2013年06月18日

中国の為替レートの変動と資本移動の自由化は避けられない。

国際金融のトリレンマから考えると中国は為替と資本移動の自由化は避けられません。

どういうことか考えてみましょう。

国際金融のトリレンマとは以下の3つを同時に達成することは不可能である,というものです。

(1)為替の固定
(2)独立した金融政策
(3)自由な資本移動

日本は(1)を捨てて変動為替相場を採用し,(2)と(3)を維持しています。

香港は(2)を捨てて為替で固定しているアメリカの金融政策の影響を受けつつ,(1)と(3)を維持しています。

中国は,現在のところ(1)と(2)を維持しつつ(3)の資本移動の自由化を制限しています。

ここでは国際金融のトリレンマをできるだけ簡単に説明してみたいと思います。

単純化のために,金利は国内金融政策で決定される,つまり国内のマネー供給と需要によって決定されると考えます。為替は海外マネーの供給と需要によって決定されるとします。つまり金利と為替はそれぞれ国内マネーと海外マネーの需給を調整する「価格」と同じ役割を果たしていると考えています。

日本の場合は,金利と為替が市場のマネーで決定されていますので,以下のような図式が成立しています。

日本
≪調整弁≫ ≪市場需給≫
 金利    国内マネー
--------------------------
 為替    海外マネー

ここで,香港のように香港ドルと米ドルをリンクする固定為替制度を考えてみましょう。為替の自由な変動を認めないために,もう一つのマネー,国内マネーの調整弁である金利の変動ができないという状態になっています。

香港
 金利× | 国内マネー
 為替× | 海外マネー

国内マネーと海外マネーの自由な移動(自由な資本移動)を認めることによって,為替を固定化することが可能になります。国内マネーと海外マネーをまったく同じものとする(為替レートで価値を固定する)と決めていることを意味します。例えば香港ドルへの需要が増加し香港ドルが高くなろうとしても価値は米ドルと固定されているので,米ドルへの需要と同じになります。しかしこの場合,香港の金利に影響を与えることはできません。香港ドルと米ドルは同じ価値をもつマネーにしているので,香港内でマネー供給をコントロールすることが不可能になっています。つまり香港ではアメリカの金融政策(アメリカの金利)がそのまま香港で通用することになります。

次に,中国のように人民元と米ドルをリンクする場合を考えてみましょう。現実には人民元は通貨バスケット制ですが,中国の最大の貿易相手国はアメリカなので,おそらく通貨バスケットの中で米ドルの占める位置は大きいと思われます。中国は香港と違い大きな国ですので,独立した金融政策を維持したいと考えるでしょう。したがって海外マネーが自由に流入することは金融政策に影響を与えることになるので,外に置いておきたいとなります。

したがって中国の場合は,

中国
 金利    国内マネー
--------------------------
 為替×   海外マネー×

ということになります。つまり海外マネーの国内への自由な流入を避けたい,海外からの自由な資本移動を制限するという結果になります。

以上が国際金融のトリレンマです。

このように国際金融のトリレンマから中国の為替と資本移動はどう評価できるでしょうか。現在の見方は二つあります。

一つは2005年に通貨バスケットに移行して以来,人民元の変動幅を認めて徐々に切り上がっています。したがって,通貨バスケット制は変動相場への動きともとれます。この場合,独立した金融政策を維持する場合には資本移動の自由を少しずつ認めることが可能になります。実際,中国政府は中国に資本投資を認める「適格投資家」の枠をを拡大しつつあります。

もう一つは,やはり通貨バスケット制とはいえ人民元を固定しているとみる場合,資本流入は制限せざるを得ません。この場合,中国は「適格投資家」の制度で海外資本の自由な流入をコントロールし続けることになります。

しかし,今後の展望は一つしかありません。

独立した金融政策を維持することを最優先しているという前提で考えると,これだけ貿易が拡大し,貿易決済通貨として世界中で人民元が流通し始めると,人民元の国際化は進んでいることになります。人民元が独り立ちしていくと,国がコントロールできないこととなります。国内から海外に出て行くマネー,海外から国内に入り込んでくるマネーの両方が為替を動かす要因になってきます。つまり香港パターンです。

 金利× | 国内マネー
 為替× | 海外マネー

この時,国内金融市場の重要な政策ツールである金利を国内でコントロールしようとすると

 金利  | 国内マネー
 為替  | 海外マネー


となってしまい,為替は自由化せざるをえません。結局,中国は人民元の海外での決済を認めながら資本移動を容認しつつ,同時に為替変動を受け入れなければならないということになります。

結局,中国が貿易大国である以上,現在の日本のように,為替と資本流入の自由化は避けられないということになります。
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2013年06月13日

成都の土地改革

重慶の「地票」で重慶の都市化が注目されていますが,就業,戸籍改革については成都の方が進んでいますし,土地取引においても成都の改革はもっと注目されてもいいように思います。葉裕民(中国人民大学城市規画与管理系)も早くから成都の改革に注目し,重慶よりも評価すべきと語っている一人です(例えばここ)。

成都は2003年より都市農村一体化改革を始めました。2004年には農業戸籍と非農業戸籍の二元化を一本化し,居民戸籍化を進めてきました。2008年には成都市農民が個人の借家に入っている場合は居民戸籍がもらえるとともに,2010年の『成都全域都市農村の統一戸籍を実現して居民の自由な移動を認めることに関する意見』が出て,2012年には戸籍の統一管理ができるようになりました。これにより住んでいるところで戸籍をもらうことが可能になります。

公共サービスについても都市農村の統一化が行われています。2003年以来成都市の農村では新型の農村合作医療と農民年金を徐々に普及させました。このシステムを基礎に2008年成都は『都市農村居民基本医療保険暫行弁法』を試行するとともに,2010年『成都市都市農村養老保険暫行弁法』を実施。全市住民の基本医療保険,年金の政策と待遇を一致させました。

社会保障を先行させながら,成都は土地改革を行います。農村財産権(産権)制度改革です。

成都の特徴は土地の財産権を取引するガチな市場経済化です。

2007年に都市農村一体化総合改革試験区に指定されるとともに土地改革が本格化します。まず,2008年の年初,都江堰柳街鎮鶴鳴村が全国でも最初の財産権を確定する村となりました。請負地の面積,宅地の面積を図り,それを土地財産権確定証明書として発行し,農民が受け取ります。これまでは家庭生産請負制による農民の生産に対する積極性を引き出してきました。さらなる積極性を引き出すために土地の財産権を確定するという段階まで進んだことになります。国有企業が80年代請負制を導入し,90年代は所有権の改革を行いましたが,農村では国有企業に遅れること10〜20年で所有権(正確には財産権)の改革が始まったことになります。

2008年4月より都江堰,大邑,温江,双龍の4区県を試験地域として財産権確定運動に宣伝員が導入されます。しかし大きな問題が発生します。家族構成の変化,結婚離婚,請負権の賃貸などによりどこまでが自分の土地でどこまでが他人の土地か財産権を確定することは非常に困難を極めます。この調整が始まった当初農村の村書記は大声で農民間の調整を行うので声が枯れたといいます。結局,郷鎮政府が関与することはやめ,村民小組による群衆解決方式を採用します。具体的には村民議事会を設置して,利害関係のある農民同士が話し合いをするという方法をとりました。ただ財産権確定の過程で一部の農民は土地を小さく申請しており,今まで税金を過少深刻していたことが発覚したりしたそうです。いずれにせよ2012年7月末で成都市の5割弱の土地の財産権が確定したようです。

次は流通です。大邑県韓場鎮は農業産業化が進展している地域でした。1万8千ムーの土地のうち1万ムーが流通しました。村の土地の50%以上が流通し,これにより農業の大規模化を行うことができました。農民には賃貸料が入るとともに出稼ぎに出ることによって収入が増加しました。

流通の場は,2010年7月に設けられた農村財産権取引所(産権交易所)です(HPはここ)。

ここでは土地請負経営権,林権,農村家屋所有権,集団建設用地使用権,農村集団組織株式権利,農業知財などさまざまな財産権が取引されます。2012年の時点で15万回以上,370億元以上の取引が実施されました。

問題は,18億ムーという国家の農地保護最低ラインをどのように守るのかということです。

成都では「耕地保護基金」を40億元準備しました。例えば,双龍県興隆鎮のある農民の事例です。彼は請負地を7ムー持っていました。政府と耕地保護契約を交わすことによって2331元のお金が入ることになります。そのお金で農村養老保険(年金)を買うことにより耕地を守りながら老後の保証を得る形になっています。

耕地保護の補助金基準は,一般農田400元/ムー/年,一般耕地300元/ムー/年となっています。農地を保護することによって毎年補助金が得られることになります。ただし補助金は現金で手元に入るわけではありません。直接養老保険に回されます。農地保護と社会保障を掛けあわせている形です。


さて,重慶との違いを考えてみましょう。

重慶では,開発権の取引であり,成都は財産権の取引です。どちらかといえば重慶は土地開発が主眼であり,成都は農民の土地権利の確定という目的があります。成都の方が「公有制」を建前とする中国において土地の資本化につながる動きになっています。

ちなみに,推計によると全国の土地を資本化させると土地価値はGDPの3倍,A株市場の6倍にもなるようです。このように土地が「宝」を生むのは間違いなく,これからも土地をめぐってさまざまな経済主体による利益衝突が起こることでしょう。


<参考文献>
易小光等(2013)『統城郷発展的就業,戸籍与土地利用制度聯動研究』中国経済出版社
http://finance.cnr.cn/txcj/201211/t20121105_511302096.shtml
「[深水闯关]土地改革:成都,从确权到流转(上)」中国広播網2012年11月5日,2013年6月7日アクセス
http://finance.cnr.cn/txcj/201211/t20121106_511310051.shtml
「[深水闯关]土地改革:成都,从确权到流转(下)」中国広播網2012年11月6日,2013年6月7日アクセス
http://finance.people.com.cn/nc/GB/8389800.html
「成都市创新耕地保护机制 农民保护耕地可得实惠」人民網2008年11月23日,2013年6月7日アクセス
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2013年06月11日

重慶の「地票」取引の仕組み

中国都市化の問題」で,就業,戸籍,土地問題の解決が重要だと述べました。

土地問題の解決には以下の二つの課題があります。

(1)農地は減らさずに都市面積を増やす。
(2)都市化の費用(農民の社会保障整備や都市開発など)を調達する。

この二つの課題を一挙に解決しようと考えられたのが「地票」制度です。梶谷さんのブログ(コース先生もびっくり!−ポスト薄の重慶と「地票制度」の実験−)でも解説されていますが,具体例をあげて説明してみたいと思います。(私自身がよくわかっていなかったので,易小光等(2012)であげられていた重慶市江津区孔目村の事例をググりまくって調べてみました。)

孔目村は,「地票」制度の実験場として注目された村です。重慶市内から自動車で一時間ほどのところにあります。人口は8000人ほどで,そのうち1/3程度が出稼ぎに出ており,多くの土地が耕作放棄地として存在していました。また宅地や郷鎮企業用建設用地として残していたところも全然使われていませんでした。

ここで,土地利用が図のように耕作放棄地3,宅地,公共施設用地が3,全部で6の土地があったとします。(図参照)

Landticket.jpg

まず宅地や耕作放棄地,企業用建設用地,村の利用されていない公共施設用地などをすべて農地に戻します。同時に村に住んでいる人々を「新農村建設」のスローガンのもと一部の地域に集めて住まわせるようにしました。

これにより農地が5,新農村建設に使われた土地が1となります。これにより農村で無駄になっていた土地を活用することにより,農地が5増えることとなります。この農地5が「開発権」=地票となります。

この地票を2008年に新設された重慶市内の地票取引所(交易所)で,売りに行きます。買い手はいわゆる国有の都市開発デベロッパーであったり,都市部の企業です。都市開発で都市周辺の農地を必要としている人たちでした。この人たちが地票を購入することによって都市部周辺の都市建設用地の使用権を手に入れることとなります。(図の下)

この制度の革新的なところは

(1)農地を減らすことはないということ
(2)僻地農村の農地であっても平等に都市の開発権に変わるということ
(3)農地の地票の販売代金が,農民への土地補償,都市に住んでいる農民への社会保障の原資,都市開発のための資金,になるということ

です。これによりすべての問題が解決したように見えますが,やはり中国,さまざまな問題を抱えています。

土地を農地に戻す作業や農地であることを検収するのは農村で作られた集団所有制企業です。孔目村では「恵農公司」という農地区画整理事業を行う企業が設立されました。この公司の目標は,重慶市の都市計画(都市化に必要な土地の量)にしたがって,農地を「生産」しなければなりません。つまり農地区画整理事業を行うわけですが,当然無理な宅地や耕作放棄地(出稼ぎにいっていない人の土地)を接収することによって農民の反対にあいます。

また地票取引の収入は85%を農民への補償,15%を都市での社会保障や農地開墾費用に当てられることが決められていますが,やはり補償に向かわずに恵農公司が上前をピンハネしているようです。新農村建設ということで集合住宅に住まわされることになった農民も住む面積が小さくなったなどの苦情も出ます。

以上の問題は地票取引が出る前から存在しているので,そんなに目新しいものではありません。むしろ注目すべきは,農地として価値があるのかないのかにかかわらず平等な都市開発権に変わってしまうことです。土地の質にあった価格付けがなされず,むしろ需要側,都市の土地を確保したい開発したいという都市部開発業者の需要の大きさで値段が決定される可能性があります。辺鄙で農地としての価値がない土地でも地票として取引されてしまいます。

これに関連して地票の質の問題も発生します。農地としての開拓,地票取引所に出品できるかどうか価値を検査するのは,同じ企業,つまり恵農公司です。生産と質の管理を一企業が行なっています。地票として売ることが目的になると農地になっていない農地までもが地票として売りに出されたり,辺鄙な土地で農地として使えない土地までもが地票になってしまいます。

「地票」取引の醍醐味は市場価格にそった取引でしょう。取引量が増えてくれば地票の質によって価格差がついてくるようにはなると思います。

しかし地票を場所に関わらず同じ価値として取引することは農民の補償や社会保障の財源,都市化の費用を調達する意味ではメリットがあるのも事実です。

<参考文献>
易小光等(2012)『破解中国発展之困局:重慶実践論』中国経済出版社
その他各種報道より。
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2013年05月30日

中国都市化の問題

新政権発足以降,都市化が注目されています。

都市化は経済成長の空間的支柱であり,GDPの拡大,環境保護などにも有益ととらえられています(グレイザー2012)。

ただし,中国の都市化は簡単ではありません。それは,計画経済から市場経済へ移行する中でもっとも難しい問題を数多く含んでいるからです。市場経済下では,意思決定の自由な農民が就業機会を求めて都市部に移住し,政府は増加した人口に対して都市の公共サービスを提供するというのが都市化の流れです。

中国では,計画経済時代に農民は農業生産,都市部は工業生産の役割を期待され,就業形態の固定化,移住を阻止する戸籍によって二元化され,土地も農村集団所有(農村の土地)と国有(都市部の土地)に分けられました。これにより農村ー都市の二元化構造ができあがります。

1978年以降の改革開放政策下で,農民の都市への出稼ぎは増加しました。農民工が中国の輸出や工業生産を支えました。市場化の流れで人が移動する一方で,都市化の阻害要因となったのが,就業,戸籍,土地の問題でした(易小光等2013)。

これを詳しく見てみましょう。

農民工の就業は,いわゆる都市住民が行わない3K職場です。賃金,雇用,保障は不安定であるとともに教育水準の低さなどから安定した就業が得られません。農民工の第二世代は教育もよく受けられていないために,職業による差別が世代継承されやすいです。

戸籍については一部地域で戸籍の一本化が行われてはいるものの,基本管理する方向は変わっていません。都市が受け入れる農民の条件は就業が安定しており,専門的な職をもっていたりする,いわゆる勝ち組農民のみが対象です。それ以外の都市部への流れ込みは管理されています。

たとえ,普通の農民工が戸籍改革によって居民戸籍(農業戸籍と非農業戸籍の一本化した戸籍)をもらったとしても,就業差別はそのままですし,都市で年金保険,失業保険がもらえません。そのため農民にとって都市は一時的に滞在する場所になってしまいます。また社会保障がなければ土地が唯一の社会保障となってしまい,農村で請け負っている土地の請負権を手放すわけにはいきません。

一方で農民工増加による都市化の進展は,住居や雇用場所(企業や工場)のための土地が必要になってきます。一方的な土地の没収は農民の反感を買うとともに,農地は農業生産の維持目的があるため,農地を都市開発のために接収するにも限界があります。また都市化の土地は国有地であることが必要で,農村集団所有の農地を国有地に変えるということも必要になってきます。

以上の状況から,中国の都市化には以下の制度改革が行われています。

(1)就業支援。農民工のための職業訓練や創業支援など。
(2)戸籍の一本化。それとともに条件を緩めながら大都市の戸籍取得を可能にする。
(3)農民工への社会保障制度の充実。農村と都市の社会保障を一体化する。
(4)都市化用地の獲得。耕作放棄地の農地と都市周辺部の土地を交換するなど,農地を一定に保ちつつ都市化の土地を取得する。

制度改革の肝心は,現在農民を都市にどのように定着させるか,です。就業機会がないと都市にはこないし,都市に来ても社会保障や教育などの公共サービスが平等に受けられなければ,都市に定住はできません。戸籍は安定した仕事と定住地がなければ一本化しても形式だけになってしまいます。移住条件を開放あるいは緩めても,都市に定住する農民工を受け入れる「容量」(公共サービスの提供容量)があるかどうか,都市政府の財政に依存します。都市化に必要な土地も二元化した土地管理システムのもと,農民に不安を与えることなく,農地を一定に保ちながら収用していかなければならりません。

このように就業,戸籍,土地という3つの制度要因が相互に絡み合っています。絡み合った糸をほぐすかのように,就業,戸籍,土地の同時解決が中国都市化にとって必要です。でも以上のようにこれは簡単ではないのが現状です。

習近平,李克強が都市化を打ち出したとしても,前途は多難です。ただ現在,具体的な実験として,2007年に全国統筹城郷総合配套改革試験区に批准された成都と重慶で,改革が進められています。重慶市長は重慶の改革が全国に推し進められるべきと主張しています(還球時報)。薄熙来が失脚しても重慶は,都市化の実験場としてこれからも注目を集めそうです。

