2016年11月01日

時間をどうするか―イギリスのサマータイムから

ロンドンに赴任してから、なぜか日照時間が気になっています。とくに日照時間を人為的に動かすサマータイム(Daylight Saving Time)を10月30日に経験し、「時間を決める」ことに興味を持っています。

ということで今日は、サマータイムを考えてみようと思います。

サマータイムは日本でも導入が時々議論されます。期待される効果は夜の日照時間を人為的に長くして、経済活動を活発化させることです。

効果についてはまだ議論がありますが、日本に馴染みのないサマータイムについて簡単に整理してみました。

1)歴史

1907年William Willettがイギリス・サマータイムという概念を紹介しました。彼は貴重な日照時間を大事にすべきだいうことを主張し、具体的には4月に4回に分けて80分早め、9月に同じように80分もとに戻すという方法を提案しました。しかし、彼のアイデアは採用されませんでした。

(ただし1895年にニュージーランドの昆虫学者George Vernon Hudsonがこのような計画を提案したことがあります。)

彼がなくなる年にドイツは時計変更方案を作成、1916年4月30日に初めてのサマータイムを導入、イギリスもその後を追って5月21日にサマータイムを導入しました。(第一次世界大戦期間で英独は戦争していた。)

2)議論

サマータイムの支持者は、国内石炭消費量を抑えられる、第一次世界大戦のための製造業生産を増加させられる、と主張しました。

一方で反対意見もあります。エネルギー消費への効果も疑問、健康リスクもあるという意見です。

夜が来るのが遅くなるので、夏のエアコン消費量が増えること(ただしイギリスはエアコン使わないのであまり影響がない)、そして朝は暗くなるので子供たちの徒歩通学が危険にさらされるというものです。

支持者たちは、交通事故が減少し、エネルギー消費が抑えられ、観光業を後押しし、人々の野外活動が増加する、と主張します。1980年代ではサマータイムの導入でゴルフ産業の売上が4億ドル伸びたというデータもあります。


3)時間をどうするか

イギリスの世論調査では、53%の人々が永久にサマータイムにしてしまうことを支持し、32%は時間を変更することに反対しています。

2011年にサマータイムのままにしようじゃないかという方案が議会に出されましたが、通りませんでした。

とくにスコットランドにとっては、時間がサマータイムのままになると9時ごろまで朝の太陽が出てこないことになってしまうので、農業や建設業で影響が出るためです。

イギリスでは過去、時間に関する取組みが試行錯誤されてきました。標準時子午線のある国ですが、一時期は現在の時間よりも2時間早めていたこともあります。

時間をどう決めるか、日本でも『天地明察』という小説にありましたが、別の意味で国のあり方を決める重要なテーマのように思います。

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<参考>
ICYMI, the clocks have gone back one hour in the UK - but why do we have Daylight Saving Time?
The Telegraph, 30 Oct 2016
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2016年10月26日

国民投票以降のイギリスの将来は?

今日は趣向を変えて、イギリスのEU脱退についてのトークに参加して来ました。

Prof Michael Dougan: What is the future for Britain in Europe after the Referendum?

ドーガン教授はリパプール大学でEU法、憲法など法律の専門家です。

スピーチは短めであとはディスカッションでしたが、話の要約を備忘録として。

・これからUKは内部的な挑戦(UK法の改定、スコットランド国民投票など)と外部的な挑戦(例えばアイルランド、フランスにおける国境の取り扱い(注))にある。
・EU条約、UKは加盟国としてずっと特別に扱われていた中で、UKは何が国家利益なのかそれを特定する必要がある。これからの交渉はUKが一国として再定義される過程である。
・脱退過程は、知られているように来年3月UKが通知して、EUが委員会を立ち上げ50条に基づき進められる。前例がないし、途中で気が変わったなんていうこともできない。もし再度EU加盟となるとすべての特例はなくなるだろう。300万人がUKで働いているし、逆もしかりなのでこの取り扱いは難しい。
・脱退が同意されると、移行期の取り扱いが重要となる。得るものがあるわけではない。損失を小さくしていく過程である。
・いい意味では、これまでEU法に縛られていたものがとれる。実際 スイス、ノルウェーは特別にされているが実際にはEUが上にあるので例えば一つのマーケットと言われれば聞き入れなければならない。
・北アイルランドは難しい問題。UKの中でもっともEUの農業補助金を受けているし、政府雇用も多い。

(注)話ではよくわからなかったが、移民管理の特別な措置が行われている模様。
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2016年10月18日

中国経済は脅威となるか

China’s Economy: Powerhouse, Menace or the Next Japan?
Mr. Arthur R. Kroeber (China Economic Quarterly)

今回のSOASのイベントはChina's Economyの本の著者であるクローバーさんの講演。



以下は講演メモ。


中国は成長、貿易、投資でも大きな存在になった。

この成長には以下3つの要因が考えられる。

一つは、他の東アジアと同じように東アジア国家モデルであった。農業における余剰労働力を活かしつつ、政府による政策、インフラ、金融が整えられ、製造業の輸出が大きく伸びた。ただ他の東アジアとは違うのは大量の外資導入と国有企業の存在である。

もう一つは移行経済で効率化したことである。計画経済から市場経済で資源が民間に配分されていく過程があり、一般に民間に資本が移行し高い収益率がもたらされた。国有企業でも民間企業が国有企業を囲み、競争環境を激しくしてきた。少なくとも、民営化よりも競争が国有企業の効率化をもたらした。

三つ目は、統治に特徴がある。中国は中央集権化されているが実際には分権化された状態である。投資については地方政府が決める部分も多い。中央が抑えながらもボトムから競争が発生する。

中国の経済的決断Economic Decisionには二つの制約がある。

一つは内部制約。共産党が中心であることを求めつつ、成長を最大化している。これは経済コントロールと規制緩和が衝突する。

もう一つは外部制約である。他のアジア諸国は米国の保障の下にあり米国の市場を利用できた。中国はアメリカと敵対していたために外国資本を入れることによって世界市場アクセスを改善した。米国に合わせながら中国ルールの確立に向かうのが一つの制約だろう。
 
問題は、資本産出比率が低い(1:1.5、先進国は3:1だという)。資本蓄積のスピードが速くなってしまい、過剰資本の問題を生んでいる。資本を必要なところに配分されるようにすることが中国の経済的挑戦だろう。

もう一つのは人口構造である。社会の高齢化が進み、2020には日本と同じで2人の労働人口が1人の高齢者を支えることになる(アメリカは3人)。日本のように低成長になる可能性がある。

中国はどうするか。楽観悲観が混在している。技術的な成長ができ、資本配分がうまくいけばまだ数10年は成長が可能かもしれない。あとは次の党大会で中央常務員会のメンバーがどうなるか。習近平は経済改革にかなりコミットしている さまざまな社会的要素に党の関与が増えるかもしれない。例えば、競争が激しくなって国有企業、地方の国有企業を退出させなければならないときにどうするか。シンガポールのように一党独裁でありながら経済的な成功する可能性はなくもない。悲観的には金融崩壊の可能性だ。負債が顕在化すれば日本のように経済は長期的に沈滞する可能性がある。

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2016年10月11日

個人の独立(Individualization)

今日SOAS恒例月曜セミナーは、中国の個人がどのように育つかという問題。

Educating the Chinese Individual: Political Ambitions and Processes of Individualization
Professor Mette Halskov Hansen (University of Oslo)

Hansen教授はSOASの卒業生で、そのため現地調査による参与観察によって中国の個人がどのように個人として独立していくか(いわゆるIndividualizationの過程)を分析しています。

そもそもIndividualismというのは個人主義と言われ、西洋社会の中で注目されてきた概念です。アジアは比較的個人の概念が弱く、「空気を読む」という言葉で知られるように、個人が前面に出るよりは社会を立てる傾向があります。

西洋では、所属組織(家族、階級、性別、制度(教会)など)からの独立が進み、福祉でも伝統的な家族で面倒を見るというものから、社会で福祉を補うようになって、個人が独立してきました。

一方、中国は皮肉なことに政府、あるいは著名な知識人によって封建主義からの脱却というスローガンの下、個人の独立が行われてきました。つまり国家主導による個人の独立過程です。改革開放以降は経済の自由化、制度の変化により、市場での私有化の概念がすすみ、個人が独立した存在として成長してきています。

Hansenは中国浙江省の農村地域にある公立学校を事例にその個人の独立化を考えようとしました。

例えば
Case1 新社会主義における個人の教育では、良い共産主義者としていまだに雷峰同志に学べとしてあるべき個人像が学ばれている。しかし学生も教員もカリキュラムとして学び教えており、形骸化が見られる。

Case2 生徒会での経験
 学校側から生徒会の立ち上げが提案され、生徒側から会長選挙を選ぶ際には先生からの介入が強い。生徒は学校を良くするとかの方針を述べることを許されず、自分は何者かを示すよう求められる。

Case3 学校集会
 学校の精神などを学ぶときに学校集会が開かれ、そして熱狂の中で個人が自己を吐露することがある。

彼女の結論としては、西洋的な個人は社会や政府への反抗で生まれてきたけども、中国のように個人は社会や制度の中でも生まれるのではないかとしています。

この議論はやや悩ましいと思いました。一つは学校を社会のミニチュア版としてみることの妥当性、もう一つは参与観察だけなので、個人が独立してきているのかどうかはなんともいえないでしょう。

むしろ経済学的には市場経済の中における「関係」の存在がどれだけ減ってきたかによって個人が独立しているというのを見ることが可能ではと思いました。

興味がある人はこちらで本が買えます。
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2016年10月04日

留守児童をみる祖父母の役割

さて、滞在先の大学では、先週新入学の学生登録、今週から学生の授業が始まりました。そして研究セミナーも毎週何かしら開催されるようになり、ロンドンではまさに学問の秋という感じです。

さっそく面白そうなセミナーがあったので、参加してみました。

今日はその備忘録。

Grandparents and Grandchildren in Rural China
Professor Merril D Silverstein (Syracuse University)

高齢化と一人っ子政策で少子化が進む中国人口で、人口構成の変化をミクロ面から探りつつマクロ的な解釈を加えるという面白い研究でした。

内容を簡単にまとめておくと、

1)高齢者人口の伸びは若者の出稼ぎによって農村の方が早いとみられており、将来的な労働力人口の減少、そして政治的には軍隊編成にも影響が出る可能性がある。

2)家族構成の基本は、祖父母4人、親2人、孫1人になってきている。この結果、農村では祖父母が孫の世話をすることになる。農村から出稼ぎに出ることによって6000万人の留守児童がいるという。

3)祖父母が孫をみるという現象について、協力家族corporate family(経済体としての家族、家長が家族資源を配分し家族の幸福を最大化する)?相互援助?保険政策?文化義務?投資戦略?などの仮説がある。

4)農村での調査の結果、孫の世話に対して親世代が祖父母世代に送金するという行為が非常に大きく、その送金によって総父母の健康、長寿が支えられ、さらに世話ができるという。そのためフルタイムで世話をするケースが増えてきている。パートタイムで世話をする家族に比べて、長寿であるという結果もある。

5)情の近接性はやはり高く、祖母の方が祖父より強い。結果、孫が祖父母の面倒をみるケースも調査結果から16.3%という結果もある。

6)結論として、祖父母の存在は出稼ぎに出る家族の物質的な生活の満足にはかかせず、孫の存在は祖父母の面倒をみるという点でも重要な存在である。


ディスカッションを通して、留守児童問題を好意的に捉えているのが印象的でした。確かに中国全体でもみても、農村の労働力を沿海に配分し、農村の祖父母が農村労働力の支えになっているとみれば、十五区全体の人口の年齢別資源配分は有益に配分され、中国全体としての利益(経済成長)は最大化されたといえるのかもしれません。

面白い報告でした。
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2016年09月27日

日本の大学はどこに向かうのか

この間の中国経済学会では、もちろんヨーロッパ・イギリスが中心ですが、中国から参加している学者も多く、なんでこんなに多いのかなと不思議に思いました。

さまざまな学者と話した結果、わかったことは

行政当局、大学当局のランキングに対する思い入れが強く、現場では国際学会での発表(口頭発表、査読誌での発表含む)への圧力が大変らしい

ということです。多くの大学で査読誌への投稿、競争的外部資金の導入が義務付けられているようで、大変だと言ってました。

日本でも科研費の申請を義務付ける大学は少なくないとは思いますが、投稿までは何も言われていないと思います。しかも基本的にインパクト・ファクターの高い査読誌に投稿されることが進められます。

日本の話をしたら、やはり一様にみな長期的な研究ができないというデメリットを強調していました。日本では時間的制約は各教員に任されているので、積極的に成果を出してもいいし、ゆっくり練って時間をかけて発表してもかまいません。この意味で、日本の大学では、研究は教員の裁量にありますが、海外では研究は大学の裁量にあると言ってもいいでしょう。

日本では、ランキングに対する懐疑的な意見が多いです。日本に不利だというのもありますが、そのランキングですでに他のアジア諸国は勝負をしています。

9月23日に発表されたTimes Higher Educationの大学ランキングでは、オックスフォード大学が北米の大学を抑えて初の1位、そしてアジアからはシンガポール国立大学が24位にランクインしました。中国の北京大学が29位、精華大学が35位、日本の東大は39位、香港大学が43位と続きます。

このランキングでは教育、研究、引用、資金、国際化を指標にしています。国別でみてみると面白いことがわかります。日本はアジアの中で各指標の順位がそれぞれ7位、7位、14位、11位、15位となっています。つまり研究の引用が少なく、国際化も遅れているようです。

国際化は言語面でのハードルが高いです。それでも中国の有名大学はどんどん授業の英語化を進めているので、その差も出てきたのかもしれません。

知の手法(Discipline)の共通化、知(knowledge)の公共財としての共有化を考えると、英語言語による成果の共有とそれに基づく教育は時代の流れのように思えます。
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2016年09月13日

Chinese Economic Association Annual Conference 2016(3)

9月1日から3日にドイツ・デュイスブルグで開催された中国経済学会(ヨーロッパ/UK)に参加、報告してきました。

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私の報告を紹介。

Okamoto, N.(2016)"What matters in urbanisation of China?"(PDFバージョン), Draft Paper Presented at the Chinese Economic Association Annual Conference 2016, University of Duisburg-Essen, Germany. 2/Sep/2016

The paper reveals the characteristics of urbanisation in China, which has started as a comprehensive social-economic plan since 2014. The current ongoing urbanisation process is examined from the perspective of history, the size of city, village urbanisation and cost-benefits of settlement of rural migrants in cities, then the paper argues that urbanisation in China is not only just a "spatial urbanisation", which has been commonly observed in developed countries, but also a "institutional urbanisation" in which the institutional barrier would be needed to reform if the government wants it to be successful.

発表したとき、フロアからの反応があまりにも薄すぎて、まったく面白くないんだろうな(新規性がないんだろうな)と反省し、現在、鋭意修正中。

Academia.eduでみれる人はドラフト(ここ)として公開しているので、コメント等大歓迎します。

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2016年09月08日

Chinese Economic Association Annual Conference 2016(2)

9月1日から3日にドイツ・デュイスブルグで開催された中国経済学会(ヨーロッパ/UK)に参加、報告してきました。

前回の続きで、面白かったSusan Sirkの内容を紹介。

ちなみに彼女の本はこちら


私の書評はこちら。
危うい超大国

Susan Sirk, U.S. Policy Toward China: A Reassessment and Future Directions

・国際政治では、現存の大国に新しい大国が出てくる時には、価値観や制度の違いから摩擦が生じやすい。

・アメリカは一貫して中国を国際社会に入ることを支援してきた。具体的にはWTO、G7への参加、兵器の不拡散条約などであり、この中国の国際社会へのコミットメントという姿勢は変わらない。しかし基本的人権の側面では、アメリカは有効なツールを持ち得ていない。しかし、社会の進歩に従い、インターネットの浸透によって基本的人権は改善してきた。

・中国はこれまで海外には友好的であり安心させることを主眼としてきた(reassurance policy)。実際に、これによって周辺諸国との国境画定交渉は順調に進んできたといえる。

・中国の姿勢が大きく変わってきたのは2009年である。世界的金融危機によるアメリカ経済への打撃、一方中国の経済的回復の速さは中国をして中国の自信を強めた。この頃から南シナ海での領土拡張を図るようになる。中国の価値観を前面に押し出すようになり、中国は国際的に潜在的なリスクテイカ―になったようだ。

・近年の習近平政権をみていると、状況は以前に逆戻りしているようである。ただこれは将来的に揺り戻しがあるかもしれず、逆に習近平政権のリスクになるかもしれない。

・アメリカのアジアでの姿勢は基本的に変わっておらず、世界が平和的であってほしいと思っている。日中関係が安定的であれば、USは安心できる。ただ漁船衝突などで情勢が不安的になることは憂慮している。(ただ、第二次世界大戦前のドイツ、日本のような感じもしていると付け加えていた。)

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2016年09月06日

Chinese Economic Association Annual Conference 2016(1)

9月1日から3日にドイツ・デュイスブルグで開催された中国経済学会(ヨーロッパ/UK)に参加、報告してきました。

目玉のキーノートスピーチを備忘録としてまとめておきたいと思います。

Justin Yifu Lin(林毅夫), Demystifiying the Chinese Economy
中国経済の今後も当分は経済発展が続けられる。その根拠はマディソンによる長期推計によれば2008年時点で中国の1人当たりGDPは米国の21%であり、後発性の利益を活かす余地がまだ十分ある。これは1951年の日本、1967年のシンガポール、73年の台湾、77年の韓国と同レベルであり、これらの国々が高度経済成長を続けたことを考えればまだ生産性向上の余地があるだろう。また需要面でみても近年輸出が落ち込み、投資が過多になり、消費が伸びていないが、投資の側面でいえば、資本集約産業ではなく技術集約型産業への投資、内陸部のインフラ建設需要、グリーンエネルギー等収益性のある投資空間はまだまだ多い。

Fabrizio Zilibotti, The Economic Growth of China: Past, Present and Future
投資型経済からイノベーション型経済への転換が必要である。統計的分析によれば、新規産業の参入障壁が低く、腐敗が少なくて、R&D投資の多い国々は投資型経済からイノベーション型経済への転換を図り、中進国の罠を抜け出てきた。
中国が短期的な経済成長目標にこだわればこの転換が遅れる。

Guido Tabellini, The Clan and the Corporation: Sustining Cooperation in China and Europe
経済史の観点から、中国がなぜ遅れたかを社会組織(Social Organization)から説明しようと試みる。は中国はClan型であり、ヨーロッパはCorporation型であることが指摘される。Clan型とは血族を大事にし、関係が基本で、Clanへのモラル忠誠が中心で、Corporation型は利害(interest)中心にコミュニティーが形成され、一般化された規範に沿う。どちらが優れているというのはないが、経済発展という点では、法の下の平等、社会的セーフティーネットの整備、個人企業への融資などの観点から経済発展に有利だったといえる。

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2016年08月30日

イギリスのEU脱退が教えてくれるもの

ドイツのメルケル首相が、イギリスのEU脱退にあたってはチェリーピックcherry pick(いいところだけのつまみ食い)はありえないと釘をさしました。

これは、イギリスのEU国民投票で離脱派が主張していた、移民をコントロールするけどもEUとの単一市場は可能だ、という主張を否定するものです。

つまり、EU市場と一体化であることと移民コントロールは不可分であり、EUを出ることは、人の管理は可能になるが、同時に市場も失うことだ、とメルケル首相は言っています。

財とサービスの貿易、人の移動について考えてみたいと思います。

1)自由貿易の進展―グローバル化

財とサービスの自由貿易、あるいは貿易ルールの統一化のメリットは、市場の拡大と比較優位による各国の経済発展の可能性が広がるという点です。もちろん比較劣位にある産業への打撃はありますが、国際経済学の分野では、自由貿易は経済成長をもたらすことが実証されています。

したがって多くの国が自由貿易交渉を行っているわけですし、財とサービスの取引を自由にする方向に世界は進んでいます。

2)人の移動

近年では、自由貿易協定の中で、人の移動もトピックとしてあがってきています。つまり自由に労働移動を認めようという方向です。日本でもインドネシア、フィリピン等から看護師を認める等の話題がでました。

この流れが自由貿易地域の形成です。地域内では、財、サービス、お金、人、すべてが自由に移動できるようにしようという考えです。EUはその典型であったといえるでしょう。

経済学では生産要素である労働と資本の移動を考えます。現実問題として、お金はすでに自由に移動しています。ところが労働は国を越えて移動することが難しいです。(ビザ、パスポートなどで管理されている。)

3)生産要素の自由な移動は、「地域」という場所を関係なくする

もし労働移動が自由になると、どこで生産に従事しようが、どこで暮らそうか、それは国民の自由になりますので、「場所」=領土を管理する国家の力が弱まります。

ついでに貿易黒字、赤字も関係なくなります。同じ地域「内」になるので、財を別地域から購入するための所得は、自分が住んでいる地域から得なくても、別地域で働いて得てもいいからです。例えば、ベルギーの人がフランス産ワインを購入するお金は、ベルギーで得る必要はなく、イギリスで働いてもいいわけです。

生産要素の移動が自由になった時、地域という「場所」、そして場所を管理する国家の概念は消えてしまいます。

4)移民の管理

しかし人の移動の自由を認めた結果、イギリスへの大量移民問題でした。英語圏であることから多くのEU後進国から人が流れ込んできます。

そこでやはり人の移動は管理しよう、そのためにEUから出よう、だけど市場としては財・サービスの取引はもらっておこうとなりました。それを許さないとしたのが、ドイツのメルケル首相の発言につながります。

5)「場所」の復活

人の移動を管理するということは、人を一定の場所に縛り付けておくことですので、国家権力を強く必要とします。それに加えて、領土と国民の概念を強く国家に結びつけます。

このように地域境界(Boarder)を設ける意味は、徴税管轄権と公共サービスの実施、つまり政府の登場を意味しています。

EU国民投票は結果として、国家主権を取り戻す(take back control!「離脱派の主張」)ことにつながりました。

6)世界経済の政治的トリレンマ

結局、イギリスのEU国民投票が教えてくれたのは、世界経済の政治的トリレンマかもしれません。

ハーバード大学の経済学者ダニ・ロドリックはグローバル化、国家主権、民主主義の3つのうち、2つしか選択できないとしました。

EUというグローバル化は国家主権を小さくしました。民主主義が尊重され、国民投票が実施されると、国家主権が大きくなって、グローバル化は後退します。

7)イギリスの将来

イギリスは、メルケル首相の態度が変わらなければ、グローバル化から退出せざるを得ません。そして、人の管理という国家主権を取り戻すことはできますが、経済的には繁栄が難しくなるかもしれません。
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