2018年02月13日

政府が都市人口を制限する合理性とは?

上海、北京、広州、深圳は人口は中国の1/20に関わらず、GDPの1/8を生み出されている。北京は2300万人、上海は2500万人という都市人口上限を設けている。今後も資源を大都市に集中すべきか否かという議論があるという。

<参考>
Four cities played outsize role in Chinese economy
It’s no surprise that the most populous nation has megacities, but are they smart or liveable?


今回は人口を制限することの合理性というものを考えてみたい。

まず現状として世界の多くの都市は一国経済の中心である。ロンドンや東京は一国のGDPの3割を占めており、それは「足の投票」による結果である。「足による投票」とは公共サービスの良さなどを考えて人々は住む場所を選択する(足を使って好きなところに移動するということを意味し、場所は選択されている)。

理論的にはこんな感じだ。

実際、都市規模は人口移動で決まる。人口移動は多くの実証分析から期待賃金(限界生産力)、人口差(集積)、距離で決まる。都市で稼げると思えば人は都市に行くし、都市が賑やかだということであればそれも都市に人をひきつける。

ずっと都市に流入するかというとそうではなくて、最終的には集積の経済と不経済が均衡するところ、言い換えると都市の便利さ(仕事や製品が選び放題など)と不便さ(混雑や汚染など)がバランスしたところできまる。この場合、理論的には都市は過剰化することが知られている。

都市の最適規模は集積の経済と不経済の差が一番大きいところだ。つまり都市の魅力がそのデメリットを一番上回っているところで人口流入が止まると都市は最適規模(もっとも満足度が高い)となる。でも実際は魅力が大きいので人口は流入し続けるので、上のように過剰化する。

現実の状況に当てはめてみよう。

中国の場合、市場経済化で人が都市に流入し続けており、とくに中小都市よりも大都市に流入していることが人口センサスから裏付けられている。まさに期待賃金と人口規模が反映している結果だ。ついでに距離も影響するので、上海、北京、広州(と深圳)と全土にちょうどバランスよく大都市がある。

当然、大都市に魅力が不魅力を上回る限り、都市人口は過剰になりがちである。

ここで人口を制限すべきかどうかという議論が発生する。市場経済に任せておくと都市人口が増え続け過剰都市化になる。これを防ぐために、「政府」が最適規模を設定するという今の中国政府のやり方だ。

ただし前提として政府は都市の最適規模を把握している、ということであるが、これはほぼ不可能に近い。

市場経済でも過剰都市化が防げる。

理論的にはデベロッパーが都市の集積不経済を内部化できるので、過剰都市化が防げることがわかっている。つまり適切な都市インフラをディベロッパーが提供すれば過剰都市化は防げる。地方政府がデベロッパーの役割を兼ねていてもおそらく結論は同じだろう。

本題に戻ると、中国が大都市の人口を制限する理由として、上記の新聞記事等で言われることは2点に集約される。

1.大都市に経済が集中するのはリスクである。

2.大都市に国家資源の大部分が投入されるのは不公平である。

1の観点は、三線建設時代と同じく、GDPの大部分が都市で生み出されているのは大都市に何かあったら経済が立ちいかなくなるというものだ。

2の観点も、1につながるが、都市の均衡発展という名目の下での経済活動の地域拡散だ。

結局、三線建設時代の経済拠点の地域経済分散政策ということにつながってしまうが、丸川さんの三線建設分析等にもあるが、逆に資源配分の無駄が発生する可能性がある(ゴーストタウンとか)。

したがって、中国の大都市の人口制限というのはあまり経済合理性はなく、むしろ資源配分の無駄が発生するので、長期的な都市化戦略にはあまり功を奏しないだろうと思われる。
posted by okmtnbhr at 08:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | 岡本式中国経済論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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