ちなみに,重慶の地票制度については, kinbricksnowさんがつぶやきをまとめたもの(重慶市の地票制度について梶谷懐さんが優しく解説してくれた件)か梶谷さんのブログ(コース先生もびっくり!−ポスト薄の重慶と「地票制度」の実験−)がわかりやすいです。


<参考文献>
エドワード・グレイザー(山形浩生)(2012)『都市は人類最高の発明である』NTT出版
易小光等(2013)『統筹城郷発展的就業,戸籍与土地利用制度聯動研究』中国経済出版社
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2013年05月16日

中国の経済課題は政権が変わっても同じ

中国経済の課題は,政権が変わっても変わらないという当たり前のことを確認しようと思います。

先日(5月11日),中央大学経済研究所の公開研究会に参加し,関志雄氏の講演を聴いて,とくにそう感じましたので,彼の報告内容を中心にまとめておきたいと思います。

ちなみに関さんの新作はこちら(まだ未読あせあせ(飛び散る汗)



中国の長期的発展は二つの過程,途上国から先進国へという経済発展,計画経済国から市場経済国へという移行経済,を含むことはよく知られています。これまで発展と移行がかなりの程度進み,発展では世界第二位のGDP,移行では計画価格の廃止,大部分の国有企業の民営化を成し遂げました。

ここで関さんは指摘します。発展においては「中進国の罠」が,移行経済においては「体制移行の罠」が待ち受けていると。これをどう克服するかが中国経済の課題です。

「中進国の罠」は世界銀行が提唱したものです。1人当たりGDPが3000ドルから1万ドルの中進国では,低賃金労働が枯渇し,労働集約型産業の輸出がたちいかなくなるとともに,新たな技術開発(イノベーション)が行われないと先進国にはなりえない,というものです。

「体制移行の罠」は清華大学の学者が提唱したものです(関)。国有企業改革の遅れや政府の役割転換が果たされないと体制移行は中途半端に終わり,成長に影をなげかけるといいます。

二つの罠のうち,経済発展で考慮しなければならない問題は以下の通りです。

(1)農村余剰労働力が減少しルイス転換点が訪れた可能性があること(2006年からの「民工荒」現象や近年の都市部求人倍率の上昇がその傍証だと関さんはいいます)。

(2)人口高齢化により生産人口が減少するため,労働生産性を向上させなければならない。

(3)既存の工業から新技術産業,サービス産業への転換がなされないと新たな成長が促されない。

ここで,関さんは胡錦濤政権時の科学的発展観を紹介します。科学的発展観は「五つの調和」と「経済発展パターンの転換」から成り立つとします。

五つの調和
ー都市と農村の発展の調和
ー地域発展の調和
ー経済と社会(社会保障,医療,教育などの公共サービス)の発展の調和
ー人と自然の調和の取れた発展
ー国内の発展と対外開放の調和

経済発展パターンの転換
ー需要構造:投資と輸出から消費へ
ー産業構造:工業からサービスへ
ー生産様式:投入量の拡大から生産性の向上へ

(上記は関志雄報告資料より)

次に二つの罠のうち,移行経済では政府がどうふるまうかが注目されます。胡錦濤政権下において中国は「政府の退出」ではなく,政府の経済への再関与の傾向が見られます(岡本2013第8章)。つまり

(1)国進民退に言われるように,国有企業の役割が強くなった。

(2)中国政府がマクロ・コントロールの名目で企業活動に干渉する。

(3)公共サービス,とくに社会保障が充実していない。(ついでに国有企業の労働分配率も低いので消費が伸びることは難しい。)

です。このような課題を関さんは政府機能の「越位」(政府が介入すべきでないところまで介入していること)として,以下を指摘します。

ー土地等の重要な資源のコントロール
ー基幹産業の国有企業による独占
ー権限を持つ官僚による自由裁量の余地が大きく,企業の経済活動に頻繁に干渉
ー審判員であるべき政府が選手も兼ねてしまうため,公平な試合はできない

反対に,政府機能の「缺位」(本来果たさなければならない役割を十分に果たしていないこと)が存在するとします。例えば以下が指摘されます。

ー環境保護や,社会保障,医療,教育といった公共サービスの不足
ー経済関係の法律がまだ十分に整備されておらず,その運用も不透明
ー信用と取引秩序の基盤の不備と政府のマクロ・コントロール能力の不足

(上記は関志雄報告資料より)

結局,中国経済の大きな課題は,構造転換(産業の高度化,投資から消費主体への転換),政府の役割がどうあるべきか,に収斂されます。

習近平総書記は「中国夢」を繰り返し強調するようになってきています。「夢」というのは聞こえはいいのですが,足元の経済問題は前政権から何も変わっておらず,李克強とともに難しい舵取りが必要になりそうです。

<参考文献>
岡本信広(2013)『中国 奇跡的発展の原則』アジア経済研究所
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2013年04月30日

李克強の経済学

財経網でブロガー管清友が「朱鎔基の経済学から李克強の経済学へ」と題して、新しく首相になった李克強がどのような経済政策をとるか論じていたので、簡単に内容を整理。

@朱鎔基時代はフロー改革が主でストック改革が補、李克強時代はストック改革が主でフロー改革は補になる。中国は利益分配で資源配分を行う時代になっている。政府が利益を調整し、市場が資源を配分する。見える手が見えざる手を引導する。

Aフロー改革では利益分配は結果であり、資源配分が因であった。ストック改革の過程では、利益分配は因になり、資源配分が果となる。資源配分は中国国内の利益分配が成功するかどうかがカギ。

B李克強政府のもとでは、管理を受ける市場化から全面的に規制緩和された市場に変化が必要である。中国の新リーダーや人事配置を見るに、李克強経済学の基本的思考は、市場強化、規制緩和、供給改善である。

C市場を強化するとは、政府と市場が立場を換えること、政府のやることを変えて、市場の基礎的作用を発揮させること。市場ができることは市場に任せる、政府がやりすぎるのでもなく、まったくやらないのでもない。

D規制緩和では、許認可を減らし市場を尊重する。市場主体が選択し、政府のミクロ的な関与はなくす。全人代で李克強は1700ある行政許認可権を3分の1以上減らすと約束。土地開発、戸籍問題、公共サービスなども地方分権を促し、地方で先行的に試行する。

E供給改善では、減税で投資を促進し、福利制度を改善する。国内の利益分配を調整し、国有部門から家計部門に利潤を譲る。投資型政府ではなく、民間家計収入を増加させる。

F李克強経済学はレーガン、サッチャー経済学、あるいは供給学派、公共選択学派に類似している。

私の印象では、李克強がどうでるか、まだなんとも言えないと思っています。朱鎔基は徹底した小さな政府を目指しました。一つは国有企業改革で、戦略的改組というフレーズで全国の中小国有企業を民営化させました。もう一つは行政改革で徹底的に部委員会を減らすとともに末端まで政府職員を減少させました(ただし成果は限定的という見方も多い)。

ただ言えるのは、李克強は中国経済のストックの部分に切り込まないといけないことは確かで強いリーダーシップがないと改革は難しいと思います。
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2013年03月16日

誰が環境汚染の費用を払うのか?<岡本式中国経済論50>

1.はじめに

1月半ばから北京の大気汚染が話題になりました。北京のみならず多くの都市で汚染を示すPM2.5が上昇したといいます。

私も2月下旬に北京に行きました。やはりスモッグというか霧で500mぐらいしか先を見通せない感じです。

130225Beijing.jpg

北京オリンピック前後から、大気は改善したように思いましたが、中国の大気汚染は深刻なものだったことがわかります。


2.原因と対策

このような大気汚染は何が原因になっているのでしょうか。中国科学院大気物理研究所のモニタリング調査によると、北京の微小粒子状物質「PM2.5」の最大の発生源は、自動車で、その比率は約4分の1。その次は石炭業と輸送業で、それぞれ5分の1を占める、といいます。これで全体の65%となります。

石家荘(河北省)では、燃料7割、工業生産2割、交通運輸1割という数値も出ています(ただしネットで出回っている情報で、その根拠は見つかりませんでした)。

数値はさておき原因は

自動車 と 工場 と 石炭(暖房燃料)

であると言えそうです。

まず、工場への罰則が低いということが問題です。

WSJの記事から

===
中国で排出ガスに関するデータの報告を拒否した場合の法令に基づく罰則金の最高額はわずか5万元(約75万円)で、排出基準を上回った場合の罰則金も最高でこの2倍の10万元にとどまる。罰則金に関しても透明性を欠いているが、国営メディアによると中国の環境保護省は2011年に、監視装置を停止させたり、データを操作したり、ガス排出量が基準を上回ったりした11の発電所に罰則金を科したという。

違反企業には中国電力投資集団公司、中国国電集団公司、中国華電集団公司、中国大唐集団なども含まれている。米経済誌フォーチュンの「グローバル500」にも選ばれている中国大唐集団は国有企業であり、所有する3つの発電所が違反を犯していた。それぞれの施設の罰則金の合計が15万元を超えたことはない。

規制の執行にあまり透明性がないとはいえ、工場がなぜ不正を行うかは容易に理解できる。すでに設置が義務付けられている排出ガス制御装置を使うよりも、基準を上回る排出量に対する罰則金を支払う方が安上がりなのだ。
===

次に、中国では自動車の排出基準と燃料であるガソリンの質が議論されています。

新車(自動車)の排ガス基準は、国家1級排出基準(国I)、国家2級排出基準(国II)と分けられており、もっとも厳しい基準は国家4級(国IV)です。国IIIは2004年から導入され、国IVは北京(08年)、上海(09年)の大都市が先行して導入していますが、国III以上の自動車は全体の4分の1以下です。したがって、大部分の自動車の排ガス基準は古いままですので、実際の排ガス基準が効果を示すにはまだ時間がかかるでしょう。(排ガス基準はあくまで新車だけですので、中古車市場には基準が適用されるようになるかどうかはなんとも言えません。)

もう一方で、中国の自動車燃料(ガソリン)の質についても議論になっています。

現在、中国ではヨーロッパ基準を導入しています。硫黄含有量の低い燃料を供給することが求められています。国Vは欧州規制「ユーロV」に相当しますが、国Vでは硫黄含有量の上限が10ppmに抑えられます。

実際の中国では、2010年5月に国III基準(硫黄含有量の上限が150ppm)が導入されているのが現状です。広東、上海では2010年8月に国IVが導入され、2012年6月に北京では国Vが導入されました。

2月に発表された新規制によると国Vは2014年までに中国全土に導入するとしています。

問題は、国IV、国Vであっても現実には「過渡期」ということで中国石化(国有大企業)は国III基準のガソリンを供給している疑いがあることです。実際、硫黄含有量を減らすには脱硫装置をガソリン精製工場に設置しなければなりませんが、企業のコストが増加することでもあるので、全面的な導入が遅れています。中国石化は世論の流れを受けて、今年の2月1日に自己のグループに属する9つの企業に対して来年から全面的に国IV基準のガソリンを供給するように指示しました。

また北京市内のガソリンスタンドでも国Vの基準を満たすガソリンは少ないのではないかという報道もあります。


3.経済学がいう環境対策

経済学では、環境問題を外部性の問題として捉えています。経済取引以外の側面で他の経済主体に影響を与えるものが外部性です。

ガソリンの売買を考えてみると、ガソリンを購入して自動車に乗る、のは経済取引ですが、それによって排出される有害ガスは外部性の問題になります。

そこで経済学では、外部性を内部化する、すなわちガソリンの取引において排ガス分を含めた価格で取引するようにしようとします。例えばガソリンが100円で取引されるときに、排ガス対策を政府が行うための費用などとして環境税を10円徴収するようにします。

そうすると、ガソリン価格が110円になるので、今までよりも高くなり、ガソリンの使用料は減ります。消費者が自動車運転を控えることによって、環境にやさしい経済活動が可能になります。

もう一つの解決方法は所有権をはっきりさせるということです。

大気というのは誰のものかわかりません。そこで大気を汚せる量(排ガスを排出できる量)を各企業に割り当て、節約できたらその枠を売り、枠をオーバーしたら他から買うというシステムを導入します。いわゆる排出権取引です。でも企業に排出権取引を課すことはできても個人には不可能です。

ですから現状としては環境税を導入することによって、環境に悪い物質の取引を抑えることが理想となります。


4.誰が負担するのか?(谁来买单?)

さて問題は環境税のような環境保護の費用を、「誰が負担するのか」という問題があります。

上海で国IV基準が採用された時には、1リットルあたり0.3元、北京で国V基準が採用されるようになった時には0.2元、ガソリン価格は上昇したといいます。つまりガソリンの精製工場の脱硫装置コストは消費者に価格転嫁されました。今回の中国石化の決定、全燃料を国IV以上にするコストは誰が負担するのか話題になっています。

中国石化は国有企業であり利潤率も大きい企業です。一般庶民としては中国石化に利潤を圧縮してコストを負担してほしいという願いもあります。

一方で、大きな声では言ってませんが、政府・国有企業も国民のガソリン消費を減らしてもらいたいという気持ちもあります。3月に開かれた全人代でも環境保護は企業と家計の意識改善が必要であると主張されています。家計自身も環境保護に責任を負ってもらいたいという意図の表れでしょう。

1972年OECDは環境費用の負担については「汚染者負担の原則」(PPP: Polluter-Pays Principle)を打ち出しています。生産工程で出た有害ガスを排出する工場については、環境を汚した費用を汚染を排出した工場が持つべきだという考えです。

汚染者負担の原則から考えると、自動車利用による大気汚染の費用は誰がもつべきでしょうか。自動車メーカーか、ガソリン精製工場か、はたまた消費者でしょうか。

自動車メーカーやガソリンメーカーが環境保護の費用を消費者に負担させるのも問題ですし、すべて自動車メーカーやガソリンメーカーが負担するのも問題です。

社会システムとして3者による費用負担の分担が理想ですが、「どれだけ」負担するのかは、環境保護にどれだけ費用がかかるか、費用を明確にする必要があります。また「どれだけ」の汚染に関する費用を、3者がそれぞれ負うべきか、決定するのは難しいです。

経済学の教科書としては、環境汚染費用の内部化を説くわけですが、実際にその汚染に関する社会費用を計算することは技術的に難しいのが現状です。

<参考>
「北京の大気汚染、自動車の排気ガスが最大の汚染源に―中国科学院調査」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130206-00000004-xinhua-cn、2013年2月28日アクセス)
「【オピニオン】中国の大気汚染減らすには本物の透明性と罰則強化が不可欠」『ウォール・ストリート・ジャーナル』
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324406204578288792798576094.html?mod=WSJJP_hpp_RIGHTTopStoriesFirst
「中国大気汚染の絶望的な排出源構成と規制遅れ」『Blog vs. Media 時評』
http://blog.dandoweb.com/?eid=157231
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2013年02月26日

「大武漢」は可能か?

重慶に続いて武漢ネタです。

武漢は,漢江と長江が合流するところで,武昌,漢陽,漢口が合併して出来ています。

      漢口
漢江−−−−−−−−−
    漢陽 | 武昌
      長江

湖北省は昔の楚の国にあたるところでした。三国志好きな人はご存知の通り,武漢は新参都市で,むしろ漢水(漢江)沿いの荊州,襄樊(襄陽)の方が有名です。秦漢の時代に武漢を含む地域が江夏郡として設置され,南朝あたりから夏口(今の武昌)が江夏郡の中心都市となり,戦争時の重要拠点,交通の要衝として栄えるようになりました。武昌と漢陽に城がありました。

武漢が有名になるのは,アヘン戦争あとの1861年漢口開放です。漢口が列強諸国の租界地となるとともに西洋から技術を導入し近代工業化が開始されます。そして国民党政府の一時期の首都となるとともに,実は1949年に新中国が成立した時には最初の直轄市になった経験もあります。

今では,この武昌,漢陽,漢口が武漢を形成しています。漢口は商業・金融の街,漢陽は工業の街,武昌は政治・文化・教育の街というようにそれぞれの特徴を残しています。

現在,武漢は武漢城市圏として新たな都市建設を行なっています。これは武漢を中心に,周辺8市を巻き込んで「大武漢」として都市競争力をつけようとするものです。

ちなみに都市を拡大することによって都市の存在や,国際的な都市競争力を高めるという考え方は一般的です。大阪でも歴史的には周辺市を取り込む形で「大」大阪が議論されてきましたし,現状では橋下知事の都構想がその現代版といえそうです(砂原2012)。ちなみに大阪は市の外に千里ニュータウンなど郊外ベッドタウンができる形で発展しました。ただし大阪市と吹田市というように行政をまたぐことによって,行政サービスに差異が存在し,市をまたいだ都市計画が立てにくくなるというデメリットがあります。

武漢城市圏の目的も,異なった市同士で,市場参入,人材流動,子女入学などの制度を共通化することにあります。そして都市圏として交通インフラを整えることにより移動コストを下げ,都市中心部へのアクセスを容易にすること(城際鉄道などの建設)が目的となっています。アクセスが容易になると通勤圏が拡大し,就業機会や投資機会の拡大がもたらされます。都市の拡大は「規模の経済」が期待され,雇用と消費を生み出すことができます。

武漢城市圏は武漢を中心に100km圏内となります。交通網の発展によって1時間交通圏も不可能ではありません。もし可能となれば湖北省の土地面積3割を占め,人口は5割,GDPは6割程度になります。内陸部に北京,上海などと同じくらいの人口規模の都市ができることとなります。

しかし,「大武漢」には課題が多いようです。

都市インフラを整えるとともに行政地域間の縦割りをなくさなければなりません。例えば交通インフラですと,武漢では現在まだ2本しか地下鉄がありませんし,長江の橋とトンネルが出来てきているとはいえ,漢口ー武昌間の混雑解消はまだまだです。現在,武漢と周辺都市への高速道路網,市間(城際)鉄道専用線を建設中です。

あとは各市ともに自分のノルマ達成に汲々としてしまうために,現実の連携が難しいということです。各市の成長率,誘致企業の数,就業者数などの目標は個別に存在するために各市の行政幹部にとっては自分の目標達成の方が重要となります。そうなると大武漢を目指すために連携するというよりは自分の市の都市化,都市インフラ建設などの方が重要となってしまいます。

中部の経済発展を目指す「中部崛起」では,武漢城市圏をはじめ,湖南省の長沙(長株潭城市群),江西省の南昌(環鄱陽湖城市群)とともに「中三角」(中部デルタ)構想まであります。ともに各省の中心都市同士があたかもひとつの経済圏になって,長江デルタ,珠江デルタ,環渤海地域に対抗した中国経済の第4極になろうとするものです。

この構想が実態を持つものになるかどうかはわかりません。むしろそこまで規模の大きな話ではなく,現実として武漢は中部地域でもっとも規模の大きい都市です。武昌,漢陽,漢口が今の武漢となったように,武漢城市圏が「大武漢」となって,上海,広州,北京,天津に匹敵するものになるかどうかが,都市発展の今後のカギになりそうです。


<参考文献>
砂原庸介(2012)『大阪―大都市は国家を超えるか (中公新書)』中公新書
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2013年02月21日

「重慶」という都市の魅力

現在,重慶に来ています。(これがアップされる日は武漢に移動しています。)

Twitterなどでお世話になっている@Chinanews21さんから,「洪涯洞」はオススメですよという連絡をいただいたので,夕方行ってみました。

1302Chongqing1.JPG

このサイトにもあるのですが,まさに「千と千尋の神隠し」に出てくる雰囲気の建物でした。崖から流れ出る水の湯気(温泉?)と崖にそって上へ上へと建てられたような建物の雰囲気が独特でした。(天候の悪さと写真撮影のウデはご勘弁をw)

1302Chongqing2.JPG

この写真は上から見たものです。開発の進む高層ビルの中にこのような伝統的建物の保存をはかっています。


さて,今回のエントリは,重慶という都市について考えてみたいと思います。

重慶は不思議な町です。こんな山奥でしかも二つの大河(長江と嘉陵江)が交わる場所,しかも平地ではなく山を切り開いて作られた街です。夜,河の反対側から見れば,香港島の風景によく似ています(たしか「内陸?の香港」と呼ばれた気がします)。それぐらい平地のない山を切り開きながら高層ビルが立ち並ぶように密集して街ができています。

間違いなく大都市です。二つの大河につきだした半島のようなところ(渝中区)に120万人(移動含む)がひしめいています。香港島の人口が130万人であることを考えると相当な密集地です。

なぜ,このような大都市が,内陸にある大河の上流に,そして山を切り開いてできたのでしょうか?

歴史的には,長江の上流,重慶を含む三峡地区は,人類の発症の地とされています。北京などの北方も北京原人で知られるように古い人類(類人猿)がいたところとされていますので,中国の中でも歴史の長いところになります。

漢水から南は「巴」と呼ばれ,楚の国が広がるにつれて,西南に押し出されるように人々が移動し,三峡地区に中原文化と地元の文化が混ざるようになりました。西周や秦の時代になると,巴は郡制の中に取り込まれ(巴郡),江州県(重慶のこと)が置かれます。三峡には長江沿いに様々な街(県)があったようですが,江州は長く郡都として栄えたようです。

明清の時代には,大きな範囲で城壁によって囲まれました。また対岸にも城壁の街が作られていきます。人も多く流入したために,内陸部ではもっとも活気のある都市として成長していたようです。

重慶が有名になるのは,国民党政府によって一時期首都とされたことです。このおかげで,戦火を逃れるために沿海部から多くの大学や企業が移って来ました。

新中国成立以降,重慶は四川省の一部として,しかしながら計画単列都市として西南地域で存在感は残していました。1990年代に三峡工程が実施されるとともに,重慶がその三峡移民を受け入れる意味も含めて,上流の多くの貧困県とともに,1997年第4番目の直轄市となりました。2010年には国家級の兩江新区(経済特区よりも優遇が与えられる)が,上海浦東,天津濱海についで3番目に設置されました。

このように重慶は内陸地域でも大都市として中国の中で異彩を放っているように思います。

実際,今回2度めの訪問でいろいろ感じることがありました。重慶が重慶として特色あるのは,水と山,そして人工の街(城)という「自然」の景観に「都市」がマッチしていることにあります。

また,もう一つの魅力は「古い」中国的活気です。

体の不自由な人の物乞いをはじめ,自分の子どもに簡単な芸をさせて恵みを待つ親子,労働者として周辺から流れこんできた農民工,一方で発展した地区では小奇麗なスーツを来た男女が談笑する,というまさに「多様な」人々がいます。

高層ビルの1階軒先はほとんどが店になっています。自動車部品,家具,文房具,衣類など個人経営の店が道路沿いに並んでいます。しかも1つの道路にはほとんど業種が同じになっています。

そして,最後の要因は,これらの人々や小企業が小さな場所に密集しています。つまり,多様性,過当競争,密集という,香港が70年代に経験した都市の発展を今重慶が経験しているように見えます。

今の重慶から,河を挟んだ北側の広い地域(江北)が新区として開発されてきています。中国では,どの新区も経済開発区も新市街地として旧市街地とわかれているのは普通ですが,重慶の旧市街地,そして開発が進む江北地域が,どのように「重慶」として融合していくのか,香港と九龍(&新界)を見るようで,今後が楽しみです。


*歴史部分は博物館での資料のうろ覚えですので,ガチでつかったりはしないでください。ウラとり希望(笑)
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2013年02月09日

渋滞と外部経済<岡本式中国経済論49>

1.増加する自動車,追いつかない道路建設

中国自動車市場は急速に拡大してきています。2009年の新車販売台数は1364万台となり、アメリカを超えて世界一となりました。2008年の「汽車下郷」政策(農村で小型車購入に対し10%の補助)が2010年まで続き、中国自動車市場は2009年に46%成長、2010年に32%成長を達成しました。ただし、2011年には政策も終了し、北京、上海などの大都市における新車登録制限により、成長は2.5%に鈍化しました。それでも2012年の新車販売数は1900万台に達したそうですので,中国での自動車の増加は急速です。

急速に自家用車や商業車が増加すると、道路に対する需要が増加します。一方で道路の供給は都市化の進展とともに建設されていきますが、なかなか間に合いません。

図は道路の需要(自動車保有台数)と供給(道路総延長)を図に示したものです。自動車保有台数の伸びが指数的に上昇していますが,道路建設は線形的な伸びにとどまっています。

道路の供給が間に合わず,自動車を保有する人が道路を需要する(使う)と都市部では確実に渋滞するということになります。

jam.png

(統計では,2004年から2005年に急激に道路の数字が増加しています。急に建設量が増加したとも考えにくいので統計定義の変更によるものと推測しています。)


2.中国の渋滞対策

北京では、2012年4月から渋滞解消のためにナンバー別の走行規制を行なっています。これは、五環路より内側の北京市中心部において、平日朝7時から夜8時までの日中に走行できる車両をナンバーによって制限するというものです。5ケタの自動車ナンバーのうち末尾の数字を参考に、走行できる曜日を指定します。

例えば、4月9日から7月7日(2012年)は以下のようになっていました。

走行規制を受ける曜日と、ナンバープレート末尾の数字の対応
 月曜日 3と8
 火曜日 4と9
 水曜日 5と0
 木曜日 1と6
 金曜日 2と7
 (仮ナンバーを含む。末尾がアルファベットのプレートについては0と同等に扱う)

ナンバー末尾が3の車を持つ人は、月曜日の午前7時から夜8時までの日中は走行できないということになります。

この規制を有効的なものにするために、北京市は主要幹線道路、環状線に防犯カメラを設置するとともに、交通管理部門の車両による目視によって徹底的なチェックを行いました。また都市部の主要道路、環状線の出入り口にも人員を配置するなど、規定違反の車両を厳しく取り締まりました。

その成果もあって、ナンバープレートと曜日の対応が変更されると混乱は出るようですが、北京ではナンバー別走行規制が定着してきています。

実際、私も北京に行き、友人が迎えに来るときに「今日は車運転できない日なんだ」という話を聞きます。

また中国では上海、北京、貴陽、広州の4都市が新車購入制限を行なっています(2013年1月現在)。

『朝日新聞』の報道を基本に新車購入制限の内容を簡単にまとめてみたいと思います。

<上海:競売制>

上海は1994年に乗用車の新規投入枠に競売制度を導入します。マイカーのナンバープレートに,価格下限を設けて非公開の競売制を開始しました。落札した人は車両管理所でナンバープレートを落札価格で購入し,そして新車が持てることになります。

競売制を導入することにより,上海の新車供給量は毎月1万台未満に抑えることが可能となりました。しかしナンバープレートの落札価格は上昇し,2012年には6万4000元(約80万円)ほどになるまで上昇しました。また上海市以外の周辺省で新車を登録する現象も発生しています。

<北京:抽選>

北京では2010年に「北京市乗用車数量コントロール暫定規定」を発表し,小型乗用車に対する数量規制と割当管理制度を導入しました。政府機関には数量枠を与え,枠を使い切ると公用車の新規購入枠が与えられません。また2011年と2012年の小型乗用車の供給枠は各24万台に定められました。

個人が小型乗用車を購入する場合は、北京市小客車コントロールシステムにアクセスして申請し、公安、社会保障、交通などの数部門の審査を経て、抽選に参加することができます。当選して初めて、市内で自動車を新規に購入できる資格を持つことができます。

これにより北京は新車の保有台数を抑えることに成功しました。

<貴陽:走行規制>

2011年に貴陽はナンバープレートに関する暫定ルールを発表しました。貴陽に新たに投入される乗用車には特殊なナンバープレートと一般のナンバープレートの二種類が用意されます。特殊なナンバープレートの場合登録制限があり,貴陽市交通警察部門へ申請し,抽選方式で無償分配されます。この特殊ナンバープレートがもらえた場合,どこでも走行可能です。一般のナンバープレートは登録制限はありませんが,貴陽市の第一環状線とそれ以内の道路の走行が禁止されます。

<広州:割当管理>

2012年に広州は「広州市の中小乗用車総量コントロール管理試行通告」を発表しました。2012年7月からの1年間の試行期間内に広州の中小乗用車の新規供給枠は12万台に設定されます。最初の1ヶ月間は中小乗用車の登録及び移転登録を見合わせ,その後月別に新規供給枠を均一に分配します。2011年の広州の新車ナンバープレート発給件数は33万台,うち中小乗用車は24万台を占めました。つまり総量が半分に規制されることとなります。


3.外部効果(外部経済と外部不経済)

市場メカニズムは自発的な取引によって、需要と供給が効率良くバランスし、多くの人が満足するという結果(パレート最適)になります。しかし、多くの人が自発的に自動車を購入した結果、渋滞が発生して、自動車の良さ(快適な走行)を生かせないという結果に陥っています。

市場を通じないで、人の経済活動が他者の経済活動に影響を与えることを外部効果といいます。市場取引を通じないで他者に便益を与えることを外部経済、他者に費用負担を求めることを外部不経済といいます。

公共財も外部効果を生んでいます。非排除性(他者に便益)と非競合性(他者の費用負担ゼロ)という性質をもつがゆえに、誰も供給したがらないという結果になります。

渋滞は外部不経済の典型です。各個人は自分の利得を最大化するために行動しています。仕事に出勤する、あるいは買い物にいく、友人に会う、などの目的で、もっとも適切なルートで効率よく移動しようと考えています。皆が同じように考えているために、道路供給を超えるほどの道路需要になってしまい、道路に車が大量にあふれ、渋滞という結果になります。

道路の使用(需要)、道路の建設(供給)は市場取引がなされていません。市場取引がない中で、渋滞という外部不経済を生んでいます。むしろ渋滞によって会議に遅刻する人が続出する、部品や製品の配達が時間通りに配達されない、などの状況が発生すると、一国の経済活動にも悪影響を及ぼします。

外部不経済は誰が解決しないといけないのでしょうか。これも公共財と同じく政府による解決が期待されます。実際,上でも見たように、中国の渋滞は各市の政府によってさまざまな方法で解決が模索されています。


4.外部不経済の内部化

各地域ともに,政府が道路の供給量に合わせる形で新車の登録や道路走行の規制を行っています。

その方法は上海をのぞいて,政府による規制と抽選という形をとっています。新車登録台数に枠を決めて,それを利用者に配分しています。総量規制は,強制的に自動車台数をコントロールできるという点で,即効性が期待されます。

しかし総量枠を抽選で家計に分配するというやり方は,市場メカニズムとは違うやりかたです。この問題点は,自動車を購入する人が本当に自動車を運転するかどうかわからない人にも抽選で当たってしまうという可能性があります。自動車の必要性が少ない人にナンバープレートが割り当てられて,自動車の利用が喫緊の課題(例えば小さな企業を立ち上げて各家庭にサービスを供給したいと考える個人経営者など)という家計には,ナンバープレートが当たらないということが発生します。

市場メカニズムを利用して,ナンバープレートの売買を行う上海市のケースは,自動車を本当に必要としない人にナンバープレートが行き渡ってしまうという問題を解決します。市場メカニズムが働き,高くても自動車が必要だという人にナンバープレートが渡されます。自動車の総量枠を決めながらも必要な人でかつ購入できる人のみにナンバープレートが分配されます。

この結果は,本当に必要な人が自動車を購入し,道路を使用することになります。市場メカニズムによって道路需要と道路供給がバランスすることが期待されます。

市場メカニズムを利用して渋滞という外部不経済を解決することを,外部不経済の内部化といいます。

とはいえ,上の事例でも述べたように上海以外で登録して上海市内で運転するということにもなりますので
,この辺はナンバープレート入札制のシステムを改善する余地があります。

現状は各市で道路需要と道路供給をバランスさせるさまざまな取り組みがなされています。渋滞という外部不経済を政府による直接規制ではなく市場メカニズムを通じた解決が可能かどうか,社会主義市場経済の深化が問われるところです。


<参考文献リスト>
「北京 自動車ナンバー別の走行規制を継続へ」『人民網(日本語版)』(http://j.people.com.cn/94475/7779534.html、2012年12月25日)
「中国4都市の自動車購入制限策を比較」『朝日新聞』(http://www.asahi.com/business/news/xinhuajapan/AUT201207040144.html、2012年12月25日)
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2013年01月19日

公共サービスを提供する草の根NGO<岡本式中国経済論48>

中国の負の側面といえば、環境問題と格差問題がもっともフォーカスされます。大気や水の汚染、砂漠化といった問題は市場メカニズム(簡単にいうと自発的な取引)では解決できないような感じがします。都市に出稼ぎに出てきている農民工が差別されたり、都市住民と競合しない職(いわゆる3k)にしかつけないために、普通の都市住民よりも低い賃金に甘んじてしまう問題なども、市場メカニズムでは解決できないような気がします。

となると、環境や格差の問題には、どうしても「政府」が出てこないと民間では解決できないのではないかと気がします。

でも本当にそうでしょうか。公共財や公共サービスは民間が自発的に提供できないのかどうか考えてみたいと思います。

1.中国の草の根NGO

中国でもNPO(民間非営利団体)やNGO(非政府組織)の活動が活発になってきています。1993年に北京市がオリンピック開催地候補として立候補した時に,国際オリンピック委員会から「中国にはNGOはあるのか」と聞かれ,担当者が困ったという話があります(徐・李2008.p.3)。それほど中国では馴染みのないものがNGOだったわけですが,それでも環境分野からNGOが設立されていきます。

(NGOとNPOの違いは下澤嶽さん(静岡文化芸術大学教授、元国際協力NGOセンター理事)のブログを参照のこと。)

中国では上から(政府から)団体が作られるのが一般的でした。そのような非政府組織を官弁NGOと言われます。それに対して,日本のように有志が自発的に団体を作り,公共に関するサービス提供を行う組織が生まれてきました。これを官弁NGOと対比して草の根NGOと言います。

もっとも最初の草の根NGOは1994年3月31日に国家民生部に登録された「自然の友」と言われています。その後1996年前後に「北京地球村」「緑家園」などの環境NGO団体が生まれてきました。2001年11月に北京で開催された「中国・米国環境NGOパートナーシップ・フォーラム」では,中国の環境NGOは2000団体以上に達し,数百万人の参加を得ているという報告があったといいます(徐・李2008,p.4)。

その後,草の根NGOは環境分野ではなく出稼ぎ者への支援の分野で広がりを見せます。1998年8月に,出稼ぎ者の多い広州市番禺で「番禺出稼ぎ者サービスクラブ」が設立されます。このNGOは農村から来た出稼ぎ者に法律相談のサービスを提供し,文学や職業安全,健康などをテーマにしたセミナーを開催,また権利擁護のホットラインを開設するなどの活動を提供しました(徐・李2008,p.4)。

さて,以上の背景をもつ草の根NGOについて,ここでは環境分野から「地球村」,出稼ぎ者の支援について「工友之家」を見てみてみましょう。

(1)地球村(主に王,李,岡室2002,pp.92-93を参照)

「地球村」の全称は「北京地球村環境文化中心(Global Village of Beijing)」といい,1996年に設立されました。創始者はアメリカ留学から帰国した廖暁義(女性)です。中国社会科学院の研究員という公職を辞し,友人と一緒に地球村を創始し,数少ない草の根環境NGOの1つとして世界から注目されました。2000年6月にノルウェーでその年の世界環境保護の最高賞であるSophie Prizeを受賞しています。

地球村の活動主旨は「市民の意識を高め,市民参加を促進することを通じて,政府が持続可能な開発戦略および政策を推進・実施することの手助けをすること」となっています。具体的には,地球村は環境保護に関する宣伝教育分野を中心に活動しています。

とくに地球村が力を入れているところは,以下の三点です。

第1,コミュニティにおける市民参加システムを促進し,法律の実施状況に対する市民の監督,アドボカシー活動(政策提言や権利擁護),生活様式の改善活動に積極的に参加してもらうこと。
第2,ゴミの分別収集,公共交通,環境にやさしい建築,生物種の保護などの活動を通して,持続可能な消費生活とライフスタイルを呼びかけること。
第3,新たな環境NPOの育成に貢献すること。

地球村は,中央電視台で独立して環境保護に関連するテレビ番組の編集,情報の提供を行なっていました。また,環境保護研修センターの設立と運営,環境ボランティア活動,国際交流,環境へのマス・メディアの関心を促進したりしています。地球村は,少人数の専従スタッフ以外に,全国各地に約4000名余りの環境保護ボランティアの協力を得て,活動を展開しています。


(2)工友之家(主に古賀2010,p.213を参照)

「工友之家」の全称は「北京工友之家文化発展センター」です。創始者は農民工の孫恒で,都市社会で孤独な農民工のための家を作ろうという思いから始まり,2002年11月に正式に登録されました。

最初は,農民工の仲間と打工青年芸術団を結成し,農民工の思いを代弁する歌を歌うライブ活動でした。芸術団のCD売上を基にして,民工子弟学校やリサイクルショップなどを行うようになりました。現在,北京で,打工者(出稼ぎ者)文化教育協会,同心実験学校,同心互恵焦点,打工文化芸術博物館などを運営しています。

北京市からは,「十大ボランティア団体」に指定されるとともに,打工青年芸術団は2005年に党中央宣伝部・中央政府文化部から先進的民間文芸団体として表彰されています。


2.公共財とは

以上のように,中国でも,民間が政府に変わる形で公共サービスが提供されるようになってきています。これを経済学から考えてみたいと思います。

まず,公共財を定義してみます。公共財は以下の非排除性と非競合性の二つの性格をもつものと定義されます。

非排除性とは,自分が利用しても他の誰かの利用を妨げる(排除する)ことはできないことを意味します。別の言い方をすると,他人が利用しようとした時にお金を払わなくても便益はもらえる,ものです。

非競合性とは,自分が利用しても他の誰かの利用量が減ることはないことを意味します。別の言い方をすると,他人が利用しようとしたときに余分なお金,費用がかかりません。

身近な公共財の例は,花火です。花火という娯楽サービスは,他人が見るのを排除することができません。京葉線に乗っていてディズニーランドの花火を楽しむこともできます。お金を払って入場したディズニーランドのお客だけがディズニーランドの花火を独占することは不可能です。これが非排除性です。

またディズニーランドのお客がディズニーランドで花火を楽しんだからといって,周辺住民及び京葉線の乗客の利用量が減ることもありませんし,彼らはコストなしで花火を楽しむことも可能です。これが非競合性です。

花火のような公共財は,個人が自ら費用を払ってまで人を楽しませる花火大会を開催するインセンティブはなくなります。となると民間にまかせると花火という公共財は過少供給になります。したがって,夏になると政府(地方自治体)が花火という公共財を提供することになります(墨田の花火祭りが典型例)。

非排除性と非競合性がなりたつ純粋な公共財は,治安や国防などの安全サービスです。二つの性質が同時に成立しなくても,一般に準公共財としてみとめられるものがあります。

例えば,道路,港湾,公園などの社会インフラ,教育,医療,福祉といった社会サービスです。これらは利用料や会費を設けることによって,他人の利用を排除することが可能です。これらはクラブ財とも呼ばれます。ただし,社会サービスは,過少供給になりやすいので国家目的で国家がやるべきだとされます。これはメリット財とも呼ばれます。

次に,資源,環境があります。地球上の資源はみんなのものですので,誰かの利用を妨げることはできません。非排除性は成り立っています。しかし,水や大気を汚染することによって,他者の利用量が減ることにはなります。環境が汚染されるときれいな水,きれいな大気を得るのにコストがかかってきます。1月13日-15日頃に北京で大気汚染が話題になりましたが,その時に空気清浄機やマスクが大量に売れたようです。きれいな空気を吸うためにもコストがかかりました。


3.公共財は誰が提供すべきか

公共財の問題は,誰もなにもしなくてもいいことがあるという性質から,誰もすすんでそれを供給しようとしないことです。

童話に「ねこに鈴」という話があります。猫に安全を脅かされるねずみたちが相談して,ねこに鈴をつけよう,そうすれば猫が来たときに先に逃げられる,というアイデアを思いつきます。ところが,じゃあ誰が猫に鈴をつけにいく?となると,誰も手をあげなかった,ということになりました。

この結果,ねずみ社会の安全という公共財は供給されないことになります。

公共財は,供給のために人々の参加や協力を強制する手段がないというのが大きな問題です。そのため,公共財は政府が供給すべきという結論になるのが一般的となります。

中国でも政府が人民解放軍や公安によって国防,治安などの公共財を供給しています。資源,環境というコモンプール財(準公共財),農民工への教育や社会保障なども国が関与して解決しようとしています。

一方で,上でもみたように,市民自らが公共財の担い手となってきています。市民がボランタリー(自発的)に環境問題に関心をもち,汚染をふせぐための活動が行われてきています。農民工の職能訓練,子女教育をするための民工学校は,農民工自らがあるいは都市の人々の手によって行われるようになってきました。

李(2012)は,このような「市民社会」の活動を論じています。中国では団体活動は登記(登録)しないと活動が許可されにくいという問題がありました。しかし,市民の自発的な活動に対して,政府も理解をするようになってきています。

日本でも話題になる「新しい公共」の出現です。公(政府)でも私(個人)でもない集団が公共の問題を解決していこうとしています。中国の草の根NGOが公共財の供給に携わるようになり,政府活動の一端を担う反面,政府と草の根NGOの軋轢も今後生じてくるかもしれません。

中国のNGO,今後も注目する必要がありそうです。

<参考文献リスト>
王名、李妍焱、岡室美恵子(2002)『中国のNPO-いま、社会改革の扉が開く』第一書林
古賀章一(2010)『中国都市社会と草の根NGO』御茶の水書房
李妍焱編著(2008)『台頭する中国の草の根NGO-市民社会への道を探る』恒星社厚生閣
李妍焱(2012)『中国の市民社会 : 動き出す草の根NGO』岩波新書
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2012年12月22日

「市場」の有効性―葉海燕の活動を事例に<岡本式中国経済論47>

まえおき
本エントリーは性ついて語ります。性を語ることについて不愉快だと思われる方はご遠慮いただけますようお願いします。

1. はじめに

「市場(しじょう)」という概念はわかっているようでわかりにくいものです。例えば、築地市場というのが東京にあります。この市場では、まぐろなどの海鮮物がセリで競い落とされるところです。豊漁の時はセリ価格が安くなり、不漁の時には価格が高くなります。具体的に取引されるものの価格が決定するところ、これを市場(いちば)といいます。

市場(しじょう)もこの概念に近いです。しかし市場(いちば)と違って,一般に目に見えないものです。経済活動は日本全国、あるいは世界各地で行われており,さまざまなモノやサービスが取引されています。簡単に定義すると,お金とモノやサービスが交換されるところ、これが市場(しじょう)になります。市場(しじょう)は市場(いちば)と違って具体的な場所を想定していないといえます。

この市場は、人類が開発したもっとも合理的なものと考えられています。買いたい人が多くいれば価格が高くなり、本当に買いたい人だけが手に入れることになります。買いたい人が少なければ、価格が下がり、多くの人が買うことができ,モノの余りがでません。価格によってモノの取引量が増えたり減ったりし、欲しい人のところに欲しいものがいきわたる素晴らしいシステムなのです。

と,こう説明してもやはり多くの人は市場が本当に素晴らしいのかピンと来ないと思います。そこで今日は,一般に市場での取引が禁止されている例で市場が便利であることを示してみたいと思います。


2. 葉海燕の性取引合法化の主張

当然のことながら,中国では性に関する取引は禁止されています(日本でも売春防止法がある)。女性が性を売る,男性が性を買うということは公序良俗に反するととらえられています。あるいは中国では資本主義の悪しき弊害として禁止されています。ところが実際には,飲食店,カラオケ,ホテルや美容院などで性の取引が行われているのは周知の事実ですし,「掃黄」(中国では黄色は日本でいうピンクという感覚)という名前で警察による売春婦(以下セックスワーカー)の摘発が行われています。現実問題として,中国でも性取引は行われています。

性取引の合法化を主張する人たちがいます。有名なのは葉海燕さんです。2012年には自らが無料で性を販売し,その様子を微博(ウェイボー,中国版ツイッター)で報告するという過激な行動がネットで話題になりました。
 
葉海燕さんは、女性の権利擁護のNGO(中国民間女権工作室)を立ち上げた、人権活動家です(一方でブログなどの書き込みでも有名で,フリーライターとしても活躍している)。活動を始めた2006年当初は,性を売らざるを得なくなった女性のエイズ予防に関する活動が中心でした。2008年に政府とともにエイズプロジェクトを実施,武漢市のセックスワーカーに対して健康相談や健康診断を実施しました。

2009年には女性健康活動中心を立ち上げ,女性のセックスワーカーたちにエイズ検査などを実施しました。2009年8月3日,第1回セックスワーカーデーの行事を行うなど,セックスワーカーたちの人権を守ろうと積極的な活動を展開しています。

2010年に上海万博が開かれるとともに,全国的に警察の取り締まりが強化され,セックスワーカーへの逮捕が続きます。中には18歳未満の女性が逮捕されるとともに,彼女たちの生活レベルでは支払えないほどの罰金が課されます。腐敗している警察では基準以上の罰金を要求することもありました。彼女たちは,自分の貧困から抜け出すために仕方なくセックスワークに従事してしまったこと,コンドームの使用が売春の証拠として使われるためにセックスワーカーの人たちが病気に対して無防備なセックスを強要されていること,そしてセックスワークの取締対象が女性だけというのは不平等であるということなどから,葉海燕さんはセックスワークの合法化を訴えるようになります。

彼女はこう訴えます(以下はネット「葉海燕らによるセックスワーク合法化の街頭宣伝と葉の拘束、第2回セックスワーカーデー中止をめぐって」からの引用)。

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セックスワークは一つの労働である。
私たちはセックスワークの合法化を要求する。売春も買春も無罪である

[訴えの背景]

 1.セックスワークは古い職業であり、数千年の歴史を有する。中国の数千年の歴史において、セックスワークはずっと合法であった。現在も、他の一部の国家では合法である。
 2.法律は性取引をなくすことはできず、セックスワーカーは世界のどの国にも存在する。これは、回避することができない現実である。

[訴えの原因]

 1.非合法な状態は、警察の腐敗を引き起こす
 2.非合法な状態は、性病・エイズの伝染を引き起こす。
 3.非合法な状態は、売春の強制、女性の人身売買、未成年の売春の強制などの重大な社会的事件を引き起こし、民間の女性の権益が法律的保障を得ることができない。

[私たちの要求]

 1.セックスワークを合法的な職業にし、労働法の保護を受けさせる。定期的に国家に納税し、財務監督に組み込んで、腐敗を避ける。
 2.セックスワーカーに良好な健康診断の制度を設け、エイズ・性病を普通の人々に伝染させる可能性を減らす。
 3.経営者は従業員の実名管理をして、未成年者の売春を根絶し、セックスワーカーの人身の自由と安全を保障する。
============================

お金がからむ性取引は非合法なために市場として発展しません。それでは合法化されて,性が市場で自由に売買できるものになった場合,どうなるのでしょうか。


3. 市場の役割

市場は,供給と需要が出会う場所です。そして供給が多いと価格が下落し,供給を減らすきっかけとなります。反対に需要が多いと価格が上昇し,需要を減らします。価格がシグナルとなって,売りたい人と買いたい人の取引量を調節します。

性取引が非合法の場合,性を取引する市場がないということです。反対に性取引を合法化した場合は性取引が市場を通じて取引できることを意味しています。市場が存在するケースと市場が存在しないケースの2つを比べてみましょう。

一種の思考実験ですが,性取引が合法化されたとします。供給される性が多くなると取引価格(セックスワーカーにとっては賃金)が下落するために,セックスワークに従事する人が減少します。供給される性が少ないと価格が上昇するために,性を需要する人が減少します。

また品質に問題がある(病気がある)性を供給する主体があるとします。何回かの取引によって,需要側は品質について問題であることがわかると取引を避けようとします。そのため,そのような供給業者は市場から退出することとなります。反対に儲けたい供給業者は品質管理(健康診断やコンドームの使用など)を積極的に行うことが期待されます。

需要側の品質管理(クレーマーや暴力などのような問題のある人)にも合法化は対応可能です。合法的市場で取引されていると,需要者による暴力などは法律によって明らかにされるために市場ルール(所有権移転)に従った取引を強要されることが期待されます。またひどい需要者は次回からの取引参加を断られ,市場から退出せざるを得なくなります。複数回の取引に参加したい場合,むちゃなことができません。

アメリカでは,合法化(市場がある)と非合法化(市場がない)のケースを比べて,性取引の安全性を検証しています(ミラーなど2010,63-64)。

アメリカでは性の取引が合法化されている地域,ネバダ州とネバダ州以外の非合法化の地域が存在します。ネバダ州では,セックスワーカーは郡政府への登録が求められ,普段は施設の整った宿の屋内で,大部分が常連客との取引がなされます。セックスワーカーのいるホテルでは普通に広告が出されるとともに,保健所の係官が性病は毎週,エイズは毎月検査します。

セックスワークが非合法化されている地域では,街の片隅で客引きをし,警察に探知されないように,取引の場所をさまざまに変えていきます。常連客は存在せず一回限りの接触が大部分となります。

この結果,ネバダ州での性病やエイズの確率は低いが,他地域では高いという結果を報告しています。

4. おわりに

ミラーなど(2010)は,麻薬やお酒の取引なども市場があるのとないのとを比較しています。例えば,禁酒法時代にはお酒の取引が禁止され,お酒の市場がなくなりました。その結果は,悪質な人を騙す取引が横行するとともに,体を害するような品質の悪いお酒が地下で出回ったといいます。また非合法化されているためにお酒取引に参加するのはマフィアなどの暴力を利用する人たちとなり,お酒をめぐっての暴力事件などが多発するようになったといいます。そのため合法化した方が健康的に飲酒が行われるようになったとしています。

もっと過激な意見では,ブロック(2011)は,売春,麻薬の売人などの存在について積極的に肯定しています。人が不道徳だと思われる行為であっても,市場では誰一人強制力を伴った悪行を働いているわけではなく,むしろ社会に利益をもたらしていると主張しています。人々が好きに行う取引を禁止するのは有害であるとまで言っています。

そこまで極端ではないにしても,非合法化して取引を地下経済に押しこむよりは,合法化して市場で多くの人の監視の目が光るようにしたほうが,取引は多少なりとも改善するように思います。この意味で,市場は取引を健常に行い,参加者の満足度が上昇する有効な手段であるように思います。


*なお,本エントリーは性取引を奨励しているわけではありません。また道徳的な問題は検討対象外になっています。あくまで性取引を市場の役割から考察したものであって,善悪を論じているわけではありません。

<参考文献リスト>
ウォルター・ブロック(橘玲)(2011)『不道徳な経済学──擁護できないものを擁護する (講談社プラスアルファ文庫)』講談社+α文庫
ロジャー・ミラー,ダニエル・ベンジャミン,ダグラス・ノース(赤羽隆夫)(2010)『経済学で現代社会を読む 改訂新版』日経新聞社
「流氓燕」『百度百科』
http://baike.baidu.com/view/264984.htm,2012年12月13日アクセス)
「葉海燕らによるセックスワーク合法化の街頭宣伝と葉の拘束、第2回セックスワーカーデー中止をめぐって」『中国女性・ジェンダーニュース+』
http://genchi.blog52.fc2.com/blog-entry-325.html,2012年12月13日アクセス)

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2012年12月08日

ファブレスとファクトリー化<岡本式中国経済論46>

多国籍企業のファブレス化と中国のファクトリー化

ちまたではiPhone5,iPad mini,新世代iPadの発売でにわかに活気づいています。アップル社は典型的なファブレス企業(工場を持たない企業)で,生産はすべて台湾のフォックスコンに委託しています。

イオンやイトーヨーカドーなど小売大手はプライベートブランド商品の開発・販売に力を入れています。小売業ですので,当然ファブレス企業です。世界の小売業シェアNo.1のウォルマートも多くの製品生産を中国の工場に委託しています。

今日はグローバル企業のファブレス化,中国の「世界の工場」化の状況を広東の工場を事例に,紹介したいと思います。

1.モジュール化 電子電気産業の変化

電子電気産業では静かな変化が起きていました。それは生産過程におけるモジュール化です。電子電気製品には基幹部品が存在します。例えば,テレビの液晶部分,エアコンのコンプレッサーなどです。それぞれの企業が新製品を開発するときに新たな基幹部品が開発され,独自の規格で作られます。

パソコン企業はその傾向が強い製品でした。IBMやNEC,そして富士通など初期のパソコンメーカーは電算処理部分(いわゆるCPU)を独自で制作し,パソコンを動かすOSも独自で開発するということが行われていました。各企業がそれぞれのアイデアで部品から製品までを作り,自社独自のパソコンを制作して競争していました。

流れが変わったのが,インテルとマイクロソフトの出現です。パソコンの基幹部品を高速にし,汎用可能で一つのセットしてモジュール化した部品が開発されました。OSでもマイクロソフトが汎用性のあるMS-DOS(のちにWindows)を開発します。各パソコンメーカーは生産費用を抑えるために,それらの部品やOSを購入する方向に流れました。

パソコンメーカーはCPUとOSを搭載するパソコンを生産するようになりました。これによりパソコンの差別化を図ることが難しくなり,パソコンはコモディティー化していきます。(鉛筆や消しゴムのように差別化の難しい商品のことをコモディティー化といいます。)

電子電気産業では,多くがパソコンメーカーと同じように,基幹部品が組み合わさった汎用可能な部品セットとしてモジュール化され,そのモジュール化したものを組み立てることで,技術のない企業でも生産が可能になりました。

2.生産現場の変化

基幹部品がモジュール化すると,モジュール部品を生産できる企業が競争力をもち,業界をリードします。一方,モジュール部品を使った電子電気製品を生産する企業はただの組立屋に変わっていきます。つまり生産現場は付加価値を生みにくいものとなります。

多くの企業が基幹部品生産に力をいれます。シャープの亀山工場は液晶パネルという基幹部品を生産しますが,その基幹部品をつかったテレビはあくまでシャープ製のテレビにしか使われないので汎用性がありません。この意味でシャープは基幹部品を生産していますが,モジュール化の流れにはのっていません。テレビが売れなくなると基幹部品も売れなくなるということになります。

電子電気製品のライフサイクルはどんどん短くなっています。一方,電子電気製品の機能はどんどん複雑になっており,生産現場である工場の建設投資はかさんできます。工場投資はリスクが伴うようになってきています。

3.多国籍業のファブレス化

Appleは典型的な「工場をもたない」企業です。CPUでさえも,外注します(これがサムソンとの特許侵害裁判につながりましたが)。

ナイキも早くから工場を持たないファブレス化企業です。設計や開発に力を注ぎ,生産はもっとも安いところに委託することになっていきます。

日本の繊維メーカーもほとんどファブレス化しました。衣服の大部分の有名ブランドは商社が扱っています。つまり新しい製品の開発と販売に集中します。衣服は商品サイクルが早いために,工場はできるところに委託する方が安くあがるからです。

また小売業も力を持って来ました。アメリカのウォルマート,日本のセブンアンドアイ,イオンは自社ブランドの製品を,メーカーの工場を利用して生産するようになってきています。


4.中国の広東で起きていること。

先進国の小売企業はグローバル化の中で激しい価格競争にさらされています。中国製品が世界市場に流れ込むようになってから,2000年前後は「デフレは中国が起こしている」と言われました。低価格を武器に中国製品は世界市場を席巻したために,同じ頃には日本でも「中国脅威論」が声高に叫ばれるようになりました。

その世界の工場・中国も労働環境の悪化による労働者のスト,模倣品に対する世界からの厳しい目,環境基準を無視した操業について,さまざまな批判の目が向けられています。

ミドラー(2012)を参考に,とあるアメリカ企業の中国工場への委託,そしてその問題を見てみましょう。

ジョンソン&カーター社はヘルス&ビューティケア製品を生産する会社です。取引先はドラッグストア,コンビニエンスストア,そして大手小売業者(ウォルマートなど)に品物を卸しています。

ジョンソン&カーター社は,ほとんど製造をやめてしまい,中国の工場に委託するようになりました。新たな製品を開発し,それを市場に投入するために新たな委託工場を探していました。そこで候補となったのが広東省スワトウ市にある帝王化成という企業です。

帝王化成は仕事を欲しがっていましたし,今まで国際企業や大口の注文を受けたことがありませんでした。帝王化成にサンプルを渡し,その生産が可能かどうか試します。出てきた製品はとりあえず合格水準をクリアしたということで生産委託を開始します。

ジョンソン&カーター社と帝王化成との契約関係の始まりです。

ミドラー(2012)によると,輸入業者(ここではジョンソン&カーター社)は大口顧客であるため価格についてディスカウントが可能になります。受託する工場側は,サンプルという新しい製品の情報についてアクセスが可能になります。中国で生産を委託しようとする国際企業が絶えないのは,労働コストの安さもさることながら,サンプルを渡したあとの製品生産力の高さ,そして契約のために熱心であるため,委託先を探すハードルは低いといいます。

毎年,春と秋に開かれる広州交易会は,輸入業者と委託先のマッチングの場所です。でもここでは,大口よりも小規模取引で短期的な取引であることが多いようです。交易会に出店する企業は信頼はおけますが,価格を高めに設定してきます。一般に大口の発注をかける企業は,直接工場を探し,サンプルを渡し,できた製品の質の高さで委託先工場を決定します。

ここまでは輸入業者の立場が強いです。生産委託の決定権をもっていますので,発注量と価格に大きな交渉力を持ちます。工場側は有名企業であればあるほど委託生産の実績を積みたいと考えています。

委託生産が開始されると,だんだん製造側の交渉力が強くなってきます。まず委託された新しい製品の情報を持っています。ジョンソン&カーター社の例でもシャンプーやボディソープなどの新商品を開発するたびに帝王化成にサンプルを渡します。そのサンプルと成分にしたがって商品を生産するわけですから,製造に関する情報をもっていることになります。実は,これが現在の中国の模倣品市場の下地になっています。

例えばシャンプーを50万本発注を受けたとして,委託元の名前で70万本生産したとします。これをアメリカ市場ではなく別の業者を通じて発展途上国に販売すれば,大きな利益を見込めます。

工場側は輸入業者の存在が邪魔になってきます。マージンは彼らが持っていくので,そのままウォルマートのような小売業者と取引したいと望むようになります。そのほうが工場のマージンを高く設定することが可能になるからです。

一般に,輸入業者と小売業者で価格が決定したあと,輸入業者は工場側に価格を提案します。ところが経験をつみ技術力をつけた工場は,輸入業者が他の工場に委託できないのを知っているので,何かあるたびに価格のアップを交渉します。

中国の工場は生産にあたって常にコストダウンを行います。

製品を入れるためのダンボール,ボトルにはるラベル,容器の中の量を少し減らす,原材料をちょっと安いものにする等々です。輸入業者側が工場に成分やつかうラベルなどを指定していたとしても少しずつ変えていきます。

輸入業者がクレームをつけて再生産を依頼すると工場は後の交渉に価格吊り上げの材料に使います。

また最近の検査や監査も同様です,アップルやウォルマートの取引のある中国工場は本社から検査や監査が入ります。労働者に過酷な環境を押し付けていないか,健康被害のもとになるアスベストが使われていないか等々です。

基準をクリアするよう強く追求すると,検査をクリアするためのカモフラージュなどにコストがかかるようになります。次回以降の取引の価格交渉の材料に使われます。

結局,ハーニー(2008)が指摘するように,中国価格(China Price)を成立させるためには労働者に過酷な労働環境を強要し,環境に気にかける余裕はないということになります。

また工場側は生産技術を身につけていきます。また今の顧客が欲しがっているものの情報にもアクセスが可能になります。自分のところで作れるようになっているわけですから,国内向けにラベルを変えた模倣品を作り販売するようになります。

中国の広東工場モデルとは,サンプルをもらって製造する技術を身につけるのが重要で,最初は低価格で引き受けるが,委託期間が長くなってくると,工場側は価格上昇圧力をかけ,ニセモノを横流しするというようになってきます。

5.ファブレス化と中国のファクトリー化

ファブレス化は,商品サイクルが短くなり,常に低価格競争にさらされている時には,効率的な生産スタイルです。しかし,ファクトリー側に情報が流れ,ファクトリーの生産技術が上がるのは確かです。

AppleがサムソンにiPhoneのCPUや液晶パネルを生産委託することにより,サムソンはGALAXYの生産ができるのかもしれません。

中国のファクトリー化で中国が生産技術を向上させてきているのは確かです。これが今後,自前での設計,開発ができるようになるのかどうか,これが中国産業の今後の発展を占うといっても過言ではないでしょう。


<参考文献リスト>
アレクサンドラ・ハーニー(漆嶋稔)(2008)『中国貧困絶望工場 「世界の工場」のカラクリ』日経BP社
ポール・ミドラー(サチコ・スミス)(2012)『だまされて。―涙のメイド・イン・チャイナ』東洋経済新報社
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2012年11月17日

日中関係の歴史を振り返る<岡本式中国経済論45>

遠藤(2008)を読んで,「日中関係」についてinspireされたので,中国経済論ではありませんが,今後の日中関係を考える上の基礎をまとめておきたいと思います。

1.歴史的な流れ

まず,歴史的に出来事を整理したいと思います。

第二次世界大戦で日本はドイツ,イタリアとともにいわゆるアメリカを中心とする連合国と戦争を行いました。中国は連合国側であり,日本は中国に軍を侵攻させ戦争を行いました。

ただし,その当時中国は中国共産党と国民党という2つの政党が存在しており,国民党を中心とする中華民国が国際的に承認された国でした。したがって,当時の中国=中華民国です。

1945年8月に第二次世界大戦が終結し,日本はポツダム宣言を受諾し,連合国側に降伏をしました。

1946年4月に極東国際軍事裁判が始まりました。連合国側(イギリス、イギリス領インド帝国、アメリカ、中華民国、フランス、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フィリピン、ソ連)が日本を裁くことになりました。(〜1948年11月まで)

この裁判でA級戦犯では7名が死刑に,B級およびC級戦犯では984名が死刑になりました。

1949年10月に中国国内の国共内戦が終結し,共産党による中華人民共和国が成立します。国民党の中華民国は台湾へ移動し,大陸奪還を目指します。この時,国際社会は中華人民共和国を中国を代表する国として認めませんでした。

1950年6月に朝鮮戦争が勃発します。北朝鮮が韓国に侵攻し,中華人民共和国もそれを後押しするとともに,日本は連合国,とくにアメリカの占領下にあったので,共産主義国に対立する陣営に組み込まれることとなりました。(〜1953年7月)

1951年9月にサンフランシスコ平和条約で日本と連合国は第二次世界大戦を集結させます。このとき連合国は日本の戦後賠償を放棄しました。同時に連合国側による日本占領も終了します。(沖縄は1972年までアメリカ占領下でしたが)

このサンフランシスコ条約では,朝鮮戦争に見られるように共産主義国と資本主義国の対立が始まりましたので,ソ連は参加したものの未調印でした。中華民国と中華人民共和国はこのサンフランシスコ条約に参加していません。

1952年8月,日本は台湾にある国民党の中華民国と日華平和条約を結びます。サンフランシスコ平和条約と同じように戦後賠償は放棄され,日本の侵略戦争に対する非難や謝罪等を強くは求めていませんでした。

台湾国民党の大陸奪還はほぼ不可能な状態となり,国際社会も中国を実質支配する共産党の中華人民共和国を中国の正当な政府として認めるようになってきます。

1971年10月に中華人民共和国が国連に加盟し,中華民国は国連を脱退します。(これが現在も続いている。)

1972年9月に日本は共産党の中華人民共和国と国交回復の動きが出て,日中共同声明で,日本は先の中国との戦争について反省を示し,中国は戦後賠償を破棄して,戦争終結を宣言します。(またこの声明で,日本は中華人民共和国政府を中国唯一の合法政府として承認し,台湾の中華民国と断交します。)

1978年に日中平和友好条約が結ばれて,日本の中国への援助が始まります。

2.何が問題か?

以上のように,終戦当時の支配政党である国民党の中華民国とも,その後に大陸に成立した共産党の中華人民共和国とも,戦争状態の終結が日華条約および日中共同声明でうたわれています。国際法としては双方ともに戦争状態は終わったのです。

しかし,現在でも日中間では軋轢が存在します。

1つは,中国国内の内戦により,中国を代表する支配政党が変わったことです。

日華条約で,日本は中国とはすでに戦争は終結し,連合国側の裁判を受けて,反省を示しているという現実があります。

ところが共産党の支配する中国との戦争状態の終結は1972年まで伸びることとなりました。

2つ目は,日中ともに冷戦構造に組み込まれ,双方ともに敵対視する関係にあったこと,です。

中華人民共和国は共産主義陣営として旧ソ連を中心とするグループに入り,日本はアメリカの支配下から資本主義陣営の一員として,共産主義陣営と対立することなります。

日本は武力を放棄させられたとはいえ,朝鮮戦争時にはアメリカの朝鮮戦争に武器弾薬を製造,供給します。中華人民共和国は北朝鮮を支援し,朝鮮戦争に参加します。第二次世界大戦が終了しても,日中は間接的な戦争状態が続くとともに,冷戦として対立関係が固定化します。

この間,1972年まで23年間続いていることになります。日中戦争(1937年)から数えると35年間戦争・対立関係にあったわけで,遠藤(2008)はこの時間が,日本が連合国「中国」に負けたという感覚をなくさせたと見ています。

また遠藤(2008)はアメリカによるGHQ支配はマスメディアの操作を通じて,日本国民のアメリカ礼賛につながり,戦争に負けたけど,「アメリカに負けたが中国に負けていない」という意識になったといいます。


3つ目は,日本と中国の政治体制の違いです。

日本は,言論が自由なために,「日本は中国を侵略していない」「中国の南京大虐殺はなかった」などという極右的な発言が出ると,中国側は一部言論を日本国全体の世論として論じる傾向があります。

中国では言論が統制されているために,一部の発言も国を代表していることが一般的です。

この「言論の自由」の捉え方が対立を煽ります。

3.現状を考えると。。。。

現状を考えると,日本側には,謝罪を繰り返しているにも関わらず中国が過去の歴史を蒸し返すという意識があり,中国側は,日本は反省していると言いながら反省している行動が見られない,という意識を持っています。

日本の歴史教科書では日中戦争をなるべく薄めて書こうという動きがありますし,中曽根元首相,小泉元首相などに代表されるように現職の首相がA級戦犯を祀っている靖国神社へ公式参拝するという行動があります。これが,中国側に負のメッセージとなっていることは確かです。

一方,中国は天安門事件の反省から海外から「民主化」という情報が入ってくること,海外とくに西洋を崇拝することがないように,気を配るようになりました。江沢民は1991年より自国文化に誇りをもつ愛国主義教育を展開します。

その後,愛国主義教育は反日教育に変わっていきます。この反日的行動が日本人には理解できません。

今回の尖閣諸島の国有化で,日中間の対立は過去最も激しいものになっている気がします。日中ともにどちらも引けないわけで,解決は当分長いものとなりそうです。


<参考文献>
遠藤誉(2008)『中国動漫新人類』日経BP社
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2012年10月27日

林毅夫の新構造経済学

中国で有名なエコノミスト林毅夫の新構造経済学が異論反論含めて注目されています。



フィナンシャル・タイムズのマーティン・ウォルフが以下の本について書評を書いていたので(ここ),彼の新構造経済学について紹介。



ウォルフは,林毅夫はケ小平の崇拝者であると指摘しています。とくに「黒猫でも白猫でも,ネズミを捕る猫が良い猫だ」という言葉の信奉者だそうです。

彼の思想の特徴は,市場の働きが決定的で重要と肯定しながらも,市場の力を正しい方向に推し進める責任が政府にある,とするところです。政府の働きが貧困国家を発展させるとしています。

経済学で「構造」に着目するのはStructural Economics(ここでは構造経済学とします)と呼ばれます。一般に開発経済学の中で,発展には産業や企業(国有とか私有とか)などの構造変化が必要であるところに着目した経済学です。その構造変化に対して政府がどのように関与するかこれが林毅夫の特徴になります。

林毅夫自身の主張(ここ)とウォルフの言葉から,彼の新構造経済学の要点をまとめてみます。

前提として,「企業は発展を阻害する壁を自らでは取り外せない」と考えます。そのため構造変化には政府が関与して障害を取り除くように働きかける必要がある,とします。

Growth Identification and Facilitation Framework(成長点の見極めと誘導フレームワーク)が彼の新構造経済学の中心概念のようです。

それによると次のような政策提言が可能になります。

1.とある途上国が発展を考えるに際して,生産要素(労働,資本,土地など)の賦存が似ていて発展している参照国を選ぶ。参照国の過去20年間を遡って貿易可能であった業種を探し出す。

2.その業種ですでに国内企業が十分活躍していれば,さらに高度化させるあるいは新企業の参入規制を廃止するなどの措置をとる。

3.その業種で活躍する国内企業がない場合,外国から直接投資を呼び込みその業種に参入を促す。

4.成功を勝ち取っている国内企業の業種を探します。その業種に対しては更なる発展ができるように,インフラを改善する,あるいはR&Dを促すなどの選択が可能である。

5.インフラや企業のビジネス環境が劣っている場所では,経済活動を経済特区や工業団地に集めるようにする。

6.先行している企業に対してはタイムリミットを設定したインセンティブを提供する。

このような主張に対し,政府が構造変化に対応するような投資が可能か,という問題提起がなされます(例えばここ)。

劉海影は指摘します。中国の問題は,多くの政府投資が浪費であり,過剰投資であり,重複投資であったと。クリスタル・ガラス,鉄鋼,風力発電の業種ではその傾向が著しいそうです。

発展に伴う経済構造の変化。市場メカニズムを信用しながらも,政府がこれに関与する,これが林毅夫の主張の要点のようです。

<参考>
マーティン・ウォルフ「寻找繁荣之路」『FT中文網』,2012年10月25日
林毅夫「林毅夫回应争议:新结构经济学的要义」『FT中文網』,2012年10月25日
劉海影「追问长根源:也谈林毅夫假说」『FT中文網』,2012年10月25日
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2012年10月06日

陳情のメカニズム<岡本式中国経済論44>

2004年から2006年ごろに北京の陳情村が話題になりました。現在でも陳情は存在し,中国特有の現象です。

11月8日から開催される第18回党大会を控えて,陳情を警戒する動きがあります。

まず記事から。

中国国民の陳情目的の北京訪問を禁止=当局、党大会開催を控え警戒強化―米メディア(レコードチャイナ)
配信日時:2012年8月17日 8時28分

2012年8月10日、米ボイス・オブ・アメリカ (VOA)の中国語版によると、中国共産党第18回全国代表大会の開催を控え、開催地である首都・北京市を一般市民が直訴や陳情のため訪れることへの警戒を中国政府が強めている。また、北京市以外の各地で一般市民が同市を訪れることを処罰する動きが強まっている。

記事によると、第18回党大会の開催にあたって市警察当局が環境整備と警戒を強めることから、今後1カ月間は北京南駅周辺のホテルの宿泊や予約が困難となり、特に宿泊費の安いホテルを利用することが難しくなる。

北京南駅周辺は直訴や陳情のため地方から上京してきた人が多く宿泊するが、そうした人々を宿泊させることが禁止され、違反したホテルは営業許可を取り消される。ホテルでは警察の立ち入り検査も行われ、一部のホテルは当局の監視・警戒の現地出先機関としても使われており、どのホテルもそれらしい客が訪れると宿泊を断っているという。

しかし、陳情のため北京を訪れていた人の中には当局の行う検査で一旦は北京を離れてもその後再び戻ってくる人も多く、そうした人々と当局との間でいたちごっこになっているという。(翻訳・編集/岡田)



1.陳情の概況

陳情とは,「信訪」の訳として使われています。『大辞泉』では,陳情を「中央や地方の公的機関,または政治家などに,実情を訴えて,善処してくれるように要請すること」としています。

北京には中央政府の国務院,全国人民代表大会,最高人民法院など中央レベルの機関の陳情受付窓口(人民来訪接待室)があります。とくに北京市南郊外,北京南駅周辺に窓口が集中しているため,陳情者が北京にくるとその周辺に住み着きます。

山崎豊子『大地の子』でも陸一心のお父さんが北京に来て,陳情の順番待ちのために北京の陳情村に住むシーンがありました。

どのような陳情者が陳情村にいるのでしょうか。陳情村をルポした田中(2009)からいくつか紹介してみましょう。

・工場経営していたが,取引先の国営企業が倒産し債権が回収不能に。国営企業は設備を売却して支払う予定であったが市の裁判所がそれを認めず,しかもその国営企業は営業を続けている。

・14歳の息子が冤罪で投獄され,それを苦にした夫は病死。地元政府ではとり合ってもらえないので北京に。

・国営企業と共同出資で食料会社を起業したが,国営企業は金を出さないまま,企業を乗っ取った。町の裁判所に訴えたら脅迫されたので,北京に。

経済問題や人権問題など,さまざまな不条理を地方で経験した人々が,北京の中央政府による解決を期待して上京してきています。

2.陳情制度

陳情制度は皇帝統治下の伝統中国から存在しています。陳情には為政者による慈悲的解決をお願いする側面があります。

一方で,「人民」を主人公とする憲法に基づいた請願権の一種としてみることも可能です。法制度としては,裁判外紛争解決制度の一環として捉える場合もあるようです。

しかし,実際の全体的様相は,「党・指導者が「正義」を実現して民の「冤」を晴らしてやる」(但見p.113)もののようです。

実際,1995年に国務院が行政法規として「陳情条例」を制定するまでは,政府の通達で陳情が処理されていました。

新中国成立にともなう混乱などによる陳情対応として,政務院(1951年当時)から「人民の書面陳情と訪問陳情の業務に関する決定」が出されています。文化大革命の名誉回復では,「陳情業務秩序の維持に関するいくつかの規定」(国務院)が出されています。これらは行政法規でもなく,政府の通達でした

「陳情条例」によって陳情を法的に管理するとは,陳情の原因となるような問題の放置を防ぐこと,陳情者による過激な陳情行為の防止を目指すことが主要な目的となっています。

陳情事件の防止や解決については,下級政府で速やかに解決するのを基本としています。また同時に,過激な陳情者に対して関連行政機関が速やかに措置を行うことができるとしています。

3.陳情刈り

陳情制度が,下級政府が解決することを前提としている以上,地方政府にとって陳情者が北京に行く事は,地方政府にとって地方行政がうまくいっていないことを示すようなものです。地方政府の幹部にとって陳情数の増加は自らの出世にも影響を与えます。

地方政府の陳情者を減らしたいというニーズに応えて,北京では,地方政府の委託を受けて,陳情の阻止,陳情者の確保・収容,地元への送還などの業務を代行する民間警備会社も登場しています(毛里・松戸編2012,プロローグ)。これらは一般に陳情狩りと呼ばれています。

地方政府と民間警備会社で,陳情刈りの代行サービスがどうしてビジネスとして成り立つのでしょうか。

中央政府は安定維持を重視しています。地方政府は安定維持という施政方針の下,地方幹部の業績評価と地元からの上京陳情の有無が直結しているためです。地方政府は陳情者を妨害してでも,地元から北京を訪れる陳情数を減らしたいという欲求があります。


4.なぜ陳情が続くのか

陳情数は近年増加していますが,解決は少ないようです(毛里2012,p.3)。つまり解決の見込みがないにもかかわらず陳情村に集まり,そして滞留しています。田中(2009)もなぜ彼らは陳情するのか,その意味について疑問を呈しています。解決の見込みがないにもかかわらず,陳情のために上京する,何か他に原因があるようです。

一つは党・中央に対する信頼は高いということです。毛里(2012,p.11)は李連江や于建「山榮」の調査結果を引用しながら,郷,県レベルなどの末端政府に対しては80%近く信頼していないにも関わらず,党中央・国務院に対する信頼度は50%を超えていることを示しています。

もう一つは,多くの農村で陳情は英雄行為と見なす傾向があるということです。農民たちにとって地方幹部は信頼できるものではなく,それを中央に訴えることは「打官司」(悪代官を叩くというイメージ)という正義の行為として受け止められています。

毛里(2012)は「圧力政治体系」の存在が陳情を増加させているとします。

「圧力政治体系」とは,中央から地方,地方から末端へと行政機構が下級になるにつれて,圧力が増していく体系です。例えば財政で言えば,財政負担を下級政府に押し付け,行政義務を負わせるが,上級政府は何も負いません。そして権限だけは上級政府が持つというものです。幹部人事も一票否決制度に見られるように,与えられた指標を一つでも達成できないと人事査定に響いてしまいます。上から下にあくまで圧力だけがかけられます。最終的な圧力は郷鎮政府の対大衆にかけられ,これが循環して陳情という形で中央政府に向かっています。


5.陳情の経済学

以上の話をゲームでまとめると以下のようになります。

GameChinjyo.jpg

地方政府は「圧力政治体系」のために陳情をなくそうとします。また陳情制度自体が地方政府レベルで解決することを求めています。そのため陳情する人の数を減らそう,陳情のために北京に来た市民や農民を拘束して地元に送還してしまおうというインセンティブがあります。

農民や市民は,地元の政府の幹部が「土皇帝」(清水2002)のように振る舞うため,さまざまな不利益を被ります。そのため農民や市民は地元幹部の横暴を牽制するためにも北京の上級政府に解決してもらうという行動をとります。つまり陳情です。また農民は陳情をすると地元から英雄のように扱われます。そのため農民は陳情をするというインセンティブを持ちます。

結局,地元政府と農民,市民の思惑の結果,陳情と陳情刈りという現在の状況がナッシュ均衡となります。しかしこれは社会としては最適な結果ではありません。もっともよいのは陳情はなく,陳情狩りも存在しない社会です。ここでは囚人のジレンマの様相を呈することになります。

この構造から何がいえるでしょうか。地元の政府と農民,市民の信頼が醸成されなければならないということです。地元政府の幹部が上から降ってくるのではなく,地元の農民,市民の代表が地元政府の幹部になるというのが一つの解決方向です。

現在,中国でも村レベルの選挙が徐々に広がりをみせています。基層レベルでの政府と農民の関係がよくなると,陳情が減るようになると思われます。


<参考文献>
清水美和(2002)『中国農民の反乱-昇竜のアキレス腱』講談社
田中奈美(2009)『北京陳情村』小学館
毛里和子・松戸庸子編著(2012)『陳情-中国社会の底辺から』東方書店
(うち,毛里和子「陳情政治-圧力型政治体系論から」,但見亮「陳情への法的視点-制度の沿革及び規定上の問題点」,松戸庸子「陳情制度のパラドクスと政治社会学的意味」)
「中国国民の陳情目的の北京訪問を禁止=当局、党大会開催を控え警戒強化―米メディア(レコードチャイナ)」2012年8月17日(http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=63803&type=,2012年8月30日アクセス)
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2012年09月22日

領土,反日,日中関係<岡本式中国経済論43>

日中国交回復以降,異例ともいえる反日デモの規模,そして中国の対日強硬姿勢,いったい何が起きていて,今後どうなるか,考えてみたいと思います。

まずはここまでの経緯を簡単に抑えておきましょう。

1.領土問題

まず,領土問題の確認です。

佐藤賢(2011)によれば,日本外務省は尖閣諸島の領土問題は存在しない立場です。しかし,日中国交回復時にケ小平が(領土問題は)将来世代が解決すること,という言葉に否定しなかった,ので,中国側は先送りされた課題として捉えています。

中国側はこの尖閣諸島問題について,現状維持を強く望んでいました。尖閣諸島を開発したり,何か手を加えることは現状維持を破ることであり,日中国交回復時の約束が破られるということを意味します。


2.前哨戦

4月に石原慎太郎東京都知事の尖閣買い取り表明がありました。

8月4日には山谷えり子参院議員を会長とする超党派「日本の領土を守るため行動する議員連盟」が戦時中に遭難した疎開船の犠牲者の慰霊祭を行うため19日に尖閣に上陸できるよう許可を政府に申請する動きが表面化します。(13日に政府が却下している。)

香港の活動家らはこれを阻止しようと,8月12日に香港を出航します。15日に尖閣に上陸した保釣活動家を沖縄県警が入管法違反で17日に強制送還しました。これは2010年に尖閣諸島の漁船の船長を拘束して日中関係が悪化したために,取られた措置です。


3.反日キャンペーンの本格化

香港の保釣活動家は鳳凰(フェニックス)電視台の記者と一緒に尖閣に上陸したため,鳳凰は積極的にこれを報道します。

8月15日頃から中央電視台も,大々的に釣魚島は我が国の領土という愛国放送が展開されるようになりました。

新聞各紙も,釣魚島は中国の領土である,日本の行動を非難する愛国記事が紙面を踊るようになりました。

8月18日には西安(陝西省)を皮切りに,19日には全国25都市以上で反日デモが一斉に展開されました。

8月19日に発生した反日デモのうち,日本料理店の窓ガラスを壊すなど暴徒化したのは深圳だけだったようです。その他の都市は,「日本製品ボイコット」や「小日本は出て行け」など,横断幕のフレーズは厳しいものの,整然と行進が行われました。

8月27日には丹羽大使の公用車が襲撃され,日の丸が奪われます。犯人は捕まりましたが,中国国内では愛国行動として褒め称える声がネットであがり,中国政府も行政処分に近い形でお咎めしただけでした。


4.尖閣諸島の国有化と中国の反発

中国の強硬的態度のきっかけとなったのは,9月9日のウラジオストックでの胡錦濤国家主席と野田首相との立ち話,そして翌日10日の日本の尖閣諸島国有化決定です(遠藤2012)。

9月9日,ウラジオストクでアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開かれました。胡錦濤国家主席はタイトスケジュールの中で,野田首相と立ち話という形で会談,国有化の方針を見直すように強く迫りました。

しかし翌日に野田首相は国有化を決定したため(既定路線であったので),胡錦濤国家主席はメンツがつぶされた形となりました。これが,胡錦濤国家主席の怒りを買ったと言われ,中国が対日強硬姿勢に転じたとされています。


5.ゲーム理論から日中間の対立を考える

ここまでの経緯を抑えた上で、現在の日中関係をゲーム理論的に考えてみましょう。今の対立は,チキンゲームの様相を呈しています。

チキンゲームとは,自分と相手の自動車のアクセルを固定し,スピードを出してお互いが正面衝突するように走り,どちらかがハンドルを切って逃げれば,チキン(弱虫)として不名誉なレッテルがはられるゲームです。

だからといって,自分と相手がハンドルを切らなければ,互いが正面衝突し,どちらも最悪の結果となります。

図はこのチキンゲームの様相を表しています。

chiken game.jpg

中国が日本の譲歩を得られるまで強硬姿勢を貫くか(右上),日本は中国が反日デモで国内不安定になって鉾をおさめるまで強硬姿勢を貫くか(左下),あるいは最悪の場合,尖閣諸島付近で小競り合いから武力衝突ということ(右下)もありえます。

つまり現時点では,このゲームの解は3つ存在します。

@中国が譲歩(中国の利得−5,日本5)
A日本が譲歩(日本の利得−5,中国5)
B(武力衝突も含めた)日中関係の悪化(中国,日本の利得−10)

将来的に,どのような形で決着がありうるのでしょうか。

ゲームの解が3つありますが,展開ゲーム、つまり「相手の出方を伺いながら戦略を決定していく形」として考えると、解は絞られてきます。その場合、重要なのはどちらが最初のアクションを起こしたかです。

(1)日本が中国を譲歩させる:最初のアクションが日本だと考えた場合

最初の第1歩を,日本の尖閣諸島国有化とします。これをみた中国が取る戦略は2つ。1つは強硬姿勢になること,もう一つは折れることです。現在,中国は強硬姿勢になるという戦略を採用しました。

中国が全速力で日本の車に向かってきています。国内デモが制御仕切れなくなるというリスクを犯しながらも,官民一体となって反日運動を展開しています。

日本が中国を譲歩に追い込むためには,この中国の戦略に対して,日本は絶対に譲らないという姿勢を示すことが必要になります。日本が絶対に譲らないとなれば,中国は戦争を避けるために,自らが強硬路線から融和路線に転じざるを得ません。

チキンゲームでいうと,お互いの車がスタートした時点で,日本はハンドルを取り外したことを中国に見せます。これは絶対に譲らないことを示すことになります。それをみた中国は正面衝突を避けるためにハンドルを切るか,ぶつかっていくしかありません。

中国貿易の対日依存,国内の安定を考えると,正面衝突は確率として低いように思います。

といっても,日本の側も対中国に対して,ハンドルを外す,というそこまでの強硬路線が採用されるかどうか,これはなんとも言えません。

(2)中国が日本を譲歩させる:最初のアクションが中国だと考えた場合

最初の第1歩が胡錦濤国家主席をはじめとするチャイナナインの反日闘争指示だとします。中国の国内では,格差が存在し,若者の就職難など社会不安定な要素を抱えています。こんな時に反日デモを起こすということは,現政権にとっても政権批判につながりかねません。それにかかわらずデモを容認してきました。このために一部が暴徒化しました。

これは中国がチキンレースの時に,ハンドルを取り外した状態です。あとは日本がハンドルを切って中国を避けるか,ぶつかるかしかありません。

もし日本側がハンドルを切ってそれを避けようとすると,中国が得をして日本は野田政権への求心力は低下,政権は解散総選挙に追い込まれてしまいます。

日本は中国の対日強硬姿勢を,ぶつかるのか譲歩するのか,次の一手を考えなければならない状況です。

日本にとっても中国と正面衝突はいい選択ではないでしょう。日系企業が多く中国に進出している中で,衝突は日本の経済に悪影響を与えます。

もし日本側がハンドルを切って衝突を避けようとし,領土問題で譲歩をすると,中国が得をして日本は野田政権への求心力は低下,政権は解散総選挙に追い込まれてしまいます。

(3)武力衝突!?

相手の出方を見ながら,戦略を選択していくとなると,このチキンゲームではどちらが先に「後に引かない」(ハンドルを捨てる!)ことを見せるかになります。これがハッタリだとわかれば,脅しはきかず,話し合いの余地が出てきます。

この意味で双方の全面的武力衝突は非現実的と思われます。

一つは,中国は10月に第18回党大会を控えており,政権交代が行われます。この時に無駄な混乱は避けたいと思われます。

もう一つは,日本はアメリカは尖閣は安保の対象としながらも,領土問題は日中二国間の問題という姿勢をとっています。平和憲法をもつ日本はアメリカなしの単独武力行使には一定の歯止めがかかっています。

日中双方ともに,このチキンゲームでどちらもハンドルを捨てて,強硬姿勢でぶつかってやる,という態度が取りきれていないように思います。したがって双方ともに国内からチキンと言われないような形での譲歩が可能かどうか探ることになるでしょう。


6.将来的に…

悩ましいのは,中国は,日本が尖閣問題について現状維持を変えた(最初の1手は日本だ)と思っていることです。

ところが日本は国有化は現状維持であると思っていて,中国が強硬姿勢をとった(最初の1手は中国だ)と思っていることです。

どちらも相手が仕掛けてきたので,このゲームにおいてハンドルを捨てる(強硬路線を採用する)ことが有利な支配戦略になっています。このゲームの構造を変えるには,二国間での交渉解決は難しいので,国連の場を活用することが考えられます。中国は素早くその行動をとっています。

国際社会における外交駆け引きに日本がどうでるか,注視する必要があります。チキンゲームをやめるために(ゲームの構造を変えるに)は国際社会という第三者を入れる必要があるでしょう。(でもアメリカにその気はないので,国際社会世論を日本の味方にしないと日本は対処が難しくなります。)


<参考文献リスト>
佐藤賢(2011)『習近平時代の中国』日経新聞出版社
城山英巳(2012)「「尖閣対立」本格化から1カ月 日中関係はどう変わったのか-「冷静」から「緊張」局面へ」『WEDGE Infinity』
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2211,2012年9月21日アクセス)
遠藤誉(2012)「発火点は野田総理と胡錦濤国家主席の「立ち話」 中国政府の決意――最大規模の反日デモの背景」『日経ビジネスオンライン』
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120918/236932/,2012年9月21日アクセス)
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2012年09月01日

官と民の囚人のジレンマ<岡本式中国経済論42>

中国経済を専門としている私にとって,中国経済で起きていることはすべてゲーム理論で説明できるのではないかと思うことが多いです。

今日は,中国経済のさまざまな事象をゲーム理論,とくに囚人のジレンマで説明してみたいと思います。

1.ゲーム理論とは

ゲーム理論とは,複数の経済主体間での利害関係をゲームという形で記述しようとするものです(川西2009)。

一般に経済主体は政府,家計,企業として分析されますが,中国の場合,

政府→中央政府,地方政府,共産党など
家計→農民,都市住民
企業→国有企業,郷鎮企業,外資系企業など

に細分化することが可能です。そしてそれらが互いの利害をめぐって駆け引き(ゲーム)を行っています。この駆け引き,ゲームを記述することによってどのようなやりとりがあって,どのような結果がもたらされるのか,そして今後どうなるのかといったことが想像できるようになります。

実際中国経済の事象をゲームとして記述するのは,以下のメリットがあります。

@主体間のやりとりの構造やルールがわかる。
A将来的にどのようなことがおきるかわかる。
Bジレンマについてはゲームのルールを変えることによって解決への提案ができる。

そして,ゲーム理論で各経済主体の行動を考える場合,重要なのはナッシュ均衡という概念です。ナッシュ均衡とは,お互いに相手の出方によってもっとも得している(最良の)戦略を採用している状態です。逆にいえば,別の戦略をとると自らが得をしないということになります。

このナッシュ均衡が成り立つためには,各経済主体は合理的に行動すると考えます。もっとも得なように行動していることが前提になっています。個人の意思決定については,必ずしも合理的でない(限定合理的である)ということが経済学ではわかってきていますが,中国の各経済主体が自らの利得のみを考えて行動しているとみることはそんなに不自然ではありません。

話しはずれますが,経済学では市場経済がもっともよい状態(パレート最適)になるといいます。これ以上みんなの満足を増加させることができない状態をパレート最適といいます。誰かが自分の満足をちょっとでも増やそうとすると別の人の満足が下がってしまう,そのような状態を指しています。

市場経済が機能するためには,@情報が完全,A多数が参加,B取引費用がゼロ,という状態でなければなりません。市場経済化に向かう中国においてこの3つが成り立つことはありえないといっていいでしょう(日本もアメリカもですが)。

そうすると取引に参加する主体は少数であり,情報が不完全で,何かしらの取引費用がかかる場合には,相手の出方をみながら自分が得するように意思決定することは不思議なことではないと思います。

2.官と民によるゲーム

中国では古くから官が民を支配するという考えがあります。でも民も黙って官に従うわけではありません。

「上に政策あれば,下に対策あり」

といわれる所以です。これはまさにゲームの様相を呈しています。官が何か政策を実行すれば,民はその中で自分の不利益にならないように行動しようとします。官が政策を実行して民を支配しようする戦略に対して民がその支配から逃れようという戦略をとっています。

これをゲームのマトリックスで示してみます。

官は政策を実行するとしないの戦略があるとします。民は対策をとるととらないの戦略があります。そうすると官と民には以下の戦略の組み合わせがあります。

図1 「上に政策あれば,下に対策あり」のゲーム

Game1.jpg

それぞれのマス目は,官と民の戦略の組み合わせを示します。これによって官と民のやりとりの構造がわかります。

これだけでも多くのことがわかります。

<A>上に政策なければ,下に対策なし

官は民を支配するという考えをやめて,民も官からなにも支配をうけなくて対策を講じる必要がなければ,この社会はもっともいいものといえるでしょう。お互いがお互いを尊重しあって秩序が成立しているわけですから,この中国社会は理想的なものといえるかもしれません。官と民が政策も対策もなく,自然のままで秩序ある社会が形成されている状況です。

市場経済化が目指すところはまさにここといっても過言ではありません。官は小さくて(小さな政府)最小限の関与しかしません。民は市場のルールにしたがってそれぞれが勝手に動いているようですが,社会は最適な状態になっていると考えられます。

<B>上に政策あれば,下に対策なし

官が政策を実行して,民が対策を講じないという状況は歴史的にも有能で徳のある王が中国全土を支配し,民はそれに納得して従っている状態といっていいでしょう。中国の理想の政治システムといえるかもしれません。でもこのような状況が中国の歴史でどれだけあらわれたかは疑問です。

現実としては,「上に政策あれば下に対策をとらさない」という状況かもしれません。計画経済時代のように中国政府が計画という政策を実行するとともに,都市部農村部において全面的に共産党の思想教育を行い,ときには政府批判を封じることによって,民に対策をとらさないという状態が一般的であったといえるでしょう。

この状態は,中国政府の独裁的な政策が実施されているといえます。

実際の中国社会はこの状態に陥ることが多いといえるでしょう。

<C>上に政策なければ,下に対策あり

ここでは,官が政策をまったく実行することがない中で,民は自らの生活を守ろうとするような状況です。ある一つの王朝が倒れて次の王朝が成立するまでの混乱期のような状況がこれにあたります。官が存在せずあるいは存在しても秩序を提供することができません。文化大革命のような混乱期,無秩序な状態といってもいいでしょう。

民は官の政策がない中でも自らの生活をよりよいものにするためにさまざまな対策をとっている状態です。ただこのような状況はほとんど成立しないといってもいいでしょう。

<D>上に政策あれば,下に対策あり

これが多くの中国の状況を表わしているといっても過言ではありません。官は政策を実行するという戦略が得をします。民は対策を講じるという戦略を採用することによって得をします。そのため,官も民も自分の利得だけで考えれば双方の合理的な行動の結果,このDという状態に陥ることになります(ナッシュ均衡)。

ところがここでは,官は民の対策に直面するため政策の実行効果が下がります。民にとっても官の政策があるせいで対策の効果が下がります。結局,双方にとって得ではないという状態に陥ります。

経済体制でみると中国は移行経済です。計画経済のBから市場経済Aに移行しているといえます。しかし現実は,民の意思決定が自由になり,「対策をとる」ことが可能になったので,Dを通っているといえるでしょう。

具体的には,中国の経済体制は「関係」経済になっています(中国の「関係(Guangxi)」経済<岡本式中国経済論36>)。

官が情報を独占しているために,それをもとに儲けようとしています。民はそのおこぼれに預かるべく官と「関係」を構築していきます。

中国の経済をみると「人間関係」は非常に重要な取引ツールになっています。誰かの「つて」や「関係」を頼ってビジネスをした方が,情報の不足や無駄な取引コストを発生させずに無理なく安全に取引を行うことができます。これが「関係」経済と呼ばれるものです。

「関係」経済は市場が充分に発達していない時に安全かつ信頼のある取引を行う上では重要なツールです。しかしあまり「関係」に頼ると,「関係」ない人は市場に参入できない,長期的には良い「関係」を維持するためのコストがかかるなどの問題も発生します。究極的には,官の経済取引の関与(上に政策あり)があるため,民は官にすり寄って(下に対策あり),不透明な「関係」を生みだし,不正の温床になってしまいます。

3.「上に政策あれば,下に対策あり」は囚人のジレンマ

「上に政策あれば,下に対策あり」という状況は中国経済にとって最適な状況とはいえません。官も民も合理的な行動を選択してはいるのですが,社会としては(官と民という両方の経済主体にとっては)あまり好ましい状況ではないということを示しています。

このような状況を囚人のジレンマといいます。

図2 官と民の囚人のジレンマ
Game2.jpg

図2は「上に政策あれば,下に対策あり」のゲームを顔文字で示してみました。顔文字の笑顔の度合いが利得の度合いと考えて下さい。笑顔が大きいほど,その経済主体の喜び(利得)を示しています。

左側の顔文字は,民のものを表し,右側は官の顔文字です。民も官もどちらもより笑顔になれる戦略を採用します。その結果,右下のところに落ち着きます。

4.官の行動原理

官側の行動原理は,中国の共産党や政府の民間経済生活に関与したがるということです。

図2 官の行動原理
GameKan.jpg

上記図は官の戦略に関する顔文字だけを取り出しています。民が対策を講じようが講じまいが,官は政策を実行するという選択が合理的であることを示しています。

このような行動をとる理由は二つあります。

一つは歴史的な影響です。中国政治において,官が愚かな民を統率しなければならない,という思想があります。

もう一つは新中国が成立して以降,共産党が目指すのは党に対する忠誠度を最大化させるということにつきます。そのために「国を富ます」,それによって政権正統性を確保する必要があります。

そのため,中国共産党は実際の経済政策に大きく関与してきました。中国共産党は計画経済を採用したために,政府が民間に強く関与することとなっています。官にとって,民が対策を講じてこようがこまいが,政策を実行する主体たろうと振る舞います。毛沢東時代は富国強兵,自力更生の掛け声のもと,急速な人民公社化が行われたり,大躍進政策が実行されました。

最終的に計画経済はうまくいかず1978年から改革開放に転じます。改革開放においても改革を行うのは官であり,開放を実施するのも官でした。現在でも党・政府が社会主義市場経済に向けて改革を実施する主体であり,経済政策を実施しないという行動の選択はありえません。

官による合理的な選択は官自らが富むということです。公用車を自由に乗り回す(公務員とインセンティブ<岡本式中国経済論17>),灰色収入を手に入れる(灰色収入(岡本式中国経済論9)),腐敗に走る(腐敗が起こるシステム(岡本式中国経済論E)),など官のレントシーキングがそれにあたります。

5.民の行動原理

図3 民の行動原理
GameMin.jpg

上記の図は民の戦略に関する顔文字だけを取り出しています。政府が政策を実行しようがしまいが,民は対策を講じるという選択が合理的であることを示しています。

中国の民(家計や民間企業)は政府の関与なく経済活動をしてリッチになりたいということです。

民がこのような行動をとるのは自然だと思われます。

民は自らの満足を満たそうとする(ある意味強欲的な)経済主体です。民である以上は,豊かな生活を過ごしたい,少しでも満足した毎日を過ごしたいと思う存在です。これが愚かかどうかは別問題として,経済的には自らの満足(効用)を最大化させようとする合理的な経済主体であるといえます。

歴史的に振り返ってみましょう。

中国政府は計画経済を採用します。民衆は人民公社,国有企業に組織され,働いても働かなくても同じでした。その結果,民衆は働かないという行動を選択し,中国経済は低迷することとなります。上に対策あれば下に対策ありの典型でしょう。ゲーム的には,これは「タダ乗り」問題と言われる囚人のジレンマの一種です。

その後,あまりにも貧しくなった農民は,飢餓の危機に直面します。とくに安徽省鳳陽県小崗村の農民たちは,自らの生活を守るために請負制を導入することとしました。村内の土地は人民公社のものであるにもかかわらず土地を請け負って生産する,計画以上のものは自分たちのものにするということにしたのです(農民の土地請負制度とインセンティブ<岡本式中国経済論18>)。生産請負制がうまくいく事がわかると,全国的に請負制が普及することとなり,人民公社は自然消滅していきます。民の対策が官の政策を変えました。

また,農民は農業のみならず都市にも進出していきます。いわゆる出稼ぎ,農民工の発生です(出稼ぎと意思決定<岡本式中国経済論20>)。農民工が発生した理由はまさに豊かになりたいという合理性でした。戸籍制度というしばりがあるにもかかわらず,農民は豊かさを求めて都市部に流入していきます。農民工の安い労働力が中国の「世界の工場」として成長するための大きな要因になったことは間違いないでしょう。

6.官と民の戦い

官の合理的な行動は自らが豊かになろうとすること,民はその官の行動を見ながらも合理的に対策を講じてきました。

時には官と民の利益が相反します。

農村では基層政府(県政府)が民を絞り上げます(農民の土地強制収用問題<岡本式中国経済論13>)。都市化と経済開発のために,そして地方財政を充実させるために,政府は農民から安い補償金で土地を取り上げ,都市開発を行い,住宅を高く売ってその収入を地方財政に組み入れます。この結果中国では土地バブルが発生します。

農村の農民,都市に出稼ぎにでた農民工は,企業から基層政府から搾取されるだけの都合のいい存在ではありません。農民は自らの権利を守るべく立ち上がっています。中国では多くの群衆事件(群体事件)が発生しています(農民工はなぜ群衆事件を起こすのか?<岡本式中国経済論34>)。

ネット空間でも,自由な発言をはじめた民とそれを誘導・管理しようとする官が戦っています(言論の自由と五毛党<岡本式中国経済論40>)。

(参考:中国のネット世論と政府の監視

7.民の間のジレンマ

知的財産権問題は中国でももっとも注目される問題です。ここでは二つのジレンマが考えられます。一つは政府が知的財産権保護をうたい,法律を整備した結果,逆に問題が起きているケースです。例えば,iPadの商標権問題です。商標権があまりにも容易に登録されるため,先に登録しておいて海外企業が進出してきたら売りこもうということが発生します。日本企業が中国進出して商売を始めようとしてもすでに商標が登録されていて,ビジネスが始められないということが発生します。

二番目のジレンマは,企業も家計もともに本物がいいにもかかわらずニセモノが出まわってしまうという問題です。企業はブランドを形成し,本物を作る方が信頼を得て長期的には発展できるのですが,短期的にニセモノで儲けたいう誘惑にかられます。費用が安いからです。家計の側も企業はニセモノが多いだろうと踏んでいるので,ニセモノを安く買おうとします。ニセモノを安く買おうとされると,本物を作っても評価されないと企業も思うので,結局本物が出回らないという問題が発生します(中国の知的財産権<岡本式中国経済論@>)。これはレモンの原理ともいいます(ニセモノが本物を駆逐するという現象)。

実は,ニセモノ問題と食品安全も同じ構図にあります。美味しくかつ安全な食品生産にはコストがかかります。企業にとって,コストを減らしできるだけ安く食品を供給したいと考えます。その時に多少の安全を犠牲にしてもいいだろうということで使ってはいけない薬品などが使用されたりします。家計も安全はタダと思っているところがあり,価格が高いと敬遠し,安い食品を買おうとします。つまり企業も家計も安い食品に流れがちで,これが市場としては安全ではない食品が出回るという結果になります(食の安全問題(岡本式中国経済論F))。

環境問題は,典型的な囚人のジレンマの問題です。環境対策にも費用がかかります。排水,排気等へ配慮せず生産した方が企業にとっては安上がりです。そのため,自分の企業だけはいいだろうとなり,環境が汚染されていきます。これを共有地の悲劇といいます(共有地の悲劇は囚人のジレンマの一種です)(中国の環境問題<岡本式中国経済論A>)。

こんなにジレンマがあると,多くの人が指摘します。「中国政府は何をやっているんだ」と。そこで中国政府が登場し,さらなる政策実行を国内国外問わず期待されます。その結果官はさらなる経済関与を行うことになるのです。

一党独裁という強い政府があるにもかかわらず,なぜ解決できないのでしょう。

中央政府と地方政府のジレンマです。「上に政策あれば下に対策あり」が政府間でも発生します。地方政府にとって,地方の経済発展は地方の幹部の出世に影響します。となると,企業の負担を減らして金儲けをしてもらい,地元の経済発展に寄与してもらいたいと考えます。中央政府が環境保護,食品安全,知的財産などの取り締まりを実施したとしても,地方政府はそれを遵守するのではなく,対策を講じます。つまり地元の経済発展のために地元の企業活動の多少の違反は目をつぶるということが発生します。これが政府間のジレンマで,中央政府のガバナンスが政策実施現場では弱くなります。

ジレンマが各経済主体間で循環しています。

8.よりよい社会に向けて

中国さまざまな出来事が官と民のジレンマゲームであったとして,そこから何がいえるのでしょうか。将来的にこのジレンマはなくならないのでしょうか。

(1)信頼

「上に政策あれば下に対策あり」は,官と民の間の信頼関係が存在しないということがもっとも大きな原因です。官民の間に信頼があれば,「上に政策なし,下に対策なし」が可能になります。

したがって,官と民が協力しあう,信頼しあうというのが一つの解決策です。

民は官を信頼しているところがあります(中国の一般民衆(人民)は共産党・政府を信頼している<岡本式中国経済論39>

ただし基層政府に対する信頼は薄いです。上級政府とくに,省政府や党中央・国務院などへの信頼は高いという結果があります(次号)。

官が民を信頼できるかという問題は残ります。歴史的に高邁な政治的なリーダーが愚民を統治するという伝統的形態をもつ中国で,純粋に「人民」が主役となるのはまだまだ社会の成熟をまたないといけません。

(2)ガバナンス

中国の様々なジレンマの他の原因は,ガバナンスの問題です。上記でも指摘しましたが,

中央政府→地方政府

への圧力があります。地方政府は中央政府が指示してくるさまざまな政策に対応していかなくてはなりません。地方政府には権限はあまり与えられないにも関わらず中央政府の施策を実行しなければならないという義務を負っています。とくに地方幹部は出世に影響するので,多くの指示に対してごまかし,虚偽の報告が行われます。また報告のために民に圧力をかけるということもあります。

官と民の接触する現場というのは下級政府と農民です。この経済主体間のジレンマがもっとも大きいものです。したがって上級下級政府間のガバナンスをどう改善するかによって,ジレンマ解決の一つの方向となるでしょう。

<参考文献リスト>
川西諭(2009)『ゲーム理論の思考法』中経出版
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2012年08月11日

国進民退という現象<岡本式中国経済論41>

中国企業の世界での躍進が目覚しいです。

フォーブス誌での世界企業ランキングで中国企業数はアメリカ,日本についで第3位になりました。

フォーブスの世界企業2千社 中国企業は136社
2012年4月20日14時58分
 米国誌「フォーブス」は18日(現地時間)、最新の世界企業上位2千社ランキングを発表した。中国企業は136社がランク入りし、国別ランク入り企業数で米国、日本に次ぐ3位となり、利益は世界トップだった。上位10社をみると、中国工商銀行が5位、中国石油天然気集団公司が7位に入っている。「新京報」が伝えた。

 このランキングは各企業の売上高、利益、資産、時価総額などの各種指標を総合的に評価検討して作成されたものだ。

▽中国企業数は世界3位

 工商銀行は昨年は上位25位以内にも入らなかったが、今年は5位に躍進した。売上高は826億ドル、時価総額は2374億ドルだ。昨年6位だった中国石油は、今回は1つ順位を下げて7位になった。

 「フォーブス」中国語版の周建工編集長によると、ランク入りした企業のほとんどを国有企業が占めており、四大銀行、二大石油企業、複数の電力会社がいずれも上位に入った。次いで多かったのは、宝鋼集団有限公司、上海汽車集団株式有限公司、神華集団といった大型の国有企業だ。

(朝日新聞http://www.asahi.com/international/jinmin/TKY201204200348.html,2012年7月30日)


でもランクインする企業の大部分が国有企業です。国有企業が民営企業を圧迫しているのではないかという意見が見られます。とくに2008年の世界金融危機をきっかけに実施された4兆元の財政出動の結果,事業の引き受け手の主体が国有企業であったために,国有企業の経営がよくなっているという意見があります。これらを総称して「国進民退」と言われます。


1.国有企業改革の流れ

改革開放以降,郷鎮企業や外資系企業に比べて,国有企業の業績は悪化・低迷していました。その理由は,政府の企業介入,そして医療,学校や住宅などの社会的機能を負っているために負担が重たいというものでした。

1980年代には国有企業内部での利潤留保が認められるようになり,1984年には経営請負制が導入され,工場長が経営者として判断できる部分(ボーナス,生産品目や生産量など)を増やしていきました。

それとともに「社会的機能」(医療,学校,住宅など)を国有企業から切り離し,社会が行うものは社会化が行われ,事業性のあるものは独立した経営主体として国有企業から切り離されていきました。

1992年には「現代企業制度」が導入され,所有制改革が本格化します。「政企分離」の形として経営には関与しないが所有に関与する形となります。また1990年代半ばから国有企業の戦略的改組が実施され,競争的な業種(紡績,食品,電機電子など)では民営化,中小企業の売却などを徹底させ,国有企業は重要な分野(航空,軍事,資源,銀行など)だけに残るようになります。

その結果,現在では中央政府が直接関与する国有企業は117社のみとなっています。

117社のリスト
Central SOE.jpg


2.「国進民退」はない?

胡鞍鋼(2012)は『「国進民退」現象の偽を証明する』と題する論文を発表しています。中国統計年鑑の数値から国進民退の現象はないと主張します。

例えば,

企業数 国有企業及び国有コントロール 1998年6.47万社 2010年2.03万社
     私営企業   1998年1.07万社 2010年 27.23万社
就業人数 国有企業及び国有コントロール 1998年3748万人 2010年1886万人
     私営企業   1998年161万人 2010年 3312万人
企業総生産(産値)のシェア 国有企業及び国有コントロール 1998年49.6% 2010年26.6%
     私営企業   1998年 3.1% 2010年 20.5%
企業利潤のシェア 国有企業及び国有コントロール 1998年-2000増加したが 2010年27.8%
     私営企業   1998年 4.6% 2010年 28.5%

というように国有企業の地位低下を確認します。国有企業は優遇されているという批判があるものの

税収 国有企業及び国有コントロール 2010年71.7%
     私営企業   2010年 14.6% 

であるので,私営企業の方が税収面での負担が少ない,と指摘しています。全体的な流れは国「退」民「進」であると強調します。

胡鞍鋼は国有企業と民営企業の役割の違いを強調しています。国有企業は「大而全」から「強而精」への発展が目指されており,資源やインフラ関連の戦略的産業で集中している,民営企業と相互に補い遭いながら,競争しながらともに成長している,と強調しています。

たしかに寡占の問題はあります。

例えば,

タバコ産業(99%)、
石油と天然ガス採掘業(94%)、
ガス生産と供給(92%)、
石油加工,コークス及び核燃料加工(71%)、
水生産と供給(69%)
石炭採掘業(56%)

などの産業では,国有及び国有コントロールが50%以上を占めています(生産額)。これらは自然資源の上流産業であり,準公共財としての公共サービスを提供するインフラ業種であり,この分野で国有企業が主導的な位置にあることは,提供される商品の質を保証し,安定した供給や価格などの市場秩序を維持するためには必要であろう,としています。

胡鞍鋼は企業の世界ランキングにも触れ,中国企業とアメリカ企業が争っているのであり,国有企業が上位にあるものの民営企業も増加すると予想しています。


3.「国進民退」とは,何が問題なのか?

「国進民退」はないのでしょうか?

フィナンシャル・タイムズ中文ネットの呉暁波(2010)は,「国進民退」の特徴を3つに整理しています。

一つは資源独占,二つ目は「楚河漢界」(注),三つ目はガラスドア現象です。

まず資源独占についてみてみましょう。

2009年には中国国有資本の資源・エネルギー分野における大規模躍進の状況が明らかに4つ見られたといいます。

一つは鉄鋼,石炭,航空,金融などの資源性分野であきらかに民営資本を追い出す現象がでています。中でも山東日照鋼鉄と山西煤炭の統合案は最も注目された事例です。

二番目は4兆元の金融危機対策において国有資本が政府購入やプロジェクトのほとんどの重要案件をとり,鉄道,道路などのインフラ建設は国有企業が活躍したという状況です。

三つ目は大量の中央国有企業が不動産分野に参入し,「土地王」現象とまで言われるようなったということです。

四つ目は民営資本の株式持ち合い等において,国有企業が大株主になる,参入する,合併などの現象が起きているということです。

呉(2010)は,この4つの現象が国有企業の大規模躍進の事例だと指摘します。

これにより二番目の特徴「楚河漢界」(注)が現れます。それは「国進民退」は全業種に発生するのではないく,民間資本と分離しているということです。

例えば,2001年以降,国有資本は食品飲料,紡績服装,家電などの産業にはほとんど参入していません。中国の産業界では「楚河漢界」という言葉が使われるようで,国有企業集団は少数の上流産業に集まり,寡占独占的地位にあります。そして企業数も減少しており,その分利潤獲得能力が増加しています。

もっとも問題なのはこのような独占が市場競争における効率追求のための結果ではなく,政府の政策や金融規制,ミクロ的な関与によってなされたことです。数量で圧倒的に多い民間企業が上流産業に攻め入ろうとした時に,政策的な打撃にあうといいます。政策的打撃の大きい時期はマクロコントロールの時期,例えば2004年夏秋,2008年末から2009年の間でした。マクロコントロールのゆえに民間企業に開放されることがないわけです。

このように「国進民退」の波は確実に発生しているのと同時に,十分奇異な現象が起きています。それは中央文献の中にも「国進民退」という文字は現れないし,上でも見たように,多くの政策決定者はこの現象を否定しており,経済学者でさえこの見方を否定する人がいます。これを「ガラスドア現象」と呼んでいます。

「ガラスドア」という言葉を「発明」した全国協商会議副主席全国工商連合会主席黄孟復は以下のように言っています。

「ある業種や分野においては参入政策で公開的な制限は存在しないが実際の参入条件や制限は非常に多い。主要なものは参入資格に対して資格を設定し高い障壁となっている。人々はこれを「名業の開放,実際の制限」と呼んでいる。」と。

これが「ガラスドア」現象です。見ると開いているようですが実際には入ることができないし,入ろうとすると壁にぶつかります。

この「国進民退」の3つの特徴の形成は,2004年のマクロコントロールから発生していると呉は指摘しています。


当初,民営企業家たちは以上の現象について無自覚であったけれども,2年のマクロコントロールが終わったあと,人々はこの事実が形成されていることに気づいたといいます。

2006年春,民営企業家の冯仑は「歴史を超える河の流れ(跨越歴史的河流)」という文章でこう言っています。

「民間資本は今までずっと国有資本の付属あるいは補充であった。そのため自分を守るもっとも良い道は国有資本の独占領域から遠く離れ,隅のほうで小さな商売をし,積極的に行い良く道路を補修し橋をかけるようにする。国有資本に対しては,民営資本は始終協力の態度をとり,競争をしない,補充であってそれに代わろうとしない,付属であって超える立場ではない態度を取り続けることによって,進退が自由にそして発展が持続できる」と。

結局,ポイントは,

民間資本は産業の下流分野で追いやられ,資源などの上流分野は国有部門が独占しており,その分野も開放されているように見えても民間は参入できない

ということになりそうです。


4.「ガラスドア」現象の経済学

民間資本と国有資本の間には見えない参入障壁があります。これが国有資本の一部分野(資源,金融,通信など)の寡占独占を生み出しています。これをゲームでみると以下のようになります。

Game of Glass door.jpg

民間資本が国有資本の分野に参入すると決断すると,国有資本は政府とともに参入阻止に向かいます。民間資本を受け入れて,競争が生まれると経済全体としては得(1+1=2)なのですが,現実は参入阻止に動くほうが国有資本のメリット(2)になり,民間資本は政府に睨まれることによって損(-1)をします。となると最初から参入しない方が,双方ともに問題がない(2,0)という状態になります(「楚河漢界」)。

ゲームの構造をみると,民間資本は公有制を中心とする経済の補充の位置にあること,参入しようにも国有資本の参入阻止がカラ脅しになっていないため,参入できないガラスドアになっていることがわかります。


5.政府の役割

関志雄(2012)は,一部の分野で発生している国有企業のシェア拡大,民営企業のシェア縮小を指摘し,以下の問題があると主張しています。

@大型国有企業は独占の利益を維持するために,行政当局に圧力をかけ,市場参入の壁を高くする。(銀行融資が国有企業に集中し,民営企業に回らない)
A独占企業は容易に利益をあげられるために,利潤向上のためのインセンティブが存在せず国際市場の競争力を欠いたままである。(世界ランキングに入る国有企業は輸出に貢献していない) 
B国有企業の利潤が内部留保されているので労働分配率の低下により消費が抑えられる。(中国における資本形成比率は高く,投資効率も悪い)

そのため,「国進民退」は中長期的に中国経済の成長を抑える可能性があると指摘します。

また,関志雄(2012)は,政府は介入すべきではないところまで介入している(中国語で「越位」),本来果たさなければならない役割を十分に果たしていないのではないか(「缺位」),を議論しています。

例えば,「越位」とは,土地売買,基幹産業も国有企業,権限をもつ官僚の自由裁量などをあげています。「缺位」として,幹部腐敗,格差拡大,資源枯渇,環境破壊,内需不足などの現象を指摘しています。

「国進民退」はまさに政府の「越位」になっているといえるでしょう。


(注)「楚河漢界」とは,項羽と劉邦の戦いの中で,楚(項羽)と漢(劉邦)の間で引いた境界線。


<参考文献リスト>
関志雄(2012)「中国,問われる国家資本主義 「体制移行のわな」克服急げ」『経済教室』(日経新聞2012年5月24日)
胡鞍鋼(2012)「“国进民退”现象的证伪」《国家行政学院学报》(http://www.sasac.gov.cn/n1180/n1271/n20515/n2697206/14417273.html,2012年7月30日アクセス)
呉暁波(2010)「“国进民退”的分界线」『英国《金融时报》』2010年3月16日(http://www.ftchinese.com/story/001031666?page=1,2012年5月24日アクセス)
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2012年07月28日

言論の自由と五毛党<岡本式中国経済論40>

今日は五毛党(ネット評論員)はなぜ存在するのか?なぜ共産党は五毛党を使って世論をコントロールしようとするのか,について考えてみます。

1.経済主体としての共産党

経済主体として中国共産党を見た場合,どのような行動原理で動いているのでしょうか。それは党という政治思想を1つにしてまとまっている集団である以上,支持を拡大する「支持最大化」という行動原理があると思われます。

毛沢東時代でも,自力更生路線,大躍進政策など,諸外国に頼らない国力の増強が目指されました。国力を増強するためには国が豊かになる必要があります。

ケ小平時代における改革開放路線は,文化大革命で疲弊した経済を立て直し,国力を増強するための路線転換でした。毛沢東,ケ小平どの時代も党の指導によって国力の増強を目指したといっていいでしょう。

この国力増強のためには,政治支配の及ぶ範囲に住む国民(人民)の生活が豊かになる必要があります。国民の生活が満足行くものになれば,国民は政治を行う政党を支持するようになります。

つまり共産党の支持最大化という目的のためには,手段として国と国民の富の最大化が必要となります。一方で,党である以上,党勢の拡大すなわち党員の増加が必要で,これにより共産党政権が安定します。したがって党員数の最大化という手段も支持最大化には必要です。

ただし支持最大化における国と国民の富の最大化,そして党員数の最大化には2つの相反する利益が存在します。国民の富を最大化することには何の問題もありませんが,党員数最大化のためには党員になるメリットを提供しなければなりません。そのメリットが党員・官僚になってうまい汁を吸うという期待であったりしますし,事実上党員・官僚になることは(灰色収入などを得て)豊かになることであります。

国民全体の富を拡大することと,党員の富を拡大することは矛盾します。前者は,国全体が豊かになることなので何も問題はありません。ところが後者は国全体の富を党員に「有利に配分」する必要があります。ここで党と国民の利益が対立する可能性が存在します。

胡鞍鋼(2007,101-102)もこの問題を指摘しています。共産党施政の歴史過程において,党は始終「疎外」と「最大利益化」の問題に直面しています。「疎外」とは共産党が私的利益の追求手段に転化することを指し、「最大利益化」とは共産党が与党の地位を利用して党の利益を追求する利益集団化を指します。

2004年に新しい『中国共産党規約』が採択され、共産党は「プロレタリア階級および民衆の利益」を追求する以外に、自身の特殊利益を追求しない政党であることを公約しています。

しかし,現実の中国共産党は「人民のために奉仕する」顔と権力や動員できる資源を通じて「人民を略奪する」顔を同時に持ち合わせている,と胡鞍鋼は指摘します。そして,政権与党としての期間が長期に及べば及ぶほど疎外の可能性が高くなり、人民を略奪する傾向が強まる,ともいいます。

2.中国の言論統制

経済学的に定義すれば,政治とは国内利益の分配メカニズムのありようです。一党独裁は,国の利益分配を党が決めることができます。民主主義社会においては,国の利益分配に国民が選挙という制度において参加するシステムになっています。

中国共産党は,上記の国民と党員の相反する利益を調整しなければなりません。この利益調整に失敗すれば,共産党は支持を失い,政権が転覆される恐れがあります。

中国の言論統制は,国民と党員の相反する利益調整を側面的に支える役割を持ちます。党員や官僚ばかりが豊かになっているという世論が形成されるようになると,それが真実であれデマであれ,党への支持を失いかねません。

そのため,支持最大化のために中国共産党は言論を統制し,「正しい」世論を形成する必要に迫られます。

3.世論の誘導

中国の世論誘導は2つの方法があります。

1つは党中央宣伝部におけるマスコミ支配です。テレビ,ラジオ,新聞などの伝統的マスメディアは宣伝部の検閲下に置かれています。したがってマスメディアから流される情報は,共産党支持最大化の行動原理に沿ったもの,つまり党に不利なものは流されません。

もう1つは,匿名性というところから自由な発言がされているネット空間の言論統制,世論誘導です。ツイッターやFacebookは禁止されているとはいえ,中国国内版ツイッターである微博(ミニブログ)は多くの国民の自由な意見表明の場となりました。またネット掲示板なども国民の自由な意見が書き込まれますし,時には政府批判もあらわれます。

過激な発言や政府批判に対しては,書き込みを削除したり,政治的に敏感な語句は検索不能にしたりするという露骨かつ強制的な言論統制が取られますし,これは伝統的手段です。でもこの強権発動は逆に国民の反感を買う恐れもあります。

中国独特の世論誘導に「五毛党」が存在します。五毛党というのは,政府に有利な書き込みやつぶやきをすることによってお金をもらう人たちのことです。(一回の書き込みにつき5毛(≒7円程度)と言われています。五毛党やネット世論については前のエントリ「中国のネット世論と政府の監視」もどうぞ。)

五毛党として活動する人たちも,職業がIT系であったりするので,やるからにはただ政府翼賛的に発言するのではなく,知識人であるがゆえに愚昧な大衆を導いていくというそれなりの自己実現的な活動のようです。ただ政府を擁護するのではなく,自分自身もポジショントークを展開しながら,全体の流れが変わった時には五毛党としてばれずに世論形成に成功したという達成感はありそうです(五毛党の活動をする人のインタビュー記事が古畑康雄さんの解説でのっています→「ネット用語で読み解く中国(11)五毛党(続)」

政府に雇われて,政府を擁護する発言を展開していく,という五毛党の活動は,非常に珍しい存在だと思います。もちろん日本でもお店の評判などに「さくら」が書き込むというケースがありますが,政府が雇用し堂々と世論形成を行おうとする五毛党という存在は珍しいといえるように思います。


4.五毛党の経済学

中国でなぜ五毛党のようなネット世論の形成の担い手が存在するのか,ゲームで考えてみたいと思います。

一般民衆が政府を批判する書き込みをするにせよ,しないにせよ,中国共産党が世論の誘導を行うことにはメリットがあります。それは支持の最大化という原理が働いている以上,一般民衆の言論を統制し思想を党寄りにすることによって,政権が安定するからです。ゲームでいうと展開図の右の政府の出方では,ネット世論に介入する方が介入しないよりも利得が大きくなっています。

民衆の側からみてみましょう。民衆が政府を批判しないことはありえませんので,右下への選択は現実的ではありません。民衆が政府を批判する,そして政府が五毛党を使って言論に加入するというのはここではナッシュ均衡になっています。(利得が政府1,民衆1のところです。)

このゲームの構造をよくみてみると,民衆が政府批判をする,政府がそれに介入しない,というのがもっとも理想的です。民衆は自由に意見を述べることができますので,民衆の利得が3になっています。党政府にとっては政権与党でなくなる可能性があるということで負(−1)の利得になっています。総利得は(−1+3=)2ですので,民衆が政府批判し,政府が五毛党で統制するというゲームと同じ利得になります。

Game of Wumaodang.jpg

社会的な利得はどちらも同じくらい得になっています。この意味では民衆の政府批判→政府が介入,民衆の政府批判→政府が介入しない,のどちらも社会的には最適です。民衆の政府批判→政府無介入,という言論統制がないときに,民衆の利得が3以上になれば,それは言論の自由を得たということでもっとも社会厚生の大きい社会になります。

しかし,ここでは民衆がネットで政府批判を展開しても,政府がそれに動じないことも,政府が五毛党で介入することもまったく同じ利得になっているにもかかわらず,五毛党による世論形成は,政権支持の安定という面からも政府利得が大きいので,民衆の政府批判→政府の介入が均衡になるということが言えそうです。

5.言論の自由な社会はこないのか?

このように政府が世論誘導するのは,政府と民衆という二つの経済主体間のナッシュ均衡です。民衆の側もネット上とはいえ,政府に言いたいことをいえるので,満足感はあります(利得が1)。とはいえ,あまりにも激しい政府批判を展開すると政府の取り締まりをうけてしまうので,この利得がマイナスになる可能性も存在します。民衆がネットで政府を批判し,政府が介入をおこなって五毛党による世論誘導を認めるというゲームの解の組み合わせは2より小さくなる可能性さえ存在します。こうなると,ますます政府による世論誘導を認めることになります(政府の利得が上昇する)。

やはり,民衆は政府を批判するが政府はそれに対してなにも介入しないというのが社会にとって最適です。図ケースではパレート最適でもあります。政府に介入させないためには,政府が言論を取り締まらなくても共産党政府は転覆しないよというコミットメント(約束)を民衆の側から提示する必要があります。

烏坎事件(前のエントリ)は,民衆の側から地元政府に抗議はするけれども,政権与党としての共産党支持を打ち出した一つの大きなコミットメントでした。

この事件によって,党政府は,民衆の意見を取り入れても,政権の不安定さにつながらないことを学んだといわれます(遠藤2012)。共産党への支持最大化を目指す世論形成に力をいれなくても,党政府は支持されていることがわかる大きなきっかけだったといえるでしょう。

とはいえ,共産党や政府にとって,民衆がどこまで党政府を支持しているのかを把握することは困難です。民衆に対する疑心暗鬼は,さらなる言論統制や世論誘導につながる可能性もあります。

言論統制が強くなるのか,言論の自由が広がるのか,これは党と民衆のゲームの構造で決定し,ゲームの構造が変われば,言論の自由化が進む可能性が存在します。

<参考文献リスト>
遠藤誉(2012)『チャイナ・ナイン-中国を動かす9人の男たち』朝日新聞出版
胡鞍鋼(王京濱)(2007)『国情報告 経済大国中国の課題』岩波書店
古畑康雄(2011)「ネット用語から読み解く中国(11)「五毛党」(続)」(http://www.toho-shoten.co.jp/chinanet/cn201106.html,2012年7月15日アクセス)
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡本式中国経済論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする