得た富を分配する権限があるのは中国共産党です。一方,民主主義国家は,複数政党により複数の集団が利益分配に参加します。選挙という投票によって国民全体が利益分配に参加できるシステムです。したがって民主主義の方がよいという議論になります。

しかし,本当に民主主義は素晴らしいシステムなのでしょうか?とくに私たちの現在の民主主義はヨーロッパから導入されたものです。王政により民衆の権利が抑圧され,その抑圧に対抗した民衆が立ち上がって,王のみが持っていた利益分配権を民衆自らが取り戻しました。この流れはアジアにおいても顕著で,一党独裁を経験した韓国や台湾のおいて,そしてインドネシアでも多党制へ移行していきました。

民主主義制度によって,税負担者が公共財の供給の決定に関わることが可能になります。しかし,税負担者の費用と受け取る公共財の便益が一致するのは,納税者全員が交渉して全員が一致する場合のみです。全員一致が公共財供給のパレート最適な状態になります。

現実には納税者全員が交渉ししかも全員一致することは不可能です。そのため二つの制度が採用されています。

(1)一つ目は議会制(代議制)民主主義(議員が有権者を代表する)です。議員が政策を提供し,有権者がもっとも選好の近い人を選ぶことによって,自らの選好を議会で反映させるというシステムです。

(2)もう一つは多数決です。全員一致で物事が決めることは大変時間がかかるため,議会における多数決あるいは与党による議会運営というのが便宜上採用されています。

議会制民主主義と多数決について問題をみていきましょう。

有権者が議員を選択する(投票する)のにも問題があります。一つは,議員側(実際には政党側)が政策を提供するにしても,議員は選挙で当選することが目的ですし,政党は多数派になることが目的です。そのため,有権者へのウケがいい政策を提言しがちです。二大政党制の場合,リベラルから左派までの幅広い支持を集めようとすると,どちらの政党も似たような政策(つまり中道的なもの)になってしまいます。いわゆる中位投票者の定理で,これによりリベラルや左派の人たちの選好が反映されないという結果になります。

また議員候補者は立候補になります。「議員をさせたい」というよりも「議員になりたい」という人を選択するシステムになっています。これは権力志向や野心家の人たちを推薦することになります(長山2013)。

中国共産党は選挙で党員が選ばれているわけではありませんが,党員になりたいという人が入党するので似たようなシステムになってしまいます。

投票自体にも問題があります。民主主義の理想では,投票者が議員や政党の政策をじっくり吟味し,自分が納得する政策を提供している議員や政党に投票することが求められています。しかし,実際の投票者は普通の人間であり,利己的で合理的な側面を持ちます。投票者は考えます。自分が投票した議員や政党が当選し多数派になるのかどうか。もしならなければ多数決で決まる以上,自分の選好を議会で反映することが不可能です。投票者は自分の選好が議会で反映する確率が小さければ小さいほど投票にいく便益がなくなってしまいます。この場合,わざわざ費用をかけて議員や政党の政策を調査するということをやめてしまいます。これが合理的無知です。有権者は,合理的な判断として無知であろうとします。

その他にも投票には問題があります。コンドルセの投票のパラドックスという,人々の選好が議会で反映されないという問題です。

多数決というシステムにも問題があります。多数決というシステムは,社会が一つの政策を選択する(社会選択)上で,その決定が社会の満足するものになるかどうか不安定になります。そもそも多数決は政治的な決定を少数派に押し付ける,いわゆる政治的決定の外部性という問題をはらんでいます。外部性が発生する時点で,パレート最適は不可能になります。そもそもアローは民主主義が不可能であることを示しています。

北京に駐在している人も民主主義制度と中国の政治制度を見て,以下のようにいいます(<日本人が見た中国>民主主義は絶対善なのか?)。

「日本の政治を見ていると、民主主義という制度は本当に難しい制度だと思う。なぜなら、参政権を持った国民全員に、「自分のポケットにお金が入るか入らない?」ではなく、国の将来を見据えた大局的な判断が求められるからである。 」

これはさきほど述べたように自分の選好が議会で反映する確率が低ければ低いほど,将来のこと考えることは無駄になります。

またこの駐在員はいいます。

「かく言う私も日本で教育を受けてきたので、初めて“悪の独裁国家”中国に来たときには「中国の国民は参政権も与えられず、独裁者に抑圧された暗い毎日を送っている」と思い込んでいた。しかし、中国に住んでわかったのは、「人は参政権がなくても結構幸せに暮らせる」ということだ。」

これは参政権があろうがなかろうが,一人の決定(独裁)も多数決の決定(民主主義)は同じ事で,その政策が合わない人にとってはただの押し付けにすぎないことになります。


4.中国の政治改革ー「中国の特色ある社会主義」が目指す政治制度

中国の一党独裁であれ,日本の民主主義であれ,基本的な考え方は,国家の公共財(集合財)を供給するために,どのような集団を構成するかということになります。一つの集団で集合財の供給を決定する場合,国民が集合財の供給の仕方に関わりたい場合は,その集団に入らなければなりません。中国では中国共産党が唯一の集合財供給の集団です。政治に参加して集合財供給に関わりたい,現在の場合経済発展とその成果の配分に関わりたいと考える場合は,共産党に入党するしかありません。

日本で,集合財の供給に関与したい場合は,投票に参加して,いくつかの集団の中から一つを支持するということになります。一党独裁と違うのは,国民全員が投票を通じて集合財供給に関与することが可能という点です。しかし,自分が支持する集団が議会で少数の場合は,何も得るものがありません。あるいは自分の一票で集合財供給に影響を与えるとも思えません。そうすると費用かけてどの集団が自分の選好と合うのか,それを調べることすら面倒になってしまいます。政治に興味を失い,投票に行かないという現在の日本のような状況になります。

政治制度としていいのは二つ,公共財供給に集団成員が参加できることと不利益を被る人を守るという点です。個人が集団になって集団が集合財を供給するというのが国家である以上,個人が集団に参加し集合財の供給に関わる過程を保証する必要があります(もちろん参加に関わらないという選択も可能にする必要があります。いわゆるフリーライダーです)。もう一つは集団が集合財の供給を決定した時に,それによって不利益(外部不経済)を被る人たちを減らす,国家の決定による不都合を減らすということです。

実際に,中国の政治改革をみてみると,以上の二つを保証するように考えられているようです。つまりポイントは,個人の政治参加を保証し,国家の権限を制限する方向です。

中国の政治改革は,@権利保証,A権力制限,が重点テーマです(「貧粗な政治体制改革の成果を列挙(今日の『人民日報』-20120514)」『佐々木智弘の「中国新政治を読む」2』)。

権利保証では

(1)基層では群衆自治を認める。
(2)全人代代表選挙では,農村と都市の代表を同票同権にする(現在は8:1の格差)。
(3)立法過程において公聴会を開催する。

のが改革の方向です。

権力制限では

(1)情報公開を行う(官僚の「三公消費」を公開する)。
(2)政府の職能転換を行う(行政部門における許認可権限を縮小する)。
(3)公務員管理(競争選抜による)。

という改革によって,国家による外部不経済をなくそうとしています。

また一党独裁とはいえ,毛沢東のように一人の決定がすべてを動かすことはありません。引退した長老(江沢民や胡錦濤)の影響を受けるとはいえ,重要な国家的決定は,党中央政治局常務委員の7人の合議と全員一致で行うことになっています。中央政治局常務委員がいろいろな背景をもつ人が選ばれていることを考えると,そこそこのバランスのとれた政策決定は可能かもしれません。民主主義のところで紹介した「中位投票者の定理」が政治局常務委員会での決定にも働く可能性があります。

投票権があるからといって,利益の配分に影響を与える確率がほぼゼロだとすると,投票権があるのもないのもあまり関係ない可能性もあります。つまり民主主義を中国に導入しないと問題だ,という単純な結果にはなりません。

そう考えると,中国には独自の政治体制あるいは独自の民主主義(中国でいう「中国の特色ある社会主義の政治制度」)が可能かもしれません。

私たちが認識している民主主義制度は簡単ではないのです。西尾さんはいいます。

「民主主義は完成品があるわけではない。進んだとか遅れたとかはない。「民主主義とは、人間のエゴイズムを調和させるために、ほかに仕方がないから、ある妥協の方法として生まれた消極的、相対的な政治形態でしかないのである。放置しておけば人間の欲望には際限がなく、エゴイズムの激突は、必ず無政府状態か専制独裁か、そのいずれにかに結果するしかないが、誰しも他人を独裁者にさせたくないという自分のエゴイズムをもっている。民主主義は、そういう相互のエゴイズムの調節手段としての、最悪よりも次善を選ぶ妥協の産物として成立したにすぎない。」(西尾2007,p.39)

参政権があっても,政治的決定に影響を与えないということであれば,参政権をもらっても私たちは得することはありません。むしろ日曜日の天気のいい日に家族と出かけるということを犠牲にして投票所に足を運ばなければなりません。

参政権がなくても,入党という形で集合財供給に関われるのであれば,その方が実質的という見方もできるでしょう。

重要なのは,一党独裁や多数決で決められるというシステムが横暴にならないように監視し,その決定によって不利益を被る国民の自由を守ることです。共産党体制を維持しつつも,共産党による国家の膨張を防ぎ,国民の自由を認めるという微妙なバランスが「中国の特色ある社会主義」の政治制度なのかもしれません。


<参考文献リスト>
鈴木隆(2012)『中国共産党の支配と権力: 党と新興の社会経済エリート』慶應義塾大学出版会 (2013年度発展途上国奨励賞受賞作品)
長山靖生(2013)『バカに民主主義は無理なのか? (光文社新書)』光文社新書
西尾幹二(2007)『個人主義とは何か (PHP新書)』PHP研究所
フィリップ・ショート(山形浩生訳)(2010)『毛沢東 ある人生(上)』白水社
マンサー・オルソン(依田博・森脇俊雅訳)(1983)『集合行為論―公共財と集団理論 (MINERVA人文・社会科学叢書)』ミネルヴァ書房
マンサー・オルソン(加藤寛)(1991)『国家興亡論―「集合行為論」からみた盛衰の科学』PHP研究所
J.M.ブキャナン、G.タロック、加藤寛(1998)『行きづまる民主主義 (公共選択の主張)』勁草書房
マイケル・テーラー(松原望)(1995)『協力の可能性―協力,国家,アナーキー』木鐸社
リチャード・マクレガー(小谷まさ代)(2011)『中国共産党 支配者たちの秘密の世界』草思社

「貧粗な政治体制改革の成果を列挙(今日の『人民日報』-20120514)」『佐々木智弘の「中国新政治を読む」2』
http://blog.livedoor.jp/sasashanghai-tokyo/archives/7031469.html,2013年6月10日アクセス
「<日本人が見た中国>民主主義は絶対善なのか?」『レコードチャイナ』2013年6月9日配信
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=73062&type=,2013年6月10日アクセス
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2013年06月18日

中国の為替レートの変動と資本移動の自由化は避けられない。

国際金融のトリレンマから考えると中国は為替と資本移動の自由化は避けられません。

どういうことか考えてみましょう。

国際金融のトリレンマとは以下の3つを同時に達成することは不可能である,というものです。

(1)為替の固定
(2)独立した金融政策
(3)自由な資本移動

日本は(1)を捨てて変動為替相場を採用し,(2)と(3)を維持しています。

香港は(2)を捨てて為替で固定しているアメリカの金融政策の影響を受けつつ,(1)と(3)を維持しています。

中国は,現在のところ(1)と(2)を維持しつつ(3)の資本移動の自由化を制限しています。

ここでは国際金融のトリレンマをできるだけ簡単に説明してみたいと思います。

単純化のために,金利は国内金融政策で決定される,つまり国内のマネー供給と需要によって決定されると考えます。為替は海外マネーの供給と需要によって決定されるとします。つまり金利と為替はそれぞれ国内マネーと海外マネーの需給を調整する「価格」と同じ役割を果たしていると考えています。

日本の場合は,金利と為替が市場のマネーで決定されていますので,以下のような図式が成立しています。

日本
≪調整弁≫ ≪市場需給≫
 金利    国内マネー
--------------------------
 為替    海外マネー

ここで,香港のように香港ドルと米ドルをリンクする固定為替制度を考えてみましょう。為替の自由な変動を認めないために,もう一つのマネー,国内マネーの調整弁である金利の変動ができないという状態になっています。

香港
 金利× | 国内マネー
 為替× | 海外マネー

国内マネーと海外マネーの自由な移動(自由な資本移動)を認めることによって,為替を固定化することが可能になります。国内マネーと海外マネーをまったく同じものとする(為替レートで価値を固定する)と決めていることを意味します。例えば香港ドルへの需要が増加し香港ドルが高くなろうとしても価値は米ドルと固定されているので,米ドルへの需要と同じになります。しかしこの場合,香港の金利に影響を与えることはできません。香港ドルと米ドルは同じ価値をもつマネーにしているので,香港内でマネー供給をコントロールすることが不可能になっています。つまり香港ではアメリカの金融政策(アメリカの金利)がそのまま香港で通用することになります。

次に,中国のように人民元と米ドルをリンクする場合を考えてみましょう。現実には人民元は通貨バスケット制ですが,中国の最大の貿易相手国はアメリカなので,おそらく通貨バスケットの中で米ドルの占める位置は大きいと思われます。中国は香港と違い大きな国ですので,独立した金融政策を維持したいと考えるでしょう。したがって海外マネーが自由に流入することは金融政策に影響を与えることになるので,外に置いておきたいとなります。

したがって中国の場合は,

中国
 金利    国内マネー
--------------------------
 為替×   海外マネー×

ということになります。つまり海外マネーの国内への自由な流入を避けたい,海外からの自由な資本移動を制限するという結果になります。

以上が国際金融のトリレンマです。

このように国際金融のトリレンマから中国の為替と資本移動はどう評価できるでしょうか。現在の見方は二つあります。

一つは2005年に通貨バスケットに移行して以来,人民元の変動幅を認めて徐々に切り上がっています。したがって,通貨バスケット制は変動相場への動きともとれます。この場合,独立した金融政策を維持する場合には資本移動の自由を少しずつ認めることが可能になります。実際,中国政府は中国に資本投資を認める「適格投資家」の枠をを拡大しつつあります。

もう一つは,やはり通貨バスケット制とはいえ人民元を固定しているとみる場合,資本流入は制限せざるを得ません。この場合,中国は「適格投資家」の制度で海外資本の自由な流入をコントロールし続けることになります。

しかし,今後の展望は一つしかありません。

独立した金融政策を維持することを最優先しているという前提で考えると,これだけ貿易が拡大し,貿易決済通貨として世界中で人民元が流通し始めると,人民元の国際化は進んでいることになります。人民元が独り立ちしていくと,国がコントロールできないこととなります。国内から海外に出て行くマネー,海外から国内に入り込んでくるマネーの両方が為替を動かす要因になってきます。つまり香港パターンです。

 金利× | 国内マネー
 為替× | 海外マネー

この時,国内金融市場の重要な政策ツールである金利を国内でコントロールしようとすると

 金利  | 国内マネー
 為替  | 海外マネー


となってしまい,為替は自由化せざるをえません。結局,中国は人民元の海外での決済を認めながら資本移動を容認しつつ,同時に為替変動を受け入れなければならないということになります。

結局,中国が貿易大国である以上,現在の日本のように,為替と資本流入の自由化は避けられないということになります。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡本式中国経済論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする