2012年07月21日

中国の一般民衆(人民)は共産党・政府を信頼している<岡本式中国経済論39>

今日のネタは「経済」とは違うのですが,政治経済学的なネタです。

世間では,中国共産党や政府に対する批判をネットから取り出して,「すわ,民主化の動きか!?」,ということもよく言われるのですが,私は,中国の一般民衆(人民)は共産党や政府に対する信頼は意外に高いと思っています。

経済が発展してきて,中間層が台頭し,価値観が多様化するようになって,自分の意見を発表する人々が増えているのは事実です。

とくにネット空間では中国共産党や政府に対する批判は普通に出されるようになってきています。世論を誘導すべく共産党に指示されて党・政府を擁護する五毛党(ネット評論員)が出現するなど,ネット空間では党・政府対民衆が意見の自由空間を奪い合っているような感じになっています(例えば,遠藤2011)。

とはいいながら,中国の一般民衆は共産党に変わりうる政権野党をもたない以上,共産党・政府を批判することによって党・政府を監視しているだけであって,転覆を望んでいるわけではないようです。その根拠をあげてみたいと思います。

1.民衆意識

園田(2008)は社会調査を実施して,中国の一般民衆の民意に迫ろうとしています。7割以上の回答者はテクノクラシー(専門家による支配)を支持し、中央政府を信頼し、言論の自由への制限を容認しています。(園田2011でも似た結果が出ている。)

佐藤(2011)は,北京大学の白智立の調査を紹介しながら,共産党支持率は消極的ながらも高い,と指摘しています。

社会調査では,共産党しか政権を担えない以上,混乱を望まないならば現政権を支持せざるを得ないということを示しているといえるかもしれません。

2.烏坎事件

党・政府を信頼している事例として烏坎事件があげられます。事件の経緯を遠藤(2012)に沿って紹介します。

烏坎村事件は,地元政府と農民の争いで,最終的には上層地方政府(省政府)が農民の要求を認めたという事件です。

土地問題を中心とした政府の腐敗に怒った烏坎村の農民が2011年9月21日に村民委員会に陳情しますが,武力で蹴散らされてしまい、逮捕者も出る事件が発生しました。村民は15名の村民代表を選び,陸豊市政府に三つの条件を提出します。

内容は,

1. 土地売買状況を明確にすること
2. 村民委員会選挙の実態を明らかにすること
3. 村民委員会の業務と財務状況に関して公開すること

の3点です。

9月29日には烏坎村の村民が自主的選挙を行い、烏坎村村民臨時代表理事会が結成されます。村民たち自らが代表を決めるという下からの民主化の動きが発生し,世界的にも注目されました。

これに焦った市政府は烏坎村の共産党支部書記、副書記(村民委員会主任)を辞任させます。一方で村民たちが決めた臨時代表理事会の幹部を拘束し,その活動を非合法化しました。村民の抗議活動は過激化していきます。

12月20日広東省党委員会が全面譲歩することとなります。その省の決定が村民に伝わり,22日省党委員会副書記の朱明国が烏坎村に入ります。すると、村民は「共産党を支持する」と大歓迎しました。共産党支配に反対する民主化行動の動きにまで拡大せず,むしろ村民は共産党を支持していることを表明したのです。

この事件は,真に民意を重視して要求に応えても社会主義国家は崩壊しないことを政府は学んだ,と遠藤(2012)は述べています。


3.党・政府に信頼が高い理由

さて,一体なぜ党・政府に信頼があるのでしょう。

一つは歴史的なものがあるのかもしれません。呉軍華(2008)も指摘するように,中国のメンタリティーには聖君賢相、聖なる君主と賢明な宰相に期待しようとする人々の心理があります。

佐藤一郎(2007)も,中国の歴史は革命の歴史であり,革命は有徳の君主によって指導されなければならない,という原則がある主張します。この原則は古代から現代まで一貫しており、中国における理想の政治とされているようでする。『易経』にも変革肯定の思想と賢君を政権の中心に据える伝統が垣間見える,といいます。


もう1つは党の変容です。

リチャード・マクレガー(2011)は,中国共産党が経済成長を続ける中国を統括できたのは、共産主義のスタイルである独裁的な政権と政治制度を維持しながら、イデオロギーを脱ぎ去ることに成功したからだ,と主張します。2001年には,三つの代表が打ち出され,企業家であっても入党できることとなりました。農民とプロレタリアートの党であった共産党は,広範な利益の代表であると,実質的な共産主義を脱ぎすてることとなります。また近年の新しい党員は,エリートや企業家との人脈が持てるというのが入党の動機になっているといいます。

呉軍華(2008)は,天安門事件以降、共産党はイデオロギー政党から開発独裁型政党に転換し、同じく江沢民の三つの代表で、既得権益層や中間層を取り込むとともに,ナショナリズム教育は共産党への求心力にもつながった,と述べています。

北村稔(2005)は,中国共産党は本当の共産主義を体現していない,歴史的な統治スタイルにあっているだけであることを指摘しています。中華人民共和国の出現は社会主義の衣を着た封建王朝であり,性急に外来の社会主義イデオロギーを導入し、咀嚼せずに社会に適用した結果、伝統の変革もならず、社会主義の実現もならなかった,と述べます。

つまり「共産主義」という思想にこだわらない,開発独裁型兼歴史的統治スタイルをもっている政党が中国共産党であるといえそうです。

4.今後の展望

でも,多くの論者(呉軍華2008,唐亮2012)が民主化は進まざるをえないであろうと予想しています。しかしどのように民主化の流れが起きていくのかは難しいです。

唐亮(2012)は,国力、公共サービスの充実、格差の縮小、中間層の成長など初期条件が整ってこそ民主化が可能であり,民主化による社会的混乱の軟着陸が可能だとしています。初期条件も整わない中で,「迫られた民主化」は,コリアー(2010)が指摘しているように,大混乱に陥り,結局独裁に逆戻りするケースもあります。

温家宝首相も前回の全人代終了後に強調していたように,共産党自身も政治改革の必要性を認めています。政治とは利益の再分配の調整への参加であり,その調整メカニズムに何かしらの民衆の意見の反映が必要になってきているのは間違いがありません。


<参考文献リスト>
遠藤誉(2011)『ネット大国中国-言論をめぐる攻防』岩波新書
遠藤誉(2012)『チャイナ・ナイン-中国を動かす9人の男たち』朝日新聞出版
北村稔(2005)『中国は社会主義で幸せになったのか』PHP新書
呉軍華(2008)『中国 静かなる革命』日経新聞出版社
佐藤一郎(2007)『新しい中国 古い大国』文春新書
佐藤賢(2011)『習近平時代の中国-一党支配は続くのか』日経新聞出版社
園田茂人(2008)『不平等国家 中国―自己否定した社会主義のゆくえ』中公新書
園田茂人(2011)、「人の移動と社会の安定性:天津市におけるサーヴェイ調査からのアプローチ」渡辺利夫・21世紀政策研究所・朱炎編『中国経済の成長持続性:促進要因と抑制要因の分析』(『21世紀政策研究所叢書』)勁草書房
ポール・コリアー(甘糟智子)(2010)『民主主義がアフリカ経済を殺す』日経BP社
リチャード・マクレガー(小谷まさ代)(2011)『中国共産党-支配者たちの秘密の世界』草思社
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2012年06月30日

中国農業の産業化(集団化)<岡本式中国経済論37>

中国農業で再集団化の傾向が見られます。

1978年以降の改革で農家経営請負制が導入されて以来,経営自主権を取り戻した農民が一生懸命働くようになりました。しかし,農地が人口(家族数)に応じてほぼ平等に配分されたために,零細農家が大量に誕生しました。

このため農村では,市場の荒波に翻弄される農家が増えるようになり,農家の組織化が必要ではないかと言われるようになります。流通も国営であった供銷合作社が民間の流通業者にとって代わり,農家は仲買人が農作物を買付に来るのを待つ状況となり,仲買人に買い叩かれることとなりました。農家が経済取引上,不利な立場にあり,それゆえ農村の経済発展が難しいという状況に置かれています。

そこでよく言われるのが日本の農協のようにある程度の組織化です。

先進国でも農業の集団化は進んでいます。正確には組織化ですが,食の安全などの理由により,畜産業では鶏の飼育からその加工,製品まで一貫して企業が行うということがあります。これが垂直統合であり,インテグレーションと呼ばれます。一方で,そこまでいかなくても契約によって農家へ技術指導を行うとともに品質の揃ったものを一括して買い上げるといったゆるい組織化もあります。例えば,日本の商社が山東省の野菜を冷凍加工するときには,契約農家を作ります。

どちらにしても農家にとっては,農産品に対するリスクを軽減することができるので,安定的な供給を行うことができます。

1.農業産業化の意味

農業産業化の定義をみてみましょう。

「アグリビジネスの主たる担い手である龍頭企業が中心となり,契約農業や産地化を通じて農民や関連組織(村民委員会,農民専業合作組織,仲買人など)をインテグレートすることで,生産,加工,流通の有機的な結合を形成し,農産物の市場競争力強化と農業利益の最大化を図ると同時に,農村の振興と農民の経済的厚生向上を実現すること」と定義されています(池上・寶劒2009)。

産業化は基本的に以下の考えにそっています。

@農民の農業経営のリスク(天候リスク,不作リスク,販売リスク等)を軽減する。
A企業の食品経営のリスク(農産物の安全など)や取引コスト(農家から直接購入するなど)を軽減する。

農業から消費者の口に運ばれるまでのサプライチェーンを企業がマネージすることによって,よりよい品質でより安い製品を提供することが可能であると思われます。

このように農業産業化は農家にとっても農民にとってもはたまた消費者にとってもいい政策のようですが,思うようには進んでいないようです。


2.農業産業化の流れ

90年代には農業産業化の動きがあったようですが,中央がこの言葉を使うようになったは,1998年第17期三中全会での「農業・農村工作に関する若干の重大問題に関する決定」です。ここで農業産業化は農村や農業における重要な戦略であると位置づけられます。

2000年1月には中共中央と国務院から「2000年の農業・農村工作に関する決定」が出ます。龍頭企業(アグリビジネス企業)に対して,基地建設,資金調達,設備導入,輸出振興などを政府が支援すること,そして龍頭企業を中心に農業産業化を行うという方策が打ち出されます。

さらにこの施策を具体的にしたのが「農業産業化経営重点龍頭企業を支援することに関する意見」です。国家に指定された龍頭企業はさまざまな支援を受けられるようになりました。

農業産業化の歩みはゆっくりしたものであったので,2008年11月の第17期三中総会において,さらなる農業産業化の推進が確認されます。

3.産業化の課題

このように農業産業化が政府の支援の元ですすめられてきましたが,さまざまな課題がありました。

渡邊(2009)は豚の生産する農家と豚肉加工を行う龍頭企業の関係を分析しています。企業+農家という形で産業化が進むことが期待されたのですが,実際にはうまくいかず,企業+仲買人+農家という形になっていることが指摘されています。企業にとって,仲買人を使うほうが農家との関係をより低いコストでマネージすることができるからです。

企業+農家がうまくいかないとなれば,農家と企業の間に仲介が入ればよいということになります。結果,中国では,農家+仲買人+企業という取引関係が一般化されます。

これも問題です。仲買人が農村にやってきてどれをどれだけ買うかは仲買人が勝手に決められます。一種の需要独占であり,農家は仲買人の言うことを聞かざるをえません。この場合,農民や農村の発展は期待できないということになります。

となるとやはり何かしらの農民の組織化が必要です。組織化することによって,播種,管理,収穫等の作業の効率化,農業機械の共有化,販路の確保,交渉力の強化など,農民や農村の厚生向上にとってさまざまなメリットが期待されます。

このため人民公社なきあと,組織されるようになったのが農民専業合作組織です。農民専業合作組織は,龍頭企業と農家の仲介になることが期待され,価格や数量の交渉,多数の農家のとりまとめ,そして技術指導などが期待されました。2005年3月には「農民専業合作組織の発展を支持・促進することに関する意見」が出てきて,合作組織の法制化が行われるとともに具体的な支援策が打ち出されました。

寶劒(2009)によると,地方政府が主体となって合作組織を作るパターンや仲買人が中心となって設立したもの,龍頭企業が設立するもの,農家が起業してつくるものなどさまざまな合作組織ができたようです。それでも地方政府による合作組織が中心でした。

さて,この農民専業合作組織は企業+農民の間を仲介し農業産業化に貢献したのでしょうか。寶劒(2009)は四川の事例を報告しており,うまくいっているところもあるが,現状農業の技術支援や技術普及,情報提供にとどまっているのが現状のようです。(ただし,合作組織の数は近年増えていることが報告されています。)

やはり,人民公社解体以降,零細農家を組織化する,あるいは龍頭企業の垂直統合によって農業を産業化するのは難しいようです。

4.ホールドアップ問題

農民を組織化することや企業の中に入る垂直統合には何の問題があるのでしょう。1つめはフリーライダー問題,もう1つはホールドアップ問題が指摘できそうです。

農民専業合作組織は地方政府主導で作られています。合作組織はある種の公共財です。組織ができれば作業効率や技術向上,さまざまな面でコストを削減しメリットが得られそうです。

龍頭企業における垂直統合も同じようなメリットが考えられます。農民は農産物の買い上げについて心配することなく,労働することが可能になります。

しかし,合理的な農民にとってもっともいい選択は組織(企業)の中に入らずに合作組織や龍頭企業の技術や販路情報などの外部性を受け取ることです。つまり組織化の負担はせずに正の外部性はうけとろうとするフリーライダーになります。実際,宝剣(2012)の報告によると,合作組織に入る,入らないの違いで農民収入の違いは存在しないようです。無理に組織に加入しなくてもよいということになります。ただ実際は加入者は全国で増加しているので,政治的な圧力によって組織加入が進んでいるようですが,事実上は組織化されているとは言いがたいでしょう。

つまり,農民専業合作組織が政府主導で作られているのも納得がいきます。

もう一つのホールドアップ問題は,組織化しようにも組織化できないということを意味します。

組織や企業は農民に指導通りに水準の高いものをしっかり生産してもらいたいのですが,合理的な農民にとっては一旦組織のなかに入ってしまうと,解雇される恐れがないために,きちんと働かない(あるいはいい農産物を生産しない)という選択が最適になってしまいます。また自由に農業をやっていたところに企業や組織に口を入れられるとますますやる気を失うでしょう。その状況を想像すると企業も組織化を行うというインセンティブがなくなるので,企業や組織にとって農民を組織化を行わないというのがもっとも合理的な選択となります。企業,農民ともに組織化に対してホールドアップ(お手上げ)状態になります。

合作組織がそこまでのきついしばりのある組織ではないにせよ,組織化には難しいハードルがあるようです。

中国では農業産業化よりも契約農家として企業と併存する形態が普及しているようですが,その理由として,@リスク,Aホールドアップ問題,B監視,管理コストがあげられています(池上・寶劒2009)。また渡邊(2009)には,契約農家の方が品質管理の面においてもしっかりしているというアンケート調査結果が示されています。

中国では農民,農村の厚生増大のために農業産業化が期待されていますが,現実,企業と垂直統合するよりは,契約農家のままで,農民専業合作組織で農民の取引コスト削減,交渉力の増大が目指されていますが,実際はつかず離れずといった形のようです。

この形態にはなんらかの合理性があるのかもしれません。農民行動の背景にある合理性が理解されれば,今後の産業化政策にも何かしらの有益な提言が可能になってくるでしょう。

農業産業化の今後の研究に注目していきたいと思います。

<参考文献リスト>
神戸伸輔(2004)『入門 ゲーム理論と情報の経済学』日本評論社
池上彰英・寳劒久俊(2009)「農村改革の展開と農業産業化の意義」(池上・寳劒編『中国農村改革と農業産業化』アジ研選書18アジア経済研究所)
渡邊真理子(2009)「農産物市場における龍頭企業と農民の取引関係-豚肉産業を事例に」(同上書)
寳劒久俊(2009)「農民専業合作組織の変遷とその経済的機能」(同上書)
寳劒久俊(2012)「農民専業合作社による農業経営の変容−農家調査に基づく実証」(中国経済学会第11回全国大会2012年6月24日)
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2012年06月16日

中国地域間産業連関表<岡本式中国経済論番外> Interregional Input-Output Table for China

2009年度から2011年度にわたって実施してきた科研費研究での成果を公開します。
The estimation work for building interregional input-output tables for China has been done from 2009 through 2011. The result of the database is opening now.

Interregional Input-Output Tables for China , the year of 1987, 1992, 1997, 2002 and 2007 (Excel file, in English)
(中国地域間産業連関表,中国区域间投入产出表)

The Explanation of Estimation Procedure (PDF file, in English)
(中国地域間産業連関表の推計について,中国区域间投入产出表的编表方法)


商用目的以外の利用は自由です。ただし著作権は放棄しませんので,利用の際にはクレジット(出所表記)をお願いします。
This data can be used for only non-commercial purpose. However you must acknowledge me in your works. Thank you.

Creative Commons License
Interregional Input-Output Tables for China by Nobuhiro Okamoto is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial 3.0 Unported License.
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2012年02月11日

中国の「関係(Guangxi)」経済<岡本式中国経済論36>

中国経済を語る上で欠かせないのが,「市場経済化」です。計画経済を廃止して市場経済を導入し,1992年には中国の改革の目的は「社会主義市場経済」を構築すること,としました。この結果,中国はどの国もやったことのない「社会主義市場経済」という国づくりに取り組んでいるわけです。

「社会主義市場経済」は何か,例えば中兼(2002)では、「中国の経済体制からは「社会主義性」が次々と失われ、中国はごく普通の市場経済体制に変わりつつある。ケ小平は「中国的特色のある社会主義」の建設を唱えたが、実態は「中国的特色のある資本主義」と呼ぶ方が相応しい。」と述べています。

小島(1997)は,この経済体制の改革を「官僚金融産業資本主義」への移行期ととらえています。これは政府が主導して資本を蓄積して,産業に投資している現状を指しています。

東(2007)は人的ネットワークを活用して不正に利益を最大化しようとする「ヘデラ型資本主義」と定義しました。ヘデラとはツル科の植物が群生化する様子を示したものです。開発経済学でも出てくる,いわゆる「縁故資本主義(クローニー・キャピタリズム)」のことを示します。

言葉的にはどのような評価を行うにせよ,中国でビジネスをする人をはじめ,多くの日本人が中国での取引で目にする,あるいは体験するのが「関係(Guangxi)」(コネ)です。ある意味,中国の「社会主義市場経済」は市場経済で取引するときに,「関係」があると取引に有利になってくるわけで,この「関係」がないとビジネスもうまくいかないというようなこともあります。

ある意味,「関係」経済が「中国の特色ある社会主義」だともいえるわけです。

今日は,中国経済においてなぜ「関係」は重要なのか,考えてみたいと思います。これも結論を先取りすれば,市場が未発達なため,「関係」で取引を行う方が合理的であるからです。

まず,ニュースから見てみます。

「関係」が肯定的に捉えられるニュース。

コネから読み解く中国社会=地縁、血縁、業縁は不可欠なツール―韓国紙(レコードチャイナ)
2009年7月12日 15時15分


2009年7月、韓国紙・朝鮮日報は中国社会におけるコネの重要性を取り上げた。中国社会を知るためには、まず中国的なコネのあり方を学ぶ必要があるという。11日、中国新聞網が伝えた。

コネ、中国語で「関係(グワンシー)」の重要性を示す典型例として朝鮮日報が取り上げたのが奇瑞自動車。創設わずか12年だが、電気自動車を発売、2010年には海外工場数も現在の8工場から14工場にまで増やす計画を持つなど破竹の快進撃を続けている。同社の創設から成長の過程はまさに中国的「関係」を最大限に利用したものだった。

奇瑞自動車の尹同耀(イン・トンヤオ)理事長は大学卒業後、吉林省の第一汽車集団に就職、工場物流課長の地位についていた。その運命が変わったのは1995年のこと。地元での自動車産業振興を考えていた安徽省蕪湖市政府の視察団が工場を訪れた時、同市出身の尹氏に目をつけ引き抜いたのだという。翌年、奇瑞社副総経理となった尹氏だったが当時の従業員はわずかに8人。安徽工学院(現合肥工業大学)自動車専攻だった尹氏は大学の「関係」を頼り、従業員を集めたのだった。

血縁や地縁、業縁(同じ企業に属していた場合など)といった「関係」を活用する例は奇瑞社にとどまるものではない。地縁の典型例といえば華人社会だろう。世界各地に6500万人もの華人が住んでおり、出身地や血縁によるグループを形成している。東南アジアの華人グループでは創業を目指す若者に無担保で巨額の費用を貸し付けることすらあるという。それでも返済が滞ることはほとんどない。もし規約に違反すればブラックリストに載り、永遠に華人社会から追放されてしまうためだ。

広大な中国では方言も多く、コミュニケーションがままならないことすらしばしばある。こうした社会で「関係」は相手の警戒心を解く重要なツールとなっている。こうした「関係」を学ぶこと、それこそが中国社会を読み解く「手引き」になると朝鮮日報は指摘した。(翻訳・編集/KT)



人の抜擢や,一緒に取引するパートナーとの組織化に「関係」が必要というのは,私たちの日本社会でも普通にある現象です。でも中国では非常に大きな位置を占めています。

次に,「関係」が否定的に捉えられるニュース。


富める中国人、コネ社会で汚職も増加―中国(レコードチャイナ)

2011年9月14日、コネ社会と言われる中国で、急速な経済成長を遂げると同時に汚職や賄賂も急増している。出産から入学、就職、葬式まで、人生の至るところに汚職と賄賂がついて回るという。新華社が伝えた。

このほど「中国式コネクション」という書籍を出版した作家の浮石(フー・シー)氏は、コネは中国に限った特徴ではなく、欧米にももちろん存在しているが、中国では社会の至るところにまで浸透していると話す。もちろん中国人のすべてがコネに通じているわけではないが、誰もがコネを使えばそれはそれで新たな“平等”となると指摘した。

ドイツに本部を置く反汚職・腐敗NGO団体トランスペアレンシー・インターナショナルは、中国における汚職・賄賂は経済成長に応じて激しさを増す一方だとしている。中国政府は様々な活動を通じて汚職撲滅に努めているが、汚職や賄賂はすでに完全に中国社会の一部となっており、根絶はきわめて難しいという。

中国政府は2008年に景気悪化を打開する総額4兆元(約48兆円)もの景気刺激策を打ち出したが、それも汚職の温床となった。また、鉄道プロジェクトには2010年だけで7000億元(約8兆4000億円)が投じられたにもかかわらず、これを監督する独立した機関すらない。その結果、中国の鉄道プロジェクトは世界最大のスキャンダルとなってしまった。



このニュースによれば,「関係」を使うことによって,法律を越えた取引もできるわけで,これが汚職の温床にもなりうるとしています。

このように「関係」は,中国で取引をするときに,法律をも超えうる力を発揮するスーパーツールになっています。


(1)「関係」は情報を提供する

計画経済のところでも触れましたが,市場取引にはコストがかかります(なぜ計画経済を採用したのか<岡本式中国経済論35>)。とくに取引が成立するまでに,取引相手を探し,落としどころを交渉することが必要です。取引相手が信用できるのかどうか,頼りうる相手であるのかどうか,信用情報は取引する上での前提です。また取引される財やサービス自体も信用できるものであるかどうかも重要な情報です。偽物を提供されたり,金額に見合ったサービスが提供されなかったりすると,取引は「失敗」ということになります。

市場での取引の根幹は私的所有権のやりとりです。子どもを裏口入学させるにも,お金と子どもの入学許可を引き替えにするわけですから,お金の所有権を手放し,入学許可証という所有権を得ます。この所有関係の取引が市場取引です。

市場経済があまり発達していない場合,取引は「知り合いからの情報」をもとにして行われることが多くなります。日本でもそうですが,市役所が近所の水道管を修理しようとして,どの土建屋に注文したらいいかわからない場合,知り合いを通じて紹介してもらうということは普通に行われます。人から紹介してもらうことによって,取引相手を「探す」という捜索コスト,そしてその取引相手は信用できるのかどうかという調査コストを削減することができます。

これが癒着の温床になります。開発経済学でいう「縁故資本主義」であり,この「縁故」が中国の「関係」にあたります。とくに中国では市場での信用問題が曖昧であるので,「関係」が市場取引の補助的役割,すなわち情報提供の役割を負っていると考えられます。


(2)「関係」が支配する社会と「ルール」が支配する社会

Li, Park and Li(2003)は「関係」が支配する社会と「ルール」が支配する社会の違いについて議論しています。以下,これを紹介していきます。

ルール支配型社会においては,情報は誰でもアクセス可能で真偽のほども確かめやすいものであり,公共のものです。ところが関係支配型社会では情報は私的なものになり,局地的なものとなっています。

ルール支配型社会の固定費用は非常に高いです。ルールを作るために,法律を書く,契約書を書く,そして法律や契約を解釈する,実行する,実行されなかったときに強制できるような法律を制定するなど,体系化したルール制度を導入するには非常に大きなコストがかかります。

一方,関係支配型社会では固定費用は安くなります。行政指令や個人の力関係だけで取引の実行や強制ができるからです。

限界費用はどちらの社会でも変化していきます。関係支配型社会において,取引先が拡大していったり分業が進んだりすると,取引相手との「関係」を維持,管理していくコストはバカ高くなっていきます。人との付き合いが増えれば増えるほど,お互いの関係をよく保つための費用は高くなっていくというわけです。

ルール支配型社会は,取引先やビジネスの拡大は,情報共有化の機会が増大していき,関係に頼らない取引も可能になってきます。法律も整備しされることによって,ルール社会を維持,管理するコストは急激に減少してくると考えられます。


(3)中国の「関係」社会は市場経済化への過程

関係支配型社会では,市場取引とちがって無駄も多くなります。Li, Park and Li(2003)の指摘していることをまとめると

@現金ベースでの取引が主体になる。→米国が対中赤字になるのは,現金ベースの取引であるため中国経済が輸入抑制的になる。
A頭脳流出しやすくなる。→優秀な人が生産性の高い職種につけない可能性があるので,ルール型社会に移動する。
B独占。→情報を持つ人(官僚)がさまざまな社会資源を独占することになる。
C意見表明しにくくなる。→人との「関係」を優先するために自由な意見を表明しにくくなる。
D技術革新が進まない。→人の評価が過去の経験にそったものとなるため,新たな冒険がしにくい。
E計画的でない。→機会があればそのチャンスを逃さないという機会主義に陥り,将来的な計画が立てづらい。

ということが指摘されています。

結局,中国経済がどれだけ関係支配型社会なのかルール支配型社会なのかは,市場(関係)経済の大きさとその取引コストがもっとも小さいところで決定されることになります。市場経済が進んで,関係を維持するコストが高くなると,関係によって取引が実行されることが減少し,さらなる市場経済化が進んでいくと思われます。

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コラム:中国経済の未来、「縁故資本主義」からの脱却が鍵に(ロイター)

(前略)

中国では「階層」システムが浸透している。最上層にいるのは党有力者の子どもで、コネを売り物に億万長者になる。その後に続くのは官僚で、税金のほかしばしば賄賂を資金源に、優雅な生活を楽しんでいる。汚職や腐敗防止に取り組む国際非政府組織(NGO)トランスペアレンシー・インターナショナルによる2010年の「世界汚職指数」では、中国は178カ国中78位タイとなっている。また一方では、国営企業は市場の独占や寡占による利益を享受し、配当金は最小限に抑えている。つまり、経済活動で実った果実は、その大部分が上位階層に属する人間の手に渡っている。

(中略)

中国政府が万一に備えて(民衆の不満など:筆者注)防備を固めようとしても、不満解消のために分配できる富はかつてほど多くなく、封じ込めた抗議活動がまた違った角度から勢いを増す可能性もある。

ここに1つの選択肢がある。縁故資本主義と中国共産党の一党支配をともに取り壊すことだ。まず考えられないことだと認めざるを得ないが、もしこの選択肢が斬新的な手法で実現できた場合、中国はより欧米の民主主義に近い体制に平和的に移行できるだろう。

(後略)



関係社会を崩すのは,市場経済化なのか,関係社会が作り上げた不平等社会に対する民衆の不満なのでしょうか。

関係社会であるのは,市場取引のコストが高いためであり,そのため費用対便益を考えると関係で取引する方が合理的であるというわけです。したがって,誰かが意図して関係社会を構築したり,廃止したりはできません。

関係社会をなくすのは,意外に,着々とすすむ市場経済化の見えない力だといえます。


<参考文献リスト>
小島麗逸(1997)『現代中国の経済』岩波新書
東一眞(2007)『中国の不思議な資本主義』中公新書ラクレ
中兼和津次(2002)『経済発展と体制移行』名古屋大学出版会 
Li, Shaomin, Park, Seung Ho and Li, Shuhe (2003) The Great Leap Forward: The Transition from Relation-based Governance to Rule-based Governance. Organizational Dynamics, Vol. 33, No. 1, pp. 63-78(http://ssrn.com/abstract=904336
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2012年01月28日

なぜ計画経済を採用したのか。<岡本式中国経済論35>

今日は現在と関係はないのですが,なぜ中国では計画経済が採用されたのか考えてみたいと思います。

仮説として「中国では内戦や外国資本の独占により市場が存在せず,市場取引を採用するコストが高かった」ということを主張してみたいと思います。

以前,「歴史制度分析とゲーム理論」のところで,中国が市場経済を採用するか,計画経済を採用するかは初期条件に依存すると述べました。

また同じエントリで,ゲーム論での数値例の事例では,計画経済を好ましいと思う人が2/3以上になると計画経済が採用される,と結論づけています。

今日は,計画経済が成り立つ初期条件を市場での取引コストからもう少し深く説明したいと思います。

(1)計画経済の成立

建国以前の毛沢東は建国のイメージを「新民主主義革命」(1940年)としてとらえていました。それは,「中国は19世紀から国内の旧封建支配層の上にすでに帝国主義化した列強が覆い被さったために,内発的な新興資本家の成長が弱く,封建体制を覆していく力は弱い」ものだったので,「労働者,農民,民族資本家,小ブルジョア階級の4つの階級が統一戦線を組んで,封建体制を覆す革命」です(小島1997)

ところが,建国以降,1953年「過渡期における党の総路線」を通じて,庇護する予定であった民族資本家をはじめとして,帝国主義と一緒に儲けを得ていた官僚資本家などを国有化する方針に転換しました。農村では集団化を推進し,人民公社化へと進みます。社会主義の前例が旧ソ連しかないことから,ソ連からの援助を得て,国家計画委員会を設置し,第1次五カ年計画を実施します。これにより急速な計画経済体制が形成されていきます。

そもそも社会主義に移行するには,マルクスが想定していたように「封建主義→資本主義→社会主義」の段階を経ます。その想定もあったのでしょうか,毛沢東は建国の段階では急進的社会主義を望んでいるようではありませんでした。つまり資本主義の経済制度である市場経済が十分でないという判断があったとも想像されます(渡辺1994)。

ところが1953年から急進的社会主義に移行します。第1次五カ年計画の実施と計画経済体制への移行が開始されました。

(2)市場経済にはコストがかかる

市場経済というのは簡単にできるものではありません。取引相手を探し,見つかったら交渉して取引をするかどうか決めます。決めたあと実際に取引がなされるかどうか,なされなかった場合の法の執行状況はどうなっているか,といったさまざまな手続きを経て取引が達成されるシステムです。

一般に市場経済で必要なコストは

探索コスト
交渉コスト
執行コスト


です。探索コストでは,取引場所があるかどうか,とくに都市部という人が集積しているところ,あるいは港湾などで荷揚げや荷の配送の拠点になるようなところで「市(いち)」が立てば,取引は可能になります。ある意味取引市場が地域的であり,中国全土にあったわけではありません。中国全土の経済発展を考えた場合,全国市場形成にはコストが高いと考えられます。

交渉コストは,交渉するためには経験が必要であったり,他の財の取引事例の知識が必要だったりします。それらの経験や知識を得るためにはコストがかかりますし,相手が信頼できるかどうかを判断するための材料も手に入れなければなりません。この時点で交渉のためのかかるコストは安くないわけです。内戦後の中国の市場経済は非発達であったと思われます。したがって,経験や知識,信頼などの情報を得るのは難しいと思われます。

執行コストは,交渉により何をどれだけ取引するか決定したあと,いつまでに納品するか,出来なかったときに,それを強制するような法律や命令する機関(裁判所)などが整っているかどうかのコストです。とくに執行コストは所有権とその売買に関する規定と罰則の執行となりますので,社会的にきちんとした法体系と執行システム(裁判所)が存在しないとなりません。これはもっともコストのかかるものです。混乱していた1950年前後の中国で執行システムが確立していたとは思えません。


(3)富国強兵を目指すために

中国がより強い国づくりに励もうとするとなると,経済的に豊かになる必要があります。そのために経済発展を行わなければなりません。経済の取引を自由にしたとしても,地域的な一部の小さな場所で取引がされている,とか,誰がその取引に参加しているのか,とか実際には詐欺が横行しているといったような社会では,富国強兵に先立つ発展を得ることはできません。

つまり経済体制として市場経済を採用するコストは非常に高かったと考えられます。むしろ計画経済体制のように中央集権的に資源配分を行なったほうが富国強兵を早く達成すると考えたとしても不思議はないでしょう。アジアにおいて開発独裁が主流になったのも,この辺の背景があります。独裁的権力を持つ人がリーダーとなると,(リーダーの頭の中では)市場経済を発達させるような制度を構築するコストよりも,中央集権的資源配分システムを構築するコストの方が安い,と考えるのかもしれません。


中国では,新中国の成立の主役となった毛沢東が,革命家としての急進性を持っていましたし,党内の権力闘争を通じながらさらなる共産主義純化を求めました。したがって経済的にはより集権的により計画的な制度を採用しようという誘因が働いたと思います。その誘因のもととして,計画経済体制の導入のほうがコストが安かったことにあると考えられるわけです。

以上のような議論(思いっきり仮説ですが)から,計画経済体制を採用しうるコストは非常に低く,結果,計画経済体制の採用に至ったとも考えられます。


<参考文献リスト>
小島麗逸(1997)『現代中国の経済』岩波新書
渡辺利夫(1994)『社会主義市場経済の中国』講談社現代新書

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2012年01月14日

農民工はなぜ群衆事件を起こすのか?<岡本式中国経済論34>

一昨年(2010年)あたりから,沿海地域の工場労働者のストライキが話題に上がるようになりました。象徴的なニュースはiPhoneなどの製造を手がける台湾資本「富士康」での労働者自殺,それに類するストライキでした。また農民工と政府の衝突(いわゆる群衆[群体]事件)も頻繁に発生しています。

農民工が,集団化した行動,いわゆる群衆事件(暴動やストライキ)を起こすのはなぜか,考えてみたいと思います。結論を先取りすると,市場経済での解決ができないために,組織化した交渉解決を図ろうとしていることになります。この現象は中国の市場経済化過程における避けられない必然的な現象とも捉えられると思います。


まず昨年のニュースで衝撃的だった以下のニュースから。

中国広東省で暴動、千人以上が警察襲撃か 発端は妊娠中の露天商への暴行?
2011.6.13 08:23          (MSN産経ニュース)

 【上海=河崎真澄】中国国営新華社通信は12日、広東省広州市郊外で11日、露天商に対する治安当局者の取り締まりが原因で騒動が起きたが、警察隊により排除されたと報じた。スーパーマーケットの店頭で露店を違法に開いていた女性に治安当局が撤去を命じたことに、周囲にいた労働者らが反発したという。この女性は身柄を拘束された。

 一方、現地からの情報によると、この騒動は千人以上が加わる暴動となり、25人が警察に拘束された。露天商の女性が妊娠中にもかかわらず、治安当局者から殴る蹴るの暴行を受けて助けを求めたため、出稼ぎ農民らが警察署や警察車両を襲撃。暴動化したところに多数の警官が現れて、鎮圧された。

(中略)

 中国ではこのところ、内モンゴル自治区シリンホト市や広東省潮州市、湖北省利川市などでも当局に対する大規模な抗議デモや騒乱が発生しているが、遊牧民や出稼ぎ農民ら、社会的弱者が中心になっている。



若い出稼ぎ農民はネットや携帯を使ってストライキ、2010年の抗議行動は100万件以上―中国
   (レコードチャイナ)


2011年10月11日、香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは、香港に本部を置く中国労工通訊社のデータを基に、中国の若い出稼ぎ労働者(農民工)は企業がより多くの給料を支払う能力を持っていると認識しており、インターネットや携帯電話を利用して呼びかけたストライキなどで実力行使し、目的を達成する傾向が強くなっていると報じた。14日付で環球時報が伝えた。

(中略)

同社の責任者は「若い出稼ぎ労働者の多くは故郷に戻って農業に従事する考えを持っておらず、都市部で暮らしたいとの希望を持っている。しかし都市での生活にはお金が必要で、これがストライキや抗議の原因になっている」と分析する。

同レポートによると、ストライキや抗議行動は携帯電話やインターネットを通じて呼びかけられるケースが多く、2010年に政府が仲裁や調停を受け付けた労働争議は100万件に上っている。

中国国家統計局のデータでは、出稼ぎ労働者は1億5300万人に上り、うち58.4%が「80後」と呼ばれる80年代生まれの若い世代で占められている。中国政府は今後10年間に約1億人の出稼ぎ労働者が都市部へ移住すると予測しているが、その大部分は年金や医療保険を備えていない。こうした状況について、ある政府高官は「出稼ぎ労働者は社会安定に対するある種の試練である」と表現している。(翻訳・編集/HA)



(1)群衆(中国では「群体」)事件

農民工のみならず多くの民衆が集団になって政府と対立することがあります。これを中国では群衆事件(ストライキやデモ,暴動など)と呼びます。「市民みんなが闇金に出資する街=連鎖倒産に数千人がデモ―中国」(kinbricksnow)によれば,群衆事件を4つに分けています。

烏坎事件に代表される基層政府幹部の汚職や横領、官による土地の「略奪」をきっかけとしたもの
大連PX事件に代表される環境汚染を原因としたもの
南京LG工場など賃上げや未払い給与を求めるもの
そして安陽市のように闇金融(違法民間金融)で損をした住民によるもの

とあります。ここでは農民工を中心に考えたいので,上記類型ではおもに三番目の賃金関係に焦点をあてたいと思います。


(2)新世代農民の意識の高まり

農民工がストライキや騒動を起こすのはなぜでしょうか。上記ニュースを見るかぎり,@農民工というだけで差別的扱いを受けている(露天商のケース),A農民工の給与が不当に安い(あるいは給与や残業代の未払い),というケースが多いと思われます。

農民工が都市で出稼ぎに来て,仕事を探します。以前は地方政府が斡旋する場合や自分の農村出身者からの情報に基づいて探す場合など,「何かしら」情報をもって工場で働く場合が普通でした。

近年は,出稼ぎ労働者の流動化と出稼ぎ者労働市場の充実にともなって,求人票と面接を通じて仕事を見つけるケースも増加しています。

また上記ニュースにもありますように,出稼ぎ労働者は1億5300万人,うち8935万人ほどが80年代生まれの若い世代です。彼らは「新世代農民工」です。学歴も高く,建築現場やサービス業などのいわゆる3K職場ではなく,近代的で清潔な工場に勤務する労働者として働くケースも増加しています。

彼らの7割は農村に戻って農業をやる気持ちはありません。一歩譲って故郷に帰るとしても地元の都市部の住民になる希望をもっています。それでも戸籍制度が邪魔をして,都市住民としての生活に憧れながらも都市住民になれないという矛盾が存在します。

これらの新世代農民は,働くということについて給与面,待遇面において都市住民と同じ境遇を求めるのはある意味当然といえるでしょう。

参考:農村には帰らない農民たち=新生代農民工に関する社会調査を読む―中国(kinbricsnow)


(3)集団行為の目的

新世代農民は農業経験がなく都市部で滞留している農村戸籍をもっただけの事実上の都市住民です,

今までの農民工であれば,自分の親戚や自分の農村出身者が先に出稼ぎに出ていることが多いので,自分が就職する先の工場や職場の給与や待遇について,「情報」を持つことができます。しかし新世代農民工は,知り合いの紹介などではなく求人票に基づいて仕事を探し,就職することが増え,待遇や給与において自分が思ったものや想像したものと違うということは多々あります。就職したあとに,待遇がひどい,例えば残業代を支払わない,給与が未払いといったことに気づくことも多々あると思われます。いわゆる労働市場におけるミスマッチングです。望んでいた仕事と待遇が見合わないというケースです。

上のニュースでも,新世代農民工は先に労働市場における賃上げ圧力として集団行動をちらつかせています,つまり賃金の決定が自分の生産性と会社の評価が違うという前提に基づいています。

このように農民工は職場において労働賃金などの自分の待遇を守るために集団行動を起こすことになります。事実以下のニュースがそれを裏付けます。

「暴動やデモなど群衆行動により権利守る」との回答45%以上に=出稼ぎ労働者対象調査―広東省仏山市
     (レコードチャイナ)
配信日時:2011年9月11日 14時0分

2011年9月8日、暴動やデモなど群集事件を通じて権利を守るつもりだと考えている人が45.43%に上ることが、広東省仏山市の労働組合が行った調査から判明した。「事件を大きくすれば問題は解決する」と考えている人も16.34%に上った。河南商報が伝えた。

特に権利意識が高いのは若い世代の出稼ぎ労働者だが、実際に取ることのできる権利保護の手段は極めて限られている。そのため法的なルートに頼らず、組合のような正規の団体に頼ることもせず、直接企業の上層部に掛け合ったり、いきなり群衆事件を起こすのだという。

同郷会のようなグループの影響力も大きい。1980年代生まれのある出稼ぎ労働者は、事情に明るい同郷の人に相談し、NGOを通じて残業手当の支給を勝ち取ったばかりだと語る。出稼ぎ労働者が同郷会を頼る背景には、広東省の40%の企業で組合が結成されていないことや、組合があっても加入率が60%程度にとどまっていることがある。組合の存在すら知らない人も依然として多い。また、組合の力も弱く、組合員もいつ解雇されるか分からないと不安に感じているのが実情で、組合は有名無実化している。広東省の総組合基層組合の幹部のポストですら空席のままとなっているという。(翻訳・編集/岡田)


まとめると,群衆事件を起こすのは

@未払い給与などを確実に受取る
A正当な給与水準を要求する

ためだということになります。


(4)集団行為の理由

さて,ここでなぜ農民工が集団化するかということです。権益を守るためと答えてしまうと,そこから導かれる結論は,政府は農民工の権益を守れ,となってしまい,なんの解決にもなりません。

そこでここではもう少し深く農民工の集団化の理由を探ってみます。これをオルソンやブキャナンなどが提起した公共選択という分野から説明してみましょう。

農民工が集団化するには「費用」がかかります。経営者に賃金を支払わせようぜ,と周りの出稼ぎ農民工に声をかけ,集団化していくにしても「いや,オレいいよ,経営者に睨まれて首になったらいやだからさ」と尻込みしていく人が現れたりすると,集団化していくのは大変です。一人ひとり説得していくには時間や労力という「費用」がかかるわけです。1人が2人に,2人が3人に,たくさんの人を集団化していくに従ってどんどん費用がかかっていきます。

一方で,農民工にとって集団化することによって得られるメリットは大きくなります。とくに集団化して経営陣と話し合い,賃金が上昇したとするとその結果は集団に参加している人全員に行き渡ります。集団に参加する,もっといえば集団に名前を貸すだけで,集団行為による「外部経済」が得られます。集団の規模が小さい時は外部費用は大きいわけですが(人数が少ないと交渉を担当しないといけないかもしれない),集団の規模が大きくなると外部費用が低下していきます。つまり集団にのっかればメリットだけ得られるというフリーライダー(タダ乗り)が可能になります。

集団規模はどれぐらいになるかというと,この集団化する費用と外部費用を足したすべての費用が小さくなるところで,決定します(図参照)。


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現在では,ニュースでも見たようにメールなどでの呼びかけで集団化が行われます。この意味では集団化する費用は減少しています。また集団行為(群集行為)によって賃金などの成果が得られる期待が高まると,外部費用も減少します。結果,群集行為は増加するということになります。

また農民工の権益を守るために同郷会が果たす役割も無視できません。同郷会はその名の通り,自分の出身地域の人による集まりです。地縁による集団化はお互いの監視機能が働くため,集団化の費用は安いと思われます。また同郷会の幹部らが多種多様な経営者との交渉(暴力沙汰を含む)経験が多いとなると,外部費用も低下します。結果,同郷会という組織に賃金の未払いや待遇の改善をお願いしやすくなるわけです。

参考:現地人と出稼ぎ農民の内戦=「暴力装置」としての同郷会―広東省(kinbricsnow)


(5)結論

市場経済化が進み,労働市場における情報のミスマッチが起きないと仮定します。農民工は求職する企業の待遇や賃金について情報を持っています。自分の生産性(知識や学歴)と見合った賃金であれば,働くということになりますし,安いと判断すれば働かないという選択ができます。農民工の権益を守らない企業は,農民工から無視され,労働力調達が困難になり,市場で競争していくことができなくなります。そしてこのようなブラック企業は市場から退出していきます。

ところが中国は現在,市場経済化の過程のまっただ中です。農村戸籍をもった農民工が都市で働くというのは中国経済として想定されていない事態であり,後追いで認められてきた現象です。農民工の労働市場は徐々に形成されつつある段階であり,これから市場として成熟していくことが期待されるわけです。この場合,農民工が企業を探す,働く,実際に賃金を支払ってもらうという労働サービスの提供と賃金の交換過程において問題が生じます。簡単にいえば,企業が農民工を騙すということです。

市場での労働サービスの提供と賃金の受け取りということがうまく機能しないとすれば,その執行に集団化された組織の介入余地が生まれます。市場メカニズムが働かないのであれば,第三者による集団交渉による調整メカニズムが必要になるというわけです。

中国には企業に「工会」という労働組合がありますが,いわゆる御用組合であるため,労働者とくに農民工の権益を守る機能を果たしていません。そしてネットや携帯の発達,地縁や血縁による同郷会の存在などは集団組織化の費用が安くなるため,群衆事件が起きやすくなるということになります。

将来的に農民工の労働市場が透明化されていけば,市場で解決する方が集団交渉で解決するよりも費用が安くなってくるようになります。そうすると群衆事件が減少していくことが考えられます。したがって,現在の農民工による群衆事件の頻発は,中国経済の市場経済化の一里塚といえるでしょう。

<参考文献リスト>
マンサー・オルソン(依田博・森脇俊雅訳)(1983)『集合行為論―公共財と集団理論 (MINERVA人文・社会科学叢書)』ミネルヴァ書房
ブキャナン、タロック(宇田川璋仁監訳)(1979)『公共選択の理論―合意の経済論理 (1979年)』東洋経済新報社
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2011年12月24日

地方政府とは?<岡本式中国経済論33>

中国の地方政府について考えてみたいと思います。

梶谷(2011)は,中国の地方政府は「積極果敢なアクター」であるとして捉えています。地方政府のふるまいを確認しつつ,ここでは地方政府は成長を最大化するための経済主体であり,これを「群雄経済」であると定義したいと思います。

(1)経済学が意味する地方政府

地方政府が存在する意義とは何でしょうか?また地方政府の役割はなんでしょうか?

オーツの分権化定理にその秘密があります。地方政府が存在する意義は,中央政府よりも地方政府の方が地域住民のニーズや選好を把握しているため,地域住民が必要とする公共財・サービスを効率よく提供することができる,というものです。中央政府が各地域一律に公共財を供給しても一部地域にとっては必要でない場合もあります。この場合公共財の資源配分が失敗することになります。したがって地域のニーズや住民の選好という情報を把握している地方政府に,地域の公共財供給を委託する方が資源配分が最適化するということになります。これは定理の名前の通り,分権化の基礎理論となっています。

地方政府の役割は,その地域に住んでいる住民へ公共サービス(衛生,水,図書館など)や地方公共財(道路,橋梁,消防など)を提供することです。そのための財源として地方税を住民や企業に課すとともに,必要であれば地方債を発行することによって財源を確保します。この応益負担と公共財・サービスの供給が資源配分という観点から最適かどうか効率的かどうか,これが地方政府の行動を考える上で重要な視点となります。

とはいえ,地域間で格差が発生することは多々あります。この場合,国の水準(National Minimun)を満たすことができない地方政府があると,中央政府により補助金や交付金が回されて,最低限の公共財や公共サービスが提供できるようにしています。

経済学では中立的な立場から,地方政府を,市場の失敗を補正するために税を徴収し地方公共財を供給する役割として捉えています。

(2)地方政府の財源が土地?!

中国の地方政府においては,地方公共財の供給のための財源がやや特殊です。

財源調達のニュースではこうあります。

2011年11月1日Record China

地方政府の「赤字」は21兆円に=土地収入減、公共支出増で財政悪化―中国モバイル版URL : http://rchina.jp/article/55569.html
2011年10月28日、北京商報は今年第3四半期時点で、中国地方自治体の「赤字」額は1兆7638億元(約21兆円)に達していると報じた。

第3四半期時点で、国家財政は1兆2182億元(約14兆5000億円)という膨大な「黒字」を抱えている。しかし、地方政府の「赤字」は国の黒字をはるかに上回る規模。合計で1兆7638億元に達している。全国31省・市で黒字を達成したのは、北京市、上海市、浙江省、江蘇省、広東省の5省・市しかない。

地方財政悪化の原因は不動産価格抑制政策により土地売却が困難化し収入が減ったこと、低中所得者向け住宅の建設など公共事業の増大により支出が増加したことがあげられる。裕福な中央財政と債務を増やす地方財政という現状を変えるには、税収分配の構造改革が不可欠となろう。(翻訳・編集/KT)


このニュースによれば,地方政府の財政は悪化していること,そしてそれは土地売却が困難であるため収入が減ったことが示されています。

中国の地方政府にとって税とともに土地は財源の重要な柱になっていることを示しています。

次中国の地方政府の財源について歴史的に振り返ってみます。


(3)財政制度の変遷(記述は主に梶谷2011を参照にしています。)

計画経済時代の財政制度は,支出・収入を中央政府が統一的に管理する「統収統支」方式が基本でした。(ただし時期によって違いがあるとともに,地方に権限が委譲されていた時期もあります。詳細は梶谷(2011,第1章)を参照のこと。)

改革開放とともに地方財政請負制度が始まります(1980年の「「収支区分,分級請負」の財政管理体制の実施に関する暫定規定」)。これは定額を中央に納めたあとは,地方に財政資金を留保できるというシステムです。これにより地方政府の地方財政に対する徴税・管理に関するインセンティブが上昇します。

ただこれにより中央財政の全国財政に占める割合は減少していきます。中央政府の財政収入が減少するということは,国家の公共財の一律供給に支障をきたす可能性があります。中央政府は財政の安定を図るため,地方政府の反対を押しのけ,1994年に分税制を導入します。

分税制とは,中央固定収入に関わる税(関税,消費税,中央企業管轄企業の所得税など)と地方固定収入に関わる税(営業税,都市維持建設税,都市土地使用税,不動産税,土地増値税など),および一定の比率で中央・地方間で分配する中央・地方調節収入に関わる税(増値税,自然資源税,個人所得税,地方企業所得税など)に分類して,徴税の規範化と中央政府による財政収入の再分配機能を向上させることを意図しました。また支出についても,安全保障,外交,国家機構の運営費などを中央政府が支出し,それ以外を地方が支出するといった中央-地方の役割分担の調整も行われました。

この結果地方の取り分が減少します。地方政府は「予算外収入」を増加させ,地方政府としての財政安定を目指すことになります。

分税制以降,地方政府の重要な歳入減は,税金(中央からの再配も含む)という予算内収入と地方政府の自主的財源である予算外収入とに分かれました。予算外収入では各種税付加,地方政府が経営する病院やホテルなどの事業体からの収入,地方管轄国有企業の内部留保金などからなっています。

中央政府は予算外収入をそのままにしておいたわけではなく,1990年代の改革を通じて,予算内に組み入れるように透明度を増すようにしてきました。このような中,90年代後半以降,不動産取引にかかわる収入は地方政府の重要な財源としての位置を占めていきます。(中国の土地制度<岡本式中国経済論29>

(4)地方政府の財源

分税制が導入されて以降,地方税の中に不動産関連の税種目が多く含まれました。例えば

都市土地使用税
固定資産投資方向調節税
都市維持建設税
不動産税
印紙税
耕地占用税
契約税
土地増価税
国有土地有償使用収入税

があります(任2009表1より)。任(2009)によれば,不動産関連税は全国の財政収入の中で5%程度ですが,地方政府の財政収入では12%に達します。そして不動産事業が活発な,北京,上海,広州などの大都市ではさらに重要な財政収入となっています。地方政府の中でも省(直轄市)級政府の取り分よりも県級政府の取り分が多く,基層政府にとって重要な財政収入源となっています。

このような税収入以外にも予算外収入としての土地収入があります。土地出譲金(土地の譲渡費用),土地徴収管理費,耕地開墾費,土地登記費,不動産質量監督費などさまざまな名目で徴収される費用(手数料)が存在します(任2009)。同じく任(2009)によれば,浙江省のとある調査結果を引用しながら一部の県では土地出譲金の収入が予算外収入の6割を超えると報告しています。

地方政府にとって土地はカネのなる木です。経済成長のために必要な投資資金は,税収からではなく土地という不動産に関する費用徴収による収入で,賄われているということを意味します。

2008年の金融危機以降,地方政府はさらなる錬金術を生み出します。それが融資プラットホームです。これは4兆元の内需拡大策を中央から求められたときに地方政府が編み出した錬金術的手法です。

融資プラットホーム(「融資平台」)を簡単に説明してみましょう。

地方政府が,道路建設をしたいと考えます。とある土地区画を道路建設用地として土地の開発権限を,地方政府が出資した○○道路建設集団という公営企業に与えます。公営企業は,地方政府のお墨付きを得ているので,銀行から融資を受け取ります。受け取ったお金で道路建設に取り組みますが,開発する道路周辺の土地を住宅地にしたり,企業用の工業団地にしたりして収益を得ます。その収益を銀行融資への返済にあてるというものです。

簡単に言ってしまうと,地方政府の企業が銀行からお金を得て土地資産を開発することによって返済と開発を進めようとする,きわめて土地バブルを誘発しやすい構図をもっています。

これが近年の不動産バブルの元凶だとも言われます。


(5)債券発行

中国の地方政府が融資プラットフォームのような不動産バブルを誘発しやすいシステムを採用する理由は,開発のためのインフラ整備における税収不足,そして地方政府による債券発行が禁じられていることが考えられます。

そこで,最近,中央政府は地方政府の債券発行を認める決定をしました。


中国地方政府が土地中毒から脱却か?地方債解禁で財源補てん
サーチナ 10月24日(月)7時12分配信
 <中国証券報>中国国務院はこのほど、上海、浙江、広東、深センの4省・直轄市に地方債の自主的な発行を試験的に認めると発表した。この決定について専門家は、不動産引き締め策によって主力財源である土地譲渡収入を奪われた地方政府の懐を豊かにし、不動産引き締め策に対する地方政府の積極性を引き出すことができると分析している。21日付中国証券報が伝えた。

 地方債は現在、財政部が代理で発行する仕組みがとられているが、4省・直轄市に限って自主的な発行を試験的に認める。地方政府の財源確保に新たな手段を提供することで、地方政府の資産と負債の均衡を促すことが期待される。

 関係者によると、財源を安定して調達できるようになれば、地方政府は財源確保のために土地使用権の譲渡を急ぐ必要がなくなり、中央が進める不動産引き締め策の有効性をより高めることができる。

 ただ試験都市の一つに選ばれた浙江省の省都、杭州市の政府関係者からは、「地方債の償還財源を土地収入に頼る事態にも陥りかねない。地方債の自主発行が、土地収入に過度に依存する地方政府の体質を変えられるとは思わない」という声も出ている。(編集担当:浅野和孝)



中国の地方政府が「地方債」で資金調達 バブル崩壊懸念で不動産依存から脱却 
2011.11.17 22:49 (1/2ページ)
 【上海=河崎真澄】中国の地方政府が土地使用権の売却など不動産に依存してきた財政を見直し、「地方債」の独自発行で資金調達の多様化を図り始めた。上海市が15日に中国で初めて地方債を独自起債したのに続き、18日に広東、21日に浙江の両省も発行に踏み切る。不動産バブル崩壊懸念で、タダ同然だった農地を工業用地として使用権を売却し、巨額資金を得る“錬金術”にかげりが見え始めた上、債務保証した建設プロジェクトが不良債権となって地方財政の重しになる事態が懸念されている。

(中略)

 中国では従来、地方政府の銀行借り入れや起債が禁じられて収入源が限定される一方、インフラ整備や教育、社会保障負担など支出圧力が増大しており、資金繰りが悪化。多くの地方政府が土地の使用権売却収入への依存を強め、農地の乱開発や強制収容、地上げの問題が深刻化していた。

 一方、北京の中央政府は、国債と並行して地方債を代理発行してきた。中央政府は今年に入って約1400億元の地方債を代理発行し、地方に財源として提供してきたたが、資金需要に対応しきれなかった。

 ただ、今後も地方債の独自発行が相次ぐかは微妙だ。中国の31省・直轄市の地方政府の財政赤字は、今年9月末段階の合計で約1兆7638億元とされ、国家の財政黒字約1兆2182億ドルを大きく上回る。地方財政全体では昨年末の時点で10兆元以上の債務残高があり、その30%前後は不良債権化の恐れがあると指摘される。地方政府によっては投資家が高い金利を求めることも予想され、発行のハードルとなりそうだ。



このように,地方債を一部地域,とくに不動産開発需要の高い地域(上海,広東,深セン,浙江)に発行を認めることで,@不動産バブルを抑制すること,そしてA地方政府の安定した財源確保,を図ろうと意図しているようです。

しかし,これも問題がありそうです。それは地方財政の赤字化です。どの国もそうですが,自地域の財政収入不足を地方債発行で行なった場合,中央政府がなんとかしてくれるだろうという考え(ソフトな予算制約)から,適切な金額以上の債権発行を行う可能性があります。また記事にもありましたように,財源の多様化ではなく地方債返済の担保として,あるいは将来的な返済のためにより一層土地に依存した財政状況になることも考えられます。


(6)結論

現時点で,中国の地方政府とは何なのか,考えてみましょう。

まず,中国の地方政府は,地方発展のための公共財(インフラ)供給を積極的に行うため,地方財政請負制度,分税制の下で,自地域財政の収入増を目指していました。

次に,上海,北京などの大都市は都市化に伴う公共財供給のために,旺盛な資金需要が発生し,土地開発,融資プラットフォームによって財源を確保しました。

そして,土地バブルを抑制する,地方財源の多様化を図ることを目的として,上海,広東など土地バブルが誘発されており,財政黒字の地域だけ地方債発行を認めています。

中国は経済発展が著しい国であるため,静学的に地方政府の公共財供給とその負担の最適性を論じることは難しそうです。成長が続く限り,最適性も変化すると思われるからです。

それでも,地方政府は

経済成長を最大化させることを目標に,そのための財源を確保する

という役割,あるいは経済主体であると思われます。これを梶谷(2011)は「積極果敢なアクター」と評しました。

経済成長最大化という行動は,指導者(地方政府の幹部)の人事評価に地域経済運営が含まれているからだと思われます。先日も『明報』で習近平が地方幹部の評価は経済総量の発展だけではだめだ,と指摘しています。裏を返せば,地方政府指導者の評価は経済状況が大きく反映されているという現状があります。

各地方の指導者は,中央(北京)を目指して,熾烈な経済成長競争を繰り広げています。これがさらなる財源確保のアイデアを生み出し,実行されます。そしてその方法は他地域にも普及していきます。

中国の歴史を振り返ると,戦乱時代には多くの群雄が割拠し,中国統一のため中央を目指しました。地方政府の指導者たちも同じような行動原理が働いているように思います。したがって地方経済は「群雄経済」と呼べるような様相を呈しています。

<参考文献リスト>
梶谷懐(2011)『現代中国の財政金融システム -グローバル化と中央-地方関係の経済学』名古屋大学出版会
任哲(2009)「中国不動産業界における政府関与のジレンマ−中央・地方関係の視点から」『アジア研究』Vol.55,No.1.
「中国における地方政府債務問題の現状と展望〜短期的影響は限定的だが,課題として残る財政制度の改善」『みずほアジア・オセアニアインサイト』2011年9月28日発行

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2011年12月03日

なぜ人民元改革が叫ばれるのか?<岡本式中国経済論32>

なぜ人民元の改革が議論されるのか?考えてみたいと思います。

アメリカを中心に人民元の切り上げなどが要求されます。夏にもIMFが中国の人民元改革を求めるということがありました。

IMF、人民元の一層の切り上げを 中国に促す
2011.7.21 11:24
 【ワシントン=柿内公輔】国際通貨基金(IMF)は20日、中国に対する2011年の年次審査報告書を発表し、「強い人民元が内需拡大の経済に移行するための重要な要素」と指摘し、人民元の一層の切り上げを促した。

 報告書は中国の経済について、「引き続き力強い成長が見込まれる」と予測。ただ、消費者物価の上昇は社会問題化しており、金融の引き締めを続けることでやがて下落に転じると見込まれるものの、インフレ懸念の払拭(ふっしょく)に向けて一段の政策対応を促している。

 人民元改革をめぐっては、「為替レートの見直しは広範な改革で支えられる必要がある」として、外需に依存した中国の経済成長モデルの転換につながる政策を求めている。



今日は人民元という通貨の改革や国際化について議論される理由を考えてみたいと思います。まず,背景として人民元に関わる歴史的な流れを確認します。とくに開放経済における経常取引と資本取引,それに伴う通貨交換としての為替レートについて説明しておきます。次に,国際金融のトリレンマを紹介し,最近の人民元国際化の流れを紹介します。

結論として,人民元改革が議論されるのは,中国が独立した国内金融政策を保持しようとすると,資本取引の自由化を認めて為替レートの変動を受け入れないといけないという国際金融のトリレンマがあるということ,そして為替レートの自由化には人民元の国際化が必要であると主張します。


(1)背景−改革開放以降から2000年頃まで

まず背景から。

改革開放が1978年から始まります。開放政策のポイントは,工業化に必要なお金(資本)をどこから手に入れるかでした。計画経済時代は強蓄積と言われるメカニズムで農業から吸い上げていたわけですが,開放政策では海外から資本を導入しようということになります。つまり直接投資の受け入れや海外からの借款です。

外国企業が中国国内で工場を建設する,あるいは中国国内企業が外国からプラントを導入するために資金を調達する,ということが行われます。この場合,資金は外貨です。一般的には基軸通貨であるドルが調達されることになります。国内で使用するためにドルを人民元に変える必要がありますが,この時の為替レートは固定された制度となります。

固定為替相場制になっているのは,一つは外為市場が存在しないため,もう一つはレートが固定されていると海外からの資金提供者,中国国内の資金受取者双方ともにリスクがなくなるためだと思われます。中国が改革開放を始めたばかりの海外取引の小さな段階では,外貨交換は経済にあまり大きな影響を与えていませんでした。

輸出入は専門業者(進出口総公司)によって行われており,輸出によって得た外貨はすべて法定レートで政府に売り渡して,人民元を保有するよう義務付けられていました。外貨の管理は政府によって集中的に行われていました。そのため法定レートによる固定為替相場が計画経済時代を通じてずっと維持されていました。

その後,1979年に一部地域や企業に外貨留保権,企業が自由に外貨を持つことが許されるようになります。企業は輸出入にあたって相互に外貨を融通しあうことが可能となり,企業間で外貨と人民元の取引が行われるようになりました。

結果,人民元の取引市場が発生します。この取引は需給を反映するものであり,法定レートと実際のレートが乖離するきっかけになります。計画で輸出入する部分は法定レートで取引されるとともに,外貨留保を認められた企業の外貨取引は自主貿易に基づいたレートで取引されるという二重為替相場制度に移行していきます。1985年には深センをはじめ外貨調整センターが全国18カ所に設置されて,企業の余剰外貨の販売,輸入原材料の支払ドル調達,外資企業の利益送金のための外貨調達に限った取引が行われていきます。

外貨調整センターでの市場取引が拡大し,計画貿易が減少していく中,法定レートと市場レートが乖離していきます。GATT加盟の条件でも二重為替レートの廃止が言われており,市場の力に押されるように,1994年中国は二重為替相場制度を廃止し市場レートを中心とした固定為替制度に移行していきます。(資本取引が制限されており,貿易にともなう外貨と人民元の交換だけであったので介入が用意な管理変動相場制度でもある(大西2003)。また1994年に上海に外貨取引センターが設置され,1998年には各地域の外貨調整センターは廃止されている。)

中国の資本取引は海外からの直接投資が中心でした。直接投資も財取引(貿易)も1990年代からを中心に増加しはじめ,2001年12月のWTO加盟とともに本格的に世界経済の重要なプレイヤーとしての位置を占めます。

1996年,中国はIMF8条国に移行します。これは経常取引(外国との財やサービスの取引)にかかわる外国通貨と自国通貨の交換は原則自由とすることを意味しています。この時点で,中国は貿易にともなう外国為替の交換は自由化されたといえます。

一方,資本取引,直接投資や間接投資,借款などに関わる人民元の取り扱いについては非常に慎重です。大西(2003)によれば,資金流入に対する規制(とくに対内直接投資)が比較的緩やかなのに対し,資金流出には厳しい規制が行われていることが指摘されています。中国居住者は海外での株式発行が可能となり,2003年には適格外国機関投資家QFIIにA株取引が認められます(それまではB株だけだった)。他にも短期,長期の海外からの借り入れは許可制でしたし,非居住者は中国(あるいは第三国)で株式や債券を発行することは禁止されています。

さて,このような状態では何が起こるでしょうか?それは外国為替市場におけるドルの余剰でした。中国は対米貿易で大幅な黒字を計上しますので,貿易輸出の代金として国内にドルが貯まっていきます。資本取引においても資本流入は比較的緩いので,ドルが中国に入り込んできます。結局,市場にドル売り人民元買い圧力が常にかかることになります。


(2)開放経済下のトリレンマと中国−2000年以降

開放経済にはトリレンマが存在します。

(1)為替レートの安定
(2)資本移動の自由
(3)独立した金融政策

の三つの政策目標は同時に達成できない,というものです。中国は,(1)為替レートの安定と(3)独立した金融政策を保持していますが,これは(2)資本移動の自由を認めないことによって成立していることになります。

中国は2001年末にWTOに加盟し,開放経済国として世界の一員になりました。財・サービス貿易の自由化とともに金融の自由化,資本取引の自由化が諸外国から迫られるようになります。また先ほどの述べたように,貿易黒字と直接投資の流入によって中国にはドルがだぶつき,ドル売り圧力がかかります。規制しているとはいえ,将来的な人民元の切り上がり期待から,実需に装った短期的な資金も海外から流入してきます。

2005年7月,中国はドルペッグをやめて,通貨バスケット方式と呼ばれる管理変動相場制度に変更することを発表しました。ドルだけにペッグするということはドルの対他通貨変動に引きずられるため,他の通貨とも連動させる(他通貨の入ったバスケット全体に連動)ことで価値を安定させることができます。同時にドルに対して1ドル=8.11元と設定し2.1%の切り上げを行いました。その後,2011年7月には6.45元にまで切り上がっています。(2005年に比べて20%以上の値上がり)政府が市場介入している(管理している)ため大きな変動幅はありませんが,時間をかけて徐々に切り上がってきたことがわかります。

2008年には中国の外貨準備高が1兆ドルを超え,世界一のドル保有国になります。これは貿易黒字にともなうドル流入と外国為替市場に対するドル買い人民元売りの介入の結果です。また2008年9月のリーマン・ショックに端を発するアメリカ発の金融危機により,ドル安傾向になり,ドルを持つ中国にとってもリスク要因になりますし,世界の基軸通貨がドルであることへの問題が再認識されるとともに,中国の人民元が国際的に注目されるようになります。

2009年より中国は徐々に人民元の国際化とも取れる動きを見せ始めます。通貨の国際化とは,国際的にその国の通貨が決済通貨,投資用通貨,準備通貨として利用されるようになることを言います。


実際に人民元の取り扱いが中国国内だけでなく,国際的な決済,投資,準備通貨になりつつある動向も見られます。

MSN産経ニュースより

人民元パワー「国際化戦略」着々
2010.12.12 16:00 (1/2ページ)
 
 中国人民銀行(中央銀行)は、昨年(2009年:筆者注)7月に上海市など一部で解禁され、今年(2010年:筆者注)6月に対象となる中国国内の地域や企業の規制が大幅に緩和された「人民元建て貿易代金決済」の取り扱いが急増していることを明らかにした。香港や東南アジア向けが中心の決済総額は6月から11月末までの約半年で3400億元(約4兆3000億円)にのぼり、規制緩和前の水準に比べて7倍増になったという。東アジア各地で地域通貨として基礎を固めている。

 昨年7月の解禁当初は上海市と広東省の3都市の企業に限定して香港や東南アジアの間で認められた人民元建て貿易決済だが、今年6月に中国国内の対象地域が20都市・省に拡大。決済が認められる対象企業も大幅に増え、解禁当初の365社から6万7359社に膨れあがった。中国の輸出型企業としては、欧米からの切り上げ圧力でジリジリと進む元高環境下で為替リスクを軽減することが可能だ。



2009年9月28日にオフショア市場として香港で,人民元建て国債60億元(約800億円)を発行しはじめました。中国本土以外での元建て国債の発行は初めてで,一部報道によればすでに預金総額の10%以上が元建てとされています。


また,決済が中国以外でも行われるようになったというニュース。

MSN産経ニュース
シンガポールで人民元決済 国外で初と英紙
2011.4.20 10:12
 中国が通貨人民元の国際化策の一環として、シンガポールで人民元の決済業務を始めると20日付の英紙フィナンシャル・タイムズ(アジア版)が報じた。近く中国の銀行を決済金融機関に指定する。同紙によると、中国国外では初の人民元の取引拠点となる。

 シンガポール金融管理局(MAS)の話として伝えた。中国人民銀行(中央銀行)はコメントしていない。

 中国本土以外では、香港が唯一の人民元決済の拠点で、人民銀が国有銀行大手の中国銀行を決済機関に指定している。

 同紙は、中国が国際貿易と投資における米ドルへの全面的な依存度を下げ、人民元により大きな役割を担わせようとしていると元国際化の狙いを指摘した。

 同紙によると、今年1〜3月期に中国の国際貿易取引の約7%が人民元建てで決済された。(共同)


このような状況を受けて,Frankel2011は以下のように述べています。

「人民元は突如として、次の重要な国際通貨としてもてはやされている。この1、2年の間に人民元は数々の側面で国際化し始めている。香港では人民元建て債券市場と人民元建て預金市場が急成長している。中国の国際貿易決済にも人民元が使われ始めている。2010年8月以降、各国の中央銀行が外貨準備として人民元を保有できるようになり、マレーシアが先鞭をつけた。」

(なお,別の報道によれば2006年にはマレーシアは外貨準備として人民元を扱うようになったともあります。)

こうして人民元は

(1)国際貿易の決済通貨として
(2)元預金や元国債など投資用通貨として
(3)他の国が元を外貨準備用通貨として

徐々に利用されつつあります。経常収支を支える代金決済としてドルから人民元へ移行しています。香港だけですが預金や国債が人民元で発行されるようになっています(IMFなどの国際機関による人民元建て国債(通称パンダ債)は2005年より発行されています)。貿易の拡大により他国も外貨準備として人民元を持つようになっているというのが,最近の動向です。


(3)結論−なぜ人民元改革が議論されるのか?

以上のように,中国の資本取引は貿易取引の拡大にともなって拡大してきています。現在のところ,貿易に対して発生する金銭の授受での資本移動が中心となり,それに加えて,中国国内への(直接・間接)資本移動が行われています。この資本の移動の時に外貨と人民元の交換が発生しています。

貿易の自由化が一国の経済成長に有益であるのと同じように,資本取引の自由化は一国の経済成長に有益です。貿易自由化により規模の経済や分業のメリットを享受することができます。資本取引の自由化も発展に必要なところに資金が流入することが可能なため,資金需要国の発展を支えます。ただ問題は,財やサービス,労働などの移動と違ってインターネットの発展により資本移動は瞬時に行われるようになったため,移動による国内経済への影響が大きいということです。1997年のアジア金融危機は短期資本がタイから急激に逃げ出すという現象から始まりました。また2008年の金融危機も資本移動が一瞬にして発生し,世界経済に影響を与えました。そのため,資本取引に一定の歯止めをかけようという議論が常に行われます。

国際間での資本取引の拡大は,通貨の交換を必要とします。したがって資本取引の自由化は,常に為替レートの自由化への圧力となります。先程もみたように国際金融のトリレンマがあります。資本移動が拡大し,市場で資本が自由に動きたいという要求が高まってくると,外国為替市場でも自由取引への圧力がかかります。中国が独立した金融政策を保持しようとする以上は,資本取引の自由化を認めて,為替レートの安定を放棄しなければならないということになります。

また現在の中国による資本移動の規制は,ドル余剰と人民元あまりを生みます。

対米貿易黒字も拡大し,2008年には1兆ドルを超えるようになり外貨が貯まりました。つまり輸出拡大によりドルが国内に流入し,ドル安元高圧力がかかり始めます。しかし為替レートの安定のために,ドルを買い支えて人民元売りを行い,国内に大量の人民元供給(マネーサプライ)が増加しています。

資本移動においても,中国国内への移動(直接投資や中国企業による海外での株式発行,適格海外金融機関によるA株購入など)は比較的自由であるため,ドルが国内に流入してきます。外為市場ではドル売り人民元買い圧力がかかります。

以上により,中国のマネーサプライは増加し,インフレの原因となります。不胎化政策である売りオペ(市場で国債を売って元を回収する)をするべきですが,既発債券が少ないためにそれもままなりません。これにより国内でのマネーサプライ増加,インフレや株・不動産のバブルを生む要因となっています。

あるいは利上げによって国内の資金を吸収する(貯金に向かわせる)という方法もあります。しかし利上げは国外からの資金流入を促します。ドルの流入はさらなるドル売り元買い圧力となるため,利上げもままならないという状況になっています。

以上のように,独立した国内金融政策を実行することにこだわれば,資本取引の自由化とそれを支える為替レートの自由変動を認めざるを得ません。人民元は国際化され自由に取引を行えるようにすることによってのみ,中国は独立した国内金融政策を保持することができることになります。これが人民元改革が議論される真相であると言えます。

いずれにせよ,為替取引の政府管理をどこまでどのように緩めていくか,政府が外為市場からどのように退出していくのか,人民元改革における政府の退出過程がこれからの焦点になります。

具体的な人民元改革は通貨の「開放政策」(国際化)を行なっていくことです。

人民元の国際化による便益は

@決済通貨として利用されることにより,輸出入企業の為替リスクが回避できる
A投資用通貨として利用されることにより,資産の目減りリスクが回避できる
B準備通貨として利用されることにより,(人民元発行が世界経済に影響を与えるという意味での)国際経済における地位が向上する

といえます。また@,Aにより人民元と他通貨の交換,つまり為替レートの自由変動を認める変動為替制度に移行した際のショックがやわらぎます。この意味で通貨の国際化と為替(通貨交換)の自由化は,その国の通貨改革の車の両輪であるといえます。どちらを先に,というのではなく資本移動の自由化と為替レートの自由変動は同時並行的に行なっていくことが国内経済への影響を少なくするといえます。

また,中国企業が海外に直接投資を行うといったときに,人民元がそのまま海外で兌換できるようにすることは「走出去」(中国企業の海外進出)政策の下支えになるということも考えられます。

結局,中国の為替レートの自由化を行うためには,程度の差はあっても人民元の国際化は避けられない,つまり変動相場制への移行には人民元の国際化が必要であるといえます。


<参考文件リスト>

津上俊哉(2011)『岐路に立つ中国-超大国を待つ7つの壁』日経新聞出版社
小林正宏・中林伸一(2010)『通貨で読み解く世界経済-ドル、ユーロ、人民元、そして円』中公新書
小口幸伸(2005)『人民元は世界を変える』集英社新書
大西義久(2003)『円と人民元-日中共存へ向けて』中公新書ラクレ
中村哲也(2011)「人民元、国際決済通貨へ向けた取組みが加速」『Asian Insight』(http://www.dir.co.jp/souken/asia/asian_insight/110119.html,2011/11/10アクセス)
Jeffrey FRANKEL(2011)「人民元の国際化:歴史上の先例から見えてくるものとは?」(http://www.rieti.go.jp/jp/special/p_a_w/008.html,2011年11月10日アクセス)



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2011年11月12日

中国モデルとは?<岡本式中国経済論31>

中国モデルがまた最近話題になっているように思います。今日はガチで中国モデルを論じます(長文注意あせあせ(飛び散る汗))。

MSN産経ニュースから

北京・山本勲 真価問われる「中国モデル」
2011.7.30 07:45 (1/2ページ)
 中国の経済躍進を背景に、その推進力となった「中国モデル」をめぐる論争が続いている。肯定論は欧米の経済学者や中国の体制派、否定論は中国の民主・改革派らに多い。確かに30年に及ぶ急成長を数字でみれば、世界でもまれな大業だ。一方、極端な所得格差や腐敗、環境破壊、今回の高速鉄道事故など、その質的側面からみれば、他国が学ぶべきモデルとは言い難い。論争は果てしないが、中国が従来型の成長を維持することが困難になってきたことだけは確かだろう。

 「90年の奮闘、創造、蓄積を通じ、党と人民は中国の特色ある社会主義の道を開き、制度を確立したことを大切にしなければならない」−。胡錦濤国家主席は7月1日の中国共産党創立90周年の演説でこう強調。共産党が「民族独立と社会主義革命、改革開放による発展という、三大事業を実現した」と誇った。

 中国モデルの定義は論者によりさまざまだが、根幹は胡演説にみられるように、(1)共産党独裁体制下での公有制を土台に(2)市場原理を導入して経済を活性化(3)外国の資本・技術を導入して成長、近代化を加速した−発展方式といえよう。

 論争の発端は米国の中国研究家、ジョシュア・ラモ氏が2004年に発表した「北京コンセンサス」と題する論文。同氏はその中で中国モデルの特質として(1)技術革新(2)富の平等と成長の持続性(3)覇権国家に対する自主性−の3点を挙げた。

 いずれも見解が大きく分かれる指摘で、批判も多かった。しかし08年秋からの世界金融危機でも中国が高度成長を維持したことから、中国モデルへの関心がにわかに高まった。


世界経済が停滞する中で,中国の経済成長が注目されています。この成長を支えているのが,中国モデルではないかというのが最近の論調です。ここでは,中国モデルは「政府が経済活動から退出するにつれて発生するプラスの側面とマイナスの側面である」ということを確認し,「政府退出が中国モデルの重要な鍵である」と主張してみたいと思います。

まず最初に北京コンセンサスについて考えます。これはアメリカを中心とする資本主義国が新自由主義の考えに反するものとして出てきたことを確認します。

次に,モデルの意味を確認します。ここでモデルは経済運営のコツということ,そしてそれは他国応用可能なものとして骨組み化されたものとしています。

3番目に,中国モデルが言われる前に一時期注目された東アジアモデルについてふり返ります。アジアでは常に政府の経済成長に果たした役割が議論されてきたことを確認します。

4番目に,中国の経済学者・呉敬lによる「中国モデル」の議論を紹介します。

5番目に,中国政府に目をつけられてアメリカに移住したジャーナリスト・何清漣の議論を紹介します。

最後に,その他の議論に触れながら,「中国モデルの解釈は政府が経済活動から退出する過程をどのように評価するかに依存している」ことを主張します。

(1)北京コンセンサス

中国モデルが話題にあがったのは,今世紀初頭から話題にあがるようになった「北京コンセンサス」です。これは政府の関与を減らして極力市場にまかせるワシントンコンセンサスの対義語として使われています。

中国の一党独裁による権威主義的政治体制の下で,天安門事件の3年間以外の約30年間の高度経済成長を成し遂げた要因として中国モデルが注目されています。

中国モデルという考えは中国国内から出たわけではありません。新聞記事にもあったようにラモ氏が発表した「北京コンセンサス(北京共識)」という論文です。彼はゴールドマンサックスの顧問でもあり清華大学の教授でもありました。彼はこの論文で中国経済の奇跡を賛美し,「北京コンセンサス」は将来世界的な規模で「ワシントンコンセンサス」つまり米国の自由と民主に基づく価値観にとって代わるだろうと予言しました(何2010)。

つまり独裁的強権政治であっても,中国の国情と社会の需要に適合しているモデルだとしたわけです。これは「中国当局に対する一部の中国政府の親友たちによる他の側面からの理論上の貢献であると見ること」(何2010)が出来そうです。

実際,エコノミストの記事などを参考にすると(ここ),中国国内で話題になってきたというよりも,アメリカ国内で出てきた概念であり,その後中国モデルが他の独裁国家に拡大することを牽制する意味で議論が活発になってきたといえるでしょう。


(2)モデルとは

モデルの意味を考えてみたいと思います。今回の中国モデルというのは,高度成長を続ける中国経済の秘密に着目したものと考えられますので,正確には中国経済モデルと呼ぶべきものかもしれません。

経済モデルというと,経済現象を説明するために複雑な設定,個別的な事例を取り除き,肝心なもの,普遍的にあらわれるものだけを単純に示す模型,骨組みものといっていいと思います。ケインズ経済モデルでいうと,消費,投資,政府支出,貨幣供給・需要がどのような関係にあり,どのようにGDPを決定しているのか,といったものです。ミクロ経済モデル(あるいは最近の経済成長モデルなど)的に言えば,家計がどのように労働を供給し,得た賃金をどれだけ消費に回し,効用を最大化するか,企業は家計からの労働と貯蓄を利用して,どれだけの生産を行うか,これらがどのようにバランスするのかといった一般均衡モデルというのもあります。いずれにせよどの国の何か特徴をもった家計や企業の個別事象ではなく,経済主体を集計された個性のないものとして扱い,どのように財や貨幣をやりとりしているかといった共通の骨組みといえるものです。したがって普遍性をもつものといえるでしょう。

つまりモデルは起きている経済現象の本質の部分,くだけた言い方をすれば,コツというものであるといえるでしょう。そのコツを使えば他の地域の経済も参考になりますよ,という経済成長や経済運営のチップス(ヒント)になるわけです。このチップスが精緻化されていくと経済理論になっていきます。


じゃぁ中国モデルときいて,経済モデルのように家計,企業,政府といった経済主体と財やお金の流れだけをとりだすと中国の部分がなくなるので,そこまで精緻化せずに,

経済の運行規則+中国の持ち味といったもの

といえると思います。ですので,上記記事にもあるように

中国モデルとは,

(1)共産党独裁体制下での公有制を土台に
(2)市場原理を導入して経済を活性化
(3)外国の資本・技術を導入して成長、近代化を加速した

発展方式といえるように思います。この場合も,導出される政策的インプリケーションは,独裁体制で公有制を土台にして,市場経済を導入して,外国資本を導入すると経済発展できるよということになります。中国モデルは独裁体制や政府の役割を重要視したモデルであるといえます。


(3)東アジアのモデル

東アジアモデルを考えたいと思います。というのは中国モデルでは共産党や公有制の役割が強調されています。つまり政府側のアプローチの重要性を暗示しています。実は,この考えは東アジアに共通していることを最初に指摘したのが,世界銀行の1993年の報告書でした(世界銀行1994)。

世銀の報告によれば,東アジアは急速な経済成長と所得の平準化をもたらした,と事実を紹介し,それは人的・物的資本の蓄積と資源の効率的配分による生産性の上昇という「成長機能」が働いたからだとしています。

そしてこの成長機能に政府による「基本的政策」と「選択的介入」という二つの「政策選択肢」が効果的に寄与した,として政府の役割を積極的に評価しています。

そもそも世銀は政府の役割を市場補完アプローチからとらえており,積極的に評価しているといっていいでしょう。

市場補完アプローチによれば,政府は成長のために4つの機能(十分な人的投資の確保,民間企業にとっ て競争的な環境の提供,国際貿易に対して開放的な経済の維持,マクロ経済の安定)を果たすべきであるとし ,これらの役割を越えた場合,政府介入は効果よりもむしろ害をもたらすとしています。世銀(1994)はこの市場補完アプローチを東アジアに適用し,成長のための機能的アプローチというフレームワークを新たに開発した(西口1994)といえます。

西口(1994)の図3から世銀が指摘する政府の基本的政策と選択的介入を整理すると

基本的政策
 安定したマクロ経済,高い人的資源,効率的安定的金融政策,価格の歪みの限定,外国技術の導入,農業開発政策

選択的介入
 輸出促進,金融抑制,政策金融,選択的産業政策

これらの政策を効率よく実行することを支えた制度として,外圧から隔離された質の高い官僚機構,モニタリングなどをあげています。

世銀(1994)は

東アジアの権威主義的政治体制に言及し ,東アジアの政治指導者たちは白らの正当性を打ちたて社会全体の支持を得るために ,公平な分配を伴う成長という原則を確立し ,経済が成長するにつれその利益を社会の諸集団すべてで分かち合うことを約束し(西口1994)

ているといえます。東アジアにおける政府の権威主義的体制や政府の役割を肯定的に評価したといえるでしょう。

ただ上記記事の「中国モデル」と比較すると,共産党独裁体制や公有制の存在を積極的に評価するまでにはいたっていません。また中国の場合,公平な分配かというとそうでないといえるでしょう。ここが大きな違いといえます。


(4)呉敬lによる「中国モデル」の議論


ここで,中国国内で社会主義経済体制や歴史的な経済発展を研究してきている,著名な経済学者,呉敬lの意見を参考に中国モデルを整理したいと思います(財経網2011/10/17)。


呉敬lは,中国モデルに関する議論について3つの意見を提示しています。

まず一つ目。30年に及ぶ高度経済成長の秘密はどこにあるか,それは「改革開放」にあると主張します。

国内の中国モデルを賞賛する人たちは中国の権威主義的体制と強大な国有経済があったために国家利益に沿った戦略が展開できた,力を集中して大事をなす(集中力量辯大事)ことができたと主張します。しかし呉はこれに異論を唱えます。もしそうなら計画経済時代に高度経済成長が可能だったのではないか,実際に計画経済がもたらしたのは多くの人の犠牲であったことを考えると,高度経済成長は民間の活力と国際市場とのつながりではないか,と主張しています。

その他に4つの根拠を示しています。

第一に,毛沢東が専制で敵視していた資本主義の尻尾たちが復活し,1997年国家は「非公有企業は社会主義市場経済の重要な組成部分」であることを認めるに至っていること。

第二に,国家が動員し,強制的な投資によって資源は非効率に配分されていたが,改革開放以降,2.7億の農民が移動し,工商業に従事するようになっているし,アイルランドと同じぐらいの土地が都市化され,生産要素の移動により全要素生産性(TFP)が上昇したこと。

第三に,消費規模が小さい国内市場において,投資主導,そしてなによりも外国市場への輸出を中心として需要を補うことができたこと,

第四に,国内の遅れていた技術に対して,進んでいた外国技術を導入できたこと。

を指摘し,これらをもたらした改革開放こそが高度経済成長の秘密,中国モデルだとしています。

二番目。中国経済は,新しい市場経済の要素を含んでもいるし,昔からの統制/命令経済の要素をも含んでおり,将来的に完全な市場経済に進むことも可能であるし,統制経済に戻ることも可能な過渡的な体制にある,と主張します。

中国が改革開放の手本としたのは韓国,日本などの市場経済国でした。とくに政府による経済活動への行政的な関与(例えば銀行に対する窓口指導など)や産業政策は中国の経済政策に大きな影響を与えたとしています。とはいえ,中国のやり方はそれらとは違い,半統制半市場経済であり,とくに近年「国進民退(国有経済が民営経済を抑制する)」といった現象や「宏観調控(マクロコントロール)」という名義で命令や統制的手段が増えてきていることに警鐘を鳴らします。

彼は主張します。「本来,市場経済の条件の下では,交易主体は自由で平等であり,外部性や情報の非対称性はなく,交易を通じた均衡価格で資源が適正に配分される。しかし,交換には,秩序,透明な規則,公正な法律執行によって保障されるものである。

したがって,経済と政治の二つの方面から改革を行わなければならない。つまり行政権威による計画経済から自由交換の経済へ,行政命令による支配的,政府機関や党政府官僚の自由裁量が大きな命令経済から規則が透明で公正な法執行可能な経済への転換である。」

その事例として東南アジア諸国の事例をあげています。東南アジアも権威主義的発展モデルであったけども,特殊な既得利益の調整が必要となり,民主主義的発展モデルに変化してきたと傍証しています。


三番目,中国の経済社会の発展が行政や規制の強化及び大量の資源投入によって実現した成長だとしても,長期的には維持は不可能で,経済社会に大きな問題を引き起こすと主張します。

第一に,政府コントロールの強い体制の下で粗放的な成長方式は持続不可能だとしています。もちろん,政府コントロールが強いということは社会資源の大量動員・投入を可能にします。でもこれは資源枯渇や環境破壊を生み出すとしています。また為替レートの人為的操作による輸出志向政策は経済成長に役立つとはいえ,日本や韓国などが経験したように,その政策以後どうするのかという問題が発生します。彼によると日本や韓国,台湾において技術進歩成長が遅くなり,ミクロ経済的領域では効率が下がるとしています。

第二に,全レベルの政府が資源配置に対して権力を強め,経済活動への介入を強化していくことによって,腐敗現象が広がり,貧富の差が拡大し,官民間の矛盾が激しくなる可能性があると指摘します。

体制変革の過程の中で政府主導の経路が一旦確定してしまうと,その活動の中で利益を得るものが必ず出てきてそのために半統制半市場の経済統制を推進し,国家資本主義ないしは官僚資本主義に向かう可能性があります。また既得権益者が一旦発生するとその制度変革は難しくなるともいいます。

以上の3点の主張をしたあと呉敬lは警鐘を鳴らします。

政府がどの方向に進むのか。市場が有効に動くように制度や環境を整え,市場では供給されない公共財を供給する方向に行くのか,それとも市場をコントロールし,市場に取って代わる,あるいは市場を抑制する方向にいくのか,相反する二つの方向で中国政府が歴史上プラスになるかマイナスになるかを評価されるであろうと結論づけます。


(5)何清漣の議論

次に,中国の外から中国経済の問題点を指摘しつづけているのが,何清漣です。彼女の議論をみてみましょう(何2010)。

中国は「構造的緊張」(ロバート・マートン)状態にあるとします。それは欲望達成の期待値とその社会が提供できる欲望達成の獲得手段の間で不均衡が生じている状態を意味します。中国では富裕化を目指していますが、政治家、官僚など一部が富裕化しているものの、一般大衆には富裕化になる術がない状態です。

中国が目指しているのは、国家資本主義であり、政府が国家のすべての資源(一部業種の独占的経営権を含む)を独占かつ分配しています。資源配分の大権を握るのは官僚であり、官僚と企業主とが結託して利益集団になります。さらに政府は労働者の権利保護を事実上放棄し、格差社会を作り上げていると結論づけます。

中国の経済的奇跡と社会的危機が同一の基盤、資源配分の権力を持つ中国政府にかかっていることが無視されてきた、と何は言います。

中国モデルで富を生み出すのは土地、金融、証券、鉱物であり、政府がこれらを完全に掌握しています。農民の土地収用への抵抗、環境汚染、労働者のストライキなどすべてこの中国モデルが生み出しているとします。

国家能力には資源調達能力、強制能力、規範能力、保護能力、分配能力があります。中国政府は資源調達能力と強制能力を強化してきており、腐敗に見られる規範能力、農民工問題にみられる保護能力、地域、都市農村の格差にみられる分配能力を失ってきている、そしてそれらの事例を出して説明していきます。

国家の調達能力は過度に発達し民衆の生存権の略奪が進んでいます。政府は自己目的の利己的集団になってきている,前進すれば官僚階層の特権が失われ民主化に、後退すれば公有制に逆戻りするだろう,と何は述べます。

まとめると

中国の経済成長は,国家と官僚の資本や土地などの資源配分権を集中させた結果,一部の富裕層を生み出し,大多数の国民は富裕さとは無縁のところにある,そして失業,医療など社会福祉サービスとして現れる国の分配能力は弱体していると主張します。また中国の経済発展を進めてきたとされる外資系企業の進出についても,約3分の1は香港やタックスヘイブンに設置された国有企業のペーパーカンパニーによって環流してくるエセ外資であり,ふつうの外資系企業であっても中国の腐敗制度に順応するための管理コストが大きくなり,中国市場の魅力は減少している,

と論じています。

何(2010)の解説を行う小島麗逸は,中国モデルについて,党政府の力が強大になり利己的集団になり、民衆との格差は拡大している。腐敗が進み、外資も腐敗制度に適応してきた,中国は政府が地主化し官僚金融産業資本主義に向かっていると主張しています。


(6)結論

このように見てくると,何清漣の以下の言葉がもっとも中国モデルを言い表しているといえます。

「中国政府は経済的奇跡の推進者であり、社会矛盾の製造者である。」

つまり,中国モデルの解釈は,政府の役割を積極的に評価するか消極的に評価するかに依存しているといっていいでしょう。

20世紀を振り返ると,世界のどの国も,政府が市場から退出する過程でした。

国が経済の重要部分を支配する管制高地(Command Heights)。この管制高地をめぐって国と市場が戦ってきた様子を詳述したヤーギン・スタニスロー(1998)の議論を総括すると以下のようになります。

20世紀に国が市場に勝利したのは革命があり、世界大戦があり、大恐慌があり、先進国では福祉の向上を、途上国は生活水準の向上を追求したからである。ソ連や中国は政府が市場と私有財産を抑圧し、計画と国有に置き換えた。先進国、第三世界ともに混合経済がモデルになった。1990年代になると政府が後退、思想もケインズからハイエク、フリードマンへと変化していった。政府から市場へ、という流れは成果、公正、環境問題が影響を与えたのである。

政府が市場から退出し,経済が活性化し成長をもたらした,しかしその退出の過程で資源配分において政府がレントシーキングを行なっているのが中国モデルの現状かもしれません。この政府退出の過程を理解すること,これが中国モデル理解の重要な鍵であるといえるでしょう。


<参考文献>
何清漣(辻康吾編訳小島麗逸解説)(2010)『中国高度成長の構造分析-中国モデルの効用と限界』勉誠出版
小島麗逸(2010)「党・政府の地主化と官僚金融産業資本主義の確立」(何清漣上述書所収)
世界銀行(1994)『東アジアの奇跡―経済成長と政府の役割』東洋経済新報社
西口清勝(1994)「書評:世界銀行「東アジアの奇跡―経済成長と公共政策」(1993年)」『立命館経済学』第42巻第5号(http://ritsumeikeizai.koj.jp/koj_pdfs/42506.pdf
ダニエル・ヤーギン、ジョゼフ・スタニスロー(山岡洋一訳)(1998)『市場対国家(上)(下)』日経新聞社

追記(私の講義構成と日本の対中感情)
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2011年10月22日

上海は国際都市になれるのか?<岡本式中国経済論30>

久しぶりの岡本式中国経済論です。本業の執筆に忙殺されていました。

さて,国際都市について考えてみたいと思います。

10月8日〜10日に開催された日本地域学会に参加しました。その時に,上海社会科学院の王博士の論文「A Study of Shanghai's Development Strategy to 2020」があって,そのコメンテーターとして考えたことをまとめていきたいと思います。

彼の論文によれば,上海は2020年までの発展計画として以下の5つの機能をもった国際都市になる計画があることを紹介しています。

@国際金融センター
A国際貿易と物流のセンター
BR&Dなどのイノベーションセンター
C創造的な大都市
D機能的な大都市

今日のテーマは,「上海は上記の機能を持つ国際都市になれるのか?」です。

国際都市の定義は置いておいて,とりあえずニュース(レコードチャイナ)から


2018年に東京を抜き世界最大の都市圏に?専門家が指摘

2010年6月14日、上海都市圏が8〜10%のGDP成長率を維持すれば、2018年に東京都市圏を抜いて世界最大の都市になる見通しだという。上海交通大学都市・区域経済研究所の高汝熹(ガオ・ルーシー)

所長が、同大学で開催された国際都市圏発展フォーラムの席上、指摘した。同フォーラムには中国・米国・フランス・スウェーデンなどから専門家が出席。高所長によると、上海市は長江デルタの中心として各サービス業が成熟、また物流・金融・ハイテクサービスなども他都市圏を寄せ付けない強さを誇るという。

しかし同時に同所長は、08〜09年の東部沿海地域の経済成長が減速するなか、もともと輸出に頼らない中西部地域が逆に成長を加速させていると指摘した。固定資産に対する投資額が09年のGDPに占める比率を例にとると、上海市・広州市など東部沿海地域の大都市では45%未満、西安市・重慶市・天津市・武漢市など中西部の都市では65%を超え、なかでも西安市は91.95%という驚くべき結果となった。

ただし同所長は、中西部の経済成長の勢いが東部沿海地域に勝っていることについて「金融危機がもたらした一時的な現象に過ぎない」との見方を示す。当面は上海都市圏の優位が動かされることはないとの考えだ。さらに、現在の8〜10%GDP成長率を維持できれば、2018年に東京都市圏を抜いて世界最大の都市圏へと成長するとの見通しを示した。(翻訳・編集/津野尾)


やはり上海は長江デルタの要ですし,他の都市圏に比べて物流,金融,ハイテクサービスは他の都市圏よりぬきんでているとされています。

先日,森記念財団都市戦略研究所というところが、世界の主要35都市の総合力ランキングを発表しました。詳細はこちらを読んでいただくとして,このランキングでは分野とアクター別に調査を行い,順位付けをしています。総合スコアでは,

1 ニューヨーク
2 ロンドン
3 パリ
4 東京
5 シンガポール

です。中国では香港(9位),北京(24位),上海(26位)になっています。経済,研究・開発,文化・交流,居住,環境,交通・アクセスの分野があるのですが,北京は上海より上位にあります。例外は居住と環境です。北京の空気が悪いという点が順位を下げているように思います。経済でみると

4 北京
5 香港
8 上海

と上位を占めます。つまり香港を除いて考えると中国では北京,上海が国際的な都市であり,どちらかといえば北京の方が得点が高いことになっています。アクター別では経営者からの評価は高いです。

4 香港
6 上海
8 北京

です。上海はやはり経済都市であることが伺えます。

別の側面から考えてみましょう。フロリダ(2007,p.207)によれば,研究者は世界の100以上の都市を以下のように分けているようです。

第一階層の四大都市
 ニューヨーク,ロンドン,パリ,東京
他の第一階層都市
 シカゴ,ロサンゼルス,フランクフルト,香港,ミラノ,シンガポール
第二階層都市
 サンフランシスコ,シドニー,トロント,ソウルなど10都市
第三階層都市
 ボストン,ワシントンDCをはじめアジアではジャカルタ,大阪,台北,バンコク,北京,クアラルンプール,マニラ,上海など全34都市

フロリダのポイントは,クリエイティブクラスという,科学者,研究者,作家,IT技術者など,創造することによって報酬を得る階級です。クリエイティブクラスが台頭し,彼らが集まる場所が今後の繁栄を決めるとしています。そしてフロリダ(2007)は世界経済の現実の活動は「グローバルな才能の磁石」「グローバル・オースチン」の二つの都市群で行われているといいます。

「グローバルな才能の磁石」という都市群は開放的で外部の才能の獲得に有効な能力を備えている都市であり,クリエイティブクラスの多くの移民を受け入れていいます。事例としてカナダのトロント,モントリオール,バンクーバー,オタワ,カルガリー,オーストラリアのシドニー,メルボルン,ブリスベン,パースなどがあげられます。

次のグループは「グローバル・オースチン」と呼ばれる都市群です。この都市群では学生街だったオースチンが既存のハイテク企業や才能を引き寄せ,地元の才能を引き留めるとともにチャンスを求めて外に出た人々を引き戻す魅力をもつ都市です。シンガポールや台北,ソウルでは多くの才能がアメリカから戻り,IT企業やハイテク製造業で活躍しているといいます。また中国の北京・中関村も引き合いに出し,地元で理工系研究者を輩出するとともに,アメリカから博士号取得者が戻ってきてハイテク研究機関を設立するなどハイテク拠点として急成長していることが述べられます。

上海が目指す,金融センターにせよ,物流センターにせよ,イノベーションセンターにせよ,すべてクリエイティブクラスが活躍する場所です。フロリダはこのクリエイティブクラスが集まる場所が経済成長する場所であるといっているので,上海は十分成長する余地があるかもしれません。

それではどのようにして国際都市としての成長が見られるのでしょうか。

フロリダは,そのような場所は多様性と寛容性をもった場所だといいます。彼の研究によるとゲイ指数(同性愛者の数など)やメルティングポット指数(外国出身者の集中度),ボヘミアン指数(芸術家,音楽家,エンタテイナーなどの集中度)などの数値が高い地域に,クリエイティビティクラスが集まるといいます。彼の地域経済成長論では,寛容性のある場所が才能を呼び,技術革新が起きるとともに,それによって所得が増加するということになります。

ひるがえって上海という都市を考えてみましょう。

上海は日本人がもっとも多く住む都市です。長期滞在者は約5万人でニューヨークを超えているようですし,また短期滞在者(出張者や旅行者など)を含めると常時10万人はいると言われます(上海駐在者からの耳情報)。

1800万人という上海人口から見ると小さいですが,日本以外の国からの出身者も多いと考えられますので,中国の中でもっとも外国人が多様な都市であるとはいえそうです(まだ統計的に北京と比較はしていませんが)。中国という空間からみると,上海は国際都市としてクリエティブクラスを受け入れる素養はあるでしょう。

しかし,ことはそんなに簡単ではないようです。昨年(2010年)上海で万博が開催されました。開催後の人民網のニュースです。


上海の都市建設 現在と未来

孫玲=文
「四大機能エリア」構想
外灘であれ、郊外区の松江ニュータウンであれ、そこに住む市民は、この10年間の上海の大きな変化を感じざるをえないだろう。都市化の波は次々と郊外区に及び、同時に市街中心区では国際的な大都市を目指して再開発・整備が行われるとともに、旧市街でも改造が進んで、上海市は新しい都市の姿に大きく変わろうとしている。

2001年、上海市総合都市計画が国家の承認を得ると、上海市では、上海を国際的な経済、金融、貿易、物流の中心にするための都市総合計画が、さっそく実行に移された。ほぼ同じ時期に、2010年に上海で万博が開かれることが決まると、上海の都市建設にはいっそうの拍車がかかることになる。万博の誘致に成功したことが、発展のテンポをいっそう速めることになったのである。

具体的な建設計画としては、全市を機能によって四つの大きなエリアに分けて建設を進める「四大機能エリア」構想が挙げられる。この構想は国の第11次5カ年規画(2006〜2010年)の期間に実現するもので、都市計画の要にあたる。

浦東の南匯地区には国際的な金融センターを建設し、あわせて浦東国際空港を中心に国際的な物流の中心拠点にする。市街中心区は上海の繁栄を代表する歴史的特色を持つ地区として、国際的な大都市における現代的サービス業の機能を12分に発揮させ、サービス業が全面的に発展した重要区域にする。郊外区は上海経済の実力を支える重要な区域で、都市と農村のバランスの取れた発展を進め、現代的な大都市近郊農業を確立するとともに、先進的な製造業基地としての役割も担う。崇明・長興・横沙の三島地区は上海の持続可能な発展のための「戦略空間」として、自然保護と環境保全を中心に人と自然が調和した現代的なエコ建設を進める。

(以下,略)


都市計画の考え方はハードが中心です。街づくりの基本は箱物設置,インフラ整備がメインであるといえるでしょう。フロリダの理論から言うと,インフラはもちろん重要ですが,上海が国際都市としてクリエイティブクラスを引きつけるには,多様性と寛容性のある街づくりが必要だと言えるかもしれません。

蛇足ながら,東京もより一層の多様性と寛容性が求められるように思います。

<参考文献>
リチャード・フロリダ(井口典夫)(2007)『クリエイティブ・クラスの世紀-新時代の国、都市、人材の条件』ダイヤモンド社
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2011年07月30日

中国の土地問題<岡本式中国経済論29>



北京中央ビジネス区で入札 商業用不動産への投資熱高まる
2011/07/08(金) 19:03

  <中国証券報>北京市中央ビジネス区(CBD)中心部の土地9区画の競売が6日スタートし、中投公司、中信集団、安邦人寿、蘇寧置業など20社が入札に参加した。最高入札額は計246億5500万元で、床面積1平方メートルあたり2万2619元となる。住宅市場への引き締め政策の影響で、商業不動産への投資熱が急速に高まりつつあることを示した。7日付中国証券報が伝えた。


今回は土地問題について考えてみたいと思います。住宅市場でもそうですが,住宅価格を左右する大きな要因は土地価格です。中国は社会主義国ですので土地は国有になります。現在は使用権が売買されています。


1.中国の土地制度


1986年に「土地管理法」が整備され,公有制を前提とした土地管理法体系ができます。1987年に深センで初めて都市国有地使用権の有償譲渡が行われ,国の土地を民間に売りその資金を使って地方政府が都市建設に使うという不動産開発が始まりました。

1992年の南巡講話以降,第一次不動産開発ブームが発生します。また1994年と1998年の都市住宅制度改革に関する国務院の決定や通達(前回参照)をきっかけとして,都市住民は配給としての住宅ではなく,商品としての住宅として見ることになります。広いところにいいところに住みたいという都市住民の住宅需要を刺激し,それに伴って都市の土地需要が高まります。

農地は集団所有地であり,農地以外への転用はできないのですが,一旦政府が収容し国有化したあと払い下げるというように変化しました(1998年の改訂土地管理法)。

土地の乱開発や国有資産の流出を防ぐために,中国では「土地備蓄制度」ができます。1996年に深センと上海で土地投資会社が国有で設立されました。この土地備蓄センターが地方政府から委嘱される形で開発用地を収用,整地,管理を行うという仕組みが土地備蓄制度です。

また2001年の「国有地資産管理の強化に関する通達」では協議方式で行われていた土地使用権の有償譲渡の方式が入札方式へと転換していきます。これは密室での協議方式では価格の決定とどの業者に譲渡するかといった過程が不透明になっていたからです。

制度が整うにつれ,第2次不動産開発ブームが発生します。とくに2004年の『土地管理を深化、改革、厳格化するための決定』によって,都市拡大に伴う周辺農村の土地が一旦国有地として収用され,開発されるようになりました。これにより土地を失う,いわゆる「失地農民」問題を発生させました。(農民の土地強制収用問題<岡本式中国経済論13>


2.単一都市モデル


フォン・チューネンやアロンゾは中心部から離れるに従って地代の付け値が下がるモデルを想定しています。

これは感覚的にもわかりやすいモデルです。

vonThunenmodel.jpg

例えば、天安門を中心とする北京の事例はまさにそれがあてはまりやすいかもしれません。

pekingmap.jpg

地図を見てもわかるように中心部から離れて行くにしたがって(二環路から三環路、三環路から四環路、四環路から五環路)地価は下がってきます。住宅にせよ,企業にせよ需要者の土地に対する付け値は,中心地M(北京の場合だと二環路以内)から遠くになるに従って下がっていきます。これは需要者の土地に対する評価ですから需要曲線です。

土地供給は土地備蓄センターが独占的に中心地から周辺農村へ開発を進めていきますので,垂直的な供給曲線が右に移動していきます。土地開発にあたって住宅地に使うのか商業地に使うのか,土地備蓄センターが決定します。独占的市場なので,限界収入曲線と供給曲線が交わるところで需給が均衡します。

これから二つのことが指摘できます。

一つ目は独占市場であるため,土地開発が中心地から遠くなればなるほど,独占利益は高くなるということです。つまり土地の収用がどんどん安く収用できてくるからです。

二つ目のポイントは,都市化にともなって宅地需要の方が工業用地需要よりも大きいと思われます。つまり需要曲線の傾きはよりなだらかになり,中心地から遠くなっても価格があまり下がりません。一方で開発が都市の周辺に広がれば広がるほど独占力が強くなるので,限界収入曲線の傾きが大きくなり需要曲線との乖離が大きくなり,独占利益が大きくなると考えられます。

こうなると地方政府にとっても工業用地よりも住宅用地開発にインセンティブがわくように思います。

土地価格が高ければ高いほど地方政府にとっての「旨み」は大きいということがいえそうです。


3.中国の問題


中国独特の問題は,土地取引市場が三層になっているため以上のような標準的な経済学から離れていること,土地用途の決定が地方政府によってコントロールされた独占状態であるため,独占レントが発生しているということ,です(梶谷2009)。

土地取引市場の三層性について確認してみましょう。まず地方政府が農地や旧市街地の土地を収用して開発業者に有償で譲渡する市場が存在します。これが一次市場です。次に開発業者が不動産(マンションなど)を建設して、不動産の所有権と土地の使用権をセットにして一般に販売するのが二次市場になります。三次市場は二次市場で売買された物件の中古市場および賃貸契約を指します。

二次市場や三次市場は利子などの金融資産との裁定がはたらくので

不動産価格=賃貸収入/取得コスト

の関係が長期的に成立するように思われます。ただし政府から開発業者に払い下げられるときに独占的価格であるため、不動産価格は一次市場の土地譲渡価格に左右されるのが特徴となります。

次の問題は土地用途の決定が地方政府によってコントロールされていることです。土地は工業用地と住宅用地に大別されますが、土地使用目的によって譲渡の方式を変えることによって、工業用地と住宅用地の価格差を生み出していることです。工業用地は企業誘致のために低コストにしたいと考えますので、協議方式で低価格で譲渡されます。住宅用地は需要が大きいと期待できますので、入札によって価格がつり上げられます。とくに地方政府にとって財政収入が土地譲渡に頼っている場合、この傾向が強くなると考えられます。

最後に,土地販売と地方の財政問題を示唆するニュースを紹介しておきます。


地価が下落の兆し 地方政府が財政難のピンチ=中国

 【大紀元日本6月7日】ここ数年にわたって高騰し続けてきた中国の土地価格は下落する兆しを呈している。急速な下落で土地譲渡の収入で支えられている地方財政がピンチに立たせられていると専門家は懸念している。

 クレディ・スイスが発表した統計によると、中国全土の土地売却の平均取引価格は、4月に前月比32%下落し、年初から51%下落している。中国国内の中原不動産研究センターの統計によると、4月に15都市の住宅用地供給量が435ヘクタールと、前年同期比と前月比より大幅に減少した。同月に中心都市の地価も前月比と比べて18%下落した。

 また、中国国土資源部の統計によると、今年第一半期から住宅用地は商業用地より価格が下がり始めた。

 地価の下落について、ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究所の教授で、中国経済問題の専門家ピーター・ボタリア氏は、それには二つの理由があると見ている。一つは昨年4月から、高騰した不動産価格を下げようと様々な引き締め政策を実施したため。もう一つは中央政府が低所得者向けの格安住宅に土地を提供するよう命じたから。

 英フィナンシャルタイムズによると、10数年前から、中国は住宅の配給を廃止し、住宅市場の急速な拡大を受け、地方政府は土地売買から巨額な収入を得るようになった。

 情報調査会社のCEICによると、昨年は土地譲渡による収入が2009年から2倍近く増え、約3兆元(約37兆円)に達し、地方政府の財政収入の70%を占める。

 政府の不動産市場の引き締め政策で、CEICは2011年の土地譲渡収入は2兆元(約25兆円)まで下落すると見ている。「急激な下落で、多くの地方政府は大きな影響を受けるだろう」とボタリア教授は指摘する。英フィナンシャルタイムズは「最も影響を受けるのは経済が多様化しておらず、土地収入に頼っている貧困都市」だと分析する。

(翻訳編集・高遠)



<参考文献リスト>
梶谷懐(2008)「中国の土地市場をめぐる諸問題と地方政府−「地方主導型経済発展」の変容−」『現代中国研究』第23号,中国現代史研究会
梶谷懐(2009)「中国の予算外財政資金と地域間経済格差」『中国21』Vol.30,愛知大学現代中国学会


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2011年07月09日

中国の住宅制度<岡本式中国経済論28>

MSN産経ニュースから。

中国住宅バブル続く 北京や上海など1月価格上昇
2011.2.18 21:12
 中国国家統計局が18日発表した国内70都市の住宅価格指数で、北京市の新築住宅価格指数が前月比0.8%上昇するなど、60都市までが前月を上回り、不動産バブルが続いていることが分かった。上海は0.9%、杭州は1.6%、広州は1.7%、それぞれ前月より上昇した。ただ、1月分から統計手法を変えたほか、全国統一指数を廃止したため、昨年までの住宅統計との継続性は失われた。(上海 河崎真澄)


中国が住宅バブル対策本腰 地方政府の問責制導入へ
2011.3.9 19:48
 中国の住宅都市農村建設省の斉驥次官は9日、住宅価格高騰を防ぐ政策を全国に徹底するため、取り組みを怠った地方政府に対する問責制度を導入する方針を明らかにした。開会中の全国人民代表大会(全人代=国会)に関連した記者会見で述べた。

 地方政府が取るべき対策は、低中所得者向け住宅の建設や、農村の老朽化した家屋の改築、不動産投機を防ぐ税制導入など。中央政府の関連部門が地方に対して検査や実績評価を実施し、召喚や取り調べも行う。具体的な内容は検討中という。

 全人代で政府が打ち出した「生活を全面的に改善する」方針に基づく措置。中国では「家が高くて買えない」との不満が高まっており、斉次官は「(取り組みが足らず)社会の安定に影響を与えた場合、地方の責任を問う」と強調した。 (共同)



中国では今年(2011年)の大きな問題は不動産市場の価格抑制と低中所得者向けの住宅供給を増やすということです。中国の住宅制度,住宅市場について考えてみたいと思います。

1.中国の住宅制度(概要)

計画経済時代,住宅は国有企業によって配分される「配給」財でした。国有企業で働く住民は国有企業が用意した住居に入居していました。一般に国有企業は一つの街を形成していたので,住宅は一種日本の「社宅」のイメージです。住民は国有企業に家賃を支払うことはしません。あくまで福利構成として分配される現物配給の財だったのです。

市場経済への移行は,この配給品を商品化させることを意味します。商品として価格がつき,自由な売買ができるようにしていくという改革が行われていきます。

住宅制度の改革はさまざまな改革の中で国有企業改革が本格化する1992年の現代企業制度改革以降に始まる,もっとも遅い改革でした。

1994年に国務院が「都市部住宅制度改革を深化させる決定 (43号)」を通達し、住宅の商品化、社会化を柱とする改革の方向性を初めて打ち出し,1998年7月に国務院が「都市部住宅制度改革をさらに深化させ、住宅建設を加速させることに関する通知(23号通達)」を出しました。

住宅制度の改革初期は商品房と呼ばれる,新規建設された住宅が商品として売買が始まります。商品房は価格が高いものであったので,政府は保障性住宅を用意します。

中所得者向け 限価房 低価格での分譲住宅
中低所得者向け 経済適用房 低利益の分譲住宅
最低所得者向け 廉租房 安い家賃での賃貸住宅

の3種類が現在の保障性住宅です。

中国不動産業は発展を続け、1997年ー2007年の成長率はGDP成長率の2倍以上でした。計算によるとGDP成長率のうち2割から3割は不動産産業が牽引したものと思われ、間違いなく支柱産業になっている模様です。

2003年「国務院の不動産市場の持続健康発展を促進する通知」(18号文件)により、住居の供給主体は経済適用房ではなく保障性質のある政策性の商品住房とされ、商品房の位置づけが上昇します。保障性住宅の建設よりも商品房の建設が中心になり,その結果投機も含めて不動産価格が上昇していきました。2005年には国八条や国六条の通知による強制的なインフレ抑制策により価格が急降下することがありましたが,商品房を中心とする不動産市場は常に活気とインフレに見舞われていました。

一方で,国有企業改革による失業者の増大,農民の都市流入など低所得者層が増大し,多くの住民の住環境が悪化します。また金持ち以外は住宅を持てないといった問題が発生します。

2007年8月には「国務院、都市低所得家庭住居困難を解決することに関する若干意見」が出されました。この通知がはじめて、低所得者層への住宅供給は政府の職能であることが謳われたのです。


2.住宅市場(供給と価格)

中国の住宅市場問題は,インフレを牽引しているということ,低所得者層への住宅供給が足らないということです。住宅市場には賃貸市場(住宅サービスの売買)と売買市場(住宅自体の売買)があります。売買においては中古も含まれます。

(1)住宅はさまざまな特性をもつ財

住宅は非常に複雑な側面を持ちます。

近隣外部性:移動することのできない財なので、住宅は近隣環境に影響を及ぼしますし、逆に影響を及ぼされます。

耐久財:耐用年数の長い耐久財なので、ストックという側面そして資産選択としての側面を持ちます。

合成財:立地,住居のデザイン,住環境(アメニティー),住居に使われる材料,住居の広さなどなどさまざまな要因が入っています。

規模の経済性:建築戸数が多くなるとコストの節約が可能です。

必需性:住宅は食料とともに人間生活にとってなくてはならないものです。

情報の非対称性:住宅建設においては手抜き工事など、買い手が情報を持つことは難しい側面があります。

取引コスト:住宅の購入や賃貸においては、探索費用がかかり契約費用も無視できません。取引費用の高い財です。

(2)住宅市場での価格の決定

このような住宅の特性を考慮にいれながらも、賃貸価格および住宅価格はやはり市場の需給によって決定されます。ただし住宅は建設に時間がかかることから、供給曲線の価格弾力性は低く、傾きが大きいことが予想されます。この意味ではつねに需要側の動きで価格が決まるという側面があります。

ところで賃貸市場においても住宅売買市場でも価格には以下の関係があります。

住宅価格=賃貸料/資本コスト(利子率)

減価償却や期待賃料などの資本コストを考えずに単純に利子率だけを資本コストとして考えると

住宅価格×利子率=賃貸料

となります。住宅の現在価値(賃貸料)は住宅価格に利子率をかけたものということになります。この関係から明らかなように住宅価格が2倍になれば賃貸料も2倍になります。

住宅建設には資金が必要です。資金コストは利子率ですので利子率があがると建設コストもあがるので、賃貸料はアップしてしまうという関係も示しています。


3.住宅政策

住宅政策には,主に住宅補助政策(再分配)と住宅税制(需給調整)があります。

前者の住宅補助政策は、住宅が必需品であるという側面があります。また規模の経済が働くことから政府が大量に供給することによって住宅コストを抑え、低い賃料で貸出することが可能になります。

2010年は中国の保障性住宅の発展元年になるかもしれません。政府は国四条を提出し,1540万戸の低所得者家庭の住宅困難を解決することが目指されました。これは住宅建設部のもともとの計画の2倍になりました。今年になってからも保障性住宅の供給は政府の重要な施策の一部をなしています。

また投機的な資金が不動産市場に流入してきていることから一部の地域では不動産税の導入が検討されてきています。加熱気味の不動産市場をおさえるとともに、富裕層と低所得者層の所得再分配が期待されています。


上海と重慶が固定資産税 不動産バブル対策で試験導入、中国初
2011.1.28 18:25
 【上海=河崎真澄】上海市と重慶市は28日、中国で初めて、日本の固定資産税に相当する「房産税(不動産税)」を試験的に導入した。不動産バブル対策の一環で、個人で高級住宅や複数の物件を所有する富裕層から徴収し、所得の再分配につなげる狙いもある。他の地方政府も両市の実施状況をにらみながら追随する可能性がある。

 上海市では市内居住者の場合、新規購入で世帯あたり2軒目以上の住宅が課税対象。市場価格を基に算出する評価額の7割に対して原則として0・6%を課税する。非居住であれば1軒目の新規購入分から課税する。内陸の中核都市である重慶市の場合、まず市中心部の9区内が課税対象。高額マンション物件には成約価格に応じ0・5〜1・2%を課税する。一戸建ては既存の保有分も課税対象となる。

 不動産の個人所有が認められていない中国では、政府が譲渡した「期限付きの使用権」が売買されているが、これまで個人住宅に対する固定資産税は免除されてきた。だが「使用権」の価格が高騰してバブル化しており、利上げなどバブル対策が打ち出されてきた。

 26日には2軒目以降の住宅ローンの融資条件の厳格化や、地方政府に住宅価格を抑制する数値目標を設定するよう義務づける決定が発表されたばかりだった。



<参考文献リスト>
閻和平(2009)「中国における住居保障制度と住宅政策の展開」『大阪商業大学論集』第5巻第1号
http://ouc.daishodai.ac.jp/data/d0296ab2cc19451f0e4a1008fe53f798/File/%E8%AB%96%E9%9B%86151%E3%83%BB152/%E9%96%BB.pdf
趙暁(2010)「中国三代房地産改革」(http://zhaoxiao.blog.sohu.com/143850846.html、2011年6月28日)
山田浩之編(2002)『地域経済学入門』有斐閣コンパクト
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2011年06月25日

中国の産業集積<岡本式中国経済論27>

産業集積についての最近の報道から。

<中華経済>靴の輸出、インドなどが追い上げ第1四半期はマイナス―四川省
2011年5月22日までに、成都税関は、中国四川省で生産される靴の今年第1四半期の輸出量は2634万足で前年比17.1%減、輸出高は1億4000万元で14.1%減となったことを明らかにした。同省では、成都市などが靴メーカーの集積地として知られている。四川日報が伝えた。


<中華経済>携帯向けゲーム開発事業が急成長、国内業界最大手企業も育つ―天津浜海ハイテク区
2010年7月4日、天津市のアニメ産業集積地である天津浜海ハイテク区で、携帯電話向けゲーム開発事業が急成長してきた。地元紙が伝えた。

現在、同事業に携わる天津市の企業の95%が区内に集中。最も早く進出した猛◆(馬へんに孟)科技は台湾・香港・欧米・日韓などに計500万以上の登録ユーザーを持ち、中国最大の携帯ゲーム開発メーカーに成長した。

同ハイテク区の関係者によれば、携帯ゲームはテレビアニメや漫画よりも高い技術が要求されるほか、商品開発においてソフトウエア著作権の取得が不可避。同区は進出企業の7割以上がソフトウエア開発業者で、もともとこの分野における実績を積んでいる。 業界関係者によると、中国の携帯電話ゲーム産業の年間売上高は約20億元。今後も成長予定があるという。(翻訳・編集/東亜通信)



1.なぜ人や企業は集まるのか。

人や企業は一部の地域に集まってきます。集まり方によって二つの経済に分けられます。一つは都市化の経済といい,多種多様な企業が集まってさまざまな取引が行われます。もうひとつは特化の経済です。これは同じ業種の企業が集まることをいいます。

中国の大都市,北京,上海,広州などは大都市です。中国の各地域ではさまざまな特化の経済が見られます。上の例もさることながら,義烏の雑貨や温州の皮革製品,パルブなど中小企業の集積,広東省・陽江のステンレス刃物などが有名です。

経済学では集積の理由を内部経済ではなく外部経済に求めてきました。有名なのがマーシャルの外部経済ですが,これをみてみましょう(古永2008)。

情報獲得や技術開発面での外部経済効果
○同業種の従業者が多いので、 発明などが波及しやすい。
○低コストで必要な情報が入手できる。
○その結果、 効率的な生産が可能になる。

特化の経済ではとくに情報が必要となります。同じ地域で生産するためのインフラ情報,対政府政策に対しての意見交換,出荷や低コストのための情報などさまざまな情報を交換することにより経営が行いやすくなります。


原材料など調達面での外部経済効果
○ある産業の発展が、 産業集積内への関連産業の立地を促す。
○これにより、 原材料や中間財の調達面での利便性が高まる。
○その結果、 効率的な生産が可能になる。

原材料や中間財を調達するために,一箇所に集まることは,大量発注による購入単価の低減が期待できます。また原材料や中間財生産企業も需要が増加することにより規模の経済が発生するために,低コスト化を図ることが可能です。この原材料や中間財の調達のしやすさは経営を安定的にさせると考えられます。


生産面での外部経済効果
○その地域において、 ある産業の生産規模が大きくなれば、 細分化された工程ごとの仕事量が多くなる。
○これにより、 各工程を分担する企業は、 高度に特化した高価な機械を導入できる。
○その結果、 効率的な生産が可能になる。

一般に,産業が集積すると工程を細分化し,一部の工程を近くの企業に委託することによって費用を抑えることが可能になってきます。いわゆる分業のメリットです。そして各企業が各工程に特化していくことによって技術も向上し,大量に仕事を請けることによってコストを低減することが可能です。日本の大田区の産業集積などはこの事例ともいえるでしょう。


人材確保面での外部経済効果
○ある産業に必要な人材が豊富に集積している。
○その結果、 効率的な生産が可能になる。
(ただし、 マーシャルは、 この点について、 交通や情報通信の発展により、 その効果が緩やかになっていると指摘)

同じ業種の企業が集まると,その業種の経営,生産,販売に関する知識をもった人も集まっているということがいえます。そのため企業が進出するにあたって専門的な人を雇用しやすいというメリットがあります。また人もその業種に興味がある人たちが集まってきます。そこにいけば就職機会があるということを期待できるからです。

以上,マーシャルの外部経済をみましたが,基本的には,集まることによるメリットがあるということです。ポイントは集まることによって費用対便益のうち費用が下がり便益が増すということであり,規模の経済(経済学的には収穫逓増)が発生しているということです。

2.空間経済学

たしかに中国の各地域の特化の経済を説明するために,以上のような外部経済を考えることは重要ですが,実は外部経済は集積のメカニズム自体を説明しているわけではありません。

クルーグマンや藤田などにより集積のメカニズムとして外部経済の理論モデルへの内部化が行われてきました。集積に重要なのは輸送費用と規模の経済であることが明らかになってきています。

規模の経済についても,人口や企業の密度が高くなると規模の経済が上昇すること,距離が離れていくと規模の経済は減少していくことが分かってきています。つまり距離と密度が規模の経済を決めていきます。

そして輸送コストが低下すると,企業は一部地域に集まるというメカニズムが明らかになりました。

ただし,どこに集積するかはわからないというのが現状です。なぜ成都に靴メーカーが集積したのか,温州に皮革加工業が集まっているのか,それは一種歴史的偶然的な結果であるのかもしれません。


<参考文献リスト>
古永義尚(2008)「産業集積がもたらす外部経済効果を支えるもの」『中小企業総合研究』第9号(2008年6月)
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2011年06月11日

中国の都市システム<岡本式中国経済論26>

中国の都市システム

前と同じく都市化について考えてみたいと思います。やはりきっかけは前回と同じ以下のニュースです。



中国・珠江デルタに世界一の巨大都市が誕生か…専門家は否定的
サーチナ 1月27日(木)15時48分配信
 中国経済網などは26日、英米豪などのメディアを引用して、「中国は世界最大の巨大都市(メガ・シティー)を建設する計画がある」との観測を紹介した。珠江デルタの9市を統合し、面積はロンドンの26倍、人口は世界一になるという。中国の専門家は「不可能ではないが、広すぎて管理コストがかかりすぎる」と否定的な見方を示した。

 珠江デルタにある広州、深セン、仏山、東莞、中山、珠海、江門、恵州、肇慶のを統合して「メガ・シティー」化して、中国の製造業と輸出加工業の中心地する計画。6年以内に完成し、面積は1万6000平方メートルでロンドンの26個分、人口は4000万人以上で世界一になるという。

 投資総額は2兆人民元以上(約24兆9700億円)で、エネルギーや情報など150項目以上の大型インフラ・プロジェクトを実施する。計画を提唱した広東省都市農村計画設計研究院の馬向明氏は「珠江デルタの工業発展に役立ち、住民が域内各市の公共サービスを自由に受けられるようなる」と説明した。

 一方で、中国社会科学院都市発展・環境研究所の牛鳳瑞研究員は、「9市の統合は不可能ではないが、行政区画が広すぎる。管理コストが過大で、経済効率が悪くなる」と、行政区画の変更には否定的な見方を示した。(編集担当:阪本佳代)



そもそも4000万という規模は有りうるのでしょうか。


1.都市システム

世の中にある都市はどのように存在しているのでしょうか。ある一定の空間において都市は,一つの大都市が中心的な役割を果たし,それに引き続いて周辺に中都市が存在します。そしてその中都市の周辺にはいくつかの小都市が存在するとされます。これをクリスタラーの中心地理論といいます。

このような階層構造が成立するには,地表がまったくの平面でモノの供給需要には一定の範囲があるという仮定です。これを商圏といいます。小都市から周辺にモノを供給する範囲は円状になります。その商圏が重なるところに中都市が存在し,モノが集まりります。中都市の商圏が重なり合うところに大都市が存在するということになります。

直線の2次元でイメージすると以下のようになります。

都市システム
CitySystem.jpg


大都市の周辺に中都市が存在します。その外側に小都市があります。都市は規模に従って,階層的にシステムを形成すると考えられています。


2.ランクサイズルール

このような考えを背景に,都市にはランクサイズルール(順位・規模法則)というのがあると考えられています。これは

都市の規模(人口)×都市の順位=一定

という式で示されます。これは経験則であり,ジップ法則とも呼ばれます。

中国の都市人口で上位30都市をあげて(総務省HP世界の統計第二章人口http://www.stat.go.jp/data/sekai/02.htm),この法則が成り立つかどうか考えてみましょう。

図 都市人口
CityPop.jpg


図 都市の人口規模と順位
CityPopRank.jpg


これを見てみると,上位の都市規模が小さいことがわかります。第10位以降ぐらいになると規模が大体安定してくるといえます。

もう少し詳細に見てみたいと思います。上の式をちょっと変形すると

都市の順位=定数÷都市の規模(人口)

となり,対数をとると

Log(順位)=定数−αLog(人口)

となります。このαが1(係数としては−1)になれば,ランクサイズルールが成立していることになります。

図 ランクサイズルール
CityLogPopRank.jpg


図を見ると,係数は-0.65ですので,厳密にはランクサーズルールが成り立っていません。係数が-1になるように,つまりランクサイズルールが成り立つように中国の都市規模を推計してみると

第1位 5050万人
第2位 2525万人
第3位 1683万人
第4位 1263万人

となります。ランクサイズルールに従った,中国におけるもっとも人口の多い都市は5050万人となります。二番目の都市は2525万人です。現実は上海が1500万人程度,北京が1100万人程度になっています。中国の都市規模は上位都市が過少になっていると判断できます。



3.結論

以上の簡単な分析から何がいえるでしょうか。

中国は土地が広いため,一極に集中するよりは,分散する傾向があるのではないかということです。実際,北は北京,東は上海,南は広州,真ん中は武漢,西は重慶というふうに分散しています。もし,各地域ごとに(例えば,華北地域とか華東地域などのように)見てみると,そこの地域の大都市,中都市,小都市というように順位と規模にきれいなランクサイズルールが成立するかもしれません。

もう一つは,中国の上位都市は思ったよりも小さいということです。従って,ニュースにあるような広州で4000万人規模の都市を作ることは可能かもしれません。しかしその場合,通勤圏として4000万人が移動しあえる都市でないとなりません。東京首都圏は行政区では埼玉,千葉,東京,神奈川を含んで首都圏となり3700万人規模の人口を持ちます。もちろん東京首都圏が世界一の規模の都市になっています。

あるいは統計の問題があって上位都市が過少推計されているかもしれません。農民工など外地から都市に来た住民は戸籍を持っていません。人口統計が常住人口を中心として取られていることを考えると,一時定住(暫住)人口が過少にカウントされている可能性もあります。大都市の周りに巨大なスラム街ができる可能性もあるのでないかと思われます。大卒で低所得層である蟻族(エントリはここ)は北京の郊外に住み,2時間かけて通勤しているといいます。郊外の低所得者層の住民をカウントするともしかしたら統計よりも上海や北京は充分大きいことも考えられます。





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2011年05月28日

中国の都市化<岡本式中国経済論25>

中国では,たくさんの農民工が都市に流入しています。都市への農村人口流入を都市化といいます。

都市化にともなって,住むところの開発(不動産開発),道路の整備,住みやすい街づくり,通勤のための地下鉄やバスネットワークなど公共交通機関の整備,下水道やごみ処理問題などさまざまな問題を内包しています。

最近中国でこのニュースが注目されました。


MSN産経ニュース

中国、世界最大のメガ・シティー建設構想 珠江デルタの9都市合併
2011.1.27 22:43 (1/2ページ)
 【北京=川越一】中国で広州や深●(=土へんに川)など珠江デルタ地帯の9都市を合併して、巨大都市を建設するという構想が持ち上がっている。実現すれば人口約4790万人となり、東京首都圏の約3420万人を抜いて世界最大の“メガ・シティー”になるという。

 大合併報道の発信地は欧米メディア。英紙テレグラフなどが、広東省都市農村計画設計研究院の馬向明主任技師の話として伝えた。

 構想によると、今後6年以内に人口約1170万人の広州を中心に深●(=土へんに川)、仏山、東莞、中山、珠海、江門、恵州、肇慶の9都市を統合する。総面積約4万1500平方キロに及ぶ製造業、輸出加工業の中心地を作り上げる計画で、中国経済全体の10分の1を担うと見積もられている。



中国は急速に都市化が進んでいます。中国の都市化について考えてみます。

1.なぜ人は集まるのか。

都市化は人口の集中です。なぜとある限られた地域に人が集まって都市が形成されるのでしょうか。

経済学では,「どこで」働いても完全競争市場であれば労働の限界生産力は同じと考えます。もし違っていれば,賃金が労働の需給を調整して,どの地域であっても賃金は一緒になり,限界生産力も同じになると考えています。

ところが場所(とか空間ともいいます)によって,生産性は変わります。一般には,

@資源などの生産要素賦存条件が地域によって異なる
Aもともと人が集まっているところ,地形,立地場所などによって生産性は異なる(外部経済)

と考えられますので,地域によって限界生産性は違うことになります。

労働は無制限に供給されると考えて,労働の需要は各地域の限界生産性(賃金)と一致していると考えますと,都市と農村を直線で示し,地域の労働配分の状況が以下の図で示されます。

Distribution of Labor btwn City and Rural.jpg

ここでは,都市の方が限界生産性(賃金)が高いと考えられています。都市の限界生産性(賃金)が農村の限界生産性(賃金)より高いとなると,農村から都市に労働が移動します。これは賃金の格差がなくなるまで,つまり都市と農村の限界生産力曲線が交わるところまで移動します。結果,都市の人口が農村の人口を上回っていきます。

この過程が都市化となります。つまり都市化はもともととある地域の要素賦存条件や外部経済などによって限界生産力が高い地域に,人が魅せられて労働が移動し,人口が集まっていく過程だということができます。

中国では,胡煥庸(こかんよう)ライン(1933年)というのがあります。これは黒竜江の黒河から雲南の騰衝を結ぶ線です。この線で中国を二等分しますと,左側では人口が全体の5.6%,面積が全体の57.1%を占め,右側は人口が94.4%,面積が42.9%となります。大雑把に言えば,胡煥庸(こかんよう)ラインで中国を分ければ,面積は半分にだけども,人口の9割以上が右側に集まっているということです。この状況は1933年からほとんど変化していません。

HuHuanyongline.jpg

経済学的に考えますと,中国の南東側は沿海部であり,降雨量も多く,平野が多いため,住みやすく,経済活動を行いやすいので,限界生産力が高まる可能性があるということです。同じ地域であってもその地域の初期環境条件の違いによって生産性が異なり,そのため生産がしやすいところに人が集まってくるということがいえます。

2.都市はどのように形成されるか

仮説的に考えてみましょう。

二つの地域,A地域とB地域が存在するとします。生産要素や資源の賦存条件の違いで,生産性が変わってきます。ここではA地域は気候などの初期条件が綿花生産に有利だとします。もう一方でB地域は比較的労働者が多く集まっていたので,衣服を生産するのが得意だったとします。

つまりA地域は綿花生産に比較優位をもち,B地域は衣服生産に比較優位を持つとします。結果,比較優位の理論(前のエントリ)からお互いの財を交換することによってA地域とB地域の厚生は増加します。

A地域には綿花生産業者が集まってきて,綿花生産に特化してきます。

B地域には労働者が集まってきて,衣服生産に従事し,B地域は衣服生産に特化します。

これを「特化の経済」といいます。とある産業に特化することで,企業間の情報交換などを通じて産業全体で規模の経済が成立することを意味します。

次の段階。

B地域には人が集まってきています。人口が増加することによって都市のようになってきます。普段の生活では,衣服の他に加工食品なども必要となるかもしれませんし,電化製品も必要となってきます。また気分転換のためのパチンコ屋やゲームセンターなど娯楽設備も必要となってくるかもしれません。

B地域は衣服生産で得た利潤をB地域内で投資し,食品加工業,電気機械工業,サービス産業を設立するようになります。つまり人が集まることによって需要が多様化し,増大化した結果,既存産業からの余剰利潤が投資されて産業も多様化します。

都市内で多種多様な産業が成立し,集積することを「都市化の経済」といいます。多種多様な産業が集まっていると,生産するための人材や原材料の調達が容易など,生産すればするほど得になります。このような得な状況を外部経済と呼び,都市全体で規模の経済が働いている状況になります。

さて,中国の場合を考えてみましょう。

計画経済期には農村に人民公社が設置され,都市部に国有企業が建設されます。計画により農村の人民公社は決められた食糧と工業原料を生産します。都市の国有企業は人民公社から調達した原料で生活用品や工業製品を生産します。

この時,工業に必要な農業製品を安く調達し,農業に必要な工業製品を農村に高く販売することによって都市部に利潤を蓄積してきました。この利潤を重工業に投資して,中国は重工業戦略を実施してきたのです。

農村の資本が都市に吸い上げられて工業化の原資になったシステムを強蓄積メカニズムと呼ばれました。これにより中国の農村は疲弊し,改革開放の遠因となってきます。

改革開放以降,大きな変化が現れます。

経済特区や一部の沿海地域を海外に開放し,外国資本が流入します。工場が建設され,安い労働力を利用して,低価格の工業製品を作り,海外に輸出していきます。仕事があるということで,多くの農民が沿海の開放都市に流入し始めます。

沿海地域では現在3つの大きな都市圏が存在します。

一つは広東省の広州や深せんを中心とする珠江デルタ地域です。ここは電子製品の生産が中心になっています。

次は,上海,南京,蘇州など長江下流域を中心とする長江デルタ地域です。ここはもともとの工業基礎を活かして多種多様な工業産業が集積するようになりました。(これらの産業の特徴は黒田2001に詳しいです。)

三つ目は,天津,北京,大連,青島など広域にまたがっていますが,環渤海経済圏です。ここは上記二つほどの集積ではありませんが,それぞれの都市が発展しています。

3.本格的都市化と地方都市化の時代へ

都市化の進展を以下の記述から見ていただきたいと思います。ここでは5年以内に都市人口が農村人口を上回ると言われています。

中国エコシティの最前線〜姿を現した2大プロジェクト
日立、双日など日本企業も遅ればせながら参加
石原 昇


 中国の都市開発は信じられないほど速い。数年で街の様相は一変する。中国で大規模な建設現場を目にして驚いた読者も多いことだろう。筆者が強烈な印象を受けた深センの例をまず紹介したい。

 最初に訪れたのは「改革・開放」直後、経済特区に指定された80年代初頭だった。香港から国境を越え、一本道が続く道端には、縄で縛った亀を売る少年がうろついていた。中心部には1つだけ新築されたトレードセンターがそびえていた。中に入ると、異臭が漂い、照明は暗く、エスカレーターは止まっている。支配人に聞くと、電気がもったいないとのことで、せっかく作った噴水を動かしておらず、水が腐っている状態だった。最上階に上り市内を見渡すと、一面に水田が広がっていた。

 5年後、再び訪れると、あのビルはどこにあったか見分けられないほどに高層ビルが林立していた。東門市場には流行のファッション製品が所狭しと並べられ、若者であふれていた。深センは今や人口900万人、GDPは1兆元(約12.5兆円)に迫る。1990年に開設された証券取引所には昨年末1169社が上場し、中国屈指の都市に発展している。

都市人口が5年内に農村人口を上回る

 北京、上海も90年代に大きく変わり、オリンピック、万博でさらに洗練された都市に変貌した。中国の都市化は地方に及び、その勢いは止まらない。国連ハビタット(国際連合人間居住計画)の「中国都市状況報告」によると、2009年末現在、中国には654の都市がある。そこで暮らす都市人口は6億2100万人、都市化率は46.6%となっている。今後5年内に、都市部の人口は農村部の人口を超える。2030年には都市化率が65%前後に達し、約3億人も増加する予測だ。単純平均で年間1500万人が都市へ押し寄せる計算になる。

 中国には、環渤海地域、長江デルタ地域、珠江デルタ地域という3大都市圏がある。都市化の進展で農村からこれらの大都市への人口流入が進んだ。また政府の中西部開発と地域振興策により、河南省中部、チベット中南地区、内モンゴル都市郡など地方都市の発展も目覚しい。2007年以降の経済成長率は、中西部が東部を上回っていることは案外知られていない。

 都市化の推進は、今年から始まった第12次5カ年計画の最重要テーマの1つである。都市化を通じて、低所得者層の所得拡大を図り、消費を刺激する政策である。同時に都市のスラム化や失業者を抑制するために、インフラを整備し、良質な住宅の提供や産業の創出に力を入れる。電気、ガス、上下水道、交通などインフラの整備だけで、今後10年間で最低16兆元(約200兆円)の投資を必要とする。


また,現在中国では地域開発協調戦略が実施されていますが,内陸部でも都市化が進んでいます。

<中華経済>「成都重慶経済区」計画、国務院に提出、中国経済の第4極目指す
Record China 2010年12月21日(火)4時43分配信

2010年12月17日、四川省発展改革委員会の鄭備副主任は、国家発展改革委員会が「成都重慶経済区区域計画」を許可したことを明らかにした。既に国務院に提出済みだという。華西都市報などが伝えた。

西南交通大学地域経済・都市管理研究センターの戴賓主任によると、成都と重慶一体の振興を図る「成都重慶経済区」の考えは、中国政府が第11次5カ年計画の策定作業をしていた2003年に初めて現れた。2007年に四川省と重慶市の両政府が「成都重慶経済区」の推進で一致してから3年あまりが経つ。

地元政府などは、珠江デルタ、長江デルタ、環渤海に続く、中国経済成長の第4極になることを目指している。草案によれば、経済区には四川省の15都市と重慶市の31区・県が含まれ、総面積は20万6000平方キロメートルの広い範囲となる。(翻訳・編集/JX)


<参考文献リスト>
宮尾 尊弘(1995) 『現代都市経済学・第2版』 日本評論社
黒田篤郎(2001)『メイド・イン・チャイナ』東洋経済新報社 2001年


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2011年05月14日

地域の所得<岡本式中国経済論24>

地域の所得

今まで,農村が都市化するには工業化の資本が必要なこと,そして工業は移輸出する企業であることが望ましいことを述べてきました。どちらかといえば生産側(供給側)の議論をしてきていますが,ここでは需要側を考慮しながら需給均衡として実現される,地域の所得の決定を考えてみたいと思います。

ところで地域の所得は,GDP(Gross Domestic Product)で示されます。時にはGRP(Gross Regional Product:地域総生産)と言われますが,GDPと呼んでも差し支えありません。

さて,このGDPはどのように決まるのか,中国広東省の東莞市をレポートした吉村(2000)に従って,考えてみたいと思います。


東莞市は、中国パソコン生産の一大拠点となった。東莞市の面積は2465平方キロメートル、神奈川県ほどの面積。数年前までは人口3万人ほどの貧しい農村だった。しかし、現在人口は398万人。中国屈指の工業都市に急成長した。東莞市経済貿易委員会の責任者である張順光副市長は「1999年の輸出額は151億米ドル。輸出額は、広東省の輸出総額の20%、全国の7.7%を占め、シンセン264億米ドル、上海163億米ドルに次いで、中国第三位」と胸を張る。

東莞市に進出している外国企業は、1999年末で13,800社。その中でもハイテク関連では台湾企業の動きが目立つ。同市に進出している台湾企業は、およそ3,800社。東莞市の輸出額のおよそ7割を占める。東莞市にはおよそ4万人の台湾人が住み、この秋から駐在している台湾人子弟のための学校が開校になっている。その背景には、東莞市政府の積極的な企業誘致政策がある。政治的には依然対立状態にある中国と台湾だが、経済的には重要なビジネスパートナーとなっているのだ。東莞市をIT関連製品の一大生産拠点にしたのは台湾企業だと言っても過言ではないだろう。

(中略)

東莞工場の従業員は750名。うち幹部職員が20人。台湾人駐在員は、工場管理者など12人。従業員は中国各省から東莞にやってきた出稼ぎのワーカー達だ。ギガバイト社の朱威同工場長によると「進出の決め手となったポイントのひとつは、質の高い労働力の確保が容易であること」だという。中国各地からシンセンや東莞に職を求めてワーカーが集まってくるのだ。ほとんどが若い女性。勤勉で、残業を好む。学校を卒業して、結婚までの数年間、工場のワーカーとして働くのだ。

彼女達の平均的な給与は、基本給に残業手当や諸手当などを加えて700元〜800元(およそ一万円前後)と、台湾のおよそ十分の一。しかし、これは中国農村部の年収に匹敵する水準。ここで何年か我慢すると、田舎で働く両親の何年分かの所得が得られるわけだ。いや、「我慢」ということばはふさわしくない。女工哀史的な悲惨さはまったくなく、自発的、仕事に対する意識も高い。朱工場長は「とにかく残業を好みます。残業が多い工場へ転職してしまう人も少なくないですよ」と話す。



1.供給面

経済成長は,経済の供給面とくに生産能力の拡大で捉えることが可能です。生産能力の拡大とは企業の数が増加するとともに,工場設備が増加して製品の生産能力が拡大するということです。そして企業で働く,工場で働く労働者も増加していきます。

つまり

生産能力の拡大は,工場建設や工場設備を増加させるための資本,その施設で働く労働者の増大

が必要になっています。生産は資本と労働の関数(y=f(L,K))で示されることになります。

東莞の経済発展も同じでした。農村であった東莞に工場資本があるわけでもなく,台湾企業の進出がその資本の源泉でした。また労働力においても東莞だけで賄われることはできず,中国各地からやって来た出稼ぎ労働者が工場労働を支えたのです。

経済基盤モデルでもみたように,最初その地域で製品を売ることはできません。できたとしてもすぐに飽和してしまい,工場にとっては利益がでる水準以前に需要が頭打ちになってしまいます。そこで他地域へ移輸出することによって,工場経営がうまく行くようになります。

資本が入り,労働者が他地域から集まり,東莞は都市化が進みます。


以上が供給面です。

また吉村(2000)からです。

シンセンや東莞を中心とした珠江デルタの工業地帯では、都市部の平均賃金をはるかに上回る水準。ギガバイト社の場合、基本給が350〜400元(およそ日本円で5千円前後)、これに残業手当など諸手当を加えると700元〜800元(およそ1万円前後)になる。ボーナスなどを加えた年収にすると10,000元を超えることになり、都市の平均年収のおよそ2倍になる。「都市部でも上海、北京、それから経済特区の賃金は別格。他の地域より圧倒的に高い」とG氏。

食事をしたレストランで「仕事の話、お給料の話をちょっと聞いてもいい?」とウェイトレスに声をかけてみた。このレストランは東莞でも有名なホテルのレストラン。突然、ちょっと失礼かと思ったが、快くわれわれの質問に答えてくれた。彼女の月収はおよそ1,200元(日本円で15,600円ほど)、地方から出てきてしばらく電子部品関係の工場で働いていたが、友人の紹介でこのレストランに転職できて、とてもラッキーだったという。こうしたサービス業で働けるのはほんの一握りの人たちだけで、どうやらけっこう狭き門らしい。彼女たちにとってサービス業に従事することは、ひとつのステイタスなのだ。「チャンスがあればシンセンへ行って働きたい」と目を輝かせて話す。やはり、憧れはシンセン。地方から東莞へ、ワーカーからサービス業へ、そしていずれはシンセンへ。こうしてステップアップしていく彼女たちなりのサクセスストーリーがあるようだ。

東莞の平均的なホワイトカラーの月収は1,500元(19,500円)、幹部クラスだとその倍として3,000元(39,000円)前後が平均的な水準。物価が安いので生活には困らないはず。しかし、嗜好品や高級品の値段は、桁違いに高いようだ。例えば、東莞市内のちょっとおしゃれな喫茶店に入って、コーヒーを飲んだ。コーヒーの値段は一杯18元、日本円にすると一杯234円。物価水準から考えると、けっして安くはない。その他、スーツ、靴などもブランド品を中心にけっこうな値段。自動車は、フォルクスワーゲンのゴルフクラスでおよそ15万元(195万円)、つまり月給3,000元の人ならお給料50か月分ということになる。オートバイでも125ccクラスの実用車が、給料の3〜5か月分。「オートバイならちょっと無理をすれば何とか」という金額だが、自動車はまだまだ高嶺の花のようだ。

それでも最新型のベンツや日本車を乗り回している人も少なくない。ガイドのCさんによると「東莞市で車に乗っているのは、事業で成功した人か、土地持ち。それか台湾人ですよ」と説明してくれた。中国というと、みんな自転車に乗っているような先入観があったが、自転車は想像していたよりずっと少なかった。街中には自動車やオートバイがあふれ、自転車のほうは道路の端に追いやられ、ビュンビュンとばして走るオートバイに気を使いながら走っているような状況。新車が買えない人たちのために、オートバイの中古車市場も活況だそうだ。しかし、憧れはやはり自家用車。マイカー通勤が成功の証なのだ。

高速道路は走っていると、ところどころに新しく建築された一戸建ての住宅街を見ることがある。たいてい湖のほとりや、川辺りが多い。芝が敷き詰められた庭、どの家にも車のガレージや駐車スペースがあり、プールが付いているの家もある。広い土地を住宅地として開発した分譲地で、団地の周りは高い柵で囲われている。入り口には大きな門。守衛がいて、セキュリティもしっかりしているようだ。「最近流行りの一戸建て高級マンションですよ」とガイドのCさんが教えてくれた。「分譲価格は50万元(日本円で650万円)くらいから。100万元以上の超高級マンションもありますよ」という。買うのはたいてい台湾人か、地元の土地持ち。土地持ちと言うのは、自分の土地にビルやマンションを建て、そのテナント料や家賃収入で、にわかに万元戸(金持ち)になった人たちのこと。「けっこう台湾人が多いんですよ。台湾人にとって50万元は高い買い物ではないはず。プール付きの一戸建てのオーナーになれるのですからね」とCさん。確かに不動産がめちゃくちゃ高い台北に比べれば格安だ。



2.需要面

出稼ぎ労働者など人が集まることにより,都市にはさまざまなサービス業が充実してきます。レストランなどはその代表で,自宅で食事を取るよりも外で食べる方が便利ということになります。

また工場や企業の経営がうまく行くことにより,労働者の賃金もよくなります。東莞の給与水準は中国でも有数の高さです。賃金が高いということは労働者の支出も増えるということになります。

企業家の収入も当然上昇します。彼らがブランドものを購入したり,高級車を購入したり,住宅を購入するなど企業家もお金を支出するようになります。

この労働者や企業家の支出がいわゆる家計消費という需要の一部をなし,その地域の経済成長を支えることになります。労働者がレストランで料理を注文するたびに,調味料,野菜,肉などの需要が発生し,近隣農家の生産が拡大します。企業家が一軒家を購入することにより,建材,ガラスなどの需要が発生します。

需要は一般に以下の項目から成り立ちます。


需要=消費+投資+政府支出+純移輸出(移輸出ー移輸入)


上の例では企業家や出稼ぎ労働者が東莞でさまざまなモノを購入している様子が述べられています。これらが家計消費にあたります。あとは企業が生産拡大などで工場を増設するときにさらに機械を買ったりすることがあります。これが投資需要です。新しいレストランが開店するために,テーブルや椅子が購入されるのも投資需要です。

企業家が高級車を買ったり住宅を購入したりしますが,政府が道路を整備するために砂利などを購入して道路を建設します。道路建設のために必要な砂利やアスファルトなどの購入は政府支出です。住宅建設のために水道管を引いたり,ガス管の設置,電気線の引きこみなどが政府によって行われますが,その時にモノを購入しますのでこれも政府支出です。

海外の人が東莞で生産されたパソコンを購入します。東莞に住んでいる人以外の人々が東莞の製品を購入することが移輸出です。一方,東莞の人々が東莞以外の地域からモノを購入します。これが移輸入です。これらを差し引いた金額が純移輸出入といい,純粋な地域外の需要を示します。


3.供給と需要のバランス

地域の所得GDPはこの供給と需要がバランスすることによって決定されます。

ただ地域的には供給>需要になったり,需要>供給になったりします。これはその地域の供給力の大きさや需要力の大きさが関係します。小さい町でも大きな企業の工場が進出して多くのモノを他地域に売るようになると,その地域は供給>需要です。大都市になって工場が都市の外に移転した場合,食糧や工業製品は地域外から購入しますので,需要>供給という状況になります。

このように地域間で移輸出入が相互に行き来して,地域の需給をバランスさせ,国としては地域間の移輸出入は相殺されるのでバランスがとられます。

ただ,統計的には移輸出入は誤差の出やすい統計数字です。往々にして移輸出が過大推計されるために,各地域のGDPを足し上げると一国のGDPを超過することが多いです。ですので,以下のようなことが多々発生します。


<中華経済>16省のGDP、全国平均を上回る
2010年7月22日、中国本土の各省(自治区・直轄市)が、今年上半期の域内総生産(GDP)成長率を発表しているが、これまでに16各省(自治区・直轄市)の伸び幅が全国平均の11.1%を大幅に超えていることが分かった。中国の複数メディアが伝えた。

全国平均を上回ったのは、吉林省の17.2%、天津市の18.0%、北京市の12.0%、内モンゴル自治区の16.5%など。データの重複や統計資料の不一致などの理由が考えられるが、地方政府が数字を水増ししているとの見方も出ている。(翻訳・編集/東亜通信)



<参考文献リスト>
吉村章(2000)「【レポート】中国・東莞市視察レポート(1) - 外資系企業に集まる中国の優秀なワーカーたち」『マイコミジャーナル』(http://journal.mycom.co.jp/news/2000/11/17/17.html,2011年4月7日アクセス)
吉村章(2000)「【レポート】中国・東莞市視察レポート(2) - 外資系企業の制約」『マイコミジャーナル』(http://journal.mycom.co.jp/news/2000/11/20/16.html,2011年4月7日アクセス)
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2011年04月30日

経済基盤モデル<岡本式中国経済論23>

前回の「農村から都市へ」に続いています。

まずは,東莞市の発展についての以下の記事から。


東莞市の発展は、小さな手提げ袋を作る町工場から始まった。というと不思議に思う人が多いだろう。
今、この工場はない。改革開放政策が始まった1978年、従業員がたった6人のこの工場こそ、東莞にできた初の工場だったのである。その面影は、東莞展覧館の展示コーナーで、わずかに偲ばれる。
中国が改革開放政策に動き出して30年。当時の実力者障ナ小平氏が南方地域を視察し、「豊かになるのは悪いことではない」と「南巡講話」と呼ばれる号令をかけたのが始まりだ。そのトップランナーとして走り続けたのが広東省。

広東省東莞市。常住人口700万人の大都市。実際は1000万人を超えるだろうと言われているが、外資系企業が1万5000社もある、と聞けば納得できる。この30年のGDPの年平均の伸びは18%。中国の改革開放が成果を収めた18都市の一つにあげられている。IT、靴、玩具、家具などの企業が目白押しで、とくにIT企業の生産額が全市生産額の35%を占める。

小さな農業県から、今日の発展を誰が予測できただろうか。まさに天をひっくり返すような変化だ。市内を歩くと道は整備され、高層アパートが目につく。みんなが改革開放の果実を味わっているようだ。
東莞の隣は深セン、そして香港と続く。多くの華僑、華人。「こうした地の利、人の利が東莞の発展に大きなプラスになりました。条件は各地一様ではないのです」と王道平東莞市共産党委員会常務委は控え目に話す。
東莞市は28の鎮を持つ。鎮とは日本流にいえば、町程度の行政単位だ。まず車で2時間ほどの虎門鎮を訪ねた。この町も農業以外の産業は何一つなかったが、服装加工工場の誘致を機に、アパレルメーカーが次々に進出、今では加工企業が2000社に膨れ上がってきた。
1996年からは国際服装交易会が開かれるようになり、今年は13回目を迎えた。会場の黄河服装場に行ってみると熱気がいっぱい。新年のファッションショーには世界各地からやってきたバイヤーが、売れ筋の商品を捜すために群がっていた。
隣の長安鎮にも足を伸ばしてみた。きれいな町だ。「中国郷鎮の星」に選ばれた、というのが住民たちの自慢である。緑化率が40%、グリーンベルトなど道路の緑化率は100%を達成したそうだ。
こちらも農業地帯から外資の投資企業1600ある町に成長した。「20年前にはスーパーも文化施設も何一つなかった。今では5つ星ホテルが3つ。毎年1回の文化やスポーツの祭典。改革開放政策のおかげでこうした発展ができた」と副鎮長の陳偉文さんはいう。
(「広東行−改革開放の最前線(1)」『人民中国』http://www.peoplechina.com.cn/xinwen/txt/2008-12/05/content_168589.htm


1.問題の所在

農村という小さな地域の経済活動を考える上で,二つの異なる経済活動が存在することに注意する必要があります。それは

その農村の需要を満たすための生産活動
農村以外の他地域の需要を満たす生産活動


です。小さな商店や理髪店,レストランなどは農村を相手にした企業です。前回みた大寨のウールのセーター工場やシャツ工場は農村の人たちだけでなく別の地域への販売も考えています。

農村の生活水準が低いと農村の人はあまりモノを買う余裕がありません。農村の人達を対象にした経済活動には限界があります。そこで企業としては農村以外の人たち,とくに他地域にモノを販売することによってその企業は発展していきます。

上の例でもみた東莞のIT企業やアパレル企業が東莞に立地しているからといって東莞の人を対象にしたものではなく,海外も含めた東莞以外の地域に移輸出するのが目的であったことはあきらかです。とくに外資系企業には輸出に対する優遇政策があったので,誘致する海外企業は東莞や中国国内で製品を販売するのではなく,海外に輸出することが主な目的でした。


2.経済基盤モデル

自地域だけでなく,他地域にモノを移輸出する経済活動をその地域の経済活動の基盤におく考え方を「経済基盤」モデルといいます。

ある地域の経済活動を自地域だけに販売する企業と他地域に移輸出する企業に分けられるとします。すると

地域の生産活動=自地域経済の生産活動+他地域移出の生産活動

となります。自地域経済の生産活動が地域の全体の生産活動のα割だとすると,

α=自地域経済の生産活動/地域の生産活動

となります。これを代入すると

地域の生産活動=(1/1−α)他地域移輸出の生産活動

となります。つまり他地域移出の生産活動がその地域の経済成長を促すということになり,しかもある地域において移輸出産業の割合が大きければ大きい((1−α)が大きくなる)ほどその経済は成長することを示しています。

前回,農村が都市になる上で,工業を行う近代部門が必要だということを示唆しましたが,そのような近代部門(工場)を誘致する,あるいは工場を立てるには資本が必要でした。その資本が増加することによって,農村の労働者が農業以外の工業部門で働く機会を得ていきます。

東莞のように何もない農村が都市化していく過程では,資本もありませんし工場もありませんでしたので,外資系企業が重要な役割を果たしたといえます。つまり海外から資本が持ち込まれて工場が建設され,東莞の農民の工業労働の需要が増加しました。東莞の農民に雇用機会を提供するとともに,生産品を東莞以外の地域に移輸出されました。このように企業誘致というのは地域発展において非常に重要であったことがわかります。

経済基盤モデルは大変単純な経済モデルですが,移輸出する企業を誘致し,都市化が進むという簡単な動学化を行うと空間経済学を考える上でも重要な概念,サステインポイントやブレイクポイントなどの示唆が得られます(詳細は,藤田・クルーグマン・ベナブルス(2000)第3章)。

3.今後の展開

東莞の発展は,外資系企業が東莞に進出し,大量に移輸出することによってもたらされました。東莞経済の基盤は外資系企業の移輸出であったわけです。

中国政府は改革開放による優遇政策によって外資系企業を誘致するというのが政策の基本でした。でもこの政策も徐々に転換が迫られています。外資が優遇されて国内企業が優遇されないなどさまざまな競争環境の不公平が指摘されていたからです。

MSN産経ニュース

中国「脱外資」に舵 優遇税制全廃で内需拡大に軸足
2010.12.6 21:56 (1/2ページ)
 【上海=河崎真澄】中国財務省は6日までに、外資系企業に対する優遇税制を廃止し、これまで免除してきた「都市維持建設税」の課税と「教育費付加」の徴収を始めた。中国は改革開放に踏み出した1978年から一貫して、外資が持ち込む資金や技術を経済成長のテコに位置づけてきた。だが、今回の措置で外資優遇措置は全廃され、国内企業と税制上の扱いが統一される。13億人の巨大市場拡大が続く中国が、強気の「脱外資」戦略に転換したといえる。

 中国は外資系の製造業に対し、利益を計上した年から2年間の法人税免除と、その後3年間は税額を半減する「2免3減」と呼ばれる措置などで、対中投資を誘致してきた。


 
 最終的に外資への優遇税制が中央レベルで廃止された今回の措置で、すでに対中進出している外資は都市維持建設税で税率1〜7%、教育費付加で一律3%の負担増が生じる見通し。賃金の高騰に加え、労働争議の頻発もあり、対中投資環境は悪化の一途だ。




<参考文献リスト>
「広東行ーー改革開放の最前線(1)」『人民中国』(http://www.peoplechina.com.cn/xinwen/txt/2008-12/05/content_168589.htm,2011年4月7日アクセス)
藤田昌久, アンソニー・J.ベナブルズ,ポール・クルーグマン(2000)『空間経済学―都市・地域・国際貿易の新しい分析』東洋経済新報社
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2011年04月16日

農村から都市へ<岡本式中国経済論22>

農村と都市の違いはなんでしょうか?大きな違いは人口の集まり具合,建物の高さ,交通の発展などがあげられます。経済学として農村と都市の違いは,農業と非農業の発展の差であるといえます。

農村では農業が主に営まれている。
都市では非農業(工業やサービス産業)が中心に発展している。


この二つの境目を決めるものは難しいのです。現実として,日本でも村が町になりますし,郡が市に変わったりと経済発展とともに都市化を経験してきました。

今日は農村から都市に発展していく過程を考えてみたいと思います。

農民が農民でなくなって都市の住民のようになれば、それは経済発展したといえます。貧しい途上国では、農民が農民のままで貧しいことが多々あります。


1.農業と工業

中国では「大寨に学べ」という有名なスローガンがありました。農民たちの奮闘により土壌の悪い土地にも関わらず生産をあげて,共産党に注目された場所です。


大寨は山西省晋中市昔陽県城の東南部に位置し、全村に180戸、580人余りが住み、総面積は1.88平方キロである。六、七十年代、農民出身の副総理、陳永貴と“鉄人のような女性”と呼ばれた郭鳳蓮などの指導のもと、大寨の人々は艱難を乗り越えて奮闘し、自らの手によって山水を治め、やせた土地を見渡す限りの棚田に変え、村の穀物生産量は絶え間なく向上し、農民たちの食糧問題を解決した。当時の大寨は、農業戦線において優れた業績をあげた模範とされ、全国に「農業は大寨に学ぶ」というブームが沸きあがった。その経験を学ぶため各地から大寨にやってくる人々は跡を絶たず、多くの国家元首でさえもここに足跡を残した。そのため、大寨と郭鳳蓮は全国に名前が轟いていた。

1978年、安徽省小崗村では家庭生産連合請負責任制を率先して進め、農民たちの積極性を引き出した。1980年には、全面請負制のブームが全国を席巻した。この時期には、人民公社制度下の大寨方式は、家庭生産連合請負責任制にとって代わられた。大寨は歴史の舞台から退き、沈黙し始めた。当時、大寨村党支部書記だった郭鳳蓮も、大寨からの異動を命じられた。

10年後の1991年末、仕事の必要により、郭鳳蓮は再び大寨に戻り、大寨村の党総支部書記となった。(以上,「改革開放30周年:今日の大寨」)



郭鳳蓮は大寨の発展を考えます。それは農業だけというモノカルチャー経済からの脱却でした。


1992年、大寨は経済開発総公司を設立させ、ウールのセーター工場を建てた。また、山西省太原のあるシャツ工場と共同経営で大寨シャツ工場を建てた。こうした商品はみな成功し、「大寨」のブランドは市場に認められた。その後、大寨経済開発総公司は「大寨」シリーズの商標を登記した。多くの企業が大寨のブランド価値を認め、大寨に対して商標使用料を支払っている。(「改革開放30周年:今日の大寨」)


さて,ここで農村が都市として地域発展するには工業が欠かせません。農業は自然に左右されますし,生産物は穀物を除いて大体がすぐに消費するものであるため,所得が不安定になります。

一方,工業は付加価値がつきます。農業からの生産品をもとに工業製品を変えることによって付加価値が増します。お米を炊いてお弁当にして販売することによって付加価値がつくのと同じ原理です。

大寨でも同じように農業製品を工業製品に活用していきます。


大寨は循環経済方式によって、農業のトップクラス企業の発展におおいに力を入れることを重要視し、農業の持続可能な発展を実現させている。彼らは既に投資により5万頭の養豚場を建て、豚の排泄物から生じるメタンガスを2000戸が使用し、そのカスは農地の肥料となっている。大寨と県の牛乳公司は合作し、投資により乳牛1000頭規模の養乳牛場を建てている。また投資により植物アルコール工場を立て、コーリャンを加工してアルコールにし、コーリャンのカスを牛の飼料としている。こうした企業は、大寨の人々を豊かにしただけでなく、そのほかの地区の農民に共に豊かになることをも、もたらしている。(「改革開放30周年:今日の大寨」)


2001年、大寨飲料有限公司が設立され、クルミ産業への取り組みが決定した。優良な原料ステーションを建設し、農業産業化の推進を加速させ、農民の増収を促進させるため、会社では、専門家を村に招き、村の幹部や農民と交流させ、クルミ栽培の優勢と前途を説明し、科学的な栽培法について伝授し、農村幹部と農民たちに歓迎された。農民たちのクルミ栽培に対する積極性は空前の高まりをみせ、次々と大寨飲料有限公司と契約を結び、当年だけで、多くのクルミ栽培の契約が結ばれた。2003年、アメリカから優良品種を導入し、合作方式で15万ムーのクルミ栽培ステーションが生まれた。 今では、大寨飲料有限公司は、山西省農業産業化のトップ企業の一つであり、ブランド食品、中国自然食品、中国保健食品などの称号を獲得し、消費者に喜ばれている。(「改革開放30周年:今日の大寨」)

このように農村から都市への過程では,うまく農業製品の生産から工業製品の生産増加につなげることが重要となります。


2.農村の発展モデル

以上のような農村経済の発展を少しモデル化して説明したいと思います。

経済学には,マクロ経済を一人の代表的個人モデルとして記述することがあります。また農民の経済行動をハウスホールドモデルとして記述します。どちらも,企業(農民も)は利潤最大化のために行動しています。家計(農民も含めて)は効用最大化のために行動しています。

農民が農村において労働をどのように提供するかというと

労働供給=農業労働+工場での勤め人労働

というふうになります。いわゆる兼業農家の状態です。1年を通して専業農家である場合には右辺第二項(工場などでの勤め人労働)は0になります。まったく農業をしない都市住民の場合は右辺第一項(農業労働)は0になります。

農家がどのように労働するか,農業を続けるのか,工場で働くのかは賃金によって決定されます。工場での賃金が農業で得られる期待所得よりも高いならば,農家は「工場での勤め人労働」を増加させていきます。所得増加によって消費を拡大することが可能になるので,農民(家計)にとっての効用最大化につながります。

ここから農業部門−近代部門のルイスモデルが導入されます。

ルイスモデルでは,農業部門に生存水準賃金で働く農民が大量にいて,労働が余っていると考えます。一方近代部門(工場)では生存水準賃金以上の賃金を提示することによって無制限に労働を需要すると考えます。

工場の賃金が農業の賃金(所得)より高い場合,農民は農業をやめていき,工場で働くようになっていきます。

3.工業化

問題は工場の農民に対する労働需要です。大寨の例でも見たように,開発初期には,そもそも農村に工場があるか,いくつぐらいあって職をどれくらい提供できるかが,労働需要に大きく影響を与えます。。

したがって

労働需要=f(工場の数(資本の量))

工場を建設する金(資本)が必要となってきます。

大寨でも工場に資本を投入して拡大して行こうと試行錯誤が行われました。

ある時は、化学工場に十数万元を投じて何の役にもたたず、最後には、企業はひどい環境汚染が原因で閉鎖した。またある時はみなを組織して、自然繊維を編んだり、床板用タイルを手がけてみたりもしたが、結果はすべて失敗だった。(「改革開放30周年:今日の大寨」)

最終的に農村を都市にできるか,それは農民が工場などの働き手になれるか,工場がその村で成功するかどうかにかかっているといえるでしょう。

現在,大寨は観光業や飲食業などのサービス産業が成功を納めるようになってきているようです。

1993年、郭鳳蓮は、専門家を招き、大寨の旅行業に対し、全面的な計画を立てた。以降、大寨展覧館、狼窩掌棚田、陳永貴故居、大寨民居楼など一連の観光名所が建設、整えられ、虎頭山の上は大規模に緑化され、生態環境を回復した。1999年、大寨は山西省の五大著名特色観光地の一つに評定されている。

大寨の人々は“大寨”の知名度を利用し、旅行業を興し、毎年、各地から訪れる30万人以上の人々は、大寨に1000万元以上もの収入をもたらしている。全村に旅行業に従事する家は70戸余りあり、全村の戸数の三分の一を占める。少なくない大寨の人々は自宅を民宿にし、おみやげを売り、その収入も悪くない。

村民の趙保国さんは、自宅のなかにヤオドンレストランを開設し、小規模ながらも社長となった。「レストランを開けば、少なくても毎年、1、2万元は儲けられる」と自信に満ちた表情で語る。長男は、すでに会社で働くのをやめ、大寨森林公園展覧館で働き、嫁はガイドとなって「一度の案内で30元から50元を稼ぐ」。
往時の23人の「鉄人のような女性」の一人、李圓眼さんが開業した「農村のヤオドンレストラン」はとてもユニークで、三つのヤオドンは、それぞれ“60〜70年代”、“8〜90年代”、“新世紀”の家の特徴に従って整えられ、多くの観光客を引き付けている。
大寨に足を踏み入れると、ヤオドンのレストランや、オンドルレストランが見え、高らかな大寨の歌が聞こえる。ぎこちない標準語でお客に特産品を説明したり、特色ある軽食をサービスしていたりする大寨の人々を見ると、彼らの考え方が確かに変わったのが分かる。(以上,「改革開放30周年:今日の大寨」)


その結果,農村・大寨の人々の生活はより豊かになりました。

経済のスピーディーな発展により、大寨の人々の生活レベルは、明らかに上昇し、都会の人々のそれを追い越している。多くの農民が新しい家を建て、一戸あたりの平均面積は100平米を超え、50戸は機能的も全て整った二階建てに住んでいる。農民の家では家電製品も揃っている。村では、新しい小学校、農民科学技術文化活動センターを建て、閉回路テレビを置いている。村の道は整えられ、緑化率は43%を超えている。
このほか、大寨の農民生活は「3つの有、3つの無」を実現している。3つの「有」の一つは、子供に学校があり、幼稚園から小学校まで無料で進学できることである。また老人には支えがあり、養老保険制度により、60歳から69歳までの老人は毎月、生活補助100元を、70歳以上になると毎月150元を受け取り、100歳になると、村が励ましとして10万元をおくる。そして、高等教育には奨励制度があり、職業高校や単科大学、総合大学に入った学生には、村から毎年、奨学金が支給され、大学生には1000元、短大生には800元、中等専門学生には500元が支給される。
「3つの無」は、水道があり、井戸に水桶をおろす必要はない、病気の時は村に医療保健センターがあり、駆け回る必要がない、運搬には、クルマやトラクターがあり、肩に荷を担ぐ必要がない、である。
10年の奮闘を経て、2007年、大寨の経済総収入は1.27億元になり、一人あたりの平均収入は7000元である。経済収入は、1980年より600倍の増加であり、一人あたりの収入は38倍である。520人の小さな村の一人あたりの納税額は2万元であり、長年の間、昔陽県の“納税チャンピオン”であり続けている……。(以上,「改革開放30周年:今日の大寨」)


<参考文献リスト>
「改革開放30周年:今日の大寨」『人民中国』(http://www.peoplechina.com.cn/xinwen/txt/2008-12/08/content_168994.htm,2011年4月10日)
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2011年04月02日

中国の経済統合<岡本式中国経済論21>

中国は経済統合に積極的です。2004年に香港,マカオと経済協力枠組み協定(ECFA)を締結・実施し,今年から台湾との経済協力枠組み協定が始まりましたし,ASEANとのFTAも2010年に本格可動しています。韓国と日本が尻込みしている中でアジアの貿易経済体制は中国を中心に形成されつつあるといっても過言ではありません。

ニュースをみてみましょう。

47News(2010/01/01 09:11 【共同通信】)
中国、ASEANのFTA発効 19億人の自由貿易圏始動

 【広州共同】中国+と東南アジア諸国連合(ASEAN)の自由貿易+協定(FTA)が1日、本格的に発効した。両国・地域間で貿易される品目の大半について関税が撤廃され、人口規模で世界最大の約19億人の自由貿易圏が生まれた。

 中国は既にASEANとの間での人民元を使った貿易決済を試験的に解禁している。FTAにより両国・地域間での貿易・投資が活発化すれば、通貨の国際化を促すなど、中国の周辺諸国の経済への影響力がさらに拡大しそうだ。

 関税が撤廃されるのはタイ、インドネシアなどASEANに先に加盟した6カ国と中国の間で貿易される品目で、対象は全貿易品目の約9割。ベトナムなど後発加盟の4カ国は段階的に関税を下げ2015年にゼロ関税となる。

 中国―ASEAN間のFTA発効とともに、ASEAN先行加盟の6カ国間の関税も1日、ほぼすべての品目で撤廃された。



47News(2011/01/01 01:06 【共同通信】)

中台が自由貿易圏形成へ 825品目関税下げ開始

 【台北共同】台湾と中国+との自由貿易+協定(FTA)に当たる「経済協力枠組み協定(ECFA)」に基づき、1月1日、双方で計825品目の関税引き下げが始まった。中台は自由貿易圏形成に向けた第一歩を踏み出し、サービス分野でも金融などの開放が進む。

 825品目の関税は段階的に引き下げられ、2013年1月1日にはすべてゼロになる。ただ自由貿易圏形成には残り約5800品目についても貿易自由化交渉が必要となる。

 台湾経済部(経済産業省)によると、今回、中国側が関税引き下げを進める品目のうち17%は、自転車や石油化学原料など台湾が中国市場でライバルの日本や韓国より競争力がある品目。経済部は、今後さらに競争力が高まり「日韓など他国の中国市場でのシェアを奪う」と予測する。



1.経済統合とは

経済取引が独立している地域同士が,まるで同じ地域であるかのように交易できるような状態にすることです。一般に自由貿易協定(FTA)という形で条約を結び,貿易の障害を取り除きます。障害の典型は,関税,規制などです。

関税などの障壁がなくなって,貿易がしやすくなるとそれだけでも交易のメリットを享受できます,経済統合は,貿易自由化のみならずさらに上の,国内取引のように行える状態を意味します。例えば,食品や農産物では安全面での規制が違います。電気製品についても規格や性能の違いなどによって相手の国で流通させない,させられないといったことにもなります。そのような規制を廃止ないしは双方で統一することによって国内取引とまったく同じような状態にもっていこうというのが経済統合です。

さらに経済統合がすすむと,最大の障害である通貨を統一されることがあります。この典型例はEUです。EUでは通貨も同じにして,取引はEU内であれば完全に自由に行えるようになっています。


2.経済統合の経済学的意味合い

経済統合の経済学的意味合いを考えてみましょう。

メリットは,(1)市場が拡大して規模の経済が発生する,(2)比較優位が発揮され分業,交換のメリットがでる,(3)格差が縮小する可能性がある,ということだろうと思います。

(1)経済が統合することにより,販売する市場が拡大します。市場が広がることは企業にとって生産すればするほど費用を下げることができますので,規模の経済を享受することができます。あるいは貿易が拡大しますので,生産が増大して所得も増大します。

(2)市場の拡大は分業をもたらします。分業のよさはアダム・スミスがいうように経済が効率化します。自分(自国)の得意な分野の生産に特化し輸出して,生産が苦手なモノは輸入することによって消費者も生産者も厚生が増大します。これが経済の効率化につながります。

(3)経済が統合されるということは,同じモノは同じ価格で取引されるようになるということです。市場が一つになることにより一物一価の法則が働くようになります。労働でも同じことです。同じ労働であれば,同じ賃金が支払われるはずです。つまり途上国にとって賃金が上昇する可能性がでてきます。

デメリットは,(1)分業や特化の過程で一部産業がつぶれる,(2)格差が拡大し貧困層が取り残されれたり,あるいは固定化する可能性があります。これらはどちらもメリットと逆の力が働いています。

(1)比較優位のない産業は,経済統合の進展によって淘汰され,倒産することが考えられます。失業者が多い場合国家の不安定要素になりかねません。

(2)経済のグローバル化は,他国とのやり取りに参加できない人々にとってメリットを享受できる機会は与えられません。とくに貧困層にとって経済統合はデメリットを押し付けられる弱者となる可能性があります。こうなると貧困層が国内に取り残され,政治的にも不安定な要素になりかねないということになります。

あとは国が均質化してしまうという文化的な問題を指摘することも可能です。どの国にいってもマクドナルド,ケンタッキー,スターバックスがあるというのは,外人にとって安心な一方面白みがないということもいえそうです。


3.新貿易理論

上でも触れましたが,経済統合を正当化する経済学の原理は比較優位原則です。中国の貿易と為替<岡本式中国経済論16>でも触れた原則ですが,経済の基本的原則の中でももっとも強い原理の一つと言われています。私たちの生活の中で交換,取引がなされる理由をも説明しています。

一方,クルーグマンが新貿易理論を提出しています。これは経済統合されたEUにおいても各国に同じ産業が存在すること,一つの地域に産業が集積するという二つの現実を説明することに成功しています。

新貿易理論をできるだけ簡単に説明してみたいと思います。

企業は,似たような製品を生産していますが,少しづつ差異化しているため自分の製品に独占力な価格付けを行うことができます。この独占的価格付けにより利潤が発生します。その利潤ゆえに他の企業も参入し,企業間で競争が発生します。これを独占的競争といいます。一方,消費者は一種類のものを消費するよりも似ていても多種多様なモノを消費することにより効用(満足度)が上昇します。

このような状況で貿易が始まったとします。差異化された製品が貿易されるようになり,消費者は消費可能なモノ種類が増加します。ある所得水準のもとで消費するもの種類が増加するために効用は増大していきます。これが貿易拡大効果です。(産業内貿易をも説明している。)

2つの国が存在し,人口大国Aと人口の少ない国Bがあるとします。国際間の貿易では輸送費用がかかります。企業が独占的競争下にある場合,生産すればするほど生産費用を落とすことが可能なため,人口の多い国Aに立地することによって輸送費用を節約するとともに,A国の市場で生産シェアを拡大することができます。多くの企業がA国に立地しようとすることによって,A国には産業が集積していきます。これを自国市場効果といいます。

ここから導かれる含意は,貿易が自由化される経済統合では人口大国に産業が集積する可能性があるということです。中国が積極的にASEANなどと貿易自由化交渉を行う背景にはこの理由もあるかもしれません。


3.中国は国内市場の統合から国際市場との統合へ

実は中国経済は市場の分断から統合へという歩みを経てきました。計画経済時代に軍事的な意味合いを含めて各省で独立した経済体系を持つように地域経済が形成されました。改革開放以降,中国は国内の市場を統合し,2000年以降は国際市場との統合を目指しているといえます。

計画経済時代の1958年に,毛沢東は自力更生路線を打ち出します。各地域に独立した工業体系を建設すべきという方針を打ち出し,各地域で,また農村にあっても郷村レベルを単位とした「細胞経済」が出現しました。農村であっても鉄鋼,化学肥料,セメント,農業機械製造と修理,発電所などの農業支援を目的とした「五小工業」の設立が目指されました。

各省にあっても他地域と交易することなく経済的に自立することが目指されました。

改革開放以降でも,各省は自律的な経済運営が行われています。その動機は各省の共産党のリーダーは経済成長パフォーマンスが次の人事異動の評価対象となること,地方財政請負制度により地方は財政を自立して運営させなければならないからです。

そのためたびたび地域保護主義的現象が表れてきました。加藤・久保(2009)は1988年のカイコ大戦争の事例と1997年の自動車産業保護の事例を紹介しています。

カイコ大戦争とは,1988年に浙江省の春カイコの価格が急上昇し,自地域で購入できず他地域に流出してしまうのを防ぐ戦いでした。浙江省にとってカイコ,繭,絹製品生産は重要な産業であるため,カイコが他地域に流出することは自地域生産の減少につながります。そこで地元政府はありとあらゆる政策手段を使って春カイコの域外流出を防ごうとします。行政幹部や公安,工商部門の役人が省境を巡回し,郷の民兵さえも動員されたようです。

さすがに省境での見張りということは不可能になってきますし,高コストです。そこであからさまな移入や移出を阻止するのではなく,行政的介入で自地域産業の保護に走ります。その事例が自動車産業の保護です。自動車産業は各地方にとって雇用,税収,他産業への後方連関などで重要な基幹産業です。そのため地方政府にとって,保護したい誘因が働きやすい産業です。

天津汽車の「夏利(ダイハツ・シャレード)」は武漢市のタクシー市場から事実上の撤退を余儀なくされました。地元で生産される「富康(仏・シトロエンとの合弁)」の保護を目指す地元政府がタクシーの初乗り料金を夏利と同じに設定しなおすと同時に許認可を「富康」だけはやくするという行政介入を行ったためです。

このように各省が自地域の経済発展を優先する結果,自地域産業や市場を保護することを「諸侯経済」と呼びます。

4.今後の展望

90年代の諸侯経済から,2000年のWTO加盟以降,中国は国内市場統合と国際市場の統合を同時に進めています。

1997年に香港が,1999年にマカオが中国に返還されました。国際市場ともいえる香港とマカオが中国の一部となりました。台湾はまだ中国とは別の政権が支配されており,政治的には対立していますが,多くの台湾企業が中国大陸に進出しており,経済的には統合に進みつつあります。


47News(2010/06/29 16:12 【共同通信】)

中台、自由貿易で協定調印 経済一体化、「新時代」へ

 【重慶共同】台湾の対中国+交流窓口機関、海峡交流基金会の江丙坤理事長と中国側、海峡両岸関係協会の陳雲林会長は29日、中国重慶市で、中台の自由貿易協定(FTA)に当たる「経済協力枠組み協定(ECFA)」に調印した。

 ECFAにより中台経済の一体化は加速。1996年3月には台湾初の総統直接選挙を混乱させるため中国軍がミサイル演習まで実施し、鋭く対立した中台関係が「新たな時代」(台湾各紙)に入る歴史的協定で、東アジアの安全保障環境にも影響を与えそうだ。

 中国+市場で台湾とライバル関係にある日本、韓国と、中国とのFTA締結の動きを刺激することは必至だ。

 中国側はECFAを「中華民族の国際競争力を高める戦略的意義を備えた重大措置」(陳会長)と位置付けており、中台統一戦略とも密接に関連。台湾との敵対状態を終結し、政治的協力枠組みとなる「平和協定」締結に向けた協議入りへ糸口を探る構えを見せている。


台湾とは経済的な統合が先に進み,今後の政治的統合の可能性も含めて注目せざるを得ないと思います。

またアジア全体で経済統合を行おうとする動きもあります。日本はアメリカを中心とする環太平洋連携協定(TPP)に入ろうとしていますし,中国はTPPには一歩様子を見ていますが,ASEANに軸足をおいています。

もともと国内の市場が分断され,規模の経済が生かせなかった中国。交通,通信,インフラの発展により国内市場の統合が進みつつあります。この国内市場の統合の上に,各省レベル程度の人口しかないASEAN地域と経済統合を進めることにより自国市場の大きい中国に産業が集まり,より一層中国の経済発展につながる可能性があるといえるかもしれません。



<参考文献リスト>
佐藤泰裕(2010)「空間経済学への招待」【やさしい経済学】『日本経済新聞』2010年11月30日〜12月9日
加藤弘之・久保亨(2009)『進化する中国の資本主義 (叢書 中国的問題群 5)』岩波書店

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2011年03月19日

出稼ぎと意思決定<岡本式中国経済論20>

昨年話題になった出稼ぎ農民による歌が大ヒットしました。彼らの状況をニュースは以下のように記事にしました。

【外信コラム】
上海余話 出稼ぎ農民バンド
2010.11.26 02:19
 「僕が年老いて身寄りもなくなったら、どうか僕をこの春の季節に埋めて」

 2人の男がギターやたばこを手に上半身裸で現実の世界を生きる厳しさを歌い上げる姿が、中国のインターネット動画サイトで1千万を超えるヒット数を記録しブームになっている。小さなアパートの一室で携帯電話で録画された画質の粗い動画だが、農民工と呼ばれる都市への出稼ぎ農民2人の即席バンドだったことが話題を呼んだ。

 ギターの劉剛は黒竜江省生まれの29歳。軍人を経て職を転々としたが定職につけず、街角で歌いながらその日の小銭をかせぐ暮らしだった。ボーカルの王旭は河南省生まれの24歳。北京の工場で仕送りもままならぬ月1千元(約1万2500円)の給料にあえいでいるときに劉と出会った。

 2人の名前から「旭日陽剛」というバンド名をつけた。夜明けの男らしさ、とでも訳せるだろうか。格差が広がる中国社会の底辺、力も情熱も持て余す出稼ぎ農民の若い男には夢と現実の落差があまりにも大きすぎた。

 その苦悩を「春天里(春の日に)」という歌にそっと託したことが逆に人気を呼び、上海ではプロ歌手のコンサートにゲスト出演するまでになった。歌で稼げるかどうかまだ分からないが、ネットは出稼ぎ農民バンドも世に送り出した。(河崎真澄)


中国の農民は農村では中国の食料生産を支え,都市部では農民工として中国の労働集約型製品の輸出に貢献しています。

今回は「出稼ぎ」に焦点をあて,なぜ出稼ぎをするのか,考えてみたいと思います。

1.豊かになりたい

人本来がもつ欲求として物質的に豊かになりたい(もちろん精神的にも)というのがあります。

レコードチャイナが報道した農民工への調査記事を見てみましょう。

<調査>珠江デルタの出稼ぎ労働者は平均月給2万4000円

2010年9月9日、中山大学労工研究・サービスセンターは「“農民工の権益保護理論と実践研究”調査レポート」を発表。珠江デルタ地区の農民工(農村地区からの出稼ぎ労働者)の平均月給は1917元(約2万4000円)であることが分かった。10日付で広州日報が伝えた。

調査は珠江デルタ・長江デルタ両地区で行われ、それぞれ2046件、2106件の回答を得た。それによると、珠江デルタ地区の農民工の平均月給は1917.85元、長江デルタ地区は同2104.06元(約2万6300円)だった。同レポートは、支出などを考慮すると実質的な差は113.17元(約1400円)で、両地区の収入差は大きくないと結論づけている。

また、農民工が最も重視している基本権益は「給与」「労働の安全・衛生」「社会保険・福利」の3項目で、中でも「給与」に関しては両地区とも約90%が最重視項目として選択した。


最重要視されているのが給与です。出稼ぎ先でどの仕事につき,どこで働くのか,ポイントは給与のようです。

農民の収入は農業から得られる収入と農業以外の収入(非農業収入)です。農業だけですと,自然災害などの供給面リスクがありますし,需要面でも経済が成長してきても大きく需要が伸びない(所得に対して非弾力的)という問題があります。つまり農業だけだと豊かになりにくいわけです。

そこで農家では農業以外の時間あるいは農家の中でも家族の一部が都会に出て働くということが行われます。事実,非農業収入がある農家の方が所得水準が高いという結果になります(山口2008)。農家が豊かになるためには,農業以外で収入を増やす道を選択する必要があります。


2.出稼ぎをする意思決定

出稼ぎはなぜ発生するのでしょうか?

出稼ぎは空間的に移動して行われる労働供給です。労働がどのように供給されるかは,一日24時間を余暇と労働の割り振る際に,得られる賃金を参考にして,何時間労働するか決定されます。その時,労働を選ぶか余暇を選ぶかは,自分の効用を最大化する(自分の物質的な欲望を最大限満たす)と考えています。

つまり,賃金が高いと労働の対価として得られるお金が多いので消費財を多数購入できます。ところが労働をたくさんすると自分の時間である余暇が減少します。いくら賃金が高いとはいえ,働きっぱなしは,自分の効用は最大化できません。適度に消費財が手に入り,自分の時間をもつことがもっとも合理的といえるでしょう。

24時間という時間が希少であるために,どれだけ働くか,どれだけ休み自分の時間として活用するかはトレードオフの関係にあります。働くことによって得られる費用(失われる時間)と便益(得られる消費財)を比較衡量することによって,一時間余分に働くことによっていくら得られるか(限界便益)と一時間余分に働くことによっていくら失うか(限界費用)がつりあうところで,労働時間が決定される,つまり労働がどれだけ供給されるかが決定されるわけです。

以上が,労働供給の経済学的考え方ですが,出稼ぎは労働供給に「空間移動」という概念が入ります。先ほど考えた費用のところに空間的に移動するという費用も含まれることになります。移動することによって失われるもの(費用)は,移動費であったり,家族との時間であったり,知らないところに行くという不安であったり,仕事が見つかるかどうかという不安も含まれます。普段自分の住んでいるところで働くよりも余分に費用がかかります。となると便益も大きくないと移動できません。移動して働くという便益は,都会の高い賃金であったり,都会に住むことに対するあこがれであったり,新たな出会いというのもあるでしょう。これらの費用と便益のトレードオフを比較衡量して自分の効用が最大化されるように出稼ぎの場所や期間を決定するわけです。

トダロの人口移動理論によれば,出稼ぎを決定する重要な要因は「期待所得」だといっています。この期待所得は,都会と農村の実質的な所得の格差,都会で仕事が見つかる確率,移動によるコスト,これらの相互作用によって決定すると考えられています。

実際の中国での実証分析を紹介しておきましょう。

丸川(2002,第3章)では、重力モデルとハリス=トダロモデルを利用して分析しています。その発見は、@人口が多い省は流出、流入が多い、A距離があると移動が減少する、B賃金格差や就業機会も移動に影響を与える、Cこれら以外の流出省の固有の要因で流出する可能性がある、というものです。

厳(2005,第3章)では、@90年代前半には省別の成長率の違いが影響を与えていたが、90年代後半に入り、中西部の成長率が上昇したため、経済成長率の違いが移動に与える影響は小さくなった、A所得の低いところから高いところに移動する、B都市部の職を得る確率が高いと移動がおこる、C距離が遠いと移動は減少するが、縁故などの情報があれば、移動は増加する、というものです。

やはりトダロなどが想定する、@所得格差、A就業機会、B距離と情報が出稼ぎに影響を与えるといえるでしょう。

3.出稼ぎ第二世代

農村に住んでいる農民が所得向上を目指す以上,農村と都市の間に所得格差が存在して都市部での就職がしやすいという期待があれば,労働は移動し続けると思われます。

ただその「期待所得」を求める動機は,出稼ぎの世代が変わることによって,変化してきているようです。レコードチャイナから二つの調査の記事を紹介します。


若手出稼ぎ者、7割が「出稼ぎは自分のため」―広東省

2009年10月7日、同日付の広州日報によると、中国各地の農村地帯から華南経済の要である広東省に集まる出稼ぎ者、いわゆる「農民工」の若い世代は、考え方が上の世代と違ってきているという。少し前まで農民工と言えば「故郷に残した家族のために金を稼ぐ」ことが目的だったが、最近出版された「広東消費白書」によると、独身者を中心とした若い農民工の間では、65―70%の人が「稼いだ金は自分のための使っている」のだとか。

白書によると、故郷に家族を残している年配の農民工では、80―90%が給料を家族のもとに送るか、持ち帰っていた。自分の出費は削り、少しでも多く家族、特に子供のために残す場合が多い。

一方、「都会に出たいから」という理由で同省にやってきた若い農民工の多くは、家族への仕送りはほとんどせず、外食や携帯電話の料金など、自分の生活を楽しむために金を使う。テレビや冷蔵庫、洗濯機、パソコンなどの製品を持っていることも多く、一部には住宅を買う人もいるという。(翻訳・編集/東亜通信)



新世代の出稼ぎ労働者に変化!「都会生活も楽しみたい」―中国・大学調査

2010年4月6日、中国広播網によると、「麻袋を担いで都会にやってくる」というかつての出稼ぎ労働者像に大きな変化が起きている。今どきの出稼ぎ労働者は、「皮製のスーツケースを転がして」都市へ出向くという。中国人民大学都市計画・管理学科はこうした「新世代」の出稼ぎ労働者について全国調査を実施した。

今年の正月期間、中国人民大学の116人の在校生が帰省先の23省・自治区・市で1595人に調査を行った。対象者は1989〜96年生まれ、平均年齢23歳の出稼ぎ労働者だ。

調査によると、新世代出稼ぎ工の過去3か月の平均月収は1728元(約2万4000円)、年収にして2万736元(約28万5000円)だった。うち、仕送り額の平均は5779元(約7万9000円)で、全収入のわずか27.9%を占めるにとどまった。中国人民大学公共管理学院の唐傑(タン・ジエ)博士は、「若い出稼ぎ工には価値観や消費観念で大きな変化が起きており、実家を支えるという義務感以外に、都市生活を享受しようとの気持ちが強く芽生えている」と分析した。

彼らの平均出稼ぎ期間は3年7か月、平均2都市で就労し、2業種を経験。職業選択の3大条件は報酬額、自己適性とのマッチング、就業環境という。出稼ぎの目的上位3位は生活水準の向上、故郷での起業資金作り、社会勉強。60.1%が「今後、農業には戻らない」とし、子を持つ者の75.8%が故郷に子どもを置いてきている。

こうした就労状況には、「後顧の憂い」がないことが背景にある。彼らの多くは実家が耕地を有しており、最大で約67万平米、1人あたり平均約3100平米を所有。また、各世帯の09年の平均年収は3万4050元(約46万9000円)で、最高年収は50万元。このように新世代は将来の保障をある程度確保しているため、安い給料で働くことを拒否している。例えば河南省出身で中学卒、23歳のある出稼ぎ労働者は今年、結婚を機に転職を考慮している。将来のことを考え、「建設現場労働者では、たとえ給料がよくても安全面に不安が残る」というのがその理由だ。現在は、運転免許を取得して運転手になることを目指す。「お金持ちを乗せればコネができる」という考えも持ってのことだという。

農業離れや都市生活への渇望を強める彼らだが、「都会人になれるか?」という問いに「可能」と答えたのは半数のみ。都会人になるには「安定した仕事」「都市部の持ち家」「都市戸籍(編集部注:中国では農村部と都市部間で戸籍移動の自由がなく、農村出身労働者が都市で失業保険や医療、教育を満足に受けられない)」が必要と答えた。また、都市部定住への希望については意見が分かれる。「状況を見て判断する」との答えが38.2%に上り、残りは「定住したい・都市戸籍がほしい」「貯蓄ができたら、あるいはすぐにでも帰郷したい」がほぼ半々。さらに48.9%は「都市住民との結婚は考えられない」と答えた。唐博士は「若い世代の出稼ぎ問題は重視すべきだ。戸籍制度改革を行い、社会的に不平等な現状を打開していく必要がある」と語った。(翻訳・編集/小坂)


家族のために出稼ぎにでるのはなく,自分の生活水準向上のため,故郷での起業資金作り,社会勉強が主な動機になっているようです。

後者のニュースにある人民大学の調査によると,6割が今後農業に戻らない,と回答しています。つまり4割はまだ農業に戻る可能性があることを示唆しています。都会人になれるかという問いには半数がなれないと思っていますし,都市定住でも約4割が状況をみて判断であり,2割は貯蓄ができたら帰郷を考えています。つまり出稼ぎ後は農村帰郷を意識しているといえるでしょう。

4.今後の展望

最近,「民工荒」という現象(都市部の労働集約型工場で人集めが難しい)が注目されています。人を集めるために,労働集約型企業の賃金も上昇しています。

中国では,ルイスモデルによる転換点議論が盛んです。これは,農業には余剰労働力が存在し,生存賃金水準で雇用が可能であるが,余剰労働力がなくなると賃金上昇が始まり,本格的な工業化が始まると考えています。

実際にどうなんでしょうか?もう人は余っていないのでしょうか?

転換点かどうか,厳善平(2009)では,否定的です。

丸川(2008)は全国的な労働移動の状況を勘案しながら,農業の生産関数を推計して,人はもう余っていないのかを議論します。

余剰労働力は存在しているけれども,農村に残っている農民は土地所有者としての農民工である可能性を指摘しています。つまり土地を手放してまで出稼ぎにはいきたくないことを示しているともいえるでしょう。

丸川(2008)と上の人民大学の調査で農村帰郷を考えている農民工の存在を考えると整合するように思います。今後土地改革がないとこれ以上の出稼ぎは生まれないかもしれません。

最後に,中国の農民工の存在についてのニュースを紹介しておきます。


出稼ぎ労働者2億4200万人に、平均月収も2万円を超える―中国
Record China 2月16日(水)21時54分配信

2011年2月14日、中国で「農民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者が2億4200万人に達したことがわかった。人民日報の報道。

国家現代化建設に大きく貢献した彼らの就業・社会保障・教育などの状況は近年、大幅に改善した。2010年現在、彼らの平均月収は1690元(約2万1000円)で、5年前の875元(約1万1000円)の約2倍に達した。同紙の中国人力資源・社会保障部への取材でわかった。

第11次5カ年計画(2006〜2010年)では、この農民工政策が重視された。労働契約法・就業促進法・労働争議調停仲裁法・社会保険法など関連法が整備され、都市部で就業する労働者の生活環境は改善の方向へ向かっている。

2010年末時点で、全国規模以上の企業における従業員との雇用契約締結率は97%。農民工の労医療保険加入者は4583万人、労災保険加入者は6329万人、失業保険加入者は1990万人だった。また、農民工が帯同した子女の8割が無料で義務教育を受けることができるようになった。続く第12次五カ年計画(2011年〜2015年)ではさらに、人材研修や社会保障を含めた農民工の権益保護に注力していくという。(翻訳・編集/愛玉)



余談ですが,ルイスモデルの転換点議論はあまり有益でないことがツイッター上で指摘されました。その時の議論はこちら


<参考文献リスト>
山口真美(2008)「西南農村の就労構造と出稼ぎ支援政策」(岡本信広編『中国西南地域の開発戦略 (アジ研選書 No. 10)』日本貿易振興機構アジア経済研究所)
丸川知雄(2002)『労働市場の地殻変動 (シリーズ現代中国経済)』名古屋大学出版会 第2章
厳善平(2005)『中国の人口移動と民工―マクロ・ミクロ・データに基づく計量分析』勁草書房
厳善平(2009)『農村から都市へ―1億3000万人の農民大移動 (叢書 中国的問題群 7)』岩波書店
丸川知雄(2008)「共通論題2「成長と雇用−多様なアプローチ」」第48回比較経済体制学会全国大会(高崎経済大学)
http://www.iss.u-tokyo.ac.jp/~marukawa/2008jacesmarukawa.pdf,2011年2月26日アクセス



